あなたの中の私のわたし
――ねぇ、私を見てよ
――ねぇ、ここにいるよ
「私はあなたのあたまの中にはいないから」
休日の昼下がり。
ユウキは腕時計を数分置きにチラ見した。
待っている間も「時間間違えた?」「今日であってるよな……」と頭の中でぐるぐると思考が回り始める。
秒針が真上を差す。
だが彼女から連絡もないし、姿も見えない。
針がひとつ進むごとに焦りが腹の中で渦巻いてくる。
スマホを取り出しては未通知。バイブレーションがなってすかさず表示を見ると関係ないメールだ。
ユウキよりもあとに来た待ち人が、相手をと無事合流を果たして街の中に消えていく。
彼でもう5組目だ。
彼女は来ないのだろうかとさらに不安が重なる。
このままではどうにかなってしまいそうだ……
ユウキはラインを開いて画面をタップする。
「今どこ?」
送信……
流れるようにメッセージを送ったあと、に自分が打った文章を見つめる。
(これでよかったのかな? イライラしてると思われてないかな?)
と頭の中でさらに疑念がうずまき始める。
時間が経過するほどその思いは大きくなる。
返信が来ない。
それもそうだ2分も経っていないのに、彼女もスマホに張り付いていないと気づきもしないのに。
「ごめん、ユウキ。遅れちゃった」
横から声をかけられる。
申し訳なさそうにしながらアヤネが両手を合わせる。
「ううん、大丈夫。じゃあ行こうか」
街を行き交う人の群れ。
ユウキとアヤネはほとんど言葉を交わさず街をゆく。
(何か話さなきゃだよな……)
ちらりとアヤネの様子を盗み見る。至って普通。ぼーっとただ歩いているようにしか見えない。
でも、ユウキは不安の渦から脱出できずに思考の海で溺れていた。
(また考え込んでるよ……無理に話題作ろうとしなくていいのに)
アヤネは眉を寄せて難しい顔をしているユウキをチラリと見た。
彼女は人の心を読むことができる。完全ではないがリアルタイムで相手がなにを思っていることがぼんやりとだが聞こえてくる。さらに鋭い洞察力のおかげでほとんど完璧に相手がなにを考えているのか理解することができた。
前にあんまり話すのは得意じゃないって言ってたけど、本当なのかな。合わせてくれてるだけじゃないのかな?
そんな否定的な考えをしているユウキにだんだんとアヤネも巻き込まれ始める。
そう、読心術などとさも使い勝手の良い能力だと思うだろうが、実際は違う。
感受性の高い彼女にとってはやっかいなものでもある。相手の思考が見えるが故に起こるささいな些かいが後に耐えない。
「今日暑いね、まだ春なのに」
アヤネが手をうちわ替わりにして呟く。
「え? あ、そうだね。今の時期これだと夏だとどうなっちゃうんだろうね」
「あたし暑いの嫌だな……汗でべとつくし」
「俺はそこまで気にしないけどね……」
「…………」
「…………」
会話が弾まない。
そこでさらにユウキが思い悩む。
(どう答えればよかったんだろう……天気なんて興味ないし)
(違う、違うよ。私も天気なんてどうでもいい。ただ、一緒のものを共有したかっただけ)
アヤネもそんな事を言いたいけど、言えない。
人の心が読めるって言われていい気分がしないのはもうすでに知ってるから。
人の心が見えるから傷つくこともある。
ユウキはアヤネを見ていない。
ユウキの頭にいるアヤネと会話している。
それは彼女であって、アヤネではない。
(私はそこにいないの。ここにいるから、見て)
木漏れ日が柔らかに落ちる都会の中心とは思えない緑豊かな通り。
「ねえ、ユウキ」
アヤネが立ち止まって声をかける。
「私は――」
言葉を紡ぐように、息を吸い込んでから
「あなたの頭の中にはいないのよ」