040
とある男の話をしましょう。
彼はかつて、どこにでもいる普通の受験生でした。勉強しなくとも診断? でしたっけ? それで140点代をとるぐらいには頭の良い受験生でしたが……。まぁ、それはどうでもいいですね。
そして彼は、私の県にある私立高校に自己推薦で受験することにしました。それだけならどこにでもいるのですが、私の友人は少しばかりおかしな人間です。
動機が、受験の動機が他者とは明らかに違いました。
他者が、受かりたいから、大学にも行きたいから、なんとか高校は通いたいからという動機で受験するのに対し、彼の受験動機はこうでした。
『自己推薦でさっさと受かって、ほかの奴らが勉強頑張っているのを見ながら悦に入ってゲーム三昧の生活を送りたい』
私の愉悦とは少し方向性が違う彼は、やはり特別な人間なのでしょう。
私とはかけ離れた、天才と呼ぶべき考察能力。
ただ、叩くだけで可能、歌詞はいらないというドラムの技術。
何もかも凡人で、努力しても二流に届かない私とは違う輝きを持っています。例えるのなら、彼は磨けば光る原石なのに対し、私は磨けば磨くほど擦り切れて、弱々しくなるただの石ころ。
ええ、凡人だからこそ、私は強者を描きたいのです。
そして、天才に届くイかれた思考回路を得たいのです。
「これが現世の器か……ふむ、なかなか良いではないか。鍛え抜かれたよい体だ」
一柱の邪神が、地球にて顕現した。
柏木時雨だった肉体の肌は黒く染まり、金髪の筈の髪も黒く染まる。
その肉体からはおぞましい邪気が漏れだし、あらゆる生命に生理的な気持ちの悪さを与えた。計画していた柏木貞夫すら、吐き気をもよおす程である。
「龍牙……時雨君の様子はどうだい……?」
「大丈夫だ。思考出来るとこまでは戻ってねぇが、記憶を無くすなんてことは無いと思う。問題はあの邪神だ。少なくとも俺の復讐相手じゃない。」
「……そうか。それは良かった。で、どうする? 時雨君に肉体を与えるにしろ、時雨君の体からあいつを取り出すにしても、なかなか面倒だよ。」
「あいつを滅ぼすのは予定通りだ。ただ、肉体の破損とかが困るな。おまえの権能ってどこまで治療出来たっけ?」
「四肢の欠損ならなんとか……三分の一残ってて生きてたらどうにかなるよ」
「おけ、四肢もぎ取って拘束からの……中身出すのは頼むわ。」
「了解、合図は任せた」
これまで戦ってきた経験を生かし、この状況に対応しようとする二人。
とっさの方針ではあるが、なんとか対応は可能なのだろう。それぐらいには彼らも戦ってきたきたし、邪神についても知っている。
--その邪神は今、柏木貞夫を会話をしていた。
「貴様が器を弱らせた者か? ……名は何という」
「柏木貞夫と申します。--して、どうなさるご予定でしょうか?」
「ふむ、まずは……そうだな。この世界のヒトを滅ぼすとしようか。」
「左様ですか。では、私はこれで失礼いたします。」
「うむ、貴様は最後のヒトとして残るが良い。余の温情である。感謝せよ」
「はっ、有り難き幸せに御座います」
これにて、柏木貞夫の--アジア魔術師協会の目的は完遂した。
その目的とは邪神に暴れさせることである。
正確には、邪神を呼び出して世界を混乱に陥らせることだ。時雨がやってきたことによりわずかに時間はズレたが、柏木貞夫からしたらさしたる問題ではない。
彼ら協会はまともな思考回路をしていない。あるのは好奇心と破壊欲求……生物としてとちくるっているのが彼ら協会であった。
「フフフ……さて、それでは滅びを開始し--ゴハァッ!」
唐突に、邪神の体を一本の槍が貫いた。呼吸器をやられた邪神は血を吐き出し、痛みのする腹へと手を当てる。そこからはどす黒い血が流れている。
詩季の投合である。彼は槍を作成し、邪神へと投げつけたのだ。
邪神が攻撃されたことに気付いたのは、およそ二秒後のことだった。
--最前線で戦ってきた勇者にとって、その二秒は大きすぎる隙である。
「よぉ邪神、俺のこと知ってるか?」
「お、お前は白銀の--グァッ!」
「やぁ邪神君、後ろがお留守だよ? --ま、くたばれ」
龍牙が気を引き、詩季がその両腕を切り落とした。
そのまま邪神は龍牙に拘束され、身動きが取れなくなる。
あんまりなやり方だが、正攻法で勝つというこだわりは残念ながら二人には無かったので、邪神は呆気なく確保されてしまった。その様子を柏木貞夫は見ていないが、数分もすればやがて異変に気付くであろう。
「よし、ずらかるよ龍牙!」
「合点だ! --《転移》!」
そう結論を出した二人は、直ぐさま場を離れた。手段が人攫いのそれであったが、仕方の無いことである。安全性は高いのだ。
……二人が転移した先は、フィリップの店だった。
詩季が予め伝えていたことである。少々……いや、かなり予定とは違っているが、フィリップもそれぐらいのことは考えていたのだろう。
冷静に二人の腕を見つめ、声を出した。
「……なるほど、邪神は本当にいたようだな。」
「あの魔術師の言ってる通りだったよ。あんまりにも警備が緩かったから嘘ってのも警戒したけど、マジだったらしいね。」
「ん゛ー! ん゛ー!」
「黙ってろ雑魚が。ぶっ殺すぞ。……で、フィリップ。今の魔物の様子はどうなんだ? 十数秒前と何か違うのか?」
「まぁまて、そんな直ぐに伝わるわけあるまい。」
呆気なく捕まえられた邪神は口を防がれ、行動すらも封じられている。両腕を断たれているから激痛はあるのだが、それよりも恐怖が勝っているらしい。
--何故だ!? 何故勇者に捕らえられている!?
「む、連絡が来た。……先ほどよりも更に凶暴化しておるようだ。ただ、そやつだけが原因とは思えんな。その状態で影響を与える力があるとは思えん」
「なるほど……こいつ以外にも……あ」
「どうした? 心当たりがあるのか?」
「多分、家にいる子だと思う。時雨君の妹。」
「……おいゼクス、その情報はいささか遅いのではないか? お前の家は邪神王やらかがいる人外魔境だが、奴らに邪神を滅ぼすことが出来るのか?」
「大丈夫、ルディがいるから邪神に関しては問題ない。」
「……詩季、とりあえずお前はそっちに向かえ。俺は時雨についてどうにかする。中身を締め出すのは俺がやろう。フィリップは計画通りこれを頼む。会話してる暇はねぇぞ」
「そうだな。そやつを寄越せ。」
「……そうだね。じゃあ僕も移動するよ」
フィリップは邪神をきつく拘束し、どこかへと連れて行った。
詩季は《影歩》にて家へと移動し、被害を食い止めるため動く。
……そして、龍牙は精神を集中させ、一時的に取り込んだ時雨の意識へと介入する。
それぞれが役割を担い、この事件は終わりに近付こうとしていた。
◇
--どこだ? ここは……。
奇跡的に意識の欠片を取り戻した時雨は、暖かい何処かで目覚めた。
龍牙の精神空間……更に言えばその根元、龍牙の元となる性質の部分だ。龍牙は復讐という目標はあるものの、性質自体は善なので、このような空間となっている。
もっとも、ここは概念的な空間であって、実際には何もない無である。ただただ、時雨という異物が紛れ込んだだけで生み出された仮初めの世界だ。
「確か俺は……うっ……」
思い出そうとしてやってくるのは頭痛と定まらない記憶。
だが、嫌なことを見せられていたのだということと、たった一つの言葉だけは覚えている。彼が全てを思い出すのはそう遠くないだろう。
その言葉とは、覚悟についての問いかけ。
「……覚悟、だったか。」
徐々に蘇る情報を整理しながら、時雨は理由と答えを考える。
あの問いかけは自分の心を揺らがせる為の罠であったのか、他に意図があっての言葉だったのか。それを答えればどうなっていたのか。
なにより、自分の答えは一体なんなのか。
考え、悩んでいると時雨は唐突に思いだす。自分の攻撃が不自然なほどにすんなり当たっていたことについて。歴戦の魔術師であるはずの柏木貞夫が、どうして未熟者の攻撃に当たっていたのか。考えてみれば不自然なことが多すぎる。
「結局……あの野郎は何がしたかったんだ?」
どうにも、頭がすっきりしていないようだ。何を考えればよいのか、それすら分からなくなってしまっている。それが彼の現状だ。
ただ、このまま何もしないのは彼なりにもまずいと分かっているので、確実に情報を整理してゆく。少し時間が経った。
--やっぱり、このモヤモヤしてんのってあれだよな。
考えても何かが邪魔をしている。
問いかけへの答えが呪縛のように絡みついており、記憶の阻害を起こしている。
知識は失っていないので、答えを出すことを優先させた。
「俺にとっての覚悟--それは」
「--よぉ時雨、答えは出たか?」
「--っ!? ……師匠ですか。驚かせないでくださいよ。」
「悪い悪い……で、答えは? お前にとっての覚悟ってのはなんだ?」
「……なんで師匠が聞いてくるのかは分かりませんが……えぇ、答えは出ましたよ。その覚悟を今出来てるのかと言われれば『いいえ』ですがね。」
「へぇ? 言ってみ?」
軽く聞いているが、龍牙の言葉には圧力がある。
龍牙すらも、時雨がトドメを刺さず、このようなことになっていることについて思うところがあるのだろう。期待はずれとすら思っていることも考えられる。
だが、そんな龍牙に対して、時雨は目を合わせて答える。
つい数分前とは別人のような顔つきだ。今までは制御出来ていない復讐心であったが、今の彼はその想いを制御出来ている。
「『何かを乗り越えようとする決断』です。あのクズに聞かれたことは殺す覚悟でしたね。……その答えは殺すという事実を乗り越える決断です。躊躇いなくするんじゃなくて、やったことを受け入れることも重要ですね。」
「なんだか冷静だなお前……まぁ、その答えに関しては俺は何も言わん。別に俺の質問でもなんでもないからな。ただ、殺せるチャンスは逃すなよ?」
「はい、そうですね。ところで師匠、ここってどこなんですか? 一応、記憶は戻ったから何するべきか覚えているんですけど……」
「あぁここ? 俺の精神空間みたいなもんだよ。お前がどっかいけば勝手に消える脆いもんだから気にするな。気にしても無駄だ」
「なるほど、ってことは出れるんですね。」
「それは無理だ。知らないと思うが、お前の肉体は今邪神に乗っ取られている。お前すらもギリギリ残った思念と言っても過言ではない。それには器ってのが関係するけどそりゃまた今度な。……んで、お前はたぶん、このままじゃあ消滅する。」
「……は? え、まじですか?」
「おう、まじだ。概念的な生命体なら肉体なしでもどうにかなるんだが、お前はただの人間、主導権を握れる肉体が必要だな。でも歴代の器よりかはマシだぜ。完全に飲み込まれたらどうしようもないからな。」
「……どうすればいいんでしょうか。」
「どうにかする方法は主に三つ。一つ目は精神をぶち込む肉体の創造、ようは空っぽの肉人形を用意するってこったな。」
一つ目の方法は、魔導生物を作り出せばよいということだ。性能を追い求めるのならばそれに見合った創造者が必要だが、ふつうの人間程度で良いのならば創造者は直ぐに見つけ出せる。勇者パーティーが一人、シロエという者ならば相当なものを用意可能である。
生き延びるのみならばこれでよいだろう。
「二つ目は元の肉体を取り戻すこと。とんでもねぇ精神力で逆に浸食する方法だな。相手は一応邪神だからかなりきつい。」
二つ目の方法は、時雨には難易度が高い。
邪神という存在は、言い換えれば堕神なのだ。一度至った者が、精神力が弱いことはほとんど無い。例外というものは無論存在するが、基本的には無い。
そして、時雨の精神力は低い。生に立ち向かう気持ちは生まれたものの、まだ何もしていない。スタートラインに立ったばかりである。
よって、これについては龍牙も勧めないだろう。
「三つ目は誰かの体を乗っ取ること。発狂寸前のやつとか、もう頭がとんでるやつとかだったら罪悪感湧かずに出来るだろうな。」
「それ、俺の体にされたことと一緒じゃないですか。」
「そうだが? 何か問題でもあるのか? 別に精神を乗っ取ってはいけませんなんていう法律もねぇんだからな。」
「いや、倫理観的な意味でどうなんです?」
「捨てろ、そんなもん今の地球じゃ無駄だ。」
「……それは無理そうです。」
「そうか、ならいい。……さて、ここで一つ提案をしてやろう。どうせ今の三つは今のお前には無理がある。ってことで、師匠からの有り難い提案だ。よくきけ。」
「……嫌な予感しかしないんですが……まぁ、お願いします」
「おう、それはな--」
龍牙の提示した方法は、龍牙自身にも危険があることであった。
しかし、時雨はそれを選ぶ。
なぜか大丈夫という、確信があったためだ。
今、私の人生は『絶対的な力を持つAになるのではなく、誰の代わりも何とか務められるFになること』で構成されています。
もうそろそろ、受験も厳しくなってきたころでしょう。
焦らず、じっくりと自分について考えてほしいですね。
例え、凡人であっても誰かと向き合うことが可能ですから




