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-BLOOM-  作者: すいかばきばき
7/19

七花-Hand to Hand

今回はあとがきに人物紹介と用語解説を入れてみました。良ければご覧になってください。

ちなみに今回初登場の人物がこの作品の主人公です。

「あかり〜起きる時間〜」

「――っ‼︎」

 華蓮に声をかけられた瞬間、俺の全身の細胞が活性化して『早く起きろ!』と俺の脳に命令する。

 俺は昨夜の戦闘でまだ疲労している体を無理矢理起こし華輦に全力でにっこりと笑う。

「おはよう!華輦!おれ、もうこの通りちゃんと起きてるから安心してくれよな!」

 おれのその姿を見て華輦は満足そうにゆっくりと頷き、口を開く。

「ん、おはよう、ちゃんと起きれて、えらい子、です。これ、今日のきがえ」

 そう言って華輦は綺麗にたたんである戦闘服を俺に手渡した。

「ありがとな」

 礼を言って華輦からその戦闘服を受け取ると、俺はまずその服の匂いを嗅いでみた。

 うん、洗い立ての良い香りのする服だ。

「じゃあ――」

 寝間着を脱いで着替えようとする俺の事を華蓮はじーーっと見つめてくる。

「華蓮さん、ちょっと後ろ向いててもらっても良いかな?」

「ふぉわい?」

「うーん、なんというか人にずっと見られているのは恥ずかしいというか」

「カイねぇとリューねぇも昔そう言ってた、けど、今は、身だしなみのそうだんやくに良いって、ほめてくれてる」

 なるほど、だからやましい気持ちなんてないから存分に着替えて大丈夫だぞ、ということか。

「まぁこんな二桁もいかない子の前で着替えを恥ずかしがる、というのも杞憂だったか。」

 華輦に聞こえない声量で小さくそう呟く。

といっても恥ずかしいものは恥ずかしい。

俺はパッパッと手早く一瞬で着替えを済ませる。

「だめです、ここが、みだれています」

 言いながら華輦は裾などを丁寧に繕ってくれた。

「ん、えくせれんと、これならどこに出しても恥ずかしくないパートナー」

 華蓮はサムズアップしながらそう言ったあと、コホンとわざとらしく咳払いをする。

「では、ほんじつはこれから、食道に行って、みんなでごはんを食べます」

「ほぉ、食堂なんてあるのか」

 思い返してみればこの二日間の食事は朝昼晩欠かさず華蓮がここまで運んできてくれていた。きっとその食堂から俺の分だけ運んできてくれたのだろう。後で俺も九条さんみたいにお菓子買っておいた方が良いかもしれないな。

「では、行きましょう」

 そう言って華蓮は俺の手をギュッと握る。

「ん?どうしたんだ華輦、いきなり」

「あかりが、まいごに、ならないように、こきゅーとす広いから」

 言って華輦は俺の手を引いてゆっくりと歩き始める。

「ははっ、迷子にならないように、か」

 何故だか不思議と、悪い気はしない。こうやって手を繋いで歩いているとなんだか妹ができたみたいで嬉しい。まぁ…先導してるのは華蓮だからどちらかと言えば姉だけれど…。


 廊下をしばらく歩いた後、この和の空間にはとても似合ってるとはいえない金色の扉のエレベーターに乗りこむ。

 華蓮が『B130』と書かれたボタンを押すと、扉はゆっくりと閉まり、ゆっくりと動き始めた。

 ゴウンゴウンというつまらない音だけが俺の耳の中に響く。

「そういえば、華蓮は何階に何があるのかっていうのは全部覚えてるのか?」

 エレベーターについている無数のボタンを見て、ふとそう疑問に思った。

「ん、300階、ぜんぶ言える」

 ふっふっふーと華輦は無表情とドヤ顔を組み合わせた微妙な顔をかます。

「それはすごいな!じゃあちなみに237階には何があるんだ?」

 俺は適当に頭に浮かんだ階を華蓮に質問する。

「237カイは、カジノ」

「カジノ⁉︎そんな物まで用意してるのかよ…この施設」

 たしかここルクシア討伐機関みたいな話だったような…明らかにお金の使い方間違ってる気がする…。

「カジノは、セツが、ほしいって言って、主様にむりやり、作らせたの。ピカピカしてて綺麗なんだけど、私は、入っちゃダメって言われてる」

 セツってあの猫耳コスプレ――いや猫耳の生えたお姉さんか。

「あー確かにすげぇ博打とか好きそうだなあの人、肩露出着物スタイルだったし」

「ん、セツはそういうの、すきだし、じょうずだよ」

「へぇ、なら今度会った時に教えてもらうかな」

チン

扉の脇に取り付けられたベルが鳴り、目的地に着いたことを知らせる。

 扉が開くと、眼前には賑やかに人が談笑し合う光景が広がった。

「ほ〜これは随分と賑やかな場所だな〜」

 天井にはプロペラが回っていて、壁は白く上品、床には綺麗な赤色の絨毯が敷かれていて、金箔に包まれたテーブルと椅子。右の壁際にはスクランブルエッグなど美味しそうな食事が大量に並べられていて″オシャレ″という言葉がよく似合うフロアだった。

「おーい!華蓮ちゃん!燈利!こっちよー!」

 奥の方のテーブルで九条さんがひらひらと手を優雅に揺らしながら手招きするのが見えた。

「カイねぇーあかりつれてきたー」

 テクテクと小走りになる華輦に手を引っ張られながら九条さんの元へ着くと、大きな丸いテーブルには九条さんの他にリューネとクリル、ティーカップの中にちょこんと可愛らしく入っているアイルがいた。

「あらまぁ‼︎二人とも手を繋いですっかり仲が良いようね。私はとても嬉しいわ」

「そんなぁ‼︎クリルお姉様とでさえ手を繋いだことがない華蓮ちゃんが、こんな…こんなにも早く新人に打ち解けるなんて…あぁ…なんて…なんて世界は残酷なんだ!うわーーん!」

「華蓮ちゃん良かったね〜新しいパートナーが出来て、でも私少し嫉妬しちゃうかなぁ」

「まじか⁉︎さすが人狼!甘い言葉でこの可憐な少女を手懐けやがったな‼︎よくやった!お幸せにな‼︎クッキー三枚で結婚式の司会は引き受けてやる!いや、やっぱ五枚だ!」

 華蓮と手を繋いでいる俺の姿を見て皆口々に色々なことを言う。クリルにいたってはテーブルをバンバン叩きながら悔し涙を流していた。

「ん、みんな、どうしたの?」

 そう言って小首を傾げる華輦。

「みんな華蓮と会えて嬉しいだけだ。特にクリルなんて泣いて喜んでるよ」

「ん、ならよかった」

 華蓮は俺の手を離すと九条さんの右隣の席へと座った。

「よっこらせ」

 俺もその隣に座る。隣には楽しそうに微笑むリューネ、正面には憎しみの念を送ってくるクリルがいる賑やかな席だった。

「じゃあみんな揃ったことだし食べ物を取りに行きましょうか」

 そう言って九条さんが席から立つと、リューネとクリルが続けて席を立つ。

「華蓮ちゃん!好きな物言ってくれればお姉ちゃんが全部取ってきてあげるよ!何欲しい?」

「いい、私、自分で取りに行けるから」

「そうなんだぁ、成長だねぇ。華蓮ちゃんも自分でお皿に食べ物を取れるようになったんだねぇクリルお姉ちゃんはとってもとっても嬉しいなあ〜」

 そう言って目に涙を浮かべ喜ぶクリルの頭をリューネがコツンと叩く。

「もー!クリルその台詞言うの今日でちょうど一年目だからね。華蓮ちゃんがクリルに取ってくるよう頼んだの最初の一回だけじゃん、早く夢から覚めなさい!」

 一回だけなのか…それで一年間もその玄人風の台詞を言い続けられるのはある意味才能だな…。

「さて、俺も取りに行くか」

 席から離れ、食べ物の並べている場所へと向かう。

「おぉー!これは…すごいな!」

 長いテーブルには煌びやかに輝く食パンなど和食から洋食まで色々な食べ物が並べてあった。

「こんなの生まれてこのかた食べた事ないぜ、いったいどれから食べようか」

 俺が恍惚とした表情を浮かべていると、横でお皿にゼリーだけを大量に乗せた九条さんがフフッと笑う。

「そんなに喜んでくれるなら料理人もさぞ嬉しいでしょうね。朝食の時間はたっぷりとってあるから好きなだけ食べるといいわ」

 言い終わるとまた九条さんは棚からグミやゼリーを取り出すと皿の上に山のように乗せていく。ダイエット中なのだろうか。

「さて、悩みものだなこれは」

 手にした皿には仕切りが六つ、並べられた食品の種類は数十個。食事中に何度も席を立つというのもあれだし、ここはちゃんと厳選していきたい。

 和食オンリーで食べていくか洋食オンリーでいくか、いやその両方か。はたまた隣のテーブルに並べられている中華コーナーからいくか、いや朝からそれは流石に重いか、だが青椒肉絲の香りが鼻腔を刺激する。うーん…非常に悩ましい。

「そこのプリン取りたいんだが、ちょっと避けてもらってもいいか?」

 うぉっ⁉︎と急に話しかけられ思わずビクついてしまう。

「ははっ、随分とオーバーだね」

 俺のその様を見て青年はクスッと笑う。

 その青年は肌は男なのに透き通るような白さで、銀糸のような美しい髪が光に照らされキラキラと輝いていた。

「それにしても見ない顔だな、最近入ってきたっていう噂の超優秀エキセントリックグラナ吸収眠り姫かい?」

「多分それは俺のことなんだろうけど…俺、そんな呼ばれ方してたのか…」

「フフッ、傀音さんが何度も君の話をするからね。要点をまとめるとそんな感じの呼び名だったよ」

 青年はスラリとした細い腕を棚に伸ばしプリンを三つ取る。

「どう?ここにはもう慣れた?」

「まぁ良い人ばかりだし、慣れはした…かな」

 俺のその返答を訊いて青年は嬉しそうに笑う。

「そうか、それは良かった。日本支部は良い人ばかりだし、上手く燈利の事を活用してくれるはずだよ」

 言いながら青年は更に棚からプリンを三つ取る。

「じゃあ、またね。いつか燈利と一緒に任務に行ける事を楽しみにしているよ」

 銀髪の青年はそう言い残すと、風のように去っていった。飄々とした不思議な感じの青年だった。

「――てか、俺の名前教えたっけ?」

 まぁいいか、きっと九条さんに訊いたとかだろう。俺はまた輝く食べ物達へと視線を移す。

「俺もプリンを取りたいんだが、ずれてもらってもいいか」

「うぉう‼︎」

 暗いトーンで背後から話しかけられ、思わずまた飛び退いてしまう。

「そんな驚くことないだろ…ルクシアに話しかけられたわけでもないし…」

 失礼な奴だ、と言いたげな目で天武は俺を睨む。

「そんな怖ぇ声で話しかけられたらだれでもビビるわ。その襟で口元隠すのやめたらもう少し明るくなるんじゃないか?」

 俺がそう言うと、天武はチラリと自分の長い襟を見た。

「あぁ、これは…まぁそうだな…これ以上お前を驚かせてしまうようなら考える」

 言いながら天武は棚からプリンを四つ取り出す。

 流行ってるのかこのプリン?もう棚にはプリンは一つだけしか残ってない。

 俺も便乗して最後の一個を手に取る。

「そういえば華蓮とはどうだった?上手くやれそうか?」

 天武はお椀に味噌汁を装いながら燈利に話しかける。

「あぁ、華蓮はあんな小さいのにすごく強くてな、俺なんておんぶに抱っこ状態だったよ…でもパートナーとしてすごく気に入ってもらえたみたいだし、上手くいきそうな気はするかな」

 俺がそう言うと、天武は一言「そうか」と返した。表情は半分隠れているのでよくわからないが、多分安心した表情をしていることがいつもより柔らかめの声から伝わってくる。

「ま、とりあえず早く決めて戻ってやれよ。あいつらはみんな揃わないと食い始めないから」

 天武はそう言って両手に茶碗と、仕切りを超えて山盛りのパスタを入れた皿を持ってエレベーターの方へと歩いていく。

「天武は一緒に食べないのか?」

「俺はあまりワイワイとみんなで食事するのが好きじゃなくてな」

 そういうのは遠くから眺めてるだけで良いさ、尻すぼみにそう言うと天武は俺に手を振ってそそくさとエレベーターへと乗ってしまった。

「…さて、華蓮達を待たせてるみたいだしもう適当に決めるか」

 俺は右の列の食品から順に装っていく。中華、イタリア、日本、結局色々な食品がその皿には装われた。まぁまた明日食べればいいさ。



「あ、あかり、戻ってきた」

 席に戻ると、俺以外のみんなは既に料理をとって待っていた。

「もぅ人狼!レディーをこんなに待たせるものじゃあないぜ!優柔不断な男は嫌われたり好かれたり乙女の心は難しかったりしなかったりするんだ!」

 小皿に乗せられた三枚のクッキーを前にしてプンプンとアイルが怒る。

「まぁいいじゃないか。ここでの初めての食事なんだし、それぐらい大目に見てやらないと」

 クリルがそう言ってアイルをなだめた。

 おっと、これは意外だ。てっきりクリルが一番怒ると思ってた。

「ごめんな、てっきり先に食べてるかと思って」

「九条さんが『食べ始めと終わりは一緒に』って決めてるからな。私もそれには賛成してるから気にしなくて良いさ」

 それに、と言ってクリルは付け加える。

「それが最後の晩餐になるかもしれないし後悔のないようにゆっくり選ぶと良いさ」

 そう言ってニヤニヤと笑うクリルの頭をリューネが強めにげんこつを喰らわせる。

「縁起でもないこと言わないの。全く…最後のが無ければ良い感じで終われたっていうのに」

「冗談だったのに〜」

 うぅ〜と涙を浮かべながらクリルは頭を抑える。

「はいはい、そこまでにしましょう!門音くんも戻ってきたんだし早く食べ始めましょうか」

 手を叩いて九条さんは皆の視線を自分に向けた。

「じゃあ今日の音頭は華蓮にとってもらいましょうか。華蓮、よろしくね」

 華蓮はゆっくり頷くと、椅子から降りる。

「命に感謝して、食べましょう。いただきます」

 華蓮のいただきますを訊いて、皆いただきますと言って食べ始めた。

「いただきます」

 俺も合掌した後、食事にありつく。

 食パンとかどれも適当に取ったものだが素晴らしく出来が良い。

「美味しいでしょ?」

 隣の席に座っているリューネが口を開く。

「コキュートスの料理は″グラナを特別な調味料に変える″っていうルクシアと契約したコックが作ってくれているからどんなものでも外で食べるのより美味しいのよ」

「グラナってそんな使い方まで出来るのか。ちなみにそのルクシアの契約の代償はなんなんだ?」

「たしか毎日一番美味しそうなソウルを一個与える、っていうものだったかな。でも自我が残る程度にはソウルを残すらしいし案外良いルクシアっぽいよ」

「そうなのか…随分と代償が重いように思うが、よくそんなのと契約したな」

「まぁその″特別な調味料″っていうのはやろうと思えば相手の体内の中で″毒や睡眠薬″に変化させたり出来て案外使い勝手がいいらしいからね。レート的にはそんなものなんじゃないのかな」

 そうなのか、と言いながら前方を見るとムシャムシャとステーキを食べるクリルが視界に入った。

「そういえばリューネとクリルはどういう関係なんだ?けっこう仲良さそうに見えるけど」

 俺のその質問にリューネは「幼馴染!」と歯を見せて眩い笑顔で答える。

「今年でパートナーを組んで十二年目…だったかな?たしか」

「違う、十一年と三百日目だ」

 クリルがステーキを頬張りながらリューネにそう言う。

「随分と細かいな」

「まぁパートナーはもう一人の自分みたいなもんだからな。こんぐらいは覚えてて当然さ」

 飄々とそう言うクリルにリューネが顔を赤らめる。

「もう一人の…自分…」

 真っ赤になりながらリューネは尻すぼみにそう言った。

「ははっ、仲良いな」

 リューネから自分の皿に視線を戻すと、皿の上にはいつの間にかブロッコリーが乗っかっていた。

 適当に取っただけだしよくは覚えてないけどブロッコリーはたしか乗ってなかった気がする。

「まぁ、別にいいか」

 俺はブロッコリーをヒョイと口に入れる。

「お〜家庭の味がする」

 ブロッコリーは他の食べ物とは違って外の物と味は全く変わらなかった。普通にブロッコリーだった。

 視線を下に降ろすと今度はミニトマトが二つ乗っかっていた。

「……」

 さっきのは分からなかったが、これは取っていないというのはわかる。ここのスペースには今さっきまでブロッコリーがあったからだ

 俺は周囲を見回す。

 まずリューネの皿にはポテトサラダ、マカロニサラダ、アボカドサラダ――様々な種類のサラダが盛ってあった。

 この食事を取っているやつが″ブロッコリーを嫌い″なんていうことはないだろう、リューネは白で間違いない。

「次は――」

 クリルの皿を見る。クリルの前には八枚の仕切りのない皿があり、その全てに巨大なステーキが乗っていて、クリルは幸せそうな顔をしながらそれをほうばっていた。野菜の気配なんてこれっぽっちも感じない。この偏った食い方してるクリルがわざわざブロッコリーを取るというのは考えにくい…クリルも白だと思っていいかな。

「クッキーが乗ってるだけのアイルは白だとして」

 九条さんの方を見ると、皿にはさっき見た時と変わらずカップゼリーが山の様に乗っかっているだけだった。

 …野菜というか、自然の食べ物の気配を全く感じない。白だと思っていいだろう。

「ということは――」

 最後に華蓮の方を見ると、華蓮の前には味噌汁、おにぎり、一枚だけレタスが残った半透明のボウルがあった。

 華蓮はゆっくり、ゆっくりと食べ物を口に運び、ゆっくり、ゆっくりと口に入れた物を味わっている。こんなペースで食べているのに野菜だけは早食い、なんてことはないだろう。

「華蓮、野菜嫌いなのか?」

 俺がそう尋ねると、ギクッという音が訊こえそうなくらい華蓮は驚く。

「なにいってるか、わかんない。私、やさい、ちゃんと食べてるんです、けれど」

「いや、それ俺が食べたやつだろ?」

 ギクギクッという音が訊こえそうなくらい華蓮は驚き目を丸くする。

「あら、二人ともどうしたの?」

 九条さんが会話に入ると、華蓮はあわあわと狼狽(ろうばい)しながら、野菜の入っていたボウルを背後に隠す。

「な、なんでもない。なんでもない、から」

「う〜ん、とても何もないようには見えないけれど」

「な、なんでもない。ほんとになんでもない、から。ただ、クリルの食べ物、おいしそうって話してただけ、だから」

 自分の名前が華輦の口から出るのをクリルは聞き逃さなかった。ステーキを食べる手を止め、会話に割り込む。

「え!えっ?えっ⁉︎わたし⁉︎お姉ちゃんのこと呼んでくれたの⁉︎どどどどうしたの⁉︎今日も野菜食べて欲しいの⁉︎」

 言い切ったあと突然クリルは口を手で覆い、これ言っちゃいけなかったやつだ‼︎という表情を浮かべる。

「そう…華蓮、あなたクリルにいつも野菜を代わりに食べてもらっていたのね。私としたことが…全く気づかなかったわ」

 ドスの聞いた声で九条さんは華輦を睨みつける。

「ち、ちがう。これは…」

 その後は九条さんに対してあわあわと狼狽し続ける珍しい華輦の姿が見れて中々に面白かった。


 xxx


「じゃあ門音くん、今日は十四時に出発するから時間になったらアイルのいるフロアに来てちょうだい。それまでは華蓮と色々なお店を見てみるといいわ」

 言って九条さんは胸ポケットから百円玉ほどの硬貨を十枚俺に手渡した。

「これはコキュートスの通貨、だいたいの物は金貨一枚で買えるからそれだけあれば色々な物が買えるはずよ」

「そんな大金を、俺がもらっていいんですか?こんな養ってもらってるような身なのに」

 俺がそう言うと「そんなことないわ」といって九条さんは微笑む。

「あなたは昨日ルクシアを倒したじゃない!もう立派なコキュートスの戦士の一人だわ。成果に対して報酬を払うのは当たり前。だから自分の好きなように使いなさい」

 これが、お給料――

 今までバイトなどした事はなく、働いてお金を貰うというのは初めてだった。少し大人になった気がして嬉しい。この金貨は家宝として取っておこうかな。

「初任務の報酬が金貨十枚なんて今の新人への手当は熱いね〜!私が十枚貰えるようになったのなんて四年目からだぜ?」

 クリルがぶーぶーと文句を言う。

「私達の初任務の時なんてルクシアは今よりずっとグラナの定着が脆くて弱かったじゃない。死ぬ危険も全然なかったし金貨一枚で妥当だったと思うわ」

「言われてみれば、たしかにそうだな」

 クリルは納得してうんうんと頷く。

「おいおいお〜いお前達、そんな呑気に座ってないで早く行くぞ!そろそろタイムが来まくってるんだぞ!」

 アイルが羽をばたつかせながらクリルとリューネの目の前を八の字を描きながら高速で飛び回る。

「あ〜ごめんごめん、すぐ行くよ」

 面倒くさそうに言いながらクリルは席を立つ。

「今から任務なのか?」

「あぁ、今日は色々なチームにすぐ手助けできる様に朝から晩まで現場で待機しておかないといけないんだ」

「へぇ、それは大変だな」

「区域的には門音たちが今日行く二十地区も入ってるんだ。だから――」

 クリルは華輦の方を向くと、上ずった声で喋り始める。

「華蓮ちゃん!何かあったらクリルお姉ちゃんをすぐ呼んでね‼︎歩くのが疲れたとか飲み物が欲しいとかパン買ってきて欲しいとかなんでも言ってくれればすぐお姉ちゃん駆けつけるから‼︎」

 そう言ってはしゃぐクリルを「はぁ…」と大きなため息をつきながらリューネが引きずってエレベーターへと連れて行く。

 引きずられる中でもクリルは「サンドイッチ買ってきてでもいいよー!」と叫んでいた。

「んじゃあ、また後でな人狼よ!二十地区なら対して遠くないしクッキー五枚でゲート開けてやるからな!」

 アイルはそう言うと羽をぱたつかせリューネたちと共にエレベーターへと乗っていなくなってしまった。

「五枚って…遠いはずの六地区の時より多い様な…」

「じゃあ私もこれから会議があるからお先に失礼するわ。また五時間後ね」

 そう言って九条さんも席を立つとエレベーターの方へと去っていき、テーブルには俺と華輦だけが残った。

 人のたくさんいるこのフロアでは色々な人が会話をしていて、静かなテーブルは俺たちのところだけだ。

 けど――この静けさが今はなんだか心地がいい。

 満腹のせいなのか睡魔に襲われて目を瞑りそうになっている俺の頬を華輦がペシペシと叩く。

「あかり、いきますよ」

 華蓮はそう言うと俺の手をまたギュッと握る。

「あぁ、そうだな」

 言って俺は席を立つ。

 さっき、クリルとリューネが組んで十一年と言っていた。そのぐらいの年月が経てば、今度は俺が華蓮を引っ張ってあげられる様になっているのだろうか――

 そんな事を考えながら、俺は華蓮と共に歩き出す。

狂乱の堕天使

年齢:???

誕生日:6月6日

好き:???

嫌い:???

契約/憑き物:なし

他者のソウルを強制的にグラナへと変換し自分のソウルと融合する事で、あらゆる能力を自分の物とする最恐のルクシア。人間だけでなく味方であるルクシアをも襲うことからコキュートスではこう呼称されていた。

20年前、コキュートス最強と謳われた戦士と相打ちになり、そのソウルは闇へと消えた――


《用語解説》


『ソウル』

これは感情、記憶などで出来ており、人間の精神的支柱のような役割をしている。よって、これが体から抜けてしまった人間は、植物人間のようになってしまい全ての感情を無くしてしまい、立つことすらできなくなる。

人が死んだ場合は自動的に体から抜け落ちるが、ソウルはとても脆く、十日程すると《グラナ》という粒子となり消えてしまう。

だがこのソウルを形成する感情や記憶が強い場合には《グラナ》へと崩壊することなく、その形を維持するために周りの《グラナ》を吸収し新たな体を形成し、生前の目的を果たすために動き続ける。

しかし大量の《グラナ》を吸収してしまうことで様々な記憶や感情が混同し、目的を失った結果、闇雲にただ人間を襲い続ける化物――《ルクシア》となる。

だが、ごく稀に生前の記憶を失わないまま《ルクシア》となる者もいる。

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