六花-sadness Angel・sadness Demon
暗闇の中、赤く光る満月のみが光源となり二人の男女を照らす――
真紅の着物を身に纏った赤毛の女が手にした日本刀の刃先を、漆黒のコートを身に纏った男へと向ける。
「《狂乱の天使》よ、なぜお主はそこまでして闘う。お主の魂は既に悲鳴をあげている。もう闘う理由なんぞ、とうの昔に消え去っておるじゃろう」
男は無言のまま、何も無い空間から漆黒の双剣を出現させると、姿勢を低くし戦闘態勢をとる。
その女の声は、もはやこの壊れてしまった男には届いていなかった。
「そうか…お主の目には儂が敵として映るか。ならばよい…」
そう言い、切先を男の方へと向けると女が手にしている日本刀を荒々しく燃え盛る炎の渦が覆う。
「言っても分からぬのなら、体に直接叩き込むまでじゃ‼︎」
ダンッと地を蹴り、一息の間に男との距離を詰めると勢いよく斬りかかる。
ガキンッという鈍い音と共に女の刀に纏っていた炎が飛散する。二手、三手と女は続けて一瞬の間に素早い連撃をいれるが、男はそれを全て、双剣を巧みに使い否し続ける。
「………」
ガキン、ガキン
斬り攻められ続ける中、男は一瞬だけ生じた微かなブレの一撃を見逃さなかった。
男はその一撃を右の剣で否すともう片方の剣で、その女の剣を宙へと弾き飛ばした。
「なにっ!?」
女は後方に弾き飛ばされた剣の衝撃を利用し後方へ飛び退き、男との距離をとると宙から落ちてくる刀を受けとめる。
ゴオオォ
体勢を立て直そうとした女の耳に、風を荒々しく切る音が響く。
次の瞬間には、男が自分の前で剣を突き刺そうとする姿が瞳に映った。
「くそ――」
女はすんでのところで上体を反らすが、肩にその一太刀を深く喰らう。
そして男の鋭い剣戟の軌跡が風の刃となり女を追撃し、無数の傷を与えた。
「ふっ、流石《狂乱の天使》と呼ばれる傾奇者…一筋縄ではいかんな」
言葉とは裏腹に楽しそうに笑みを浮かべる女の体を、七色に輝く光が包みこみ、傷口を塞いでいった。
「……」
男はまだ立ち上がる女を黒く染まった瞳に写すと眼を細める。
男は持っていた剣を空気へと消すと、両手を天に掲げた。
「RgzミSigddA――」
大気を揺らす風の唸る音ともに、男の両手のひらに黒い粒子が集まる。そしてその黒い粒子は一本の黒い槍となった。
「Gaaa!」
黒い雷を帯びた槍を男は投げつける。
ビリビリと轟音を立てながら空気を裂ち飛んでくる槍を女は澄ました顔で見つめる。
「この程度では、儂には届かんぞ」
女は手にした刀で的確に槍の先を貫き、目の前でその攻撃を止めた。
「Gaaa!」
男は激昂しながらその身を黒い霧に身を包み闇と同化すると、四方八方から女に無数のダガーを投げつける。
「ふっ、生ぬるいわ‼︎」
無数の刃は女との距離が縮まるにつれ急激に速度を落としていくと、勢いを失い地面へと落ちた。
「小細工なんぞ通用せんぞ。男なら、正々堂々正面からかかつてきたらどうじゃ?」
女はまるで子猫と戯れてでもいる様に楽しそうに微笑む。
「Guu…」
黒い霧と共に男が姿をあらわす。
「よしよし、では次は儂からいかせてもらおうか」
言うと女の周りに無数の虹色の美しい羽根が舞い散った。それら一つ一つは淡い光に包まれると、朱い刀へと形を成していった。
「ゆけーーーっ!!」
そう言い手を振りかざすと、宙に浮いた無数の刀は男の方へと切先を向け、真っ直ぐに飛んで行った。
「Negdz…モ…」
男はそう静かに何かを呟くと、黒い剣を出現させた。
風を切りながら無数に飛んでくる刃を、男は全て目で捉え否していく。
「GAaaa‼︎」
擦り傷ですら男の身体に負わせることはできない。
「まだまだっ!わしの攻撃はこんなものでは終わらぬぞ!」
そう言うとまた虹色の羽根が宙を舞い、それが剣へと形を変え男の方へと飛んでいく。
「Guu……」
無数の剣による攻撃が続く中、遂に男の身体に疲れが見え始め剣への反応が鈍くなっていく。絶えることのない剣は次第に男の体をズサズサと切り裂いていく。
「Uaaaaーー!!」
雄叫びを上げると、男の両腕に出現した黒い霧に双剣が包まれ消えると、今度は右手にどこまでも続く深淵の様な黒い剣が出現した。
「あああぁaaーー!!」
叫びながら男は空中から飛んでくる刃を一気に弾き飛ばし、体全身を黒い霧で覆うと女の方へ一気に足を運んだ。女の前で黒い霧から姿を現わすと、その勢いに任せ剣を振りかざし思い一撃を突き出す。
「見切っているぞ!」
女の前方に十本程の羽根が舞うと、それは瞬時にまとまり輝き、大きな盾を形成しその凄まじい一撃を受け止めた。
「GAAaaaaーー!!」
だが突き立てられてからもなお威力を増していくその攻撃に、盾は耐えることができなかった。ミシミシと音を立て亀裂が入っていく。
「なにっ!?この儂自慢の盾を砕く攻撃だというのか!?」
瞬時に虹色の羽根を傷付いた部分に出現させる事で盾の補強を試みるが、ヒビは瞬時に一部分から全体へと広がっていき盾を木っ端微塵に粉砕した。
「やりおる‼︎」
「GAAAA--‼︎」
男は盾を砕くと、そのまま女の心臓部分を貫いた。
「っぐは--‼︎」
傷部分から鮮血が噴水のように鮮やかに流れ出る。
「ふふっ、やりおるな…だが……これはこれでまた好機……」
女は傷を気にすることもなくニヤリと男に向かって笑う。
「勝ったと思うなよ!若僧が‼︎」
そう言うと女は目の前の男を羽交い締めにした。
「--⁉︎」
「どうじゃ、これで……にげられまい」
女はそう言ってニタリと笑った。
男の後方に落ちていた数本の朱い刀がユラユラと宙へ浮き上がる。
「Grr!?gyyyyy!!!」
男はもがき、その場から離れようとするが女に掴まれた体は鉛の様に重く、動かす事ができなかった。
ギュン
パチンコ玉の様に弾かれた朱い刀は風を切り裂き、勢いよく男の体を背中から腹へと貫いた。
「uu……Gaaaa!!!」
男は悲痛の叫び声をあげる。
「…わしの…作戦勝ちなんじゃよ、阿呆め…」
男は体を貫かれてもなお逃げる事を止めようとせず、足掻き続ける。
だがその体にだめ押しの様に更に一本、二本…と刀が突き刺さる。
「Aaaaa‼︎‼︎」
雨の降る中で、男の断末魔だけが虚しく響きわたる。
「もう…いいのじゃ…お前は十二分に苦しんだ…」
肩で呼吸しながら女は声を振り絞る。
「友を手にかけたその罪の意識で…お前はもう苦しむ事は…ない!彼女たちも、お前の事を…きっと赦しているさ…」
貫かれた所から滝のように鮮血が流れ出て女の足元に血の池を作った。
「上手く黄泉の国へと行けた時は…その時は……酒でも飲んで楽しくやろう」
女はそう言って温かな光の様に男へと優しく微笑みかけながら、事切れた。
「……Guu…」
やがて、男の顔から一切の表情が消えた。長く闇だけを移していた瞳は、ついに何も映さなくなった――