拾八花-seed Ⅱ
「あかり!」
横にいた華蓮が黒い腕を操り俺の事を横へ吹き飛ばすと、俺を庇いそのアンヘルの巨大な牙による攻撃をまともにその小さな体で受けた。
「うぐっ――」
悲痛に顔を歪めながら華蓮は巨大な腕でその蛇の様なルクシアの脳天を攻撃し、その蛇に似たルクシアを後退させた。
「華蓮!」
俺は華蓮に駆け寄り、すぐさま抱き寄せる。
「あか…り、だい…じょう…ぶ?」
ルクシアに抉られた華輦の腹部からは大量の鮮血が溢れていた。
「あぁ、華輦のおかげで傷ひとつないよ」
俺がそう言うと「よかっ…た…」と息絶え絶えとした様子で華輦はそう答える。
「俺があのルクシアは倒してくる。だから華輦はここで俺の勇姿を見ててくれよ」
俺は服の袖を破り、華輦の腹部にそれを巻き応急処置をする。
昔、誰かが似たようなことをしてくれた気がして、何故か手際よく治療は済んだ。
「ん、わか…った…」
腹部からの出血により、華輦の白い戦闘服はいつのまにか朱色に染まっていた。
早くしないと…このままじゃまずい。
治癒効果のある札はすでに切らしていてしまい、華輦を回復してやる手立てはなかった。
「待ってろ、あんなヤツすぐに片付けて九条さんトコに連れてくよ」
俺のその言葉に華輦はぎこちなく微笑むと、親指を立てて見せた。
「あぁ、任せてくれ」
俺はそう言って華輦を瓦礫の山の壁へと隠し、そこから飛び出し、ルクシアの前へと構えた。
「WggTgdzし…ノgg」
蛇型のルクシアは華輦により喰らわされた頭頂部への一撃により上手く動かないでいる様子だった。
りチャンスだ。すぐに終わらせる!」
俺は跳躍すると構えた槍をルクシアの頭頂部を狙う。しかしその攻撃はルクシアには届かなかった。
蛇の頭があったルクシアの頭部がバリバリと音を立てながら割れると、その中から女性の上半身だけが突き出てきた。その姿は、漫画で見たことのある《ナーガ》という神話の生物に瓜二つだった。
「ワタシノコヲ!カエセ‼︎」
そのルクシアの手にした剣により俺の攻撃は防がれ、体勢を崩した俺は地面へと叩きつけられた。
「蛇が脱皮すると女性が出てくるなんて授業で習ってないぞ」
「ワタシノコヲ!ワタシノコヲ!」
ルクシアは酷く耳障りの悪い声で人の言葉を発した。
こいつ、もしかして意思の疎通が出来るのか?
「私の子、って言っているのか?どういうことだ!教えろ!」
「ガアアァァ‼︎ワタシノコヲォ!ヨクモオオォ‼︎」
ルクシアは激昂しながら尻尾を叩きつける。
「くそっ!やっぱ無理か!」
俺は身を翻しその一撃を避けると、手にした剣でアンヘルの尻尾部分を下から一気に斬り裂いた。
「ギャアアァァァ‼︎」
痛みに体を翻し悲痛の叫びをあげるルクシアに、俺はさらに連撃を加えていく。
「ニンゲンゴトキガアアァ‼︎」
叫び、ルクシアは乱舞の剣を振るうが、俺は跳躍することでそれを避ける。
「人間を、あんま舐めてくれるなよ!」
俺は宙に浮いた姿勢のまま剣を構え、一気にルクシアへと突進した。
「ググゥ…ガァ‼︎」
硬い鱗を切り裂くと、柔らかい肉の感触が切っ先から伝わった。
「華輦を傷つけたツケ、ちゃんと払ってもらうぞ」
剣をルクシアの体から抜くと、濁流のように醜怪な血が溢れ出る。
「ガアアァァ‼︎」
「避けるなよ、なるべくすぐに終わらせてやる」
俺は剣を構え、ルクシアの頭部に狙いを定め突進する。
「GGyyyaaadddd‼︎」
「なっ――‼︎」
俺は突然ルクシアの体から放たれた黒い霧により、後方へと吹き飛ばされた。
瓦礫の壁へと叩きつけられ、ぜんしんに激しい痛みが走る。
「くそっ…あんな技持ってるのか…」
立ち上がろうとした俺の眼前に、ヒュン――と未だたちあがる砂埃を裂き、突然巨大な剣が現れた。
「しまっ――」
俺は必死で身を翻すが、避けきれず右肩にまともにその攻撃を喰らい、再び壁へと叩きつけられる。
「ぐはっ――」
「オマエタチ……オマエタチサエイナケレバ…ワタシノ…」
ルクシアは右手にもう一度剣を出現させると、何か言葉をブツブツと呟きながらこちらへと近づいてくる。
「くそっ…どうにかしねぇと」
じたばたともがくが、深く刺さったその剣は抜けなかった。
「ワタシノコヲ…カエセエエェェ‼︎」
もうダメか…そう思い目をつぶった刹那、俺の耳にルクシアの悲痛の叫びが訊こえた。
「グギャアアア‼︎」
絶叫しながらルクシアは左側にある瓦礫の山へと激突した。
「なんだ…一体…」
砂埃が舞う中目を凝らすと、俺の目の前に小さな影が現れた。
「か…華輦…お前」
「ん、だいじょうぶ。あとは、わたしに、まかせて」
そう言って現れた華輦はニコリと笑い俺にサムズアップしてみせたが、すぐに片膝を地面につけた。
華輦の腹部に巻いた俺の服を貫通し、濁った血が地面へと滴る。
「だい…じょう、ぶ…です」
「大丈夫なんかじゃないじゃねぇか!待ってろ!今すぐ――」
突然、横にあった瓦礫の山が崩壊し、ルクシアがこちらへと突進してくる。
「アアァァ‼︎ミツケタアァ‼︎」
「華輦っ‼︎くそっ‼︎」
ルクシアは俺ではなく華輦を目掛けて突進してきた。
俺はもがくが、巨大な剣は抜ける事なく、ただ俺の体をブチブチとちぎっていくだけだった。
「ぐぅ…っ!」
全身の力を振り絞り華輦は腰からニ本の黒い腕を出現させると、それを盾にしてルクシアの突進を防いだ。
「アァ!ナゼ?ナゼハハをコバムノ⁉︎ワタシヨ!ワタシヨ‼︎」
ルクシアは不快な声を発しながらそう華輦に話しかけ、黒い腕を退けようとする。
「…っ知ら、ないっ!」
叫んだ華輦の腰から禍々しい棘のついた黒い腕が生えてくる。
「はぁっ!」
華輦はその三本目の腕でルクシアの頭部に重い一撃を喰らわせた。
「グギギッ…グアアァ‼︎」
だが華輦の攻撃を受けてなおルクシアの突進の威力は弱まることなかった。それどころかむしろ威力は強まっているように見えた。
「ガアアァァ‼︎」
「ぐっ――⁉︎」
ルクシアは両腕に全力を込めると、華輦の黒い腕を退け、小さな華輦をその巨体で跨るように押し倒した。
「ハァ…ヤット…アエタッ!イマ、ソコカラダシテアゲマスカラネ!」
ルクシアは右腕を振り上げると華輦の左胸を指先で貫いた。
「華輦っ‼︎」
「うっあぁ…あぁ‼︎」
「サァ!デテオイデ!」
「くそっ!くそっ‼︎華輦をっ!離せぇ!」
ブチブチと俺の右腕の血管が千切れる音が耳に響く。痛みなんて、今は感じなかった。
「はあああアァァ!!!」
体を切り裂かれる中、華輦は突然叫び声をあげる。すると華輦の体中から無数の黒い腕が出現した。
「アァ…レイ、ソコニイタノネ」
ルクシアは目に水を浮かべると、ゆっくり無数の黒い腕に手を伸ばした。
だが、その黒い腕はルクシアを拒んだ。
ギュインと一斉に黒い腕が巨大なルクシアの前身を掴み取りギリギリと雑巾を絞るようにねじり潰していく。
「グッ…ガ…レ、レイ…イッショニ…オウチ、二…カエリマ…ショウ」
ミシミシと骨や鱗が潰れる音が響く。
ルクシアは死を覚悟したのか、何も抵抗することなく――ただ、そっと黒い腕に触れた。
「アァ、レイ…」
華輦の腕に触れたルクシアは、満足そうに微笑むと、ゴキッと鈍い音が鳴り、ルクシアは雪のように綺麗な輝きを放って溶けて消えていった――
「ああ…あぁ…」
「やったな華輦!すごいじゃないかあんなの倒――」
「ああアァァ‼︎」
ルクシアが消えた刹那、華輦は狂ったように叫び始めた。
「か、華輦!どうしたんだ⁉︎」
だが俺のその呼び声は、もはや華輦には届いていないようだった。
華輦は両手で頭を抑えながら叫び続ける。
「アァ‼︎母さん‼︎カアさん!カアサン‼︎」
「どうしたんだよ!華輦っ!返事をしてくれ‼︎」
「ボクが――ボクガ‼︎カアサンヲ‼︎アアアアァァ‼︎」
腰から出現した無数の黒い腕は、いつものように華輦の体に吸収されることなく、ルクシアが倒されてもなお存在し、徐々に主である華輦の体を包み込み始めた。
「おい!華輦‼︎くっそ!どういうことなんだよ一体‼︎」
俺がもがく間に、無数の黒い腕は華輦の全身をみるみるうちに丸く包み込んで、一つの黒い玉となってゴトッと音を立てて地面に落ちた。
「あ…っ…」
別れの言葉も、感謝の言葉すらも言えないまま、華輦は呆気なく、消えてしまった――
「くそっ‼︎間に合わなかったか」
後方から訊こえた声に振り向くと、クリルや九条さん、大勢のコキュートスの人間が駆けつけてきていた。
俺の存在に気づいた天武は、すぐに駆け寄ると、右肩から腹までを貫いている巨大な剣を引き抜いた。
「待ってろ、今治療してやる」
言うと天武は何か呪文を唱え、重傷だった俺の傷口を塞いだ。
「じっとしてろ、すぐにはこの傷は塞がらな――」
「華輦っ!」
礼も言わず、俺は制止させようとする天武を振り切り急いで華輦の元へと駆け寄った。
「華蓮…なぁ華蓮!…いるんだろ‼︎…」
「がaggaagggぎィ‼︎‼︎」
華蓮の返答は、もはや言葉を成していなかった。まるで、ルクシアと――
「……華蓮、いま、今助けてやるからな」
そう言って黒い玉に触れようとした俺の手に、黒い玉の表面から出現した何本もの棘が俺の手のひらを貫いた。
「――っ⁉︎」
「やめろ!華輦は、もう――手遅れだ!」
天武はそう叫び俺の肩を強く掴む。
「華蓮じゃない?…何言ってんだよ!叫んでるだろ!この中で、華蓮は苦しんでんだろ‼︎」
俺は天武の胸ぐらを掴んで持ち上げる。
「お前にはこの華輦の助けを呼ぶ声が訊こえないってのかよ‼︎れ
純白の天武の服が、俺の手から流れ落ちる血で真紅に染まっていく。
「華蓮は内にいたルクシアに既に飲み込まれた…これはルクシアの卵だ!今まさに華輦の体を触媒にして生まれようとしている…お前にだって訊こえているはずだろう‼︎」
天武の暗い瞳はまっすぐにこちらを見つめていた。
黒い玉の中から聞こえてくる声は幾重にも醜く重なった不快な化物の声――何度も対峙したルクシア達の声そのものだった。
「なんとか…ならないのかよ…」
こぼれ落ちそうになる涙を必死にこらえながら、俺は天武の胸ぐらから手を離す。
「俺たちに出来ることは、ルクシアが生まれる前にこの卵を破壊する事だ、そうすればこれ以上の被害は出ない」
「壊す…だと?」
冷静にそう口にする天武に声を荒げる。
「そんな事したら中にいる華輦は――」
「死ぬしかないさ」
冷淡な口調で天武はそう告げる。
「なんで…なんでそんなすぐに諦められるんだよ!」
「相手がたとえ華輦だとしても、俺のやることは変わらない――ルクシアを殺すだけだ…」
今までまっすぐ俺を見ていた瞳が、その時だけ少し揺らいだのを俺は見逃さなかった。
けれど、たとえ本心じゃなかったのだとしても、俺はその言葉を無視することは出来なかった。そう言い放った天武が許せなかった。
「てめぇ――‼︎」
拳を作り、殴りかかる俺をいとも容易く横にいた二人のコキュートスの人間達が止めた。
「それ以上の主様に対する不敬は許されない」
言うと二人の男は剣を構え、俺の前に立ちはだかった。
「邪魔なんだよ……」
俺は急いでるんだ、こんなところでもたついてる場合じゃねぇ…パートナーを――華輦を助けてやんねぇといけねぇんだよ!
「どけえぇ‼︎」
俺の怒りに呼応したのか、体から黒い瘴気が放たれ男たちの体を切り裂いた。
「やめろっ!」
華輦に向かおうとした俺を、クリルが背後から地面に押し倒し両腕を拘束した。
「――っ⁉︎なんでお前が止めるんだ!お前だってこんなの納得できないだろ!」
「……」
俺のその問いかけに、クリルは下を向き何も答えてはくれなかった――
「リューネ!九条さんも!これでいいって言うのかよ⁉︎」
俺のその叫びに二人は肩をビクつかせる。だがクリルと同じように下を向き、リューネも九条さんも何も答えてはくれなかった――
「なんだよ‼︎華輦が好きだって言ってたのも全部嘘なのかよ‼︎土壇場になったらみんな華輦を捨てるのかよ!」
「いい加減にしろっ‼︎」
背中からクリルの怒号が飛ぶ。
「私たちだって…苦しいに…きまってんだろっ‼︎」
背中から絞り出すクリルの声が聞こえる。
「辛いのが…お前だけなわけねぇだろっ!悲しいのがお前だけなわけねぇだろ…苦しいのが、お前だけなわけねぇだろ…」
暖かい水滴が、俺の頬にポタリと落ちた。
上を向くと、ポツポツと雨が降ってきていた。それは――いつかのように、悲しい雨だった。
「でも、だからって…そんな簡単に諦められねぇよ…」
最初にコキュートスで目を開けた時、側にいてくれたのは華蓮だった――
いつ目覚めるかもわからないのに、華蓮は毎日俺のためにご飯を用意してくれていた。俺がどんな人間かもわからないのに、華蓮は一生懸命でいてくれた。
俺のパートナーは華蓮だと知らされた――
正直こんな小さな子がパートナーなんて不安だった。でもそれは逆だった。華蓮は強く、俺なんか要らないんじゃないかってぐらい強かった。
一度聞いた事がある『俺でいいのか?他の奴の方が強くていいんじゃないか?』って、でも華蓮は
『あかりがいい』
そう言ってくれた。
そう言って、俺の手を握ってくれた。言葉にはしなかったが、精一杯に大丈夫と伝えてくれた。
ブランコに乗ってみたいと、華蓮が言った――
そんな簡単なことか、そう思って軽い気持ちで引き受けた。けれど壊れた町でブランコを探すのは容易なことじゃなかった。
当たり前なんていうのは、俺のいた世界の事だけだって華蓮から教わった。
華蓮と――みんなで、ブランコを作った。
笑っていた華蓮の声が――すごく、記憶に焼き付いている――
雨は――媒体となって黒い玉の中の絶叫を辺りに響かせた。
「がああAAAA――‼︎」
ミシミシと音を立てて黒い玉が割れて中身が出てくる。中から出てきたのはいくつもの棘がついた漆黒の腕だった。
「刀を--」
天武がそう言うと、コキュートスの人間が日本刀を手渡した。
天武はそれを受け取ると、華輦に向かって構える。
「やめろおぉ‼︎」
「なっ――⁉︎」
放たれた黒い瘴気がクリルを吹き飛ばした。
俺は全身の力を振り絞り一気に天武へと詰め寄る。
こんな事が――こんな残酷な事が正しいはずがない‼︎
俺は剣を出現させると天武へと斬りかかった。
「はああぁぁ‼︎」
だが――俺のその一撃は、天武には届かなかった。
「最期は…華蓮も、お前に看取って欲しかったはずだ」
冷たいくそう言うと、天武は手にした刀で俺の体を切り裂いた。
「ぐはっ――」
大量の血が身体から溢れ、衝撃で俺は地面へと崩れ落ちた。
「ぐがっ…ぐぅあっ……」
まともに攻撃を喰らったせいで、俺の意識は徐々に失われていき、体が動かなくなっていく。
「やめ……ろ…」
俺は震える手を伸ばす――けれど俺の腕は何もつかめなかった――
天武は再び刀を構える。
「やめて…くれ……」
声を振り絞る――けれど俺の声は雨音に消され、誰の元にも届かなかった――
天武は刀を黒い玉へと突き立てた。
「GGGAAAA――‼︎」
吐き出す様な華輦の絶叫が、辺りに響く――
「今、楽にしてやるからな、華輦…」
天武の手にした刀は炎を纏い、綺麗な渦を巻きながら華蓮の全てを燃やし尽くしはじめた――
華輦の悲痛の叫びが雨の中にこだました――




