超獣魔女セフィリア現る
「えーっとそれで、アンタはいきなり飛び出してきた爺さんを撥ねて、救助しようと思ったらいつの間にか爺さんはいなくなっていたと?」
いきなり飛び出してきた爺さんを撥ねてしまった俺は、念のために警察に連絡していた。
「はい。えっと…こういう場合どうなるんですか?」
「うーん被害者がいないからねー。警察としても被害届をもらわないと何もできないしね。後日おじいさんが被害届を出してきたら事故として扱うけど、それまではお咎めなしということで、…一応、連絡先だけは教えてもらえる?」
被害者がいないとわかった途端にこの態度だ。気楽なもんだ。
「わかりました…えっとその…この場合、クルマの保険とかどうなるんですかね?」
「そんなの僕は知らないよ。それじゃ、今後は安全運転でお願いします。」
そう言って警官は去っていく。現場検証ってこんなもんでいいのか?俺でもできそうだぞ。
タクシードライバーなんてやめて警察官になろうかな。
…現実逃避している場合じゃない、営業所に戻るか。…所長になんて報告しよう?
「見つけたぞ、勇者カイン。」
タクシーに乗り込もうとしていた俺は、突然後ろから響いた声に驚き振り返る。そこにレオタードみたいな衣装マントというすさまじいカッコをした女がいた。
「我こそは邪竜王アルグドルグ様、直属の四天王が一人。「超獣魔女」セフィリア=オルグ=シュバイン。まさか、このような地に転生を果てしていたとはな、勇者カインよ。」
まずい。この女が何を言ってるかわからない。
目のやり場に困る露出過多な衣装といい…コスプレってやつなのか?
「だがその程度の工作で、我らの目はごまかせない。邪竜王様の千里眼をもってすれば…。」
何やら熱弁を始める女。これはあれだ、関わっちゃいけないタイプの人間だ。
「だが、邪竜王様も完全ではない。そこで我らは地球に転生した貴様の魂を…。」
「一ついいが?」
「うん、なんだ?まさか勇者ともあろうものが命乞いか?ふふふ、無理もない。いくら勇者カインといえども、この超獣魔女セフィリア=オルグ=シュバインを前にすれば、ただでは済まないと…。」
「悪いがまだ仕事中なんだ。それじゃ。」
俺はタクシーに乗り込み、そのまま車を発進させる。
なんとかの魔女さんは
「ふふふ、勇者ともあろうものが逃げよう…ってアレちょっと何、めっちゃ早いどうなってるの?…大丈夫、慌てるな私。私には魔法の力が…ってなにこれ?大気にマナを感じない!!どうなってるの?これじゃ魔法が使えない…。まってねえ。ちょっとまってよ。おねがいー。」
バックミラーを見ると、涙目になりながら、こちらを必死の形相で追いかけてくる半裸の女が見えた。なんだよこの状況。ちょっとしたホラーだぞ。
俺はアクセルを踏み込み引き離そうとするが、生憎の目の前は赤信号。やむなくブレーキを踏み、車を停止させる。
半裸のコスプレ女はその隙を逃さず、タクシーに追いつくと、ボンネットにしがみつき行く手を阻んできた。
ちくしょう振りきれなかった。
「ぜーはー、ぜーはー…待って、おいて行かないで、私の話を聞いてよ。勇者なんでしょ!」
フロントガラスに顔を押し付けながら、コスプレ女は俺を睨み付ける。整った顔していたような気がしたが、この光景は見せられれば、それが間違った感想であったこと認めざるを得ない。
一言いうなら醜い。ただ醜い。
「なんでしょうか?」
信号が変わり、このまま車を発進させたい気分だったが、さすがにそれは犯罪だ。俺は女からの逃走を諦め、エンジンを止めると車から降りた。
「なんで逃げるの?戦いなさいよ!この卑怯者!」
ボンネットにしがみついていた女は、俺が車から降りるなり胸倉を掴みかかってきた。
戦うってなんだよ?…もしかして、これテレビ番組の企画かなにかなのか?
コスプレイヤーVSタクシードライバー 深夜の大決戦
…ありえないな。俺がディレクターならそんなふざけた企画持ってきたやつを病院に叩き込んでいる。
「なによ、黙りこんじゃって…ちょっと、怖いじゃない。何か言いなさいよ!」
「これを、」
「なによこの紙切れは?は、まさか呪術の札か何か…。」
1万円札も知らないのか、顔立ちが日本人離れしているとは思っていたけど、やはり外国人なのか。
「この国の紙幣です。それを差し上げますので見逃してください。」
1万円は俺にとっても痛い出費であるが、これ以上絡まれるくらいなら、金でも渡して早いとこ解決したい。
「紙幣?見逃す?…ククク、フフフ、フハハハア。」
お金をもらえて嬉しかったのか、目の前の女は突然高笑いする。外国人だけあってオーバーリアクションだなあ。
「あの勇者カインが私に命乞いだと?勇者とあろうものが堕ちたものだ。よもや、ここまで腑抜けていたとはな!」
コスプレ女は一万円を高々に掲げ上機嫌だ。いくらなんでも喜び過ぎだろ?コイツどんだけ安い女なんだ。
「喜んでいただけて何よりです。それじゃ、俺はこの辺で。」
「待て、見逃すとは言ってないだろう?フフフ、ここでキサマの命を奪うのは簡単だが、それではつまらない。ここは邪竜王様の前にその哀れな姿を晒すのも一興だろう。邪竜王様も1000年前、貴様にしてやられた溜飲もお下がりになれられることだろう。」
「邪竜王?なんですかその人は?」
「己が宿業すら忘れ果てたか、無様なものよ!…まあよい、邪竜王様の前にすれば嫌でも思い出す。いざ開け冥界の門よ。」
コスプレ女は自信満々といった感じで片手をあげる。
突然の動作に俺は驚きとまどうが、しかし何も起こらない。
女もおかしいと思ったのが、徐々に不安げな表情なっていく。
いったい、コイツは何がしたんだ?
「…開け冥界の門よ。開け!ねえちょっと開いてよ。…ねぇなんで開かないのよ?」
「なんだか調子が悪いみたいだね。今日は無理しないほうがいいよ。それじゃ、俺はこの辺で失礼させていただきます。」
「え、ちょっと待ってよ!?もうちょっとで開くと思うからね。もう少し待ってよ。…そういえばさっきも大気にマナが感じなかったし…ねぇどうなってるの?どうして大気にマナがないのよ!?」
マナってなんだよ?大気に含まれているのは酸素とか窒素とかその辺だ。決してそんなものは含まれていない。
それをコイツに指摘するのは簡単だけど、ここは…
「アンタ、この辺に来るのは初めてなのか?」
「え、そうだけど?それがどうしたのよ。」
「マナはそこの角にあるコンビニ…ほら明るく光っているお店があるだろ?そこで買わないと使えないんだよ。」
「え、そうなの!?」
「そうそう。さっきあげた一万円で買えるから、早く買いに行った方がいいよ。」
「そう、そうだったのね。納得だわ!地球ではマナを買わないと使えないのね。迂闊だったわね勇者!敵に塩を送ったつもりかもしれないけど、あいにく私は容赦しないわよ。それじゃ、ちょっと買ってくるから待っててね。」
「あいよ、いってらっしゃい。」
意気揚々とコンビニに向かうコスプレ女を見送ると、俺はタクシーに乗り込み車を発進させる。
さて、タクシーが凹んだ理由を所長にどう話したものかな。