プロローグ
(ク……、こち…アック…聞こえ…どう…)
足元に転がる、壊れかけの無線機のイヤホンから、雑音のような呼びかけが、聞こえてくる
真っ白い壁を、己の身体から流れでる鮮血で汚し
その身を預けるように座る道化師は
壊れかけの無線機から聞こえる友の声を耳にし
仮面の下で、少し微笑んだ…
(多分これでよかったんだ…)
自分の、周りに広がる血の海
己の血もだいぶ流れたが
その、何十倍にも流れた敵の血のなかで
戦場の道化師は静かに微笑む…
彼の人生は常に、戦場と共にあった…
産まれは、とある紛争地域の貧しい街…
死とゆうものになれ、悲しみの涙さえも忘れてしまい
ただ、過ぎていく時間の中、戦争と貧困と共に過ごす街
そんな、場所だった
生きる為に、常に戦う事が求められる、地獄…
血の海で、道化師は育った…
神の御手から零れた街…
地獄に産まれた道化師は、常に戦いの中で育ち、戦う為だけに生きてきた
神さえも、見離した街で、戦い続けて生きてきた
生きる為に人の命を奪い、人の命を糧に生きてきた
その惨たらしい人生に、終止符が打たれようとしている
「やっと…終わるんだ…」
自分の身体から、流れ出る真っ赤な血を眺めながら
道化師はまた、微笑んだ
「ガッ、ガガッ、クラ、ン…聞こえるか…おれ…声…きこ…オイッ!…魁獅!!」
(ああ…馬鹿…本名を呼ぶ奴があるか…もし、敵が聞いていたら…どうすんだ…馬鹿だなぁ…)
兄の声に耳を傾けながら
道化師は、流れでる真っ赤な命の元を眺める
道化師は、この街に産まれた時、二つの力を授かった
一つは、圧倒的な武力
「地獄の道化師」
彼は、この国を支配いしていた独裁者にとって、唯一の恐怖
圧政と暴力で、この国を治めていた独裁者が、唯一恐れた物
戦闘能力、戦術、どれを取っても彼は一級品だった
むしろ、並び立つ者が居なかったと言える程、最高のものであった
「死の道化師」
道化師は、この国を納める者達から、恐怖と侮蔑を込めてそう呼ばれていた
しかし、道化師は、この国を納める軍部だけではなく
味方である、反政府の者達からも恐れられていた
戦場において、たった一人の武力のみで
平等なる死を与える死神
幾人もの敵を屠り、敵の返り血に塗れ、うすら笑いを浮かべる道化の仮面から赤い涙を流し戦場に立つ
その姿は、味方の目から見ても、恐怖の存在でしかなかった
だから、道化師は常に一人だった
むしろ、道化師自身も、常に単独行動を心掛けていた
自らが、恐怖を与えるのは、敵だけでいい
自分が居る事で、周りの人間が怖い思いをするなら、離れていた方がいい
道化師は、そうゆう考え方をする優しい者だった
しかし、彼は孤独ではなかった
神から授かったもう一つの力、彼の兄が常に彼を理解し、共に居てくれたからだ
今、会話する事も難しくなってしまった無線機に向い
必死になって、呼び掛けて来る天からの贈り物
彼は無線が通じない道化師の元に、必死になって、駆け付けようとしているだろう
間に合おうと、間に合わなかろうと、必死になって駆けているだろう
極悪非道を、絵に書いた様に演じ、恐怖と暴力でこの国を支配していた独裁者
死の道化師と呼ばれた、彼に殺され
今、道化師の前に、冷たくなりつつある体を横たえた男
その男が建てた白亜の宮殿に、道化師の友は、必死になって向っているだろう
弟の、名を叫び、彼は駆けている
恐怖と地獄の根源と呼ばれた男を倒し、白い屋敷の壁を己の血で汚しながら力なく座る、この国を救った英雄の元へ
どんどん流れ出る命の涙を眺めながら…
地獄の道化師は、仮面の下で静かに瞳を閉じる…
兄は、神から見離されたこの街で
死に慣れ、貧困に疲れきって、悲しみの涙さえ忘れ去ってしまったこの街で
笑みを浮かべてこう呟いた
「皆が笑える国になればいい」
兄は、神の御手から零れ落ち
神から見離されたこの国の唯一の希望
(これでよかった…
全ての恐怖は…全ての争いは…死の道化師と共に消える…
兄貴が居れば…この国は生き返る…
俺は道化師…悲しきピエロ…でも…兄貴が居れば…)
道化師は、唯一残った力を振り絞り、道化の仮面を外す
仮面の下から現れる、端正な作りの顔
しかし、その整った造形のせいで、少し鋭利で冷たい印象も抱かせてしまう
道化師の仮面を外した彼は、その端正な顔を、庭から屋敷に差し込む太陽の光に向ける
(これで。よかった…)
最後に微笑みを、浮かべた彼の手から、道化の仮面がこぼれ落ちた
世界に静寂が訪れる
常に、銃声と砲弾の音が響き渡るこの街で、やっと訪れたその静寂は
神から見離されたこの街で、その命を終える道化師に対する
唯一の褒美の様に思えた