その一
天原で人々は仲良く暮らしているよ。そこに住んでいる中学一年四人を描いた物語だよ。
人が住んでいる陸地は少しだけ。人々は天原と呼ばれる地で暮らしているよ。
五月一日火曜日。
晴山町の西に広がる森の開けた所に一軒の家がある。その家に住んでいる藺山瑞葉は目を覚ました。
「まだ眠いかな」
瑞葉はいつもより眠気を感じて呟く。
今年から中学一年生になり、少しの間だけ一人暮しをすることになった瑞葉は起きて朝の支度を始める。支度を終えた瑞葉は靴を履いて玄関に立ち、扉の左側に付いている丸い取っ手を回して開ける。黒を基調としたブレザーの制服を着た瑞葉が、雲一つない青空の下に出てくる。家の周りには、右側につつじ、左側にあじさい、家の右隣にはかえで、左隣には桜が新緑の季節を迎えている。
百メートルほど南に歩いていくと、階段の下に立つ人影に気づく。
「おはよー」
瑞葉は階段を下りていくと声を掛ける。友達の緒川結菜は今日も同じ所で瑞葉を待っていた。
「おはよう、瑞葉」
結菜が返事をする。二人は谷間を西に進むか、目の前の崖の階段を登るか迷う。
「階段から行こっか?」
「うん」
瑞葉の選択に結菜は頷く。
近くの階段を登り、草地を歩いていく。
「なんか朝、眠かったんだよねぇ……」
瑞葉は思い出して言う。
「遅くまで起きてたとか?」
「そうでもないんだけど……」
結菜は不思議に思う。
草地を進むと、晴沢の森が見渡せてくる。階段を降りて一車線の道を渡って晴沢の森に入ると瑞葉が尋ねる。
「そういえば二人は?」
「森のどこかにいるんじゃないかな」
森を南に進んでいると結菜が尋ねる。
「絵はあとどのくらい?」
「ほとんど完成したよ。天原芸術祭りまで暇だね」
瑞葉は天原芸術祭りに出展する作品の進行状況を伝える。
「結菜は即売会に出展する小説と漫画は進んでる?」
「小説は完全してるから、あとは漫画ね」
森を百五十メートルほど南に進むと、開けた草地の空間にあるベンチに生徒が座っている。
「承芽、おはよー」
ベンチの背もたれに両腕と頭を載せて眠ている、友達の粟野承芽を瑞葉が起こそうとするが、承芽は目を覚まさない。
「承芽、起きて」
結菜も起こそうとする。
「瑞葉と結菜か。このベンチ、頭を載せる所の反り具合が良いから眠くなっちゃうんだよねぇ。座る所も少し角度があるから滑りづらいし」
承芽は目を覚ますと頭を起こし、言いながら丸みを帯びた背もたれの上を撫でる。
「あれ、生実は?」
瑞葉が尋ねる。
「さっきまで居たけど、先に行っちゃったかな」
三人は西に歩き始める。
「ゲームはどのくらいできた?」
瑞葉は承芽が作っているアマネシホシの制作状況を尋ねる。
「アマネシホシは一昨日完成したよ。完成といっても、アーケード版をそのまま移植しただけなんだけどね。とりあえず、発売日には間に合うよ」
「さすが承芽、アーケード版の時点で改良する必要がない完成度ってことだね」
瑞葉は承芽の手際の良さに感心する。
「用意してある本数は?」
結菜か尋ねる。
「せっかくだから、百万本」
承芽は平然と答える。
「四月一日に稼働したばかりなのに、かなりの本数だね」
結菜は承芽の思い切りの良さはいつものことながらも、予想を遥かに越える数に驚く。
「まあ、少しずつでも売れていくでしょ」
承芽は全く気にしていない素振りで言う。
「凄い自信だね。でも、いつかは売れていくと思うなぁ」
瑞葉は完成度の高さに厚い信頼を寄せる。
三人は西に進んでいくと、先に見える空間にあるベンチに生徒がしゃがみ込んでいる。三人が近づくと瑞葉が声を掛ける。
「生実、おはよー」
瑞葉の言葉に気づいた稗田生実は、ベンチを叩く手を止めて後ろを向く。
「みんな、おはよう」
「なにやってんの?」
承芽が尋ねる。
「ベンチの点検。承芽が寝ちゃったから、ちょっと診てみようと思って」
「この辺りのベンチは生実が作ったんだよね」
結菜は辺りを見渡して言う。
「生実は何でも作るもんね」
瑞葉は色んな物を作る生実に感心する。
いつもの四人が揃い、学校に向かっていった。
登場人物
藺山 瑞葉 いやま みずは
趣味/ゲーム、描絵。
緒川 結菜 おがわ ゆいな
趣味/ゲーム、小説と漫画の執筆。
粟野 承芽 あわの つぐめ
趣味/ゲーム、ゲーム制作。
稗田 生実 ひえだ なるみ
趣味/ゲーム、様々な分野の開発。
世界
天原という陸地がある。人が住んでいるのは天原だけ。
晴山町 はるやままち
瑞葉達が住んでいる町。海から七キロ北にあり、標高約二十五メートル辺りの台地。
晴沢の森
晴山町南側に広がる森林公園。