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中田くんは思い出せない  作者: あけがえる
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03. おくびがでる

*************************************


【昨晩午後九時頃】



「なんで仕事するんですかー? 遊んでた方が楽しくないですかー?」


 何が楽しいのか分からないが、目尻を下げながら佐竹は笑っている。昔から思うが、酔っぱらった佐竹は色気がある。普段はあまり笑わず無表情で正論を言うくせに、酒を飲むとよく笑い、意味があるのかないのか分からない質問をぶつけてくる。ギャップとはこのことを言うのだろう。木下は隣の卓で度数の高い酒を大量に頼み、周囲を巻き込みながら次々と空のグラスを増やしていく。学生の頃はあれだけ恐怖に感じていた勢いに任せて酒を飲む雰囲気も、今となってはなんとなく懐かしい。卒業してから半年しか経っていないはずだが。


「そりゃお金のためでしょ。」


 ボーっとしながら俺は生返事をした。


「そういうのはいいんです! なんの、ために、仕事するんですかっ!」


 ジョッキを机に叩きつけ、語気を荒めながら佐竹は言う。どうしたんだこいつは、と思いつつも、何故働くのかを考える。自分の思考が空回りしていることに気付く。酔っぱらっていて、うまく考えがまとまらない。それでも別に悪い気はしなかった。お酒を飲んで酔っ払っている、という状態が心地良かった。


「何のために、って……自分のためにかな。」


 俺の言葉に対して、佐竹はやれやれと言った風に両手を広げた。


「自分のためってなんですかー、大体みんな自分のためですよ。」


 佐竹は不機嫌そうに唇を突きだし、こちらを見据えている。もっと具体的に言え、ということなのだろう。しかし思考がまとまらない俺に、その要求は酷である。


「うるせー酔っ払い。自分のためにと言ったら自分のためなのです。」


 苦し紛れにお茶を濁すも、あるのはお酒だけだ。手近なジョッキを掴み、引き寄せる。


「自分こそ酔っ払いのくせに。それ、私のお酒ですよ。」


 引き寄せたジョッキは半分ほどビールが残っていた。その横に空のジョッキがある。空の方が俺のジョッキなのだろう。とりあえず、ビールが入っているジョッキを掴み、一気に飲み干す。喉の鳴る音が妙に頭に響く。思考が途切れつつあることに気付いた。会話に対して頭が動いていない。また酒を飲んでいる。大丈夫だろうか。


「あー、サイアクです。慰謝料請求します。」


 何を請求するのだろうか。とりあえず、今の俺が佐竹に渡せるものは酒だけだ。


「じゃあ頼んでやるよ。すいません、ビール一つ。」


「ビール二つで!」


 ニコニコしながら佐竹が言う。俺は断る気力も失せている。まだ飲ませる気かコイツは。さっきのは何杯目だったのだろうか。左手の短針は、九付近を指している。何でこんなに飲んでいるのだろう。当然、そんなに飲むつもりなど無かったのに。ジョッキを掴み、飲もうとするも、ビールは入っていない。そういえば飲み干したんだっけ。曖気を、吐き出す。


「やりたいことをするために、仕事をするんだ。」


 口から出たそれは、ビールを持ってきた店員の声にかき消された。






*************************************






 電車を降りると、顔が生暖かい風に触れた。やっとの思いで、自宅のある最寄駅に到着した。結局、もう一度目的の駅を通り過ぎ、電車をさらに逆方向に乗り継いだ。通常の何倍かの時間をかけて、最寄駅に到着した形になる。ホームにぶら下がった時計は、午前十時過ぎを示していた。朝起きた時よりも人が少ないホームを、のろのろと歩く。疲労が体を容赦なく蝕む。頭は起床時よりもクリアだが、万全には程遠い。背中を丸め、いつもより五センチ下がった視線と、傘が地面を叩く音が倦怠感を加速させた。


 一次会が終わる頃からの記憶は、ほとんどない。何度も何度も思い出そうと考えても、昨日の午後九時頃までしか思い出せない。その後の記憶は途切れ途切れであり、修復不能だ。佐竹が最後に頼んだビールはラストオーダーが終わっていたため、運ばれてくることは無かったとか。一次会後の店の外で、山岡が顔を真っ赤にしながら叫んでいたとか。俺がどこかで吐いたとか。


 自動改札機に表示された二千七百円という表示を見つつ、ゆっくりとエスカレーターへ向かう。先ほど気づいてしまったことが、足取りをさらに重くする。


自宅の鍵を持っていない。




時刻:午前十時

所持品:交通系ICカード(残額:二千七百円)、目薬、傘


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