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人形技師ウィル・フォーメン  作者: 敦賀正史
第1集 献身慈悲のナインペイン
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第4章 トップ・ドッグマウス


                ─1─


 ライフィールド氏の屋敷に戻ったのは夕刻に差し掛かる頃合いだった。

 元より多少なりとも行き来に時間のかかる場所ではあったけれど、フィーヴィーを掘り出すのに結構な時間を費やしていたようだ。

 戻ったところを出迎えてくれたナインペインは夕食の支度の途中の様で、普段からメイドとして働いている様子が感じられる。

 私たちは三人は、応接間のソファーまでフィーヴィーの体を運び、それからリバス嬢の案内でライフィールド氏の書斎へと向かった。


「お祖父様、ただ今戻りました。それで唐突なのですが、あの場所でリビングドールを掘り当てまして、それをお見せしたくて来ました」

「……!?……リビングドールを掘り当てたって…まさか、動くのか!?」

「会話はできますが体の方は壊れていて、今応接間に運んであります」

「動けないのだな!……会話はできると言ったが、何か話していたか?」

「その件で話があるんだ、ライフィールドさん。その人形はそこにいるウィルの祖父さんが作ったもので、完全漆黒のリビングドールを倒すためにあの場所にいたと言っていたんだが、そいつが俺の祖父さんの仇の相手なのか?」

「モールスの作った人形…そう言ったんだな?完全漆黒の名前まで知られてしまったのならば、もはや隠す理由もないか…応接間で話そう、私もその人形を見てみたい」


 ライフィールド氏と共に私たちは応接間に戻りフィーヴィーを紹介する。

「モールスの奴…こんな隠し球を持っていたとは…あの時無謀にもたった一人で挑もうとするから何とか説得して信頼している戦士のパイクを付けたのだが、三人がかりでも完全漆黒を倒せなかったとなると、トップの戦闘用の人形を作る腕前は相当だったようだな」


「それで、そのトップ・ドッグマウスとか言うのが何でこんな危ないものを作らなきゃならなかったんだよ、ライフィールドさん」

 ニーメンが多少気が立っているのか、ライフィールド氏に乱暴に詰め寄っている。

 無理もない、形はどうあれ自分の祖父を殺した相手の一人が、つい最近までのうのうと生きていたのだから。

 私も同じ立場だから彼の気持ちはよくわかるはずだ。


「苛立つのは仕方がないが順を追って説明するよ。ウィル君、君のお祖父さんがリビングドールの黒化現象で悩んでいたのは知っているね?」

「はい、その事については祖母からも聞かされていますし、残された資料にもその片鱗がありました」

「うむ、そんなモールスが悩む中、ある日トップからモールス宛に連絡があってな、その内容はこうだった」


『悩めるお前の為に完全漆黒の人形を作った。この人形がきっとお前の助けになるだろう。』


「モールスは当然驚いたよ。だが、こんな人形の存在が世間にバレればリビングドールが危険視されてしまい、その技術は闇に葬られて二度と出てくることはない。そう思った彼は秘密裏にこの人形を処分しようと試みてな、双方の友人で関係も深いこの私以外の誰にも伝えないでいたのだ」

「それが私の祖父が家族の誰にも告げずに突然いなくなった理由なのですか…家族にすら告げなかった事には憤りを感じるところもありますが、それはさておき何故ドッグマウス氏はそんな奇行に及んだのでしょうか?」

「真意は私にもわからんのじゃ。だが、知っての通りモールスとトップはリビングドールの開発の是非で喧嘩別れになってしまっていたからな。完全漆黒の人形を世に出す事によってリビングドールを社会的に葬り去ろうとしたのではないかと思う。『お前の助けになる』と言うのはもう人形の黒化現象に苦しまなくていいと言う嫌味じゃな」


 そんな喧嘩の為に、危険だと思われる黒い心を持たせたリビングドールをドッグマウス氏が作ったのだろうか?

 信じられないと言うよりは、こんな幼稚な理由で世界を危機に陥れる存在を生み出したなんて事は信じたくない。

「モールスと私は世界の何処かに解放されたと思われる完全漆黒を必死で探したよ。だが、それは一向に見つける事はできず半ば諦めかけていた…のじゃが、ある日そいつは意外な所に潜伏していることがわかったのじゃ」

「それが、あの場所なのですかお祖父様?」

「そうじゃ。完全漆黒は納品された農業用の自動人形に紛れていてな。自動人形の格納場所になっていた古い屋敷の中で自動人形のメンテナンスを行う出所不明のリビングドールが発見されてすぐに奴だとわかったのじゃよ」

「それでうちの祖父さんがウィルの祖父さんと一緒に退治に行ったと?」

「うむ。本当はモールス一人で向かう予定だったのじゃが、知っての通りトップ・ドッグマウスというのは主に戦闘用の自動人形を得意とする男でな、完全漆黒が万が一にも戦闘用に作られたリビングドールであったならば勝ち目はない。だが、事を秘密裏に進めたかったので迂闊に人員は増やせない。だから、私の信頼できる人物としてニーメン君のお祖父さんである戦士パイク・セーブルを紹介したのじゃよ」


 ライフィールド氏の今までの話で合点がいった。

 要は秘密裏に完全漆黒を倒す為に、私とニーメンの祖父…

 そしてリビングドールのフレイムヴィレッジの少数陣営で挑みた。

 しかしながら、結果返り討ちにあって殺されてしまったと。

「完全漆黒が戦闘用だというのは私の杞憂ならよかったのじゃが、残念ながら当たってしまったようで、二人は殺されてしまった。だが、二人を殺した事でトップを訴えたり関係性を切ってしまえば、自動人形の発展は途絶えてしまう。そして何よりモールスが命がけで守った完全漆黒の秘密を世の中に出すわけにも行かなかった。辛い決断だったが、私はトップとの関係性をこれまで通り続けなければならず、この秘密を今日まで誰にも話せなかった」


 この話を前に、私たちは何も言えなかった。

 祖父が殺された理由もわかった。

 ライフィールド氏がその理由や相手を秘密にしていたのもわかった。

 だが、理由や結果があまりにも不毛だ…

 結局今となっては危険だと思われる完全漆黒だけが残っていると思われる…

 だが、それも不明のままだし世界の危機になるような事件も起きていない。

 真意はどうあれ、結局は二人の自動人形開発者が仲間割れして一方を殺してしまった。

 ただ、それだけだ。

 むしろ、それにリバス嬢の祖父のライフィールド氏やニーメンの祖父のセーブル氏を巻き込んでしまっていて遺族として申し訳なくなる。

 これじゃあ、祖父は失踪したって虚構の事実の方がマシじゃないか…


「ところでお祖父様。掘り当てたリビングドールの方はどうしますか?」

 空気を読まずにリバス嬢が唐突に話題を変えてきた……

 いや、空気を読んだ上であえて流れを帰る為に話題を変えようとしたのかもしれない。

「そうじゃなあ…元はと言えばこいつが残っていたせいで真相を話さなければいけなく…話してしまった今となっては彼女のおかげといった方がいいかな?フレイムヴィレッジと言ったか、この人形は。どうかなウィル君。無理にとは言わないが、君さえよければもう少しここに滞在して直してみないか?私としても君が少してもリビングドールに興味を持ってくれるなら嬉しい限りだ」


                ─2─


 あの話し合いの後、ニーメンと協力してフィーヴィーを部屋まで運んだ。

 お互いに思うところはあったが気持ちの整理もつかず、必要最低限の会話しかせずに別れてしまった。

 ライフィールド氏へのせめてもの罪滅ぼしと言うわけではないけれど…

 流れとは言え修理をするとフィーヴィーと約束してしまったしなあ。


「ご主人様……元気がないみたいですけど、さっきの話で落ち込んでいるのですか?」

「うん、まあ…そんなところかな…」

「そうですか…でも、今は落ち込んでいいと思います」

「えっ…?」

「ご主人様のお祖父様もドッグマウス様も己が信念を突き通した結果の対立ですが、それを気に病めるご主人様ならば二人が解決できなかった問題を解決できます。今は焦らずじっくり悩んで、ゆっくりでいいですから答えを見つけましょう」


 てっきり「元気を出してください」とか落ち込んでいるところを励まされるのかと思ったら意外だった。

 今までリビングドールに純白清廉な心を与えるのは、単純に人間に対して従順で悪事を一切行わせないためかとばかり思ってたけど…

 こういう時にその純真さから主人の何もかもを受け入れて、その心を癒すためなのかもしれない……そう思った。

「そうだねフィーヴィー。悩む事でいつまでも気を咎めていても仕方がない…か…。もっと前向きに…今できることから始めよう」

「そうです、その意気ですご主人様。まずは私の体を修理から始めましょう。動ける体になった私と一緒に完全漆黒を追えば、ご主人様も何かつかめるかもしれません。それに、何か辛い事がある時には別の作業に没頭すると気が晴れると聞いた事があります。ですから……その……私に夢中になってください!!」

 少しばかり顔を赤らめさせて言う彼女の姿に、不覚にも私はときめいてしまった。

 こんなに可愛い彼女を動けないままにしておくなんて罪だと思ってしまうほどだ。

「よし、それじゃあ早速破損状況の確認を……(ぐぅぅぅっ♪)……」

 何か吹っ切れたのか、はたまた安心でもしたのかお腹の音がなってしまった。


「(コンコンコン♪)……フォーメン様、お食事の用意ができました」

 そういえば、もうそんな時間か。どおりてお腹が空くはずだ。

「…ごめん。先に夕食を食べてもいいかな?」

「うふふっ、ご主人様お食事は大切です。まずは夕食をお食べになって…それから…二人の時間を楽しみましょう」

 なんだか揶揄われたような気がした。

 とは言えフィーヴィーの言う通り夕食は大事だ。

 まずはしっかり食べて、それから作業に取り掛かろう。


 急ぐことはない。

 どうせ明日にならないと修理に必要な部品は買いにいけないのだから。


                ─3─


 夕食を食べ終わった後、私は改めてフィーヴィーの状況確認に取り掛かった。

 ベッドの上に体を寝かせ…

 まずはフィーヴィーの服を一枚一枚脱がせていくことにした…

 昨日行ったナインペインのメンテナンスの時と違い、今のフィーヴィーは動くことができないので、私が脱がせるしかなかった。


 それにしても、動けないのにどうやって着たのかと思ったけど…

 体を修復する時に服も一緒に修復したからこうなったのか。

 人形とは言っても、全裸で出てきても困るからなあ。

 どうせなら先に壊れた駆動部分を直して、動けるようになったところで誰かに助けを求めることもできただろうに……

 あえて長い年月をかけて外見から修復した。

 そんな、彼女の効率よりも見た目を重視するという行為に、人工物ではなく人間臭くて乙女なところを感じずにはいられなかった。


「それじゃあフィーヴィー…脱がすよ?」

「はい……ご主人様に服を脱がされるなんて……なんだかドキドキします……」

 そんな風に言われると変に意識してしまうから困る。

 上に袖のように羽織っていた白のストールを外して…

 次は白のワンピースを脱がせば下着…か…

 そもそも人形が下着を着ているのだろうか?

 ナインペインが脱いだ時は…

 あまりよく見ていなかったから思い出せないな。


 などと考えながら、上からゆっくりとワンピースを脱がしていき、すると乳房があらわになってきた。

 もしかすると穿いていないんじゃないか!?

 とドキドキしながら更に下の方まで脱がしていくと…

 黒のパンツを穿いていることを確認できた。


 上に身にまとっているものは白で統一されているのに下着は黒か…

 などと自分でも頭悪いなあと自覚することを思いながらワンピースを脱がせ終える。

 次は、いよいよパンツ……か……

 人間で言う股関節周辺の状況を確認するためにも、やはり脱がせて確認する必要があり、避けられなかった。

 何だかイケナイ事をしているみたいだなあ、と思いながらパンツを脱がせ…

 いよいよ全裸のフィーヴィーとご対面する。


 服の上からではよくわからなかった内部の損傷が、接合部からうっすらとではあるが視認できる。

 そこから五十年前、自動修復機能が稼働する直前はどれだけ損傷していたかを察する事ができた。

 こんな損傷から五十年かけたとは言え、よくここまで修復できたなあ…

 と改めてリビングドールに仕込まれている技術力に驚く。

「どう…ですか…?本来ならば核心以外の部品を全部新しいものに取り替えた方が早かったのですが、五十年の間に外側は治しちゃいましたので、中の部品だけ取り替えれば動けるようになると思うのですが?」

「……えっ!?ああ、うん。そうだね。外側は大丈夫そうだから次はパーツ毎に内部を確認しようか」


 そうだった、色々と観察したくはあるけれど、まずは修理を優先しなくちゃ。

 関節部分は破損で外れているも同然だし、中を開くだけで簡単に確認できそうだなあ…

 そこだけは新しくしなきゃ、買い物リストにメモらないと。

 購入リストに関節パーツの記述を加え、まずは右手部分からと調べてみて早速驚いた。

 内部が自動人形レベルで複雑だ…


 先日、ナインペインのメンテナンスを行った時に見たリビングドールの内部構造は、もっと単純だった。

 あれの場合、関節部分以外は殆ど空洞で、僅かに核心からの魔法伝達による制御が通りやすい程度の加工しかされていなかった。

 だがしかし、フィーヴィーの場合は違った。

 内部に事細かな機巧が施されていて、より繊細な動作が可能になっている。

 だからこそ、フィーヴィーが修理に人形技師の手を必要としていた事を改めて実感する。

 それにしても同じリビングドールなのにどうしてこうも違うのか?

 一瞬そう疑問に思ったけど、構造を見るとすぐにわかった。

 開けてびっくり仰天、色んな武器が仕込まれているじゃないか。

 銃…剣…槍…矢…ナイフ…ハンマー…斧…

 他にも色々あってアーミーナイフならぬアーミードール状態だった。

 成る程、完全漆黒と戦うために作られたリビングドール…そういう事なのか。

 あまり高度な命令を実行できない自動人形では動かせないレベルの機巧で、自動修復装置と同じく自分で考える事のできるリビングドール独自のものだと思う。


 思っていたよりもはるかに複雑だ…

 だけど人形技師としてはそれだけやり甲斐のある仕事でもある。

 これを修理して体得できれば人形技師として更なる高みに到達できるんではないかと思った。

 しかし、これを一度に全部直すには凄く時間がかかるし…

 今の手持ちのお金じゃあ、そこまでパーツが買えないや。

「ねえフィーヴィー。内部の修理なんだけど、まずはできるだけ早く最低限動けるようにすることを重視して、武装部分は後回しにしようと思うんだけどいいかな?動けないとフィーヴィーも色々と不便だろうし」

「はい、それがいいです。武器が使えないとご主人様をお守りできなくて辛いですけど、早く私を動けるようにしたいというご主人様の心遣いが…私、とっても嬉しですっ」


 そんな風に言われると、なんだか照れてしまう…

 ともあれ、右手を動かすために最低限修理しなきゃいけないところを探して…

 それから買わなきゃいけない部品の見当をつけて…

 この作業を他のパーツでもやらなきゃいけない…か…


 今夜中に終わるかなあ?

 でも、フィーヴィーが期待してくれているし、私も頑張らなきゃな。


                ─4─


 気がついたら朝だった。


 一応全パーツを調べ終わったところまでは覚えている…

 けど、そこで気が抜けたのかいつの間にか眠ってしまったようだ。

 ベッドに横から上半身だけうつ伏せになって寝ていたようで、寝返りでパーツを壊していないかと心配になって周りを確認しようとすると、フィーヴィーの顔が目の前にあった。

「あっ、ご主人様おはようございます…」

「!?……ごめん、いつの間にか寝ちゃったみたいだけど…ずっと見ていたの?」

「はい。私は眠らない人形ですから……ご主人様の寝顔が可愛くてずっと見ほれてました」

 寝ちゃった私が悪いのだけど、そう言われるとゾクっとしてしまった。

 機巧部分が壊れていても基本は核心から魔法の力の制御で動かしている存在だから、頭を横向きに動かすぐらいはできるのか。


 とりあえず、起き上がり窓から外の景色を見渡してみた。

 よく晴れたいい朝だ。

 今日は部品やら何やら沢山買わなきゃいけないから助かる。


 ふと、昨日から風呂に入っていないどころか着替えてすらいない事に気がつく。

 店が開くまでにはまだ時間はあるし外にも出ることだし…

 まずは風呂に入るか。

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