第3章 墓参り
─1─
「ウィルさーん、起きてくださーい、朝ですよー」
誰かの声で起こされ目が覚めた。
どうやら、いつの間にか眠っていたっぽい。
「朝ごはんできていますから食べてくださーい」
起き上がってみるとナインペイン…ではなくリバス嬢が私を起こしに来ていた。
「えっ…えーと……起こしてくださるのはありがたいのですが…せめて部屋の前でノックぐらいはしてほしかったです…」
「あら?ノックならちゃんとしましたよ。そうしたらナインペインが部屋の扉を開けてくれたので部屋に入ったらウィルさんまだ寝てるんですもの」
「はい、リバス様がいらっしゃったのでお通しいたしました」
寝ているところに通すかなあ…全くリビングドールってやつは…
窓の外を観てみると、夜は開けているもののまだ若干薄暗い。
今日行く場所ってのはそんなに遠いのだろうか?
朝早くから出発しないと間に合わないぐらいに…
「今日は楽しいピクニックです。私、はりきって早起きしてお弁当たくさん作っちゃいました」
「………」
リバス嬢がはりきり過ぎただけかな…?
─2─
ベッドから起き上がって軽く身支度をし、リバス嬢が部屋まで持って来てくれた朝食を食べる。
リバス嬢に自分の朝食はどうしたのかと聞いてみると「私はお弁当を作っている途中につまみ食いしちゃいました」と答えていた。
そう言えば、さっき早起きしてお弁当を作ったって言っていたか。
こっちは一応墓参りなのに向こうはピクニック気分で気楽だなあ。
と思いつつも気持ちを沈めたって仕方ない。
むしろ、リバス嬢の様にピクニックだと思って楽しんだ方がいいか。
これも彼女なりの気遣いなのかもなあ…
屋敷の外に出ると車を用意したニーメンが眠そうに待っていた。
「ったく、こんなに朝早くに呼び出す事ないだろ」
「だってだって、皆でピクニック行くの楽しみだったから仕方ないじゃん。ほら、お弁当たくさん作ったからお花畑についたら食べよう」
と言って、リバス嬢は手に持っている大きなランチボックスのカゴをニーメンに見せびらしていた。
「っだぁー、ピクニックじゃなくて墓参りだっつーの!!」
二人の仲は良さそうだけど…大丈夫かな?
ちょっと不安になってきた。
「えっと、ウィルだったよな?墓の場所…って言っても立派な墓標があるわけじゃあないんだが、街からちょっと離れたところにあるからこの車で行くぜ」
「あの…その墓の場所というのは…?」
「一言で言うと廃村だ。街はずれにあるんだが…詳細についてはおいおい話す」
廃村…?
何故そんな所で…
いや戦いだからこそ人のいない場所を選んだのか…?
「んじゃ、出発するか。おい、それ重いだろ、よこせよ」
「えっ…あっ、うん。ありがと…」
ニーメンがリバス嬢の持っていたランチボックスのカゴを取り上げる。
そして、それを車の助手席に置き、それから車の運転席に乗り込んで出発を促す。
私とリバス嬢もそれに続いて後部の座席に座ると、ニーメンは車のエンジンをかけて出発させた。
─3─
街から出てしばらく走ると畑が広がっている場所へと出る。
そこでは自動人形が作物の世話をしていて、あちこちで動き回る様子が見えた。
だが、人間の姿はなかった。
「この辺り一帯は昔…農村でしてお祖父様の一族が治めていたらしいです。ですが、お祖父様は自動人形の技術に目をつけまして、自動人形の力で今のあの場所に街を作って農民たちを移住させ、農業は人間の代わりに自動人形が行う事にして、領民の生活を改善させました」
「お金持ちとは思っていたけど領主様だったとは」
「昔の話です。今は投資家としてあちこちで自動人形関連の事業を展開していまして、かつての農民も今は農業に縛られる事なく街で自由な職についていますし、領主という関係性も薄れて意味を持たなくなっています」
葬式で出会った時も、ライフィールド氏は自動人形について熱く語っていたなあ…
「お祖父様も今では投資家事業を父に譲って自身は隠居状態です。父も母と一緒に今は遠くで仕事をしていますので普段は私とお祖父様とナインペインの三人暮らしなのですが…久しぶりのお客様で結構舞い上がってしまいました…うふふ…」
「あのさあ…さっきから気になってはいたんだが、そいつ俺たちよりは年下だろ?そんなにかしこまる事もないんじゃねーか?」
「あら?ウィルさんはうちのお祖父様の大切なお客様よ。別に畏まっているわけじゃないけど丁寧に扱うのは当然じゃん。それとも…もしかして嫉妬している?」
「そんなんじゃねーよ、ちょっと気になっただけだ」
お客様…か…
昨日ここに来るまでは単なる一人形技師として依頼を受けてきたつもりだった。
けど、祖父の事といい向こうからしてみれば事情が違うのかもなあ。
それにしてもこの二人…
仲がよさそうなのはいいけど、やり辛い…
「あの…これから向かう場所が廃村だと先ほど聞きましたが、そこも昔の農村の跡地なのですか?」
「まあそうだな。もっと言えば昔のライフィールドの爺さんの屋敷があった場所周辺一帯らしい…と言うのも今じゃあ辺り一面瓦礫の山でさあ、元が屋敷だったなんてライフィールドの爺さんから聞かされるまでわからなかったぐらいだ。全く、うちの祖父さんはどんだけ激しい戦いをやっていたんだか」
「私も、お祖父様から今の屋敷を建てる前に住んでいた旧邸跡だったと聞いています。新しく街を作った時に荷物も全部持っていってしまったのでめぼしい物は何も残っていなく、農作業用の自動人形の格納場所として再利用していたそうですが、先の戦いで周辺諸共全壊してしまったとか」
ニーメンの言っている通り、激しい戦いだったのだろうなあ…
にしても、祖父はそんな中で戦えるほど強かった…のだろうか?
いや、実際駄目だったから戦いに敗れて死んでしまったのだろうけど。
人形技師…特にリビングドールを作るならば核心を作れる程の魔法技術も必要だから、魔法で戦っていたのかな?
でもそれだけじゃあ心もとないだろうし…
だからこそ、ニーメンのお祖父さんと協力したのかもしれない。
「そう言えば、ニーメンさんのお祖父さんって何をなさる方だったのですか?」
「戦士だ。うちは元々領主のライフィールド家に仕える武人の一族で、戦の時はここら辺一帯の人間を集めて戦わせる戦士の長だったらしい。まあ、今じゃあ時代も変わって戦も自動人形がやる時代だけどな」
「ニーメンさんも鍛えている様ですが戦士を目指しているのですか?」
「その通りだ。自動人形の時代でも人間の戦士ってのも少なからず必要でな、俺も祖父さんや父さんの様な立派な戦士になるべく日々鍛錬している」
魔法使いに戦士の組み合わせ…か…
一応、戦いに行くには申し分ない組み合わせだけど…
たった二人だけで倒せそうな相手だったのか?
それとも二人共実は無茶苦茶強かったのか?
謎は深まるばかりだ。
─4─
どれくらい車で走ったのだろうか?
農作業用の自動人形が通れる様に道こそ整備されているものの、延々と続くかのようなだだっ広い畑の光景には流石に飽きてきた。
出発した時刻と比べて日もだいぶ高くなっていたけど、まだお昼には時間があるようだった。
「もう少ししたら綺麗なお花畑のある場所に出ますから、そこで休憩にしましょう」
果たして、延々に続くかと思えた畑を通り抜け、車は近くに花畑のあるような開けた場所に出た。
と言うよりはその先の一帯を避けるかの様に畑も道も途切れていた。
「ここから先は歩きだな」
ニーメンは車を停めて車を降り、助手席に置いてあったランチボックスのカゴを手に持って歩き始めた。
私とリバス嬢も車を降りて後を付いて行く。
程なく花畑…というか昔は庭園だったと思われる場所に出た。
「ちょっと早いですが、ここでお昼にしましょうか」
朝が若干早かったせいもあって、ちょうどお腹が空いてきている頃合いだなあ…
座って休めそうな場所を見つけ、そこで三人でのランチタイムを始める事にした。
リバス嬢がランチボックスからサンドイッチを取り出して配る。
「どう…?私の自信作なんだけど…?」
「ああ、うん美味いぜ」
「ちょっと。褒めるにしても、もっと言い方あるでしょうに」
仲のいい二人を横目に、私もサンドイッチを食べながら物思いにふける。
この場所はおそらく昔の領主屋敷に備え付けられた庭園…
となると、この先が屋敷跡…か…
これ食べたらそこまで歩いて墓参りして帰りかな?
墓参りって言っても具体的に何をするか考えてもいないし…どうしよう?
その場で祖父の冥福でも祈ればいいかな?
─5─
昼食を食べ終えて一休みした私たちはニーメンの案内で再び歩き出した。
庭園を抜けると、そこにはかなり風化している様子ではあったが、地面が見えない程の瓦礫で埋もれていて無茶苦茶になっている一帯があった。
「着いたぞ、ここがその場所だ」
辺り一面に瓦礫が広がり、もはやこの場所に元は何があったのか想像もつかない。
ここに来るまではこの場所に来れば祖父の事が何かわかるかもしれないなんて淡い期待もあった。
けど、いざ実際に来てみたところで…どうしようもなかった。
この有様を見て祖父が何かヤバい案件に関わっていたのはわかる…けどそれだけだ。
家族を捨てて逃げ出したのではなく、避けられない何かに巻き込まれて殺された…
と、分かっただけでも収穫だと思う事にしておくか…
「こんな場所、いきなり見せられてもどうしようもないわな。俺もそうだった」
「お祖父様に頼まれてウィルさんをここまで連れては来ましたが、正直なところあまり長居はしたくない場所ですね…それでも二人のお祖父様のお墓ですから花ぐらいは供えましょうか」
見ると、先ほどの庭園で摘んだものなのか、リバス嬢がいつの間にか手に花を持っている。
「まあ、長居は無用だな。一応三人で祈って帰るとしようぜ」
「では、これはウィルさんの分…それからこれはニーメンのね」
リバス嬢が持っている花を一輪ずつ配った。
そして、それぞれが一輪ずつ花を手に持って横に並んでしゃがみ、地面に花を置いて各々が祈り始める。
私も目を瞑って祈りのポーズをとり、祖父たちの冥福を祈り始める。
「……見つけた……私の、ご主人様」
突然声が聞こえた。
思わず立ち上がって目を開き、辺りを見回してみる。
だが、リバス嬢とニーメン以外は誰もいる筈がなかった。
「おい、どうしたウィル?死者の声でも聞こえたのか?」
「急に立ち上がってどうしたんですかウィルさん!?ニーメンも縁起でもない事言わないでよ!」
「…今…声が聞こえまして…驚いて周りを確認したのですが…誰もいなくて…」
「こんな場所に他に訪問者が来るとは思えないし…万が一にも自動人形を狙った野盗の類だったとしてだ、それなら俺にも声が聞こえたはずだぜ?」
「うちの農作業用の自動人形が狙われるとか、そっちの方が縁起でもない!怖いけどまだ幽霊の方がマシだし!」
どうやら二人には聞こえなかった様だ。
こうも否定されると風の音でも聞き間違えたのかと思ってしまう。
「……このまま……まっすぐ進んでください」
また声が聞こえた。
二人の方を見るとやはり声が聞こえていないのか、まるで無反応な様子だった。
このまま話しても信じてもらうのも難しそうだし、信じてもらったところでどうしようもない。
まっすぐ進め…か…
声に従う理由もないけど…こんなところに来て折角不思議な体験もしているわけだし…
……興味本位だった。
私は声に従いまっすぐ歩み始める。
「ちょっとウィルさん何処へ行くんですか?こんなところで迷子になったら大変ですよ!」
「辺り一面瓦礫しかないのに迷子になるわけねーだろ…おーい、ウィルどうした?…仕方ない俺たちも付いて行くぞ」
「……もう少し右に……そう、そのままもう少しだけ」
段々と近づいているのか指示が微調整じみてきた。
リバス嬢たちも付いて来てくれるようで説明が省けて助かる。
「ここです。ここを掘り当ててください」
指示の内容が変わった。
私は言われた通りにするため、周辺の瓦礫を退かし始める。
「おーい、ウィル。この場所がどうかしたのか?何か埋まっているのなら手伝うぜ」
「もう…勝手にして!」
リバス嬢が呆れる中、私とニーメンは二人で指示された場所を掘り始める。
ショベルなんかの掘る道具を持っていないし…
手作業で瓦礫を一つ一つ取り除いて、周りの空間を開けるしかないか。
地道な作業になった。
何個目かの大きな瓦礫を取り除いたところで、そこにあるはずの無いものが出てくる。
美しい…しかし人間ではなく人形の顔が…そこにはあった。
私は夢中で首から下に当たる部分を掘りだす。
手作業で…一つ一つ慎重に…小さな瓦礫を取り除いていく…
大きな瓦礫を粗方取り除いたニーメンは自分が邪魔になると察したのか、掘り起こす作業をやめてリバス嬢と一緒に待つだけになった。
二人は一心不乱に地面を手で掘る私を只々見つめていた。
─6─
どれぐらい経過しただろうか?
気がつくと私は一体の美しい人形を掘り当てていた。
それは、とても長い間瓦礫の下に埋もれていたとは思えないほど綺麗な外見をしている…
そのあまりの美しさに私は息を飲んだ。
先ほどからの声の主はこの人形なのだろうか?
しかし人形が喋るわけが…いや、私は昨日喋る人形に出会ったばかりじゃないか。
生きている人形…リビングドールであるならば…
言葉を話すこと…
自動修復機能によって美しい外見を保ち続けていること…
これらは何の不思議ではない。
しかし、そこで新たな疑問が生まれてしまう。
リビングドールであるならば、掘り起こしてもらうまでもなく自力で起き上がられるのではないか?
そう思って人形をよく観察してみる。
すると、外側こそ完璧であるものの、内側…特に駆動系の部分がボロボロだった。
とても動ける状態ではない。
そうして、まじまじと人形を見ていると、不意に人形はその閉じていた目を開く。
しかし、それ以外の体は一切動かさずに喋った。
「……やっと見つけてくれた……私のご主人様」
─7─
「おい…これ人形だよな…?喋るのか、こいつ…?」
「喋る人形なら、うちのナインペインだってそうでしょ」
さっきまでの声とは違い、今度はこの場にいる全員に聞こえているようだ。
「君は一体…!?喋ると言うことは…リビングドールなのかい?」
私は人形に問いかけてみた…すると、人形は答える。
「私はモールス・フォーメン作のリビングドールで…名はフレイムヴィレッジです」
モールス・フォーメンとは祖父の名だ。
そもそも、祖父以外にリビングドールを作れる人間はいない筈だ。
だから、言われなくてもリビングドールならばモールス・フォーメン作なのは間違いない。
しかし何故、祖父の作ったリビングドールがこんな所に?
瓦礫の下から出て来たと言う事は、ひょっとして五十年前の戦いに巻き込まれたのか?
いや、むしろその戦いで一緒に戦ったと考えるのが自然かもしれない。
祖父とセーブル氏の二人だけで戦ったというのは変だとは思っていた。
けど、他にリビングドールを戦力として連れていたのなら、むしろ人形技師の祖父が戦うのもうなづける。
「もしかして、君は…この場所で起こった戦いの事を知っているのかい…?」
こう聞いてみると、フレイムヴィレッジと名乗った人形は苦い思い出だったのか、顔色を少し暗くした。
「私は…私は完全漆黒を倒さなければいけません…お願いします、ご主人様。私の体を…治してください…」
─8─
結局、私たちは瓦礫の下から出てきたリビングドールを修理するため、屋敷に持ち帰ることにした。
人形の体は見た目より重くないどころか動きやすいように軽量化されていてむしろ軽かった。
その反面、各種パーツの接合部分が脆かったので、ニーメンと二人がかりで慎重に車まで運ぶ。
人形を後部座席に寝かせた。
その後、ニーメンは運転席に座り、リバス嬢は空のランチボックスのカゴを持ったまま助手席に乗り込んだ。
スペースの無い私は、仕方なく人形を膝枕するような形で後部座席に座ることにした。
「あの…成り行きとは言え、いきなり人形を持って行ってもご迷惑ではないでしょうか?」
「まったく、とんだ拾い物だな。だが、あの場に置いておくわけにもいかないだろ?」
「私…ナインペイン以外のリビングドールは初めて見ましたが…自動人形やリビングドールの開発にも投資していたお祖父様なら、連れて帰れば喜んでくださるかもしれません」
確かに、自動人形やリビングドールについて熱く語っていたライフィールド氏ならば喜びそうだ。
しかし、リビングドールに投資していたって話は初めて聞いたぞ。
うちの祖父とライフィールド氏って今更ながらそういう関係だったのか。
この前、自動人形の権威者であるトップ・ドッグマウス氏の葬儀に出ていたのも納得がいった。
「それで…私の体の修理は…何とかなりますかご主人…?」
「修理はできるにしても、とりあえず破損箇所を詳しく見てみない事には何とも…それと、さっきから気になっていたけど『ご主人様』ってどういう事だい?」
「ご主人様はご主人様です。私の核心が、ご主人様からは人形技師としての技量とリビングドールの魔力因子を感じています。だから…こんな人がご主人様なら幸せだと私…思っちゃいました」
「あっはっは、こいつ懐かれてやんの。ご主人様ぁ…いいんじゃねーの?なってやれよ、ウィル」
車を運転しているニーメンに揶揄われてしまった。
ご主人様…か…
この人形の元の主人が誰かはわからないけど…
五十年前の人形なら今は亡くなっている可能性もあるし、かと言って次の引き取り手なんていないだろうし…
悪い話じゃあないのかもなあ。
ただ、先ほどに言っていた言葉「完全漆黒を倒さなければ」が少し気になる。
昨日ナインペインも言っていた完全漆黒という単語…
もしかしたら、この人形は作成者以上に祖父と何か関係があるのではないか、そんな気がした。
「ところで君は何か目的…みたいなものを持っているみたいだけど、それはなんだい?」
「あの…私、フレイムヴィレッジって名前がありまして…できればご主人様にはフィーヴィーって愛称で呼んで欲しいな…って…」
「わかったよ、フィーヴィー」
「うわっ…あ、ありがとうございます」
「それでなんだけど、フィーヴィー。前に言っていた完全漆黒を倒すってどういう事なんだい?もしかして、私の祖父…モールス・フォーメンと何か関わりがあるんじゃないかい?」
「…はい、私はかつてモールス・フォーメン様から、この地で完全漆黒を倒す命令を受けて挑み…そして敗れました。まさか…ご主人様がかつての主人…モールス・フォーメン様のお孫様だなんて…これも運命なのでしょうか?私…今とっても嬉しいです」
フィーヴィーが祖父の命令で戦った…
ここまでは私の予想通りだ…
「それで、単刀直入に聞くけど完全漆黒って何者なんだい?」
「完全漆黒とは…その…黒い心を持たせて作られたリビングドールの事です。かつて偉大なる人形技師トップ・ドッグマウスが作った完全漆黒の心を持たせて作ったリビングドール…それを討つようにとモールス・フォーメン様より命令されました」
「それで…その結果が…?」
「はい、私は敗れて体が大破し、五十年間あの瓦礫の下に埋もれていました。幸いにも核心は無事でしたので五十年かけて外見だけは何とか修復しました。しかしながら、内部まで修復するには後五十年必要な計算でしたので、助けてくれた事には本当に感謝しています」
「ちょっと待てよ!あの場所での戦いの結果って事はだ、つまりこの人形はうちの祖父さんとウィルの祖父さんと共にあの場所で戦っていたって事なのか!?」
「それに今、さらりと名前が出てきたけどトップ・ドッグマウスって自動人形業界の権威で、この前亡くなった人でしょ?何でそんな人がリビングドールを作ってウィルさんのお祖父さんと対立しているの?」
「私も実は祖父とドッグマウス氏の関係は一般的に伝わる自動人形の歴史程度の事ぐらいしか知らなくて…祖父がドッグマウス氏とリビングドールの開発を巡って喧嘩別れになったらしいのですが、まさか互いにリビングドールを作って戦わせるぐらいに二人の仲が拗れていたなんて…」
「それにしたって、何でうちの祖父さんがその戦いに関わっているんだ?人形同士の戦いなら出る幕じゃ無いだろうし」
「それは…わかりません。私の祖父にしてもニーメンさんのお祖父さんにしても、人形同士の戦いであったならば戦いで死ぬ事もなかったはずです。それよりも、祖父以外にリビングドールを作れる人物がいた事の方が…いや祖父と共に自動人形を開発したドッグマウス氏だからこそ作ったのかもしれません」
「リビングドールって、ウィルさんのお祖父さんしか作れないものなのですか?」
「はい。そもそも作り方自体が出回っていなくて、我が家にあるリビングドールの作り方が記された祖父のメモが現存唯一の資料なんです。それに、廃れた原因が原因ですので、現存のものを解析して作ろうなんて人もいないでしょうから、作れないよりも作らないの方が近いかもです」
「おかしな話ばっかり続くなあ。仲違いしてはいたが殺し合いにまで発展した二人。本来作られないはずの謎のリビングドール。そして、この話だけ聞くと蚊帳の外で場違いっぽいうちの祖父さん。何が何だか…」
確かにニーメンの言うとおりだ。
そもそも対立するにしても黒い心を持たせたリビングドールとか何で作ったのかがわからない。
聞いただけでやばそうな代物だし…
人形の黒化で悩んでいた祖父からすれば、危険度もわかるだろうし倒そうとするのも納得がいく。
しかし何故作った?
ひょっとして、純白清廉な心を持たせた人形の心が黒化する事に悩む祖父に対するドッグマウス氏の当てつけなのか?
ともあれ、この話で解るのは…
祖父の仇はトップ・ドッグマウス…
だという事だ。
祖父が失踪…もとい亡くなってからのうちの経済状況を支援してくれた恩人。
それが実は、単なる罪滅ぼしでの行動だったのかは分からないけれど…
知ったら祖母や父はショックだろうなあ…
「まあ考えたって仕方ないわな。そのトップ・ドッグマウスってのが諸悪の根源っぽいけどもう死んでいるんだろ?祖父さんの仇だったとしても今更討てやしないし」
「ニーメン、仇討ちなんて物騒な話はやめて!例えドッグマウスさんが生きていたとしても許さないからね。それに仇の相手って言っても、完全漆黒のリビングドールの方じゃないの?」
「そりゃまあ、そうだけどよお…って、その完全漆黒ってひょっとして今も生きて…いや動いているのか?」
完全漆黒の現存。
あんな瓦礫の広場を見せられた後だとにわかには信じたくないけど…
確かに今までの話からすると稼働している可能性も否定できない…のか…
「フィーヴィー、完全漆黒は今も動いていると思うかい?」
「わからないです。ただ皆さんの話からして完全漆黒は私の体を破壊した後、そこにあった屋敷諸共ご主人様のお祖父様のモールス・フォーメン様とニーメン様のお祖父様を葬ったんだと思うので、生きていてもおかしくはないです」
「それってヤバくないか?仇討ちとか以前に倒さないと…」
「だから、そういう話はやめてニーメン!怪我とかしたらどうするの!?あなたのお祖父様が殺される程の相手なのに…」
「んな事言ったって、放っておくわけにもいかないだろうに」
「そうです!完全漆黒は放っておけません!ですから、この体を一日でも早く治して私が完全漆黒を倒しに行かないと…ご主人様、私の体はどれぐらいで治せそうですか?」
「うーん…急ぐにしても今日のうちに色々と調べて必要そうな部品を割り出してからじゃないと。部品の買い出しなんかはどうしても明日になっちゃうなあ」