第2章 終わりと始まりの街
─1─
街に到着したのは昼頃だった。
祖父の作った人形に出会うため、列車でこの街へとはるばるやって来たのだ。
なり行きとは言え引き受けてしまったリビングドールのメンテナンス依頼ではあった。
けれど、元々自動人形に人一倍興味のある私は実家からここまで来る間に、自分でも驚くぐらいにリビングドールへの期待を膨らませている。
街の中でも一際大きいライフィード氏の館には迷わず見つける事ができた。
私は祖父の作品に出会う心を抑えきれず早速尋ねることにする。
「ウィル・フォーメン様ですね?お待ちしておりました」
館の門の前に行くと私の気配を察したのか一体の人形が駆けつけてきた。
姿背丈は成人女性…いや、それよりも若干若い感じでメイドの格好をしている、
人形技師の端くれである私が見れば人形だと一発でわかるけれど…
普通の人が見たら可愛らしいメイドさんにしか見えないだろうなあ。
「初めまして、私はナインペインと申します」
─2─
ナインペインと名乗る人形に連れられ、私は屋敷の中を案内された。
いや、人形に案内されるという事が私にとっては異様で、そして初めての事だった。
自動人形というのは作り手である人形技師の命令通りに動くものだ。
使う側はその人形を配置することはあれど命令するなんて事はない。
「えっと…君が…もしかして…?」
「はい、私がフォーメン様にメンテナンスさせていただくリビングドールです。ご主人様よりお話は伺っております」
予め人形技師がインプットした定型文を喋る自動人形も一応はいる。
けれど、このナインペインと名乗る人形は違った。
人間と同じ様に会話を行うのだ。
これじゃあ、まるで人間じゃないか…
知識としてはもちろん知っていたし、人形に命を吹き込んだらどうなるかという想像通りだ。
想像通り、想像通りの存在であるけれど、驚きは隠せない。
子供の時に聞かされるおとぎ話の世界にでも出てくる様な存在が目の前にいる。
喋る犬…喋る猫なんかの会話ができる動物。
喋る花…喋る木なんかの会話ができる植物。
喋る家、喋る家具…そして喋る人形なんかの喋る無機物。
これらはおとぎ話の世界にこそ存在はする。
けれど、現実の世界で私たちが会話を行うのは人間同士。
だからこそ、会話ができる存在…ましてや人の形をしている存在だからなのか…
まるで人間。
そんな風に思わず感じてしまったのかもしれない。
─3─
祖父がかつて熱望して作った生きた人形リビングドール。
ライフィード氏があの時その便利さを熱弁していたリビングドール。
祖父は人間を作りたかったのかと思うと人形技師として正直ゾッとしてしまい…
ライフィールド氏が自分に従順な人間を作りたかったのかと思うと人としてゾッとしてしまう。
だけど人間なんか作ったところで人形みたいに思い通りに動いてくれるはずが…
と、一瞬考えたところでリビングドールには清廉純白の心を与えるという事を思い出した。
人間…もとい生きた人形を従順に従わせるために埋め込む清廉純白な心。
そして、その心が何らかの原因によって失われる事により、人形として従わせる事ができなくなるのが黒化現象によるリビングドールの暴走って事か…
だがしかし、心が純白だからと言って命令に従うものだろうか?
ましてや純白じゃなくなるから暴走を引き起こすなんてのはよく考えたら変だ。
そもそも、このナインペインと名乗ったリビングドールはメイドとして働いている。
その役割上、主人の命令に従順なのは人間とか人形とか関係なく当然の事だし…
ましてや心が純白清廉だなんて事は微塵も関係ないじゃないか。
とか考えているうちに屋敷の応接間に着いた。
「ご主人様をお呼びしますので少々お待ちください」
─4─
応接間で待っていると、間も無くライフィールド氏が現れた。
「やあ、よく来てくれた。どうだい、うちのリビングドールのナインペインは?人間のメイドと変わらないじゃろう?」
「ええ、驚きました。リビングドールと言うだけあって、まるで生きている…いや、その体以外は正に人間そのものかと。ただ…」
「お茶をお持ち致しました」
メイドのリビングドールが客人である私と主人であるライフィールド氏にお茶を入れる…
普通の人形ならば持ち主がお茶汲み用の人形を起動させてお茶を入れさせる…
だが、この人形は違った。
主人であるライフィールド氏が特に命令することもなく自分の判断でお茶を入れに来たのだ。
「ただ…どううしたのかね?」
いけない。
会話の途中で、つい人形に気を取られてしまった。
「ただ、メイドがやる仕事ならリビングドールでなくても普通の自動人形で十分なのではないかと。例えば先ほど私が屋敷の中を案内されたのも、今みたいにお茶を入れるのも、用途別に専用の自動人形を用意してやらせれば済む話ですし、メイドの仕事である炊事洗濯も自動人形でも行えます」
「そうきたか…なるほど…」
ライフィールド氏は、少し考えたように間を開けるも続けて答えた。
「人形技師というのは人形は道具の領域を超えられないと考える…いや、あるいは君の性分では人形は道具の領域を超えてはいけないと思う…そういう事かね…?昔も同じような事を…いや、なんでもない」
道具の領域を超えてはいけない…
確かにそう思ってはいるし図星ではある。
けれど「それがどうした?」とでも言いたいばかりのこの老人の真意が分からない。
「はい…確かに思っています。というよりは道具の領域を超える必要性を感じた事がなく…実のところよく分かりません」
「そうか…君はまだ若いか。予め定められた設定通りに動くだけの存在では埋められない、自分の意志で動き会話を行える人形の素晴らしさを理解できる時が君にもいつか来るよ。君にはうちのナインペインのメンテナンスを依頼していたね。彼女に触れて学ぶ事もきっと多いはずだ」
リビングドールのメンテナンス…
つい先ほど実物を見る前は普通の自動人形のメンテナンスの延長線上だと思っていた。
けど、その浅はかな思いも生々しいあの姿を見て変わってしまう。
体は人形である事をわかっていても、あれの体をバラし見る事を想像すると…
私は生きているものを解剖する恐怖と、未知のものの中を覗く期待が入り混じったような何とも不思議な気分に襲われた。
「おっと、また横道に外れてしまった…いや、この話も本筋ではあるのだが、先の葬儀の時といい人形の話となるとつい熱くなってしまってな、本来言おうとしていた事を忘れてしまう。私の悪い癖だよ」
ライフィールド氏は一旦黙り…何やら物思いにふける感じで再び口を開いた。
「本当はモールスから口止めされている事だし、随分言おうかどうか悩んだ事で…本当ならあの場で話していた方がよかったかもだ。彼の妻や息子には話せない内容だが、孫である君にはモールスの名誉の為にも一部分だけでも話しておかなければいけない…そう思った次第…だ…」
突然、そして唐突な話題の変更に私は面食らった。
「話そう…モールス・フォーメンは失踪したのではなく、とある戦いの末に殺された事を」
─5─
「モールスは一般的にはリビングドールの黒化現象に悩んだ末、それに耐えきれず失踪したことになっている…のだが、実際は違う。彼は家族にすら事情を話せない相手を倒さねばならず、更にその相手がこの街の近くに潜伏している事を突き止め、五十年前にこの街の私のところを訪ねて来たのだ」
突然の事で理解が追いつかなかった。
どうしてリビングドールの開発者とは言え、人形技師でしかない祖父が「倒す」なんて物騒な事に?
しかも家族に伝えられないとかどういう事?
「その相手と言うのは彼の名誉を守る為にも君であっても言えない…私が墓場まで持っていく秘密だ…だが、モールスが黒化現象を恐れて逃げ出したような臆病者ではなく、最後まで戦った結果で死んだ事を孫である君には知ってもらいたいし、できる事なら彼の意志を継いでリビングドールの復興と発展に力を貸して欲しいんじゃよ」
「そ、そんな…失踪していて生死すらも分からなかった祖父が死んでいて、しかも失踪ではなく殺されたとかいきなり言われましても…しかも、そんな大事な事を祖母や父には話さず私だけに?二人にも伝えるべき重要な事ではないのですか?」
「君がそう思うのもわかる…だが冷静に考えて欲しい。モールス…君のお祖父さんが死んだ事を今更伝えられてどうする?彼を止められなかった事を後悔しないか?あの時知っていれば止められたのにと。そして、今まで失踪した臆病者だと思っていて恨んでいたのは何だったのか…ぶつけどころのない思いはどうなる?」
「そ…それは…」
「それに、真実を隠しておきたかったのはモールスの悲願でもあるのだ。だからこそ二人には悪いが今のまま…リビングドールの黒化現象に耐えきれず家族を捨てて逃げ出した臆病者という認識でいてほしいのじゃよ。わかるかい?」
確かに祖父がそうしたかったのなら、そうした方がいいのかもしれない。
五十年前に知っていたところでどうしようもない事実だし…
理由はどうあれ祖父が家族を捨てた事実は変わらないので、私も父と祖母の二人が苦しまない方がいいと思った。
「はい、私も父や祖母を今更苦しめるような真似はしたくありません。しかし、真実を隠してまで祖父が倒さなければならなかった相手…祖父の仇についてはやはり何も話せないのでしょうか?」
「すなまいとは思っているが、こればっかりは話すわけにはいかないのじゃよ。モールスもトップも死んだ今となっては真相も闇の中で、残されたものがとやかく言う相手でも…いや、少々言い訳じみてしまったな。言えばモールスの失踪の真実以上に君のお祖母さんやお父上が傷つく存在、場合によっては自動人形業界そのものへの不信に繋がるかもしれない…そして、何より万が一にもそれが生きていて下手に君がその相手を追えば殺される…そういう事情で言えないのじゃよ」
ライフィールド氏が申し訳なさそうに言えない理由について語る。
そこまで色々と理由をつけて隠さなければいけない相手…
そうであれば、いっそ私にも真実を隠したままにしておいた方がよかったんじゃないか?
そんな風にさえ思ってしまう。
祖父が殺されたという真実を話してまで、私にリビングドールを作ってほしいのだろうか?
そう考えるとなんだか複雑な気分だ。
「仇の相手は話せない…話せないのだが、せめてモールスが死んだ場所については話したい。実を言うと激しい戦いだったのか、火事で焼けたのに加えて大量の瓦礫に埋もれてしまったせいで今も遺体は見つかっていないのじゃ。そう言う意味では失踪と言うのもあながち間違いではないのだが、生きていないのは確かだ。せめて孫の君だけでも墓参りをすれば、モールスも報われる気がしてな。ここに滞在する間に頃合いを見て行くといい」
─6─
ライフィールド氏との会話の後、私はナインペインと名乗り呼ばれるリビングドールに客室へと案内された。
「フォーメン様がご滞在の間は、私がフォーメン様付きで身の回りのお世話をさせていただく事になっております。とは言え私はフォーメン様のメンテナンスを受けるのがメインです。ですので屋敷の中では常に私が側にいるのが最良かと」
部屋に着いて荷物を下ろした早々こんな事を言われる。
まるで監視役かの様にリビングドールに居座られてしまった。
でも、私がここに来たそもそもの目的は、ここにいるリビングドール・ナインペインのメンテナンスだし…
やるならさっさと始めてしまうか。
「それじゃあ早速…仕事の方を始めるよ」
今からメンテナンスを行う人形に対してこんな事を言うなんて不思議な気分だ。
普通の自動人形相手なら、まず動力部のスイッチを切ってそのまま各部位のパーツにバラす。
それから、分解掃除をしつつ破損箇所がないかをチェックするんだけど…
リビングドールには動力部のスイッチなんてないし、どうしよう…?
「じゃあ…とりあえず服を脱いでそこのベッドに仰向けになって寝てくれないかな?」
「…わかりました」
メイド姿の少女の人形は言われた通りに服を脱ぎはじめる…
人型の人形が私が口に出した命令によって何処となく恥ずかしそうに服を脱ぐ。
その姿を見て、私はなんだかイケナイ事をしているような気分になった。
けど、服を脱いで出てきた裸体は人形のもので、今扱っているものはやはり人形なんだと少しだけ安心した。
服を脱ぎ終えて全裸になったナインペインは、部屋にある客用のベッドで横になる。
人形の体を一度バラバラにするためにその姿をまじまじと観察する。
するとナインペインが恥ずかしそうに言った。
「…あの…そんなに見つめられますと…お恥ずかしゅうございます…」
忘れていた…リビングドールには心を入れているんだった。
だから、恥じらいと言う心も持っているのかこの人形は。
厄介…だなあ…だけど面白い…かも
少しずつだがリビングドールについて好意的になれる気がしてくる。
最初こそ人間の様に動く人形に戸惑い、嫌悪感のようなものを感じてた…
けど、何とかなるかもしれない。
折角ここまで来たのだし…
それに祖父の作品に触れる貴重な機会でもあるわけだし…
できることなら何かを得たいし、祖父の事も嫌いにはなりたくない。
「これから関節のパーツを外して一旦バラバラにするけど大丈夫かな…?」
「はい…問題ございません…」
人形に対して了承を得ながら人形をパーツ毎に分解するという不思議な経験だ。
実際に分解してみると、普段取り扱う自動人形よりも機械技術部分の作りが比較的簡単な構造になっている事に驚く。
自動人形もリビングドールも機械部分を魔法の力で動かすのが基本となっている。
しかしながら自我を持たない自動人形は、動くのに複雑な機巧を持つ。
それに対してリビングドールの方は、自我を持って考えながら動くためなのか、単純な構造をしている。
大きさこそ違えど子供が人形遊びで使う人形そのものだった。
「分解してみたけどパーツの損傷も見当たらないし、老朽化で傷んでいる様子も全くないなあ…ライフィールドさんの話だと随分長い間メンテナンスをしていないみたいだけど、埃一つたまっていないし、これってやっぱり…」
「はい。自動修復機能によるものです」
祖父の資料にも記述があったのを覚えている。
自我を持つ人形だからこそ、自分で自身の不良箇所を判別してそれを修復する…
そんな判断を下すことができるリビングドール独自の機能。
老朽化による損傷は勿論の事、軽い破損であっても自力で治せてしまう。
その為、理論上はメンテナンス要らずと資料には記述があったが…
この個体がどうやらその証拠のようだ。
おそらくは祖父が亡くなってから五十年は一度も人形技師によるメンテナンスを行っていないと思われる。
けれど、この人形には傷一つない。
まるで新品同様で、大事に扱われていた事がよくわかる。
これじゃあメンテナンスといってもやる事が殆どないなあ。
思ったよりずっと早く終わりそうだ。
「うーん……じゃあ後は組み立て直して核心の方を見て今日は終わりにしようか」
「かしこまりました。では、体の方は私の方で組み立てますね」
先ほど分解したパーツがひとりでに元通りに組み上がっていく…
リビングドールの制御は魔法技術で作られた核心というものが行なっている。
これが魔法の力で各パーツを動かすことにより人形本体は動いているのだ。
核心は言わば人形の心臓部である。
例えパーツがバラバラになっても、核心さえ無事ならばこのように自力で直せるようだ。
人形の構造が自動人形に比べて単純なのも、この核心による制御の賜物だったりする。
「体の組み立てが完了しました。私の核心の場所ですが左胸の部分…人間でいうところの心臓の箇所にあります。どうぞご確認くださいませ」
そう言うと人形の胸部が開いた。
確かに私から見て右側の…人間の心臓の場所に、核心と思われるものが埋め込まれている事が確認できる。
人形の心臓部をあえて人間の心臓の場所に挿入れるとは…
祖父も粋な事をするなと思った。
心臓部である核心自体はリビングドールだけでなく自動人形にも存在する。
自動人形の場合はその動作に関する命令が記述されている。
だが、自動人形の場合は人の形をしているものであっても利便性を考慮して体の中央…あるいは頭部に埋め込むのが一般的だ。
先ほど分解したパーツの単純構造といい…核心の位置といい…
できるだけ人に寄せた存在を作りたかったのではないか?
そんな祖父の人形技師としての拘りが見える。
私が生まれる前に亡くなった祖父に会うことは叶わない
けど、こうして祖父の作品に触れる事で少しだけ出会えた気がしてなんだか嬉しい。
祖父は人間を作りたかったのだろうか?
最初にナインペインと名乗るリビングドールを見た時から感じていた疑問。
それが、作品を通して祖父に出会った事で確信へと変わる。
だが、何故人間を作りたかったのかまではわからない。
もっと祖父の作品に触れればわかるかもしれない…
そんな事を考えながら人形から核心を取り出す。
核心を検査するも、そこにはやはり損傷は見当たらない。
もっとも、損傷と言っても外的なものの話で内面の損傷まではわからない。
リビングドールの核心とは自我を司る心である。
この核心で考えた通りに人形を動かす事で人形が生きているように動く。
核心の内面的な損傷とは…
そう、かつて祖父を悩ませたと言われる心の黒化現象の事だ。
自動人形に清廉純白な心を与えると言ってもこの核心の色を純白にするわけでもない。
黒化現象と言っても核心が黒ずんでくるわけでもない。
見た目では判断できないのだ。
今日初めてリビングドールに出会った私には、この人形の心が作られた時のまま清廉純白であるかどうかなんてわからない。
黒化現象が起きた場合にどうなるのかすらわからない。
ただ、知識として知っているのは黒化現象が起こった人形は暴走するという事だけだ。
─7─
核心を再び人形に戻したところで一息つく。
予定よりずっと早く全工程の作業が終わった。
と思いつつ、ふと時間を気にしてみると夕刻も過ぎてもう夜だった。
そういえば昼ごはんを食べ忘れていたなあ。
夕食をどうしようかと考えていたら、部屋のドアをノックする音が聞こえる。
とりあえず出てみたところ、自分より少し年上ぐらいの女性が目の前にいた。
「あなたがお爺様のお客様ね?夕食の準備ができたのでいらして」
一瞬、彼女もリビングドールかと疑ってしまったが、何てことはない普通の人間だった。
「わかりました。片付けをしてすぐに行きます」
よかった、ちょうどお腹も空いていたし、このタイミングでの夕食は嬉しい。
さっさと向かうべくメンテナンス用に出していた道具を急いでカバンに片付けよう。
「あら…部屋で何かやっていたの?」
夕食だと呼びに来た彼女は疑問に思ったのか部屋の中を覗いてきた。
間の悪い事に、そのタイミングで先ほどまで色々調べ回していた人形がベッドから起き上がる。
「あっ…リバスお嬢様…」
人形は彼女に気づいたのか全裸のまま対応した。
「ちょ…ナインペイン…なっ…何で裸!?あっ…あなたたち!この部屋で一体何をしていたの!?」
─8─
食卓にはライフィールド氏に先ほどの女性…
そしてもう一人、先ほどの女性と同じぐらいの年齢っぽい男性がいた。
「やあ、紹介するよ。こっちは孫娘のリバス。それから彼は私や君のお祖父さんの古い友人の孫で、うちの孫娘の友人でもあるニーメン君だよ」
「リバス・ライフィールドです。先ほどは失礼しました。ナインペインを診ていただけなのに…私取り乱してしまいまして…」
「……ニーメン・セーブルだ。うちの祖父さんとあんたの祖父さんは友人同士だったらしいが、うちの祖父さんは俺の生まれる前に亡くなっていてな、実のところよく知らないんだ」
リバスにニーメンか…
リバスの方はライフィールド氏のお孫さんだからこの場にいるのも納得だけど。
ニーメンの方はどうしてこの場にいるのだろう?
祖父同士では繋がっているらしいけど本人は知らないっぽいし…
まあそれはお互い様だけど気にはなる。
「人形技師のウィル・フォーメンです。本日はリビングドールのメンテナンスの依頼でお邪魔させていただいておりますが、このような豪華な夕食の場にご招待頂きましてありがとうございます」
「いえいえ、とんでもないです。祖父から久しぶりにお客様がお見えになると聞かされ、張り切って作った料理です。どんどん食べてくださいね」
四人での食事が進む中、先ほどのメンテナンス結果について会話する。
「ふむふむ…なるほど。ナインペインはまだまだ大丈夫そうか。自動メンテナンス機能についてはモールスから聞いてはいたが、五十年経っても一向に衰えぬとは全く驚いたよ」
「ナインペインは私が生まれた時からずっといる家族のみたいな存在です。最初はメンテナンスと聞いて何処か具合が悪いのかと心配でしたが、元気なんですね?よかった…」
「それはそうとウィル君。モールスの墓参り…もとい亡くなった場所へ連れて行く話なのじゃが…明日の朝からなんてどうかね?今そこにいるニーメン君に案内してもらうといい。何しろ、ウィル君のお祖父さんのモールスとニーメン君のお祖父さんのパイクは戦友…そして同じ敵に破れてあの場所で亡くなったのじゃから…」
突然の新事実が語られ、私は驚きを隠せなかった。
ニーメンの方も知らなかったみたいで私と同じように驚いている。
今回の食事会に私と彼の二人が呼ばれた理由が何となく分かり納得する。
その一方で、ライフィールド氏本人も言っている祖父の墓参りに対していささか疑問を覚えた。
別段私は祖父の墓参りをするつもりでここに来たわけでもない。
ましてや祖父が遥か昔に亡くなっていたなんて事実も今日初めて知った。
墓参りに行きたくないとかそういうのじゃない。
正直、気持ちの整理が追いついていなくて乗り気になれないでいる。
私がここに呼ばれた理由も、先の葬式に感化されたこの老人が自分が死ぬ前に身辺を整理するために、私に祖父の墓参りをさせたかっただけにも思える。
勿論、本来依頼されたリビングドールのメンテナンスも嘘ではなく私にやってほしかった事の一つなんだろう。
けど、本題は…私に祖父モールス・フォーメンの功績を伝える事だったのではないかと思った。
「ちょっと待ってくださいよおライフィールドの爺さん。うちの祖父さんと、こいつの祖父さんが戦友とか初めて聞きましたぜ。その口ぶりだとあの場所で同じ奴と共闘してやられたっぽいけど、結局相手は誰なんだよ?」
「ニーメン君、悪いがそれには答えられんのじゃ。無論そこにいるウィル君にも話していない。前にも言ったが…相手が万が一にも生きていれば祖父譲りで血の気の若干多い君は間違いなく仇を討とうと奮闘する…それは危険な事なのじゃ。それに、その相手の事が公に広まれば世間は混乱に陥るかもしれない…それも避けたいのじゃ。わかってくれ」
「まあまあ、二人にそんな因縁があったなんて。明日は二人揃ってお墓参りですね?あの場所の近くには綺麗なお花畑もありますし、明日は三人で一緒に行ってピクニックにしましょう。ランチ用のお弁当…頑張って作らなきゃ」
空気が重くなるのを察したのか、リバス嬢が半ば強引に会話に割り込んできて、話をそらすために無理やり話題を変えてきた。
結局、祖父たちの戦った相手についての話題はうやむやになった。
リバス嬢の提案通りに明日は三人でピクニック…もとい祖父たちの墓参りに行く事になった。
不本意ではあるけれど、明日は楽しいピクニックが待っていて…
ついでにこれまで知らなかった祖父について知るチャンスがあるかもしれない。
そう前向きに自分を言い聞かせる事にしよう…そう思った。
─9─
食事の後は部屋にあった来客用のシャワーで汗を流して寝る事にした。
来客用のシャワー付きの部屋といい、よく見たら結構広いこの屋敷といい、普通の家とは明らかに違う。
今更ながら…この家金持ちなんだなあ…
私の家も、今は亡きドッグマウス氏が自動人形関連の収益の半分をうちに入るようにしてくれたらしいから、その収入はかなりのものだったはずだけど…
その割に祖母を始めとしたうちの暮らしは質素だったと思う。
まあ、お金を管理しているのは祖母だし。
私が生まれた時は既に私と両親は父が働いて稼いだ収入で生活していたわけで、こんなものだったのかな。
とは言え、この家だって金持ちの屋敷っぽくはあるけれど…
その割に使用人の姿が見当たらないなあ。
その上、ライフィールド氏とその孫のリバス嬢以外は住んでいる形跡が見えない。
不思議に思ったが考えても仕方がないので、さっさと寝よう…
そう思ってベッドに入ったのだけれど眠れない。
今日だけで色々とあったからというのもある。
けれど、部屋にずっと立っているリビングドールが気になってしまうのだ。
このリビングドール、さっきの食事中も女中の如くずっと傍で立って待機していたし。
寝る時も一緒なのか…
眠れない…眠れない…眠れない…
所詮は人形…気にしては負けと思えば思うほど逆に気になってしまう。
それは、この人形の外見が頭身含め人間に似ているからか?
それとも、メンテナンスの最中に会話をしたからか?
………。
そうだ、こいつのせいで眠れないなら、いっそ話し相手になってもらおう。
「ナインペインだっけ、君の名前?」
「はい、私の名前はナインペイン…そう命名されています」
「そうかナインペイン。君の事を聞かせてくれないかな?」
「私の事でございますか?何処から話せばよろしいでしょうか?」
「うーん、そうだな。じゃあまず君の普段の生活とか」
「はい、私普段はこの屋敷内でメイドとしての仕事を行っております。普段ならば掃除、炊事、洗濯なんかは全て私が行っているのですが、ここ数年はリバスお嬢様が『私もやってみたい』と仰りまして、最近は手伝ってもらっています。今日なんかも私がメンテナンスに専念できるようリバス様が私の代わりに夕食を作られましたし…」
「ちょ、ちょっと待って!?基本的に君一人で屋敷内の全てをまかなっているのかい?」
「はい。屋敷内は広いですが、今はご主人様とリバスお嬢様のお二人しか住まわれていませんので。あっ、庭掃除なんかは時々専門の自動人形をご主人様が手配しています」
「今は…って事は昔はもっと色んな人が住んでいたのかい?」
「そうですね…私がモールス・フォーメン様に作られてこの屋敷に連れてこられた時は、まだ屋敷は完成したばかりで、あちこちを沢山の自動人形が走り回っていました。その当時住まわれていたのはご主人様と今は亡き奥方様、そしてそのご子息の三人だけでしたが、お客様が出入りする事が多く、当時の私の仕事は主にお客様のお世話や奥方様との話し相手なんかといったものでした」
成る程、接客が主な仕事だったのか。
そうであれば、良くて無骨な対応しかできない自動人形よりも、こうして今みたいに話のできるリビングドールの方が向いているよなあ。
それに多くの客人を迎い入れるためなら、屋敷のこの大きさも納得がいく。
「やがてご子息が成長…そして結婚なされましたが、今の仕事の関係で一人娘のリバス様をこの屋敷に残して遠くで仕事をなされております。奥方様も亡くなった今となってはご主人様とリバス様の二人になってしまいました。近年ではお客様が来る事もなくなり、人手が必要なくなったため、メイドの私一人で十分というわけでございます」
それで今はメイド一人なのか…
一人と言っても人間ではなく人形なので、一体でもメイド換算なら十数人分の仕事はこなせるだろうし…
大きな屋敷でも縮小運営ならばリビングドール一体で十分なのか。
何となくではあるが、今のこの屋敷の状況がわかって少しだけスッキリした。
そう言えば、さっきの会話でこの人形の作成者である祖父の名前が出てきたけど、もしかして何か覚えているのだろうか?
何気にこの人形、見た目は少女なのに少なくとも五十年以上は稼働しているんだよなあ…
もしかしたら、何か知っているかもしれないし、一応聞いてみるか。
「ところで、私の祖父…君の作成者であるモールス・フォーメンについて何か覚えている事はあるかい?」
「私が目覚めてからの調整作業についてぐらいですかね…調整が終わった後はこのお屋敷まで運ばれてご主人様に納品されましたし。後は今日のウィル様が行った様なメンテナンスを行いに時々訪ねに来ていましたよ。最後にいらしたのは五十年前で、それっきりでございます」
五十年前…祖父が死んだ年か。
ライフィールド氏の話では死ぬ前にここに訪れたっぽいし、もしかしたらその時に最後のメンテナンスをしたのかもなあ。
「最後に来た時にモールス・フォーメンや君のご主人様が何か話していなかったかい?」
もしかしたら祖父の倒そうとしていた相手の事がわかるかもしれない。
興味本位程度の気持ちで、駄目元で聞いてみた。
ライフィールド氏があれだけ隠していた事だから迂闊に話してはいないだろう。
話していたとしても覚えているかもわからないしで…期待はしていたなかった。
けれど、リビングドールは答えてくれた。
「そうですねえ…その時はご主人様にモールス・フォーメン様、それに加えてパイク・セーブル様もいらしていましたが、何やら深刻な感じで会話をしていました。完全漆黒を破壊しなければならない…そう言っていたのを覚えています」