第1章 自動人形とリビングドール
─1─
「自動で動く人形を作りたい」
かつて、そう考えた男が二人いた。
「人形を動かす仕組みを作ろう」
一人は人形の機巧を作るのに、世にその仕組みが解明された科学の技術を使った。
「自動で物を動かす仕組みを作ろう」
もう一人は自動化させるのに、古から伝わる不思議で便利な魔法の技術を使った。
そして、二人が協力することで「自動人形」という新たな技術が生まれる。
自動人形は瞬く間に普及し、国を…世界を変える程の技術にまでなった。
しかし、それも五十年以上前の話だ。
年月が経過すれば世の中の事情も随分と変わってしまう。
私は今日、その内の一人トップ・ドッグマウスの葬儀に出席することになった。
─2─
「父さん、まだ終わらないのかなあ?」
「ウィルが退屈なのは分かるが、うちがお世話になった人の葬儀だ。我慢してくれ」
葬儀場で私と父は手持ちぶさになっていた。
出席者の中に知り合いが一人もいないからだ。
「お祖母ちゃん、さっきから色んな人と話しているけど知り合い多いのかな?」
「さあな。お祖父ちゃんの方の関係者かもしれないし、よくわからん。でもまあ、この葬儀には業界の大物も参加しているらしいし、そういう人と知り合いなら凄いかもなあ」
「でも、トップ・ドッグマウスって軍事関係の自動人形で有名な人だよね?大物って言ってもソッチ系の人だろうし嬉しくないよ。それに、こんな人の葬儀になんか出たくなかったし…」
「そう腐るなウィル。何度も言うが、うちがお世話になった人なんだ」
そんな退屈でイライラしている時だった。
不意に祖母と話していた一人の老紳士が私たちにも話しかけてきた。
「そうか、君たちがモールスの息子と孫か」
モールスとは私の祖父の名前である。
「自己紹介がまだだったね。私はウィロー・ライフィールド、君たちの父親や祖父に当たるモールス・フォーメンは古い友人じゃよ。彼にはリビングドールを作ってもらったりと随分とお世話になっていてね、ご子息がこんなに立派に成長していて安心したよ。彼も生きていればさぞ喜んだだろうに」
ライフィード氏が『リビングドール』という言葉を出した途端、祖母や父の表情が心なしか曇った様に感じた。
─3─
「私は人間の様に生きる人形を作りたい。自動人形は、その足がかりに過ぎない。人形に命を吹き込み自立して自分で考え動く、何と素晴らしいことか」
「いいや、人形に命を吹き込むなんてとんでもない。命令通りに動くからこそ人形は価値あるものなのだ」
自動人形を作り上げた二人の人形技師は対立した。
生きている人形を作りたい。
そう願った方の自動人形の開発者は、私の祖父モールス・フォーメンであった。
「もういい、ここから先は私一人でやる」
「愚かな選択だ。全てを滅ぼす事になるぞ」
結局、自動人形の開発者の二人は喧嘩別れになってしまった。
そして、モールス・フォーメンによる人形に命を吹き込む研究が新たに行われる。
「既に勝算はあるのだ。自動人形は魔法で作った『核心』という装置で制御している。だから、これに対して擬似的な命を魔法の力で与えてやれば成功するはず」
右葉曲折の末、遂にはそれが完成した。
「ははは、やったぞ。自立して動く人形…命の吹き込まれた人形ができたぞ。よし、こいつはリビングドールと命名しよう。こいつを世の中に出して、自分で考えて動く人形の素晴らしさを広めよう。そうすれば、人形に命を吹き込む事を馬鹿にしていた連中も、その素晴らしさに目覚めるに違いない」
私の祖父モールス・フォーメンによって作られたリビングドールは、次々と出荷される。
元より新しい技術に目のない金持ち連中は、こぞって祖父のリビングドールを購入した。
その素晴らしさは、たちまち認められた。
そして、モールス・フォーメンはリビングドールの創始者として讃えられ、栄光の人生が待っているはずだった。
だが、ある時私の祖父はリビングドールが原因となり、家族を捨てて失踪してしまう。
これもまた、五十年以上前の事で、私が生まれる遥か昔の出来事である。
─4─
不意に現れて『リビングドール』について話してきた老人と私の父が会話を始めた。
「父にドッグマウスおじさん以外の友人がいるとは驚きました。なんせ自分が物心着く前には失踪して既にいなかったものですから、私は父のことは何も知らなくて…ですが、葬式とは言えこの様な形で父を知るお方に出会えるなんて、ドッグマウスおじさんには亡くなってからもお世話になりっぱなしです」
「モールスが失踪…そういう事に…いや、何でもない。お父上の事は残念だったね。だが、モールスは立派な人だったよ。今日の葬儀の当人であるトップと共に人々の生活を豊かにするために自動人形の技術を作り上げたのだから。そのおかげで人手のかかる重労働や危険な作業は全部自動人形に押し付ける事が叶ったんだ。農業に工業、道路や建物の建設なんかの工事、そして戦争までもが……おかげで私の家が代々治めてきた農村は街へと生まれ変わり、若者が戦争に取られて疲弊する事もなく発展する事ができたわけだ」
ライフィールド氏が自動人形のその素晴らしさについて嬉々として語ってくる……
その様子に私たちは、少し参ってしまった。
普段話し相手がいなくての久々の会話だったのか?
それとも古い友人の事を久々に話せて嬉しかったのか?
はたまた単純に話すのが好きなのか?
何にせよ、普段あまり見ることのないテンション高めで話すその年寄りが苦手だと感じた瞬間だった。
「リビングドールの技術だって、人々がより人形を使いやすくするためのにとモールスが頑張った成果なんだ。単純な命令しかこなせない自動人形よりも、人間と同じ様に意思疎通ができる人形の方がより複雑な頼み事もこなしてくれる、そういう事なんだよ。うちにいる一体もそういうところが便利でねえ、今でもメイドとして働いてもらっているが、本当に助かっているんだ」
「いや…でも、リビングドールは…」
思わず口をはさんでしまった。
ライフィールド氏の話からリビングドールは便利だという事も、その成果に喜んでいる事も伝わってくる。
でも私は実際に動くリビングドールを見たことはないし。
それに……
「わかっているよ、黒化現象の事じゃろう?」
黒化現象……そう、それが祖父がリビングドール絡みで失踪する事になった原因なのだ。
─5─
「何故だ!?何故リビングドールが暴走する!?」
私の祖父モールス・フォーメンは悩んでいた。
最初は上手くいっていたリビングドールの事業だった。
けれど、いつの日からか出荷した人形の暴走事例が出てきたのだ。
「おかしい。原因が全くわからない。リビングドールには純白清廉な心を仕込んであるのだ。穢れのない真っ白な心ならば良い事しかやらないはずだ。それが何故、悪い事をする様になって暴走する!?これじゃあ、まるでリビングドールに与えた白い心が黒く染まっているみたいじゃないか」
まるで心が黒くなったかの様にリビングドールが悪行を行う様になる。
いつしか、人々はそれを『心の黒化』と呼ぶようになった。
そして、心の黒化でリビングドールが暴走する現象を『黒化現象』と呼ぶ様になった。
「何故だ!?私の何が間違っていたと言うのだ!?これでは、人形に命を吹き込む事を馬鹿にしていた連中を見返すどころか、逆に『それ見たことか』と馬鹿にされてしまう。何とかしなければ。黒化現象を何とかしなければッ!」
モールス・フォーメンは必死になって、黒化現象の解決に取り組んだ。
だがしかし、彼が幾ら頑張っても解決の糸口すら見つからない。
原因不明で解決の兆しが見えない黒化現象は、当然恐れられる様になる。
人々がリビングドールを求めなくなるには、そう時間はかからなかった。
そして……私の祖父モールス・フォーメンは失踪した。
リビングドールが廃れてしまい、自分に失敗者の烙印が押される事に耐えられなかったのだろう。
当然、残された家族である私の祖母と幼い父は困った。
祖父もいなくなり、リビングドール関連の収益も途絶えて当然ながら経済的に苦しくなった。
だけど、そんな時だった。
「この技術はモールスと二人で作ったものだから、自動人形関連の収益の半分はモールスの遺族に入る様にしようと思うんだ。だから気にする事なく受け取ってくれ」
かつて祖父と喧嘩別れになったトップ・ドッグマウスが、私の家にお金が入る様にしてくれたのだ。
かくして、私の家は助かるどころか金持ちになってしまう。
当然ながら祖母と父はかつての祖父の盟友トップ・ドッグマウスの心遣いに感謝した。
そして、私は今日もこうして家族の恩人の葬儀に出席する羽目になった訳だ。
─6─
「幸いにもうちのリビングドールには、未だその現象はあらわれていなくてね」
どうやら、ライフィールド氏は黒化現象という問題を抱えているにもかかわらず、リビングドールを好意的に思っているようだ。
それどころか、氏が今でも稼働させている事に正直驚きを隠せなかった。
祖父の残したリビングドールの技術は書物にまとめられ私の代まで引き継がれてはいる。
けれど、その技術は今日まで誰も求める事はなかった。
その上、私の祖母や父は祖父の失踪の原因を作ったこの技術を嫌っている。
だから、ライフィード氏がその名前を出した途端、祖母や父の表情が心なしか曇った様に感じた。
私は祖母や父と違ってリビングドールについて否定的じゃない。
否定的じゃないだけで肯定的でもない。
子供の頃から自動人形が大好きだった。
十五歳になる頃には自動人形についての技術も一通り学び終える程だった。
祖父から伝わるリビングドールの技術もその一環として、また単なる興味本位で勉強はしている。
今知っている自動人形の技術と組み合わせれば再現できる自信もある。
でも、私はリビングドールを作る気にはならなかった。
勿論、黒化現象を恐れているというのもある。
だけど、それだけじゃない。
人の心を人形に与えるという、その行為についてだ。
もしそれを行うなら、私は一人形技師として責任を持たなければならないと思う。
それに、そもそも人形に心を与える行為そのものを疑問に思ってしまうところもある。
「モールスがリビングドールの黒化現象に悩んでいたのは勿論知っているさ。けれど、全てのリビングドールが黒化したわけじゃないし、研究が進めば黒化現象だって改善されるはずなんじゃよ」
黒化現象の改善……考えた事もなかった。
リビングドールを作り上げるほどの技術者の祖父が匙を投げた難題。
その先入観からか黒化現象は避けては通れないものとばかり思っていたからだ。
「原因すらわからないのに、黒化現象は本当に改善できるのでしょうか?」
「そんなもの、やってみなければ分からないじゃろ。だが、今となってはなあ…」
「私は一応知識としてだけなら祖父の残した書物からリビングドールの作り方やその仕組みについて知っています。その基礎となる自動人形の作る技術も学んでいますので、リビングドールを作る事もできます…が、再現して作ろうとは思いません。何故なら…」
「なんと、君はモールスからリビングドールの技術を引き継いだのか!」
ライフィールド氏は驚いている。
私がリビングドールの技術を引き継いでいるのが意外だったようだ。
「てっきり、彼の代で失われてしまった技術だとばかり思っていたよ。トップも死んでしまった今となっては、このまま歴史の闇に消えてしまう他ないと。だが、君がいてくれて良かった。君さえ頑張ればリビングドールを再興できるに違いない!」
「で、ですから私はリビングドールの再現はしませんし、ましてや再興など…」
「な、何故だ!?君は自分が引き継いだ技術の価値がわからないのか!?」
そんな事を言われても正直困ってしまう。
現存するリビングドールの存在を当然伝えらて心踊るところもある。
けれど、いきなりリビングドールの復興なんてのは飛躍し過ぎだ。
「おっ、落ち着いてください。再現はしないとは言いましたがリビングドール自体には興味がありますし…そっ、そのっ…できれば一度動いているリビングドールを見せていただけたら嬉しい…かな…と…」
「おおっ、それはいい!動いているのを見れば君にもリビングドールのその素晴らしさが伝わるに違いない!」
思わず口からでまかせを言ってしまった。
いや、リビングドールを見てみたいというのは本当だ。
けど、その本音を口走ってしまった事には内心自分でも驚いている。
「そうだ、君にうちのリビングドールのメンテナンスを依頼しよう。いや、悪いところがあるって訳じゃあないんだが、稼働させて最後にモールスに見てもらってから随分経つからなあ。何処か調子の悪いところがないか見てもらいたいんじゃ」