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人形技師ウィル・フォーメン  作者: 敦賀正史
第1集 献身慈悲のナインペイン
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第8章 黒化現象


                ─1─


 住宅街の民家の一室。

 そこには寝たきりの老人と、リビングドールのナインペインがいた。


 ナインペインが老人を手に掛けようとしている。

 けれど、既のところで私たちが間に合ったみたいだった。

「苦しみから解放するとはどういう事ですか!?それだけでは理解できません!ちゃんと説明なさい、ナインペイン!」

「リバスお嬢様。人間は年を召されると悩み苦しむ様になります。ですが、死なせてあげる事でその苦しみの呪縛から解放されるのです」


 聞きたくはなかった…

 恐らく、ここ最近亡くなった老人たち、そしてライフィールド氏も多分…

 ナインペインの口から衝撃的な事実が語られた。

 全員、彼女が殺したと言うのか!

「なっ、何て事を言いやがるんだ、こいつ!!」

「狂ってやがる……このメイド」

 警官たちも動揺を隠せない様だが仕方ない。

 私だって動揺している。

 だけど、この中で誰よりもショックを受けているのは、リバス嬢に他ならない。

「どうして…どうしてなの…ナインペイン…?人を殺めるのがいけない事だってわからないの!?」

「お嬢様、人間は人が死ぬ事を悲しむ故、例え人の為になる事であっても、人を殺める事を躊躇してしまいます。ですから、人形の私がやるのです。人が苦しみから解放される様に、人が悲しまない様に」

「違う…それではいけないの…どうしてわかってくれないの!?」

「リバスさん。ナインペインは恐らく、もう…」

「ウィル。あれが…そうなのか…?」

「はい。私も初めて見ましたが、これがリビングドールの心が黒くなって起こる暴走、

黒化現象の症状そのものです……」


                ─2─


 黒化現象…

 リビングドールに持たせた清廉純白の心が黒く染まって暴走する現象の事らしい。

 らしいと言うのは、心が黒く染まるというのが良く分からないからだ。

 そもそも、清廉純白の心を与える理由もよく分からない。

 そんなあやふやな認識だった。

 そう、今さっき目の前で黒化したリビングドールを見るまでは。


 今なら分かる。

 人形がいけない事をやらない様に清廉純白の心を与える事。

 そして、清廉純白の心を与えた筈なのに黒い心が芽生えてしまい、いけない事をやってしまうのが心の黒化現象だと言う事も。

 何故、黒い心が生じるかはわからない。

 けれど目の前のリビングドールには、確かに人を殺めるという黒い心が生まれていた。

 本来、清廉純白の心を持っていれば、人を殺めようとか考えられないのだと思う。

 だがしかし、その心が黒化してしまったばっかりに、ナインペインは人を殺める様になってしまった。

 純白清廉の心を入れる導入や黒化の結果は分かっても、肝心の黒化する過程が全くわからないので、どうしようもない。


 ナインペインが、何時黒化したのかもわからない。

 最初に出会った時には既に黒化していたのだろうか?

 それとも、モールス・フォーメンの孫である私に出会い、祖父の真実を語るか悩むライフィールド氏を見て、黒化したのだろうか?

 私がナインペインの核心を見た時には異常はなかった様に見えたし、そもそも心が黒化したからと言って核心の見た見に変化が現れるかどうかもわからない。

 でも、ナインペインが最初に人を殺めた時…恐らくはライフィールド氏を殺した時には…既に彼女の心は黒化していたに違いない。


 もっと救いのあるものだとばかり勝手に思い込んでいた。

 しかし、原因どころか過程や兆候すら分からないんじゃあ、どうしようもない。

 もしかしたら、核心を取り出して心を白く上塗りすれば一時的には直るのかもしれない。

 けれど、過程が分からない以上は、その白く上塗りした心も直ぐに黒く染まってしまう。

 成る程、祖父の他にリビングドールを作ろうとする者がいないわけだ。

 リビングドールが悪事を働いた責任を取りたい物好きなんているわけがない。


                ─3─


「黒化…現象…!?そう……ナインペインが……」

 さっきまで必死にナインペインを問い質していたリバス嬢も、その言葉を聞いて觀念したのかそれ以上の事はしなかった。

「なあ、ウィル?ああなってしまったら最後、どうしようもないのか?」

「はい、残念ながら…核心を取り出し、破棄する他ありません」

 リビングドールは人間とは違う。

 様々な判断を自立的に考えて実行できるだけで、過ちを認めて反省する能力はない。

 だから、罪を償わせる事はできない。

 壊れてしまった体の様に、壊れてしまった心も修理できればいいのだけれど…


 いや、そうじゃない。

 壊れた心も、何時の日か修理できる様にならなければ。

 今は無理でも、将来は必ず…

 だがしかし、今はどうする事もできない。

 このままナインペインを放っておくわけにもいかないし、どうすれば?


「ところで皆様方。見つけてしまった以上はやはり自分が悲しまない様、私が殺して解放する事を妨げるおつもりなのでしょうか?」

 ナインペインが何かを言っている。

 既のところで殺す前に間に合ったとは言っても、彼女はまだ仕事を終えていないだけで、取り押さえたわけじゃない。

 このままでは彼女は目の前の老人も殺してしまう。

 とりあえず、これ以上の犠牲者を出さない為にも止めないと…


「死による解放を理解できない事は残念で仕方ありません。ですが、皆様方も一度ご覧になれば理解していただける筈です。私もそうでした。そう、あの日ご主人様…を……………」

 それ以上…ナインペインは話せなかった。

 彼女の体はバランスを崩して倒れ、後にはメイドの服を着せられた人間大の人形だけが残った。

「……ライフィールド家の者として……当主の代行として……家族のケジメは私、リバス・ライフィールドがつけます!!」


 一瞬の出来事だった。

 見ると、リバス嬢はナインペインの体の…ちょうど人間で言うところの心臓がある場所に、自身の右手を無理やり挿入していた。

 そして、抜き出したその手には…ナインペインの核心が掴まれているのが見えた。


                ─4─


 結局、私にかかった殺人容疑は、こんな形で晴れてしまった。

 一連の殺人事件はライフィールド家のリビングドールが暴走し、自分の主人を筆頭に殺しまわった結果として処理される。

 犯人が人間ではない為、この事件では誰も咎められる事はなかった。

 あえて責任を問うならば、ライフィールド氏が該当するのだろうけれど…

 そんな氏も最初に殺されてしまって、もはや責任を取らせる事もできない。


「ウィルさん……この度はうちのナインペインのせいで……ごめんなさい……」

「いえ、リバスさん。元をたどれば、私の祖父が作った人形のやった事です。貴女が私に謝る事なんて何もありません」

「ですが……」

「ウィルの言う通りだ、気にするな。取らなくてもいい責任で変に自分を責めれば、ウィルの方も自分の祖父さんの行いで自分を責めなきゃいけなくなる」

「ニーメン……あの……私っ……」

「良くはないけど過ぎた事なんだ。誰が悪いわけでもない天災みたいなもので、どうしようもなかった」

 ニーメンがリバス嬢をなだめてくれて助かった。

 彼女も立場上色々と力が入り過ぎて、空回りしているのだと思う。

 祖父母も亡くなり、両親も側にいなくて、責任感の強い彼女に全部が押しかかった結果だから仕方のない事なんだろうけど…

 だからこそ、今の様にニーメンが支えてあげて欲しいと思う。


 それにしても、天災…か…

 確かに、事前に兆候も見えないし防ぎようもない点からすれば、言い得て妙って感じなのか。

 これと言って何もできる事はないし…

 いや、そんな事も言っていられないか。

 さっきのリバス嬢は責任感が強過ぎる気もするけれど、自分の立場や祖父の事を考えれば…

 むしろ、ここで何もやらない私は逆に責任感が無さ過ぎるのかもしれない。


「何はともあれ、これでようやく出発できますね、ご主人様。私の体を修理して、その後はいよいよ完全漆黒を倒すための旅です」

 そうか、一緒に旅に出る約束をしていたんだった。

 事件のせいで、そんな事すっかり忘れてた。

 旅………………そうだ!

 祖父の作ったリビングドールに会いに行く旅をしよう。

 まだ黒化していない個体を観察すれば何か手がかりが掴めるかもしれない。

 残っている過去の黒化現象の事例とも照らし合わせて比較の数を増やせば、黒化する過程だってもしかすると…

「ねえ、フィーヴィー、旅の事なんだけど…さあ…?」

「はい。どうかしましたか、ご主人様?」

「祖父の残した…現存するリビングドールに会いに回りたいんだけど、いいかな?」

「成る程、リビングドールを探し回れば、完全漆黒に出会う可能背も高くなると言う事ですね?ナイスアイデアですご主人様。闇雲に探し回るより、遥かにいいと思います」

 そんな事全く考えてなかったんだけど、納得してもらえたなら…まあいいか。

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