第三話
清一五歳 チッチ八歳
清一は暇をもてあましていた。積み木で家を建ててはそれを崩すのを何度も繰り返した。一人で遊ぶのは飽きたが、遊び相手が誰もいないのである。
今日は日曜日だと言うのに父親は朝から仕事で出かけてしまった。
「ママー、遊んでよー」
清一は母親のいる部屋に入った。
「ごめんね、清一。これが書き終わったらいっぱい遊んであげるから」
「ごめんね、清一君。お母さんの締め切りは明日なの」
と、眼鏡をかけた長髪の綺麗な女性に部屋を追い出されてしまう。小説家の母親はこのように部屋に篭り一日中出てこないことが月に一度ある。その時は必ず先ほどの女性が監視役として付いているのだ。
「じゃあお姉ちゃん一緒に遊ぼうよ」
清一が三角形の赤い積み木を女性に見せると、女性は困ったように微笑みながら。
「ごめんね、清一君。お姉ちゃんはお母さんを見守ってあげなければいけないから」
と部屋の扉を閉めた。
「チッチの散歩一緒に行けばよかったなー」
清一は、母親の部屋の扉を見ながら呟いた。一番の遊び相手であるチッチは祖母と一緒に散歩に出かけたばかりであった。
「そうだ、重ちーの家へ行こう」
重ちーとは幼稚園での一番の仲良しの友達である。彼の家はこの家から清一の足で歩いて十分、途中大きな川を渡る。清一は青いリボンの付いた麦藁帽子を被ると、外へと飛び出した。
真夏の太陽が街をそして清一を照らし続ける。しかし時おり強く吹く北風が適度な涼をもたらしてくれる。
清一が橋の真ん中を歩いていたその時、北風が突然激しく吹き、浅く被っていた清一の麦藁帽子を飛ばした。
「あっ、帽子が」
清一は麦藁帽子を捕まえようと橋の欄干から身を乗り出した。
瞬間、清一の体がくるりと鉄棒の前周りのように欄干の向こう側に――そして橋の下へと落ちた。
清一の体が川の中へと沈もうとしている。彼は右手に麦藁帽子を持ちながら左手で自分の体を浮かそうと一生懸命に水を掻いた。首を伸ばして口を水上に出そうとするもすぐに水の中に入ってしまう。
苦しい、清一が思ったその時、どこからか犬らしき鳴き声が聞こえてきた。
「チ……、チッチ……」
どこから来たのかチッチが清一の側まで泳いできたのだ。清一は無我夢中でチッチの背中に掴まった。そして顔を水上に出し思いっきり酸素を吸った。
一息ついたところで自分を運ぶチッチの背中を眺める。かつて庭で乗り回していた頃より小さくなった背中。その頭越しに見える川岸の光景には祖母の姿も見えた。
「飼い犬が溺れた子供を救う」というニュースは近所で評判となり、清一とチッチは地元の新聞に載ることになった。その写真には誇らしげにお座りをするチッチと、その背中に笑顔でまたがる清一の姿があった。




