06 初めまして
「グラムさん!」
「なんだ急に! ノックをしてから入って来い!」
昼過ぎ。
ハンターギルドのマスター部屋に、職員から急遽、伝令が走った。
書類を片付けていたグラムは、入って来た職員を続けて叱責しようとしたが、職員の顔色を窺い、只事ではないと理解した。
職員の手には、魔導念話機が握られており、その手が小刻みに震えていた。
「どうした? 何があった?」
「それが、聖王国にあるハンターギルドから、緊急念話が飛ばされてきました」
「内容は?」
「メメン湖にある監獄島に、四年前の悪夢が再来しました! 監獄島からは、聖王国に救援の依頼を出されており、それによって聖王国からは、聖獣騎兵隊が派遣されています! 詳しくは、聖王国の首都に拠点を置くギルドマスターからお話があるそうです!」
「分った、代われ」
職員は、手に持っていた魔導念話機をグラムに渡す。
グラムはそれを、苦い顔を作りながら手に取った。
「メメントの街にて、マスターをやらせて貰っているグラムです」
『そう畏まらなくていい。時間が無いからね。用件だけ伝えさせて貰うよ?』
「分りました。用件とは?」
『メメン湖の監獄島にハンターを派遣して欲しい。出来るだけ多くの人数をね』
「聖王国から、聖獣騎兵隊が派遣されたと聞きましたが? 戦力ならば、それで十分だと俺は思いますけどね?」
『それじゃあ駄目なんだよ。ハンターギルドが助太刀として、ハンターを派遣した。この事に意味がある』
「もし戦闘になれば、大きな犠牲が出ます。相手は、あのネクロマンサーなのでしょう? 三年前、メメントの街で噂になった、あの……」
『だからどうした? 危険に挑むのはハンターとしての矜持だ。それが無ければハンターである意味が無い』
「……あんた、自分が何を言ってんのか分かってんのか?」
グラムは、とうとう我慢が出来なくなり、苛ついた口調で問いただす。
しかし相手は、それを笑いながら柳の様にするりと躱す。
『ははは、そう怒らないでくれ。君の言いたい事も分るつもりだ。……けどね? これはハンターギルド本部からの命令でもあるんだよ』
「本部からの? なぜ本部が……」
『さぁ? 私達は、ただ黙って命令を聞くだけだ。どうせ本部の爺共……っと、これは聞かなかったことに知れくれ。まぁ、本部の奴らは、私達を都合のいい働きアリ程度にしか思ってない。そんな事は前から知ってるだろう?』
「……分かりました。メメン湖にハンターを派遣します。しかし――」
『――戦闘には介入しない。だろう? それでいい。聖獣騎兵隊が監獄島に付く頃には、夜になっているだろう。それまでに、ハンターをメメン湖周辺に集めておいてくれ。では、後は任せたよ?』
――ブツン!
グラムは、念話機を睨みながら、大きな溜め息を吐き、職員に念話機を渡す。
「掴み所のない奴だ。これだから首都のマスターは嫌なんだ……」
「どうされました? グラムさん」
「いや、何でもな……くはないな。至急ハンター達に通達。緊急事態宣言だ! ギルドマスターの権限で命令を飛ばせ! メメン湖の監獄島に、クラスC以上のハンターを集結させろ! 彼の凶悪な特級指名手配犯。【災厄の魔術師】アルス・ノヴァが再来したとな!」
急遽、ギルドマスターからの招集にギルドに居たハンター達は驚き、そして、その内容に驚愕した。
中には、その場から逃げ出そうとした者も居たが、マスターから直々に戦闘は行わなわず、集まること自体が本部からの要件だと伝え、今回の依頼には、マスター自身が同行することも伝えると、やっとの事で騒ぎは収まり、ハンター達に落ち着きを取り戻させた。
招集によって、ギルドに集まったハンターの人数は200人を超え、その全てが、マスターのグラムと共に、メメン湖の監獄島へと向かって行った。
メメントの街の門を、馬車に乗った大勢のハンター達が潜っていく。その様子を見て、街の人達は、何とも言えない不安を覚えるのだった。
◇――――◇◇――――◇◇――――◇◇――――◇
「上が騒がしいな……」
「…………」
薄暗い牢屋の中で、凛とした少年の声が響く。
牢屋の中は、湿気で至る所が苔むしており、不衛生な環境の為か、ネズミが壁際を走っていた。
「牢の扉、空いてるな……」
「…………」
牢の中には、少年以外に人が居り、少年は絶えずその人物に問いかけるが、その者からの応答はない。
いや、言葉を話したくとも発せないと言った方が正しいか。
しかし少年は、構わず言葉を掛け続ける。
「まぁ、外に出たくても、出られないか……」
「…………」
少年は、虚ろな瞳で牢を見る。
少年が言ったように、牢の扉は空いていたが、二人が外に出る気配は無かった。
二人供、出られる状態では無かったからだ。
沈黙と共に、二人の間に、時間だけが無常に過ぎていく。
「ん?」
天井から滴る水滴が、地面に何度落ちただろうか?
牢の扉が開いたまま、どれ程の時間が経っただろうか?
眠りかけていた少年が、天井に目を向けながら、ある事に気が付いた。
「……声が、止んだ?」
「…………」
上の階から響いていた悲鳴や怒号、偶に聞こえる遠吠えが、いつの間にかぱたりと聞こえなくなっていた。
それと同時に、今まで反応を見せなったもう一人が、俯かせていた顔をゆっくりと上げ、牢の扉に顔を顔を向ける。
顔を上げた拍子に、肩に掛かっていた白銀の髪が、流れるようにスルリと落ちた。
「お前……!」
その反応に、少年は驚きを隠せなかった。
今まで、どれだけ声を掛けようと、体を揺らそうとも、ピクリとも反応を示さず、ただ俯いていただけの少女が、今日この日、初めて反応を見せたのだ。
少年は、その少女が生きている事は分かっていたが、意識があるとは思いっていなかった。
少女は食事の際、獄兵から口の拘束具を外され、液状の食事を無理やり流し込まれている。
その最中でさえ、全く反応を見せていなかった。嗚咽の声も一つも上げはしない。
そんな状態の少女に、意識があるとは到底思っていなかったからだ。
少年が少女に言葉を掛けていた理由は、ただ自分が孤独に耐えられず、少女に独り言を言って気を紛らわしていただけだったからだ。
――コツン!
少年が驚愕してる最中、遠くの廊下から、人の足跡が響き渡る。
少年は、どうせ食事係の獄兵が、食事を運んで来たのだろうと考えながら、眼を伏せる。
しかし、どうにも様子が違っていた。
――グルルルルル!
獣の様な唸り声が、廊下から聞こえて来る。
その唸り声を聞いた瞬間、少年の額から、冷や汗がだらだらと流れ始めた。
それは、根源的な恐怖であった。
絶対的な力を持つ捕食者が放つ殺気に当てられ、少年は恐怖したのだ。
「獄兵じゃ……ない?」
「………………」
体を小刻みに震わせながら、少年は芋虫の様に体を這わせ床を移動し、背中を壁に付け、鉄格子の外を見る。
牢屋の外、廊下の壁には、此方に向かって来る者の光に当てられて、おぞましい化け物の影が三つ、口を大きく空けた獣の様な影が映し出されていた。
――コツン!!
それと同時に、段々と近づいてくる靴の音が、自分達の終わりを物語っている様で、少年は一層委縮する。
少年が隣を見ると、白銀の髪をした少女は、ただ前だけを向いており、少年とは違い、震えても居なければ、恐れてもいない様子だった。
少年はその姿に、ほんの少しだけ勇気を貰い、覚悟を決めた眼で前を向く。
――コツン!!!
そして、靴の音を大きく響かせながら、二人の目の前に、それは現れた。
「やぁ、初めまして……」
漆黒の髪と、赤い瞳を揺らしながら、その男は現れた。
口を弧にして微笑みながら、男は歌う様に声音を上げる。
「君をずっと探してたんだ!」
嬉しそうに。
「さぁ、一緒に行こう!」
楽しそうに。
「俺の 花嫁 を探しに!」
怖気の走る、とびっきりの笑顔を見せながら。




