04 心は金で買えるし変えられる
「あぁん? てめぇ! あんこら!? あああぁぁん!?」
「ここが何処だか分かってんのか? こらぁ!?」
「あんま舐めてっとぶっ殺すぞ!? あぁぁん!?」
高価そうな絵画や壺が置かれた部屋で、十数人の武器を持った強面の男達に囲まれながら、アルスは一人の男と向き合っていた。
アルスの足元には、背丈が2メートルを超える巨漢が、血溜りを作りながら横たわっていた。
「お前、俺が誰か知っててこんな事してるんだよな?」
アルスの前に居る男。体中に、金銀宝石の装飾を付けた筋肉質な男が、アルスに殺気を孕んだ眼光を向ける。
この男は、この裏街で最も幅を利かせている、武闘派としても有名な情報屋であった。
この街で起きた事ならば、半時も待たずにこの男の耳に入る様になっており、広い情報網を持っている人物であった。
腕の方も確かで、アルスを囲っている十数人を相手取れる実力を持っており、そんな者から殺気を向けれれれば、普通の人間ならば、動く事さえできなくなるだろう。
「知っている。お前が情報屋だろう? 情報を売って欲しい」
しかし、アルスはそんな事など気にすることも無く、懐から金貨の詰まった革袋を、男が居る机に投げた。
革袋には、100枚の金貨が入っており、革袋に入った金貨が、男の前にジャラリと散らばる。
「……舐めてんのか、お前? うち一番の用心棒に瀕死の重傷負わせといて、それで情報売れってのか?」
アルスの周りには、冷や汗を搔きながら、それでも恫喝を続ける強面の男達が居り、武器は持っては居るものの、アルスに襲い掛かる者は一人も居なかった。自分達では敵わないと、本能で察しているのだ。
それだけアルスは圧倒的な力の差を、今アルスの足元で横たわる、巨漢の男で見せたのだ。
「情報屋なのだろう? それとも、これでは足りなかったか? 仕方ない……」
「いや、俺が言ってるのはそういう事じゃ――」
――ジャラン!
アルスは、情報屋の言っている事は理解している物の、取り合う気はなく、男の机にどんどん金貨の詰まった革袋を積んでいく。
「どうだ? 売るか?」
「金を積めば許されるとでも――」
――ジャラン!!
「…………お前、人の話を――」
――ジャラン!!!
「満足か?」
「……分かっ――」
――ジャラン!!!!
「分かった! もういい! 情報を売る!」
「最初からそう言え」
情報屋の目の前には、金貨の入った革袋が山となって摘まれており、アルスを囲む用心棒達から、ゴクリと喉を鳴らす音が聞こえて来る。
情報屋は、辺りを一睨みし、用心棒達に出て行くように促すと、地面に横たわる巨漢の用心棒を引きずりながら、部屋の外へと出て行った。
「さて、何を売って欲しいんだ? 指名手配のウォーカーさんよ」
「何だ。もうバレたのか」
「知らなかったのか? お前さん、今日の夜にハンターギルドから金貨10枚で指名手配されているぜ? 他人のハンターカードを使って街に侵入したってな。それにしても、何でこんなに金持ってんのに、そんな回りくどい手を使った?」
「それを話す必要はない」
『手続きが面倒だったとは言えないですな……』
『でも、手続したらもっと面倒な事になるのよねぇ……』
『ぐ~! バウ! ぐ~!』
「まぁ、聞いてみただけだ。で、俺に何を聞きたいんだ?」
「フォレトの村に、白銀の髪をした少女がいた筈だ。それをハンターが何処かに連れ去ったらしい。俺か聞きたいのは、ハンターに依頼した奴の目的、それと少女が今、何処に居るかだ」
「成る程な。その話か……」
情報屋は、アルスの話を聞くと、机の引き出しから、何枚かの紙を取り出した。
そして、厳つい男には似合わないメガネを掛け、その紙を読み始めた。
「依頼人は、メメントの街の住人……ってなってるが、これは偽装だな。本当の依頼人は、監獄長から出てやがる。大方、その少女の価値を知って、少女を何処かに売るつもりだろうな。その少女の居場所も、監獄の中だが……ちょっと面倒な所に居るな」
「何だ? 何処にいる?」
「ただの監獄じゃねぇ。監獄島だ。メメントの街から東に行った所にある、メメン湖の中央に作られた天然要塞だな」
「メメン湖の監獄島か。前に行った事があったな」
「何だ? 元服役囚か? どうやって出て来たんだ? あそこは終身刑しか入れなかったはずだぜ?」
「何、別に罪を犯さなくても入る事も出る事も出来る。それだけの事だ」
「まぁ、深くは聞かねぇよ。それに、【白銀の子供達】を、お前がどう使おうともな……」
「…………」
アルスは、黙って男に背を向け、部屋の扉へと歩いて行く。
聞くべき事は、全て聞いたからだ。もうここには用が無い。その意志表示であった。
「あぁ、そうだ。お前を尾行してた奴らを捕らえてるが、どうする? 何なら、こっちで処分しといてやるぜ? 金は多く貰ってるからな。それ位はしといてやるよ」
「……まかせる」
アルスは、後ろを振り向くことなくそう言うと、黙って部屋から出て行った。
そして、アルスが出て行くと同時に、情報屋の額に、大粒の汗が流れる。
同時に、外に待機していた用心棒達が、一斉に男の部屋へと入り、無事を確認してほっとする。
「ボス! 無事だったんですね! 良かったっす!」
「……何とかな」
男は、死ぬか生きるかのギリギリの綱渡りを達成した事に安堵しながら、葉巻に火をつけ、一服する。
「ふぅ~、ありゃぁ、化け物だな。もう二度と会いたくない部類の奴だぜ」
「すいません、親分。この俺が、手も足も出なった。申し訳ねぇ……」
奥から、包帯を体中に撒いた巨漢が、男の前に膝を突き、謝罪する。
「いや、アレは仕方ねぇ。俺でも無理だ。お前はよくやった方だよ。これからも頼むぜ」
「……親分!」
情報屋は、巨漢の男が倒された時の事を思い出しながら、煙を吐き出す。
巨漢の護衛が、棍棒でアルスの脳天を叩き割ろうとした瞬間、何かに絡め捕られた様に、巨漢の護衛が動かなくなった。
棍棒は、アルスの頭上でピタリと止まったったままであり、巨漢の護衛が、どう力を入れようとも、体を全く動かすことが出来ない。
そして、「やれ」と言った瞬間、巨漢の護衛は、体中から血を噴出させながら、地面に倒れ伏した。
(あの時、俺は何を見たんだ? アイツを覆うように何かが居た。それだけは分かるんだが……)
情報屋は、巨漢の護衛と、アルスの戦いの最中、巨漢の男の血の一滴が、アルスの後ろにいる透明な何かに掛ったのを見たのだ。
しかし、それを見たのも一瞬で、直ぐにその掛かった血と共に、どこかに消えてしまった。
「触らぬ神に何とやらだな……」
「何か言いました? ボス」
「いや、何でもねぇよ。あ、そうそう。アイツを追っている二人組、あれは始末しとけ」
「了解です。ボス」
情報屋が命令を下し、部屋から出て行く部下達。
それを見ながら、情報屋は薄っすらと笑みを浮かべる。
「さて、何をやらかす気なのかねぇ」
似合わないメガネを掛け、アルスが払った金貨を手に取りながら、想像を膨らませる情報屋であった。
◇――――◇◇――――◇◇――――◇◇――――◇
歩くのが面倒になったアルスは、馬を買い、メメン湖にある監獄島に向かっていた。
メメン湖の監獄島は、最も脱獄が難しいとして有名な監獄で、出入りするための道は、長い橋の一本道しかなく、その橋の長さは500メートルはあるのだが、100メートルずつの要所要所に、関所の門があり、実質、この門が開かない限り、脱獄する事は不可能である。
だからと言って、メメン湖を泳いで渡ろうとすれば、水中で肉食の魔物や魔獣に肉を食い破られ、骨の一つも残らない。
人間と自然が合わさったこの監獄島は、最も入れられたくない監獄として、受刑者たちを恐れさせていた。
「見えて来たな」
アルスの眼前には、太陽に照らされる広大なメメン湖が広がっており、その遠くに、監獄島が存在していた。
監獄島の周りには、要塞が築かれており、上を見張りの兵が絶えず警戒してる状態であった。
「前来た時よりも、警備の数が多くなっているな」
『そうですね。無駄な事をするものです』
『主よ、我はここを知りません。ここでは何をしたのですか?』
『ぐ~! ぐ~! ワンワン!』
「あぁ、そうだったな。ノブレスとアールエムエルはこの時居なかったか。何、大したことは無い。カルマ値の高い囚人と、肉体性能が良い材料を探しに行っただけの話だ」
『成る程。野暮用と言うやつですな』
「そういう事だ」
『それで主よ、どのように入るのですか? 泉を凍らせますか? 空から飛んで行きますか?』
ノブレスの質問に、アルスはどちらも首を振る。
アルスには今回、考えがあったのだ。
「堂々と、正面から行く」
『……成る程。流石、我が主! 感服いたしました!』
『素敵ですわ、アルス様!』
『ガオォォン! バウォォォン! ワオォォン!』
考えてはいたが、深くは考えていないようであった。
そして、常識がある二人と三匹も、戦闘に関しては常識が無かった。
「では、行くとしよう!」
『主が望むままに!』
『はい、アルス様!』
『ガウ! バウ! ワオ!』
アルスは馬を駆けさせ、監獄島に掛る唯一の橋に向かうのだった。
「誰だ貴様! 止まれ! この先、許可証が無い者は一切通る事は出来ない!」
橋を渡る前、大きな門の目前で、アルスと10人の警備兵が向かい合っていた。
一人は、アルスの目の前に立ちはだかり、許可証を出せと大きな声でアルスに指示する。
残り9人の警備兵は、門の上にある砦から、弓に矢をつがえ、アルスに構えていた。
脅しの意味が強いのだが、不審な行動を取れば、構わず矢が放たれる事になっている。
「許可証。許可証ねぇ……」
「早く出さんか!」
アルスは、人差し指を立て、陽気な笑みを浮かべると、目の前にいる警備兵に、謎々を出す。
「俺が誰か分かったら、お前たちにある物をやろう。なに、正解すれば、許可証など要らなくなる」
「馬鹿にしているのか?」
アルスの謎かけに、おちょくられていると感じた警備兵は、手を上に挙げ、門上にいる弓兵に射撃体勢を取らせる。
弓を番えられ、ギリッと撓る弦が、冗談では無い事を雄弁に語っていた。
「次は無い。許可証を出せ」
「答えは?」
しかし、アルスは答えを促す。
警備兵はそれに対し、上げた腕を下ろす事で答えとした。
「お前、カルシウムが足りてないな。素材にもならん」
アルス目掛けて、9本の矢が高速で飛来する。
しかし、アルスに届く前に、全ての矢が切り刻まれ、カランと軽い音を立てながら、橋の上に落ちた。
「「「「なっ!」」」」
「それでは、通らせてもらうか。人を待たせてるんだ」
驚く警備兵に対し、邪悪な笑みを浮かべたアルスは、大きく両手を広げ、静かに叫んだ。
「出でよ、我が僕! 骸骨騎士 !!」
アルスを中心に影が広がり、『ゾゾゾゾ』と、身の毛もよだつ音を立てながら、黒い鎧を纏った幾百の骸骨の騎士が橋を埋め尽くす。
「ね……ネネネ!」
それを見て、門の上に居た警備兵が、体を震わせ、半狂乱になりながら絶叫し、アルスの正体の一つを言葉にする。
「「「 死霊使い だあぁぁ!!!」」」
カタカタと体を鳴らし、火の玉の様な目を揺らしながら、橋の上に綺麗に整列する黒い骸骨騎士たちは、アルスの支持を待っていた。
アルスは、人差し指を門前に立て、周りで整列する骸骨騎士たちに、静かに命令を下す。
「正解者には、『死』を!」
「「「「「骨ッカッカッカッカッ!!!」」」」」
まるで、笑い声の様に響いたその音は、門前で響き渡り、その日、監獄島に、悪夢が再来する事となる。




