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03 出会いの糸口


 ――コンコンコン!


 部屋の扉を誰かがノックする。

 何度か目のノック音の後、アルスはベットからゆっくりと起き上がった。

 寝ぼけ眼を擦りながら、仕方なしにアルスは立つと、扉の鍵を開け、ノックをしていた人物を確認する。


 「誰だ?」

 「ここの女将だよ。あんた、よくこんな時間帯まで寝てられるね? それだけ疲れが溜まってたのかい?」


 ぼさぼさの髪を掻きながら、アルスが窓の外を見ると、もう陽は完全に落ちており、外からは夜の喧騒が聞こえていた。


 「今、何時だ?」

 「もう夜の8時だよ。飯の時間さね。だから起こしに来たんだよ。それでどうすんだい? 下に来て皆で喰うかい? それともこの部屋に持ってくるかい?」

 「そうだな……」


 アルスは女将の言葉に、色々と考えを巡らせる。

 アルスは、何事も一人で終わらせるタイプである。言ってしまえば人嫌いであった。一人の方が落ち着くのだ。

 しかし、今回は目的がある。情報が必要なのだ。


 「いや、下で食べる」

 「へぇ~、アンタみたいに暗い人間は、一人部屋で食うものと思ってたんだけどね?」

 「まぁ、今回だけだ」

 「今回だけ? 変なこと言うね。まぁいいさ。もう料理は出来てるんだ。早く下に降りて来なよ」


 女将はそれだけ言うと、足早に下の階へと降りて行った。

 女将が見えたくなって直ぐ、アルスの頭の中に、配下の声が聞こえだす。


 『失礼な女ですね。アルス様、この宿、吹き飛ばしてしまいましょう』

 『ベール。女将とはどこもあの様な物だ。気にするだけ無駄だぞ』

 『ガウ! ぐ~、ぐ~』

 「ノブレスの言うとおりだ。気にするだけ無駄だ。それに、宿を吹き飛ばせば飯が食えなくなるだろうが」

 『あ、そうでした。私とした事が……しかし、久しぶりの真面なお食事ですね。アルス様はもっとお体に気を使われた方がいいと、ベールは森でずっと思っていました』

 『そうだろうか? 私は主の食事は合理的だと思うがな?』

 『ノブレス。あなた本気で言ってるの?』

 『ガウガウ! ぐ~、ぐ~』


 死の森に居た時のアルスの食事は、ひどい物である。

 栄養さえ取れればいいと、各種の食材を全てドロドロにした液体を、ジョッキに注いで飲み干すのだ。

 研究に専念したいアルスは、時間を節約する為にしていた、狂気とも思える合理性から生まれた食事方法。

 味は言うまでもなく最悪であり、アルス以外が飲めば、その場で吐き出す事、間違いなしである。


 「森での話は今はいいだろ。今考えるのは、女将の飯と、目的の情報が在るかどうかだけだ」

 『それもその通りですね』

 『主よ、魔力感知には引っかかているのですか?』

 「いや、まだ引っかかっては無いな。時折、魔力量の高い奴は引っかかるが、どうせハンターか何かだろう。大したことは無い。それに、俺が探しているのは、あれら程度の魔力量の者達ではないからな……」

 『そうですか。ならば地道に街を周り、情報を集めるしかないですな』

 「元よりそのつもりだ」


 アルスが配下と喋りながら下の階へ降りると、アルスの鼻に、食事の匂いが漂って来る。


 「来たかい。ほら、そこに座りな」


 女将が示した場所は、丁度、厨房の前。カウンター席であり、そこには多くの客が座っていた。

 空いていたのは一席だけで、アルスは黙って女将の言う通りの席に座り、食事が来るのを待つ。

 少しして、アルスの前に、大きな器に入ったシチューがドンと置かれる。


 「ほら、家の特製シチューだよ。たんと食いな!」

 「……いただきます」


 シチューは、トマトで煮込まれたミートボールと、骨付き肉がこれでもかと入っており、実に食欲をそそる物であった。

 アルスは手を合わせた後、フォークで肉を挿し、口の中へと入れていく。

 久しぶりの真面な飯に、アルスは舌鼓を打ちながら、黙々と食べて行った。


 「そう言えば、アンタ、この街に何しに来たんだい?」


 丁度、器の中が半分になった頃、女将がアルスに質問をした。

 アルスはこれ幸いと、女将に自分がこの街に来た目的を話す事にした。


 「人探しだな」

 「人探し? ふーん。アンタの身なりからして、 賞金稼ぎ バウンティハンターかい?」

 「まぁ、そんな感じだ」

 「お、当たったねぇ。これでも色々とお客さんを見て来てるからね。大体分かるんだよ」


 アルスは、本当は 賞金稼ぎ バウンティハンターではないのだが、女将がそう思うなら、それに越したことは無いと、アルスは適当に相槌を打った。


 「それで、誰を探しに来たんだい? あたいはこれでも情報通だからね。知ってる事なら教えてあげるよ」

 「それは有難いね。じゃあ、教えてもらってもいいか?」


 アルスは一応、辺りを見回した後、女将に向かって、自分の知りたい事を話し始めた。


 「ここ最近、どこかの村や街で、大きな魔獣や魔物の騒ぎは無かったか?」

 「大きな騒ぎねぇ。そんなの、日常茶飯事だけどねぇ。それだけじゃ分かんないね」


 魔獣や魔物に関しての事件など、どこの村や街でも多くあり、女将も心当たりが多すぎて、何を言っていいのか分からなかった。


 「いや、壊滅する程の被害が出るはずだ」

 「物騒だねぇ、壊滅かい? 何でそう断言出来るのか分からないけど、そうだねぇ……」


 しかし、アルスのその一言で、どうやら女将に心当たりが出てきたようだった。


 「確か、この街の近くにある村で最近、魔獣によって壊滅させられた所があったね」

 「最近? それっていつ頃の話だ?」

 「確か、三日ほど前だね」


 アルスは、その話を聞き、もしかしたらと考え始めた。

 アルスの探す者は、そういう騒ぎの中心に居る人物だったからだ。


 「村の名前は? 生き残りはいるか?」

 「村の名前は、確かフォレトの村だったね。生き残りは三人だけ。重症みたいで今は病院で治療を受けてるそうだよ。可哀そうにねぇ、家族も居ただろうに……」

 「三人の年齢は?」

 「年齢? そこまでは分からないけどね。一人は老人だったはずだよ? その村の村長さ」

 「そうか、分った。病院だな。情報感謝する」


 アルスは女将の話を聞くと、一気に食事を済ませ、食器を女将に返すと、勢いよく席を立った。


 「そう言えば聞き忘れてたけど、アンタ、誰を探してるんだい?」


 アルスは、黙って宿の扉の前まで行くと、半ばまで扉を開け、女将に少しだけ振り返る。

 その瞬間、宿に居たすべての人間に、怖気の様な感覚が走り、まるで先程の喧騒が嘘の様に静まり返った。 

 その静寂の中で、口を三日月の様に笑い歪ませながら、女将に向かい、一言だけ呟いた。


 「大切になるかも・・しれない人を探しに」

 「……そっ、そうかい」


 女将は、引きつった笑みでそれだけ言うと、厨房へと逃げて行った。

 アルスは、それを横目で見た後、宿の外、夜の喧騒の中に、溶けるように消えて行った。

 アルスが向かうは、メメントの街、村人が入院しているという病院であった。



 ◇――――◇◇――――◇◇――――◇◇――――◇



 メメントの街、その中心に位置する場所に、一際目立つように建てられた、煉瓦造りの建物があった。

 【ハンターギルド】と呼ばれるそこは、腕の立つハンターと呼ばれる者達が出入りしており、夢を見る若者の憧れの場所でもあった。

 三階造りになっており、一階は酒場。二階は依頼を発行する受付。三階は事務所となっており、一階や二階からは、多くのハンター達の騒がしい声が聞こえていた。


 時刻は夜9時頃。

 一階では、多くのハンター達が酒を仰ぎながら馬鹿笑いをしている最中、対照的に三階では、このハンターギルドのマスターであるグラムが、額に冷や汗を流していた。


 「……それは、どういう事だ?」


 苦い顔をしながら、そう呟いたグラムは、目の前にいる男の職員に再度尋ねた。


 「いえ、マスターの言うウォーカーというハンターですが、どうにも三年程前から、ハンターの資格更新が行われていない様なのです」


 ハンターは、一年に一度、その資格を維持する為に、ギルドで更新を行わなくてはいけない。

 しかし、この更新は、受付の申請以外、何らかの依頼を受ける度に、ハンターカードに自動更新されるため、ハンターを続け、依頼を受けている限り、ハンターとしての資格が消える事は無い。

 そして、このハンターの資格更新だが、ハンターの安否や生死を確認する手段でもある為、ハンターとしての資格が切れた場合、その人物は、ハンターギルドでは半分死亡扱いとなってしまう。

 今回、職員がウォーカーという人物を調べた結果、三年程前から、ハンターとしての資格が切れている事が分かったのだ。


 「と、いう事はだ。このウォーカーと言う人物に成りすました何者かが、このメメントの街に侵入した。そういう事だな?」

 「はい。その可能性が高いようです。ギルドのハンター達に聞き込みを行った結果、マスターの言うウォーカーという人物の容姿と、ハンター達が知っているウォーカーの容姿は、明らかに異なっていました。三年たち、顔が変わることはあるかも知れませんが、中年男性が青年に若返ることは無いでしょう。魔術で容姿を偽らない限りは……」

 「はぁ〜、そうか……」


 深い溜め息を吐きながら、マスターのグラムは椅子に深く腰掛ける。

 こういう事は、たまにある事だった。死んだハンターからカードを奪い、そのハンターに成りすまして悪事を行う。

 しかし、ハンターギルドとは大きな組織である。そんな事をすれば、バレた時にどうなるかは馬鹿でも理解出来る。

 だが、そんな事も分からない馬鹿も、分かっていながらやる馬鹿も、世の中には腐るほどいるのだ。

 そして、グラムのもう一つの気がかりがあった。それは、職員の言った、三年前という言葉だ。

 三年前、メメントの街では、ある噂が囁かれた。


 ――死の森に、特級指名手配犯が潜伏しているらしい。


 その噂は、どこからかふと流れ、街中に広がっていった。

 噂は街中で留まらず、聖王国の耳にも入る事となり、メメントの街以外からも、多くの賞金稼ぎバウンティハンターが集まって来た。その結果、聖王国からも騎士が派遣される事態となり、その噂に妙な信憑性が持たれる事となった。

 そして、死の森に対して、大規模な捜索が行われる事となる。

 ハンターギルドからは、職種を問わず、200人以上のハンターが集まり、聖王国からは、300人規模の騎士が派遣される事となる。総勢500人以上の大規模な捜索であった。

 そして、その500以上の捜索隊は、死の森に入って行った。

 最初こそ、ハンターも騎士達も皆、これだけの数が居れば容易く対象を捕らえる事が出来るだろうと高を括っていたが、それが間違いだった事に直ぐに気付く事となる。

 魔の森の奥、死の森とは文字通り、入った者を殺す事に優れた、凶悪な森であったのだ。

 死の森に入った者達は、思い知る事となる。死の森に住む凶悪な魔獣や魔物。自生する食人植物。前も見えぬほどの濃密な霧。底なし沼。絶えず聞こえる奇怪な鳴き声。触れただけで対象を切り裂く見えない糸。

 ある者は喰われ、ある者は迷い帰らず、ある者は沈み、ある者は精神を病み、ある者は突如として切り裂かれた。

 結果、500人以上いた捜索隊は、その数を10分の1まで減らし、それ以外の者達は、生きて死の森から出て来る事は無かった。

 この結果を受け、ハンターギルドと聖王国は、死の森に潜伏しているとされる特級指名手配犯の捜索を打ち切り、以後、死の森への捜索が行われる事は無かった。

 遺留品も、死の森に残されたままとなり、多くの遺族を悲しませる結果となった。


 これが世に聞く、【死への行進デスマーチ】事件である。


 頭が痛くなる事件だったと、過去を振り返りながら、グラムは皺のよった目元を指で押さえる。

 大方、この時に死んだハンターの死体から盗んだのだろうと、グラムは辺りを付けた。

 何が目的かは知らないが、街中で何か事件を起こそうとしているのならば、早めに捕まえたほうがいい。

 こういう事は、初動が大切だからだ。早く動けば、その分、被害が少なくて済む。


 「即刻、そのウォーカーを名乗る人物を捕まえるよう、下のハンター達に呼びかけを行ってくれ。捕らえた者には金貨10枚を贈呈する。職種は問わないと伝えろ」

 「分りました。即刻、マスターからの緊急依頼として、下の掲示板に記載すると共に、ハンターに呼びかけを行います」


 職員は、軽くグラムへ頭を下げた後、直ぐに部屋から出て行った。

 グラムは、その後ろ姿を見ながら、葉巻を咥え、火をつける。

 門番班長のベアルから話を聞いた時から、どうにも拭えなかった胸のざわつきが、職員からの報告で、より一層強くなった。

 そして、嫌な考えが頭を過ぎる。


 「まさか、あの時の噂の元凶が、死の森から出て来たか?」


 だが、その考えを振り切る様に、軽く頭を横に振る。


 「いやいや、何を考えてるんだ俺は。あれはただの噂だ。それに尾ひれが付いただけ。それがギルド会議での結論だったはずだ」


 葉巻の煙が、部屋を曇らせていく。

 まるでそれは、グラムの心境を現している様でもあった。



 ◇――――◇◇――――◇◇――――◇◇――――◇



 アルスは、行き交う人に道を聞きながら、病院まで付くことが出来た。

 しかし、付いたは良いが、病院の入り口である門は硬く閉じられており、入る事は出来そうになかった。

 病院の門の前では、ランタンを持った警備員らしき者が二人おり、侵入者が入らぬよう、辺りを警戒していた。


 「裏に回るか」


 アルスは、病院の周りにある高い塀に沿って歩き、裏手まで行くと、3メートルはある塀をひとっ飛びで跳び越え、病院の中へと侵入した。


 『主よ。魔力反応の程は?』

 「今、確認する」


 ノブレスからそう言われ、アルスの赤い瞳が一瞬、妖しく光る。

 少しして、アルスは何やら調べ終わったのか、深い溜め息をついた。


 「駄目だな。ここには居ない。期待していたんだがな」

 『一応、生き残りに話を聞いてみてはいかがでしょう? 何か分かるかもしれませんわ』

 「……それもそうだな」


 渋々という感じで、アルスは病院の中に入る。

 病院内の廊下は、ランプの型の魔導具によって薄ぼんやりと明るく、廊下を照らしていた。

 病院の中は、病院独特の消毒液の様な匂いが立ち込めていた。


 「入ったはいいが、どこに村の生き残りとやらが居るのか分からんな」

 『アルス様。こういう時は、職員を脅して聞くのが一番です』

 「そうだな。その方が手っ取り早いか」

 『ベーゼ。それは我が騎士道に反する。一般人を脅すなど……』

 『騎士道? 何ですそれ? そんな物、犬にでも食わせときなさい』

 『ぐ~、ぐ~、ワン!』

 『なっ! 貴様、騎士道を何だと思って……』

 「頭の中で五月蠅いぞ。少し静かにしろ」


 アルスは、呆れた表情になりながら、暗い廊下を進んでいくと、奥の方に、何やらランタンを持った、若い看護婦を見つける事が出来た。

 どやら夜の見回りを行っているようだ。


 「丁度いい。アイツにするか」


 アルスは、刃が歪曲した悪趣味なナイフを懐から取り出すと、黒いローブを揺らしながら、看護婦へと近づいていく。


 「誰か、居るの?」


 前方から、黒い何かが揺らめきながらやって来ると分かった看護婦は、その正体を確認する為、怯えながらもランタンを前に構える。


 「あれ? 今、確かに……」


 しかし、ランタンで前を確認すると、前方には何も居なかった。

 自分が見た物は、何かの錯覚だったかと考えながら、見回りを続けようと、一歩前へと進もうとした瞬間。


 「動くな」

 「っひ!」


 後ろから突然、男の声が聞こえた看護婦は、短い悲鳴の後、自分の首筋に当たる冷たい感触に、血の気が一気に引いていく。

 悲鳴を上げようとした看護婦に対し、アルスは先手を打つように、看護婦を黙らせた。


 「悲鳴を上げれば喉を掻き切る。暴れれば胸の肉を削ぐ。逃げようとすれば足を斬る。分ったら黙って頷け」


 アルスは、ナイフの金属の冷たい感触を看護婦に感じさせながら、首、胸、脚と、看護婦の体を這う様に移動させていく。

 そのアルスの行動に看護婦は、半ば失禁しながらも、涙目の顔で、何度も頷いて見せた。


 『主よ、流石にこれは可哀そうかと……』

 『私から言っておいてあれだけど、アルス様、それは流石にやり過ぎです』

 『ぐ~、ぐ~、クゥ~ン』


 頭の中で、その様な事を言い出す配下たちに、アルスは取り合う事はせず、淡々と話を続けていく。


 「今から幾つか質問をする。頷いて答えろ。YESは1回、NOは2回。分ったな」

 ――コクリ。

 「この病院に、フォレトの村の生き残りが居るはずだ。どうだ、居るのか?」

 ――コクリ。

 「歳の若い生き残りは居るか? 5~12歳以内の奴だ」

 ――コクコク。

 「……やはり、居ないのか」


 アルスは、ガッカリした顔で看護婦の答えに何事か考えると、看護婦の首筋からナイフを解く。

 看護婦は一瞬、解放されたと安心したが、背中に当たるナイフの感触で、また氷付くことになった。


 「生き残りがいる場所に案内しろ」

 ……コクリ。


 看護婦は一瞬、アルスを患者の所に案内することを躊躇したが、アルスが背中にナイフを押し付けると、ゆっくりと歩き出した。

 代り映えの無い廊下を歩くこと数分。看護婦は、ある病室で動きを止め、扉を開く。

 中には、4つのベットがあったが、使われているベットは一つしかなく、残りの三つは空いている状態だった。


 「ん? 看護婦さん。その隣に居るその男は誰かね? 面会の時間はもう終わってるはずじゃが……いや、もう、私に会いに来る人物などいないのじゃったな……」


 部屋の中には、ベットの上で横になる一人の老人が居り、看護婦の横にいる見た事もない男に、疑惑の目を向ける。


 「俺の記憶が正しければ、生き残りは三人居るはずだか?」


 アルスは辺りを見回しながら、ナイフを突きつける看護婦に尋ねる。

 しかし、看護婦が口を開く前に、部屋に居た老人が、その答えを喋り出した。


 「死んだよ。ワシ以外はな。ここに運ばれた時には、もう手遅れに近かった。二人供、はらわたがはみ出とったからな……」

 「成る程。なら、お前でいい。俺の質問に答えてもらう」

 「なんじゃ、お主は? 騎士かね? それとも……また、あの【忌み子】の事を聞きに来たのかね?」


 老人の【忌み子】と言う言葉に、アルスは自分の口角が上がって行く事を自覚する。

 老人は、アルスのその歓喜極まる表情を見て、自分が言ってはいけない事を口走ったのだと、遅れながらに理解した。


 ――バタン!


 老人の冷や汗が頬を落ちると同時に、立って居た看護婦が床に倒れた。

 

 「……お主、まさか殺したのか?」

 「眠って貰っただけだ」


 アルスは、看護婦の体を跨ぎ、老人の近くへと歩み寄ると、老人に向けてナイフを付き出した。

 しかし、老人の表情に、怯えるような姿は無く、まっすぐとアルスの目だけを睨んでいた。


 「今更、死など怖くない。この歳じゃ。いつも死を覚悟しておる。ましてやワシは、生きながらにして地獄を味わったのじゃ。そんな物で、ワシを脅せると思うなよ、小僧!」


 アルスは、ギロリと凄みのある眼光を老人に受け、一瞬、赤い目が怪しく光ると、アルスは持っていたナイフを懐に仕舞った。


 「……成る程。本気で言っている様だな」

 「何故、あの【忌み子】の事を知りたがる。もしや、村に親戚でも居たのかね? すまないが、生き残りはワシだけじゃ。この老人、一人だけじゃよ……」

 「お前の事にも、村の事にも興味はない。俺が知りたいのは、お前の言う【忌み子】の事だ。知っている事を全て話せ」

 「……何故、アレの事を知りたがる?」

 「お前がそれを知る必要はない」


 アルスと老人の間で、鋭い眼光が交差する。

 老人は、その年の功から、アルスの瞳に、強い意志を感じ取ると、ゆっくりと視線をアルスから外し、口を開いた。


 「それも、そうじゃな……」

 「それで? その子供の特徴は?」

 「年上に向けての言葉使いではないが、まぁいいだろう。……アレの歳は、10歳前後じゃ。詳しい年は分からん。いつアレが生まれ、アレの親が家に匿っていたか分からんからな。ワシが初めてその姿を見たのは、村が魔物に襲われた時じゃった。家の屋根上に座る、白銀の髪を持つ少女じゃった……」


 老人は、その時の出来事を、事細かに喋り出した。

 アルスは、老人が上げる少女の特徴に、自分が探している者だと、確信し始めていた。


 「村人が、魔物に嬲り殺され、犯され、食われる最中、アレは、それを屋根上から、無表情に見ていたのじゃ。ワシはそれを見て確信した。アレは、教会が探している忌み子だとな!」

 「その少女は生きているのか?」


 語っている内に、怒りで熱くなっていく老人とは逆に、アルスの顔には、冷たさを感じるような微笑が現れる。


 「生きておる。何故か分からんが、ハンターらしき者らが、あの忌み子だけを助け出したのじゃ! 我々がどれだけ助けを求めても、まるで眼中にないようにな! 許さん! ハンター共め……決して許さん!」

 「クックックッ! そうかそうか、生きているのか。いやぁ、良かった。生きていてもらわなければ困るからな」


 口元を手で隠し笑うアルスだったが、隠しきれない喜びが、目や言葉からあふれ出していた。

 そんなアルスの態度に、老人は顔を真っ赤にして怒り狂った。


 「何が可笑しい! 貴様、馬鹿にしているのか! 村の者達が死んだ話が、そんなに面白いか!!」

 「言っただろう? 最初から、お前の事も、村の事にも興味が無いと。俺が知りたいのは、ハンターに連れていかれたその少女が、どこに居るかだ」

 「知らん! ワシが知る訳なかろうが! 知っててもお前にはもう教えん! 出て行け! ここから出て行け!」

 「そうするとしよう。何故かは知らんが、興奮しているようだしな」


 知りたい事を全て聞き終えたアルスは、老人の前から、まるで煙の様に消えて行った。

 老人はそれを見て、自分が今まで喋っていたのは、幽霊だったのかと勘違いしてしまう程であった。


 『主よ、これからどうされるのですか? ハンターギルドに乗り込みますか?』

 『でも、こんな時間に行っても、目的のハンターが居るかどうか分からないわよ?』

 『ガウガウ! ぐ~! ぐ~!』

 「いや、ハンターギルドには行かない。行く意味が無いからな」

 『では、どこに?』

 『あっ! 私、分かっちゃった! 裏街に行くんでしょう? アルス様?』

 「正解だ、ベール。裏街に向かう。そこで情報屋に話を聞く。その方が手っ取り早い。アイツらは、金さえ積めば良いからな」


 アルスは、顔に絶えず笑みを作りながら、裏街へと歩を進めた。

 しかし、その様子を、遠くから見ている三人の者達が居た。

 一人は、弓を持った女。残り二人は、槍を持った男と、剣を持った男だった。

 三人の男女は、建物の影からアルスの様子を窺っていた。


 「あいつだよな?」

 「えぇ。手配書の人相と、ブルーバードの女将から聞いた人相が一致するわ。間違いないわね……」

 「どうする? 今、捕まえるか?」

 「いや、裏街に入った。あそこじゃ手出し出来ねぇ……」

 「じゃあ、どうするよ?」

 「あのな、少しは自分で考えろよ。何の為に脳みそ詰まってんだ、お前?」

 「考えるの苦手なんだよなぁ~。あぁ~、そうだなぁ~。ギルドに報告するか? 確か、情報だけでも報酬が貰えただろ?」

 「……いや、それもいいが。見た感じ、大した事なさそうだ。俺達3人でも簡単に事が運べそうだぜ?」

 「じゃあ、二人は手配犯を追って、一人はギルドに報告。これで行きましょう」

 「そうだな、で、誰が報告に行く?」

 「「…………」」

 「なんだよ? 何で俺を見るんだよ?」

 「アンタが案を出したんだから、アンタがギルドに行ってきなさいよ」

 「そうだな。お前が行け」

 「はぁ? マジかよ。裏街は色街でもあるんだぞ? お前、平気な訳?」

 「舐めてんの? それくらい平気よ。逆にアンタ何かが色街通ったら、女に目移りして、対象を逃しちゃうかもしれないし」

 「だってさ。決定だな。ほら行って来い。そしてすぐ戻ってこい」

 「はぁ~、分かったよ。行って来ればいいんだろ!」


 剣を持った男は、ため息を吐きながらハンターギルドへと走って行く。

 剣を持った男が後ろを振り向くと丁度、裏街へと走って行く、仲間たちの後ろ姿が見えた。


 「……気を付けろよ」


 言いようもない不安を覚えながら、剣を持った男は、ハンターギルドに走っていた。

 これが、男が見た、仲間の二人の最後の姿であった。

 

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