01 君を迎えに
彼は、人里離れた森の中。凶悪な魔獣や魔物が跋扈する、【死の森】と呼ばれる場所に住んでいた。
死の森は、入れば生きて帰る者は居ないとまで言われており、危険区域に指定される程の恐ろしい場所であった。
そんな場所に、まるで自分の庭かの如く出入りをし、仕舞いには小屋を立て、住んでいる人物が居た。
その小屋は、淡い月の光に照らされながら、死の森の奥深くにひっそりと立てられており、まるで魔女でも住んでいそうな、そんな不気味な雰囲気を放っていた。
小屋の中には、何に使うか分からない実験器具。棚には特殊液に浸され、瓶詰めされた希少生物の数々が陳列されていた。
床一面には、専門家でも理解できないであろう高度な書物やレポートが、足の踏み場もない程に散乱している有様であり、この小屋に住む人物が、まともでは無いことを雄弁に語っていた。
そんな、異様に汚い小屋の中で、異様に綺麗に掃除をされた一角に、一人の男が立って居た。
黒い漆の様に輝く髪を腰まで伸ばし、薄汚れた黒いローブを纏った、身長180センチ程の男だった。
髪は整える時間も惜しいのか、四方八方に飛び跳ねており、まるでハリネズミの様な髪形になっている有様で、目元は伸びた前髪で確認する事は出来なかったが、口は絶えず薄ら笑いを浮かべていた。
「ようやく、この時が来た……」
まるで無邪気な子供の様に白い歯を覗かせながら笑うその男は、小綺麗にした部屋の中心にある黒い台座へと向かって行くと、懐から何やら手の平サイズの白いキューブ状の物体を取り出し、台座の上に置いた。
すると、その白いキューブは、黒い台座の上に置いた瞬間、フワリと浮かび上がり、ピタリと空中で固定される。
「クックックッ! これで準備は整ったが、念には念を入れておくか……」
男は何やらブツブツと呟きながら、腰まで伸びた髪を無造作に掴み、懐から出した悪趣味な形をしたナイフで、腰まで伸びた長い髪を、首元辺りからバッサリと切断し、切った髪を丁寧に纏めながら、黒い台座の上に置く。
すると、台座の上に置いた黒髪は、フワリと宙に浮き、白いキューブにまるで溶け合うかのように吸い込まれてしまった。
「どうせなら、邪魔な前髪も切っておくか」
男はナイフを手元でクルクル回しながら、適当に前髪もナイフで斬りながら整えていく。
すると、前髪を斬った事によって、男の目が露わになった。
その目は、まるで血の様に赤く、目下には濃い隈くまを作っており、目じりが高いせいか、人を睨めば委縮させてしまう程の眼光を備えていた。
男の名は、【アルス・ノヴァ】。
今年で22歳になる、変わり者の魔法使いだった。
「ふむ、スッキリしたな」
アルスは、短くなった髪を弄りながら、手元にある切った髪を白いキューブに近づけ、先程と同じように、髪を白いキューブに吸い込ませた。
その光景を目の端に捕らえながら、一歩、二歩と、白いキューブから離れてき、丁度五歩目、部屋の壁際まで離れると、ローブを翻し、両手を左右に勢いよく広げた。
「これで準備は整った……」
口元に弧を描き、赤い瞳を期待と好奇心で輝かせながら、アルスは両手に力を籠める。
そして、アルスの言葉と共に、その時は訪れた。
「我が宿願の時、来たれり!」
『ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!』
まるで大地が震えるかの様に地面が大きく揺れ始め、白いキューブを中心に、光り輝く幾何学模様の魔方陣が無数に現れては消えて行く。
部屋の中は、魔方陣から流れ出る力の余波によって、まるで嵐の様に掻き回され、書物や紙が勢いよく宙を舞い、棚にあった物が勢い良く床に落下し、その液体と中身をぶちまける。
しかし、アルスは部屋の惨状になど目もくれず、今起きている事象に目を輝かせていた。
「素晴らしい! なんて魔力反応だ! この俺が、抑え込むだけで精一杯とは! これならば……!」
アルスは、さらに両の手に力を籠め、まるで白いキューブを押さえつけるような態勢になりながら、自らの力を開放していく。
そして、全ての魔方陣が白いキューブを中心に集まり、膨大な力の奔流を白いキューブに内包させた、その瞬間!
「出来っ!」
『ドゴォォォォォォン!』
白いキューブは突如として激しく発光し、爆発した!
「うおぉぉぉぉぉぉ!?」
アルスは、白い発光に包み込まれ、小屋はその爆発によって半壊した。
空からは、爆発によって飛ばされた瓦礫や書物が、燃えながら落下して来ており、アルスの生存は絶望的かと思われたが……
「ゴホッ! ゴホッ! あと一瞬、防御するのが遅れていれば死んでいたな」
しかし、驚くべきことに、アルスはホコリで咳き込みながらも怪我一つなく、先程と同じ場所に悠然と立って居た。
「さて、どうだ? どうなった? 完成か? 失敗か?」
そして、自分の身も、小屋の惨状すらも二の次に、立ち上がる煙を掻き分けながら、白いキューブがあった場所へと一歩一歩近づいていく。
『ドクン!』
「あぁ……」
そして、アルスが近づくにつれ、大気を震わせるように、心臓の鼓動の様な音が響き渡る。
アルスはその鼓動に近づくにつれ、まるで最愛の恋人に会うかのような、優しい笑みを作りながら、煙を掻きわける。
『ドクン!』
「……永かった。思い描いて14年と115日……」
『ドクン!!』
「遂に、遂に……」
『『ドグン!』』
アルスの鼓動と共鳴するかのように、その鼓動は高鳴っていく。
そして、アルスはソレを鷲掴みにすると、壊れた天井から覗く、夜空を照らす満月に掲げながら、込み上げて来る喜びの感情を爆発させた。
「ククッ! フハハッ! ハァーッハッハッハッハ!」
見事な三段笑いをキメるアルスの頭上からは、それをまるで祝福するかのように、燃える書物の紙片が、火の粉と共に舞落ちる。
「遂に完成したぞ! 【白金の心臓】が!」
白金の心臓と呼ばれたソレは、まるで本当に生きているかの如く鼓動を刻む白色の心臓であり、金色の動脈が流れる、生きた芸術その物だった。
ある目的の為に、アルスは10年の月日を使い、研究に研鑽を重ね、遂にこの日、【白金の心臓】を完成させたのだ。
アルスは、脈動する【白金の心臓】に頬ずりをしたり、あらゆる角度から眺めたりと、一頻り愛でていると、唐突に何処からともなく声が掛かった。
『ほう、珍しいな。主がここまで感情を高ぶらせるとは……』
『そうよねぇ~、アルス様のこんなに嬉しそうな表情、私を作った時以来じゃないかしら?』
『ぐ~、ぐ~、ワン!』
それらは、アルスの頭の中に直接語り掛けていた。
一人は、声からして威厳があり、男である事が分かる。
もう一人は、凛とした美しい声音から、女性である事が分かった。
残るは、犬だろうか?どうにも複数の寝息が聞こえて来るが、一匹は起きている様だった。
どうやら、アルスの感情の高ぶりを察知して、声を掛けたようだった。
「クックック! 喜べお前ら! ついに完成したぞ! 【白金の心臓】が!」
『おぉ、ついに! 主よ、おめでとうございます!』
『おめでとうございます! アルス様!』
『ガウゥゥゥン! バオォォォン! ワオォォォン!』
アルスの脳内で、拍手と遠吠えが入り乱れ、祝いの言葉とアルスへの賛辞が飛び交う。
「はっはっは! 【アールエムエル】、そろそろ遠吠えを止めてくれ。嬉しいのは分かるが、まだこれで終わった訳じゃ無いんだ。大変なのはこれからだからな」
『では、主よ!』
『アルス様!』
『ガウッ! バオッ! ワンッ!』
アルスの頭の中で、期待を膨らませながらアルスの次の言葉を待っていた。
「あぁ、随分と待たせたな……」
今までの苦労がアルスの脳内で駆け巡り、そして、あの日の記憶がアルスの感情を高ぶらせる。
「では行こう! 私の想いを叶える為に!」
アルスは、夜空に向かって宣言する。
その宣言を聞き、アルスに声高々に忠誠を誓う2人と3匹。
『ハッ! この【ノブレス】。どこまでもお供しましょう!』
『【ウエディング・べール】。必ずやアルス様を満足させて差し上げますわ』
『ガウゥゥゥン! バオォォォン! ワオォォォン!』
アルスはその忠誠の言葉を聞き、薄ら笑いを浮かべながら、ただ一言。
「期待している」
そう言って、アルス・ノヴァは歩き始めた。
その瞳に、熱き想いを宿しながら。




