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フォールスイード  作者: 横田シュン
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第二章一

 第二章

 

 キベルに入隊して七日目。初めての休暇の日。訓練棟隣にある演習場でヘリオスーツを身に着けたマァイ・ヴジャノーイは、飛行するミロをヘルメットのバイザー越しに見つめていた。訓練棟に併設されていた演習場には、二人以外の人影はなかった。

 ヘリオスーツの慣熟訓練用のシステムで、演習場内はスイード以外のドーム外の大気が完全に再現されていた。

 肺を綺麗に浄化してくれるだろう澄んだ空気、身体を優しく受け止めてくれそうな緑の絨毯となった木々、岩肌を見せた山々は厳しくそそり立ち、それら全てを天空から太陽の光が優しく降り注ぐ。マァイはスーツのヘリウム圧力を上げ身体を軽くし、脚部のスラスターの出力を開放した。目標は風景に弾かれピンポン玉のように動く白い物体。

「タイムオーバー! あそこの泉のほとりに一緒に降りるよ」

「り、了解」

 上ずったミロの声が通信でマァイのヘルメット内を飛び回る。追いついたマァイは、肩を抱き出力の低下を指示した。

「あんたも空じゃてんでダメ」

「…………」

 せせら笑いが添えられたマァイの通信に答える余裕もなく、ミロはスラスターの出力調整に集中していた。

 泉の上をホバリングするように滑空すると、飛沫が二人の両側に弧を描くように形作られた。太陽に反射して、それには御丁寧に虹までも伴っている。芝生のような緑の上にきっちり着陸し、マァイはヘルメットを取り、空に浮ぶ映像化された太陽を見上げた。薄い雲がその前を横切ったが、強い日差しはそれをやすやす突き抜けて、頬に心地よい温度を本当にもたらしているのかと感じさせた。四肢を大地につけ、肩で息をしているミロのヘルメットを外してあげた。

 二人がいるこの演習施設は、普段は殺風景な鉄骨を晒していた。ミロがセルフェスからアルカナの制御システムに介入し、この在りし日の惑星の自然が演習場に投影されていた。息を整えたミロは地面に三角座りをした。

「高い所は慣れない」と弱音を吐く。

「少しは慣れてもらわないと、足手まといになられては困る。だからつきあってんの」

 「しっかりして」と、マァイはミロの背中を力いっぱい叩いたが、スーツの緩衝機構が衝撃を吸収した。

 泉の向こうに投影されている山々から、吹き降ろす風までもが再現されているかのように、大気を作り出す空調でマァイの髪が揺れた。耳元にかかる髪をかきあげ存分に深呼吸した。

「さすがミロ。これは私にはできない」

「アルカナのシステムは、七日周期でメンテナンスのセーフモードになるから、それを突けばダアトで介入するなんて簡単なこと」

「ダアトのリンクもやっとここまでできたということか」

 ダアトはアルカナのシステムを模して、ケテル地区で独自に開発されたオペレーティングシステムだった。キベルに来てからミロは、ダアトを起動させずっとアルカナに干渉する作業を続けていた。ヘルメットをとったミロの額には、黒髪が汗でワカメのように張り付いていた。メガネがずれているのは、必死さの現れだがどこか滑稽。ヘリウムを多く含む呼気のおかげで、声が上ずったのがますますそう感じさせた。

 マァイはケテルで受けた過酷な訓練のことを思い出した。生まれてすぐ母親からは引き離されて、〝紅の黄昏団〟の修練所で育った。生まれた直後に潜在能力を調査され、素質に従いより分けられた子供たちは、体力や知力をひたすら伸ばす基礎修練を受けながら育った。それは思春期に入ると、さらに専門的な内容に昇華した。

 戦闘能力を強化する訓練を重点的に施されたマァイは、五歳になると何キロもの装備を身につけて、大人とマーシャルアーツの組み手に明け暮れる日々が始まった。トーラーに入学し筋力がつくと、百メートル以上先で動く数センチの標的を重いモデル銃で泣きながら撃ち続けたこともあった。大人からなんとしてでも一本取ろうと足に噛みついたり、標的一千個を打ち抜くまで居眠りをしながら朝まで銃を抱いたこともあった。課題を達成しないと、食事や睡眠が与えられなかった。

 一方ミロは電子処理能力を鍛える訓練で、電子端末の前に座り何十時間も連続で乱数を入力したり演算を解いたりしていたという。黄昏団の修練所でもずっと同部屋だったが、精神がズタズタになり疲れ果てたミロの口から、その内容を詳しく聞いたことはなかった。

常軌を逸した訓練により身体に障害が残ったり、精神が錯乱したりして脱落し施設を出される者が後を絶たなかった。

 ケテルではそれほどの苛烈な訓練に耐え抜いて、やっとキベルへの入隊者へと推薦された。ケテルではキベルに選ばれず、一般の労働職務につくものは低能民として差別されていた。人間が生き残ることだけを唯一の共通の目的にしているこのドーム国家アルカナにおいて、ケテルではさらにそのことが最重要視されていた。

 二十年前に発足したキベルは、当時のケテルの代表が中央府でアルカナに進言して設立されたものだった。ケテルの人間にとって他の地区の人間は、政治的理由でキベルに参加している付属品か、ともすれば足手まといでしかなかった。

 マァイらにとってキベルの訓練も児戯に等しかった。ただ受領した最新の装備に慣れるためには時間が惜しく、休日を返上することになど疑いを持つことはなかった。先ほどから直に感じる、このヘリオスーツの運動性能は素晴らしかった。工業生産や技術開発は、アルカナが直接支配する共通区にある工業プラントで行われており、ヘリオスーツを手に入れるにはキベルに入隊するしかなかった。

 滅亡の危機に瀕しているドーム国家アルカナで、その事実から目をそらしキベルにおいてでさえ遊興に時間を割いている他の地区出身者のことを、マァイはどうしても理解できなかった。

 不得意な分野に冷や汗をかいたが、ミロの視線にはプライドが漲っていた。

「悔しいけど、ここのテクノロジーはケテルで使っていたものより何歩も進んでいる」

「そうだね。あんたの力を最大限活かせる」

 その言葉に呼応して、ミロはずれていたメガネを直して大きく息をついた。マァイは浮いていた自分のヘルメットに手を伸ばして乱暴に掴んだ。

「このテクノロジーを我々のものにせねば。それに進化も。同志は何か言ってる?」

「まだ何も。挨拶するときに直接聞けば」

 マァイは頭を振ると、ミロは地面に直接座ったまま左腕のセルフィスの画面に触れていた。投影されていた周囲の風景画像がモザイクのように細かい正方形の塊になり、一転してドーム外の荒廃した風景に変化した。

 有害なスイードが舞う大気、葉落ち樹脂がそげ棒切れになった広葉樹、砂吹雪が舞い寒々しく禿げ散らかした山々。分厚い原色を帯びた雲は重々しく広がり、どこを探しても太陽なんか見当たらない。

「これ。ここから北西一二十キロ辺りか……確かアニタたちが言っていた、真っ黒な針葉樹と蓋外性生物の生体が大量に採取されている地域に近いかな」

「そう。二十年前の大襲撃の時に発見された集落に近い所……」

 ミロの操作で投影されたドームの風景は、行動探索班が映した映像をズームアップしていた。二人が立っていた場所も滑るように動いた。濁風に吹かれる廃墟が、山の向こうに映し出されていた。それに向ってミロは立ち上がって二、三歩進み出た。

「そこがひとまず目指すセフィロト」

「もういい。切って。時間よ。いこう」

 マァイがいらいらしているのに気づき、ミロがセルフェスを叩くと忌々しい風景は霧散して、演習場は殺風景な鉄骨造りに戻った。

 制服に着替えたマァイは、中央府に戻るリニア乗車口に向うオートウォークの上を流れていた。時刻は夕暮れに指しかかっていた。昼間と変わらぬドーム内の照明は意識しないと時間の経過を忘れてしまう。透明なガラス張りの壁際を、ずっと伸びるオートウォークを急ぎ歩いていたマァイは、足を止めて手すりを掴んだ。少し後ろを離れていたミロが、「どうしたの?」とマァイの背中に張り付いた。マァイは「見て」と言う代わりにゆっくり顎をしゃくった。ちょうど屋外の駐車場に停車した、エアカーから降りる人影が目に止まった。その中でも背が高く、一際目立つエイルの動きばかりをマァイの視線は追った。

「あの子たち、のんきなものですわ。我々の足手まといにならなければいいけど」

 ミロはマァイを追い越しざまにそう言い、オートウォークを前に進む。マァイは手すりに体重をかけ、自動の動きに身を任せいていた。だんだん遠ざかりエイルの姿を見えなくなるまでずっと見ていた。

 ブリーフィングルームで立ち上がってよどみなく聞かされた高説。見据える目。自らの未熟さを認めつつ、媚びを売ったり卑屈になることのない輝き。

――あいつ、何ナノ?


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