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フォールスイード  作者: 横田シュン
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第五章三

 ――最後あいつは何を考えていたのだろうか?

 マァイ・ヴァジャノーイは、インセクターの刃に腹を刺し貫かれたミロの最後を思い出した。都市国家セフィロトの廃墟に入って探索を始めて三日がたっていた。ヘリオスーツのヘルメットをかぶり、展開していた野営用の簡易ドームをたたみ廃棄して外に出た。

常にあの時の光景が頭を離れない。

 いつも機械みたいに冷静だったあいつが、急に駄々っ子みたいなことを言い出した。あのアンとかいうマルクトの女に情でも移ったのか。あんな奴等、足手まといなるだけだっていつも自分で言っていたくせに。

「マァイ。今までずっと一緒で嬉しかった」

 生命反応の消失をトリガーとして、ミロからセルフェスに送信されたメッセージ画像は、そう切り出されこう締めくくられた。

「……みんな……一緒かも。ケテルもマルクトも関係なく、みんな同じ人間として生きられるのかも……」

 ミロが殺された朝に記録されたであろう立体画像は、背後の物音に気取られたように後ろを振り返りプツリと途絶えた。

 ――一緒なはず、ない。

 でも、つるし上げたあいつの目は、決して狂って死んでなかった。むしろ生きていた。目を閉じると、最後の「早く行って」と叫んだミロの声が再生される。それは何度も何度も繰り返すと、テープのように伸びて声色が変わってしまい、思い出せなくなってしまいそうで怖かった。もともと、作戦では身動きできなくなった者は置いていくことになっていた。もし自分がそうなっても……。

 実際、ミロがあの時ディセプターを構築して、インセクターの動きを止めてくれたからここまで来ることができた。あいつの死を無駄にしないために……。マァイはもうそれ以上考えることをやめた。

 今はそれより任務が優先される。黄昏団の施設で子供の頃から育ったあいつらなら、きっとそれも分かっているはずだ。マァイはそう何度も繰り返し自分を納得させた。

 都市国家セフィロトの廃墟のビル群は、黒い粉塵の衣をまとい、朽ち果てようとしていた。手で触れると砂でできたお城のように、バラバラと崩れ落ちていった。蓋外性生物の姿はなく、マリーナから渡された古風なマイクロチップに記録されているセフィロトの地図データを検証しながら、慎重に探索を進めた。中心街にあたる区域からやや離れた場所にあるひときわ高いビルだけが、表面だけが煤で塗られたようになっているだけで内部の損傷はなかった。マァイは、進入口として昨日発見した扉を開き中に入った。

 病院か何かの研究機関だったと推測される建造物の廊下は、光をあてると光沢が反射し、真っ直ぐ奥まで伸びていた。この建造物だけがスイードに対して耐性があるらしく、内部は在りし日の姿を留めている。

 マイクロチップにはこの建物の中のデータも存在していた。その記録にあった通り、侵入した廊下の先、突き当りのパイプシャフト内にある分電盤を操作して、核融合炉からのエネルギーを確保することができた。だが過去の記録と違い、オレンジ色の非常灯が灯るだけだった。マァイはサーチライトの灯を消して動く影に近づいた。

 パイプシャフトの横にあるエレベーターにアクセスしようと、朝からアニタが操作スイッチの樹脂カバーを外し、セルフェスから蜘蛛の糸のようなコードを出しシステムに結線していた。マァイが覗き込むと、画面にここが地上八階であり、地下に二十階まであることが表示されていた。アニタはすでにロックが解除されたことを伝えた。

 地下二十階に到着し、エレベーターのドアが開いた。地上に見張りを残し、マァイとアニタ、他三名の黄昏団が最深部に降り立った。そこは大きなホールとなっており、薄暗いルシフェリン灯の光が、列を成して無数に並ぶ旧式のデスクトップ型のパソコンを浮びあがらせていた。アニタが直ぐ傍らの一台のキーボードを操作した。ディスプレイはスタンバイになっていただけらしく、直ぐにログイン画面が表示された。それは生体バイオリズムを感知して、知識を出し入れできるレコードディクショナリーだった。ここはおそらく研究所のデータ庫だったのだろう。あるいは世界が滅亡すると憂いたセフィロトの住人が人類の記録をここに詰め込んだのだろうか? 

「アニタ。ケーブル皆あっちに繋がっているみたいよ」

 マァイは自分のセルフェスでマイクロチップの情報を確認した。そこにもこのデータ庫の情報までしかなかった。あの奥の扉の先には何があるのか。その扉はいざなうようになんのロックもなく、マァイが前に立つと自動で開いた。

 部屋の照明は薄く、必要最小限だった。ぼんやりと浮かぶ光源が一つだけ見える。

 マァイはヘリオスーツの頭部にあるサーチライトで辺りを照らした。天井は高く、地下の何階層もぶち抜きで、広さは野球場一つ分くらいありそうだ。

 マァイは目の前にある落下防止の鉄柵をつかんだ。一段下のフロアを囲むように、壁に沿って通路が続いており、正面にある光源に向っては真っ直ぐ進めない。マァイたちはゆっくりと壁沿いを歩いた。数メートルある高さの下のフロアには、蒲鉾型や円筒状のカプセルや設備が、所狭しと置かれていた。

 ――一体ここは……? 

 それも彼に聞けば全てが分かるだろう。

 マリーナがマァイに託したマイクロチップには、彼女がアルカナと謁見したときの様子が密かに収められていた。その中でみた、骨董的なデスクトップコンピューターのディスプレイが今マァイの前で煌々と光っていた。ディスプレイの画面は砂嵐から一面の青に変わり、横においてあるスピーカーから聞きなれた機械音がマァイに語りかけた。

「私に直接会いに来たのは、あなたたちが始めてですよ」

 マァイは何か言い返そうとする言葉が喉につまった。ドーム国家を統べる万能のシステムのマザーボードがこんなものだったとは。

「はじめまして、アルカナさま……とでも言って欲しかったのか? 機械に感情があるかどうかわからないが、レーザーで撃ち抜かれるか、サーベルで切り裂かれるかぐらいはえらばせてあげるわ。命乞いするシステムはあるのかしら? 怖い?」

 青一面だったディスプレイの画面が、瞬きするように一瞬黒くなりまた青に戻る。

「やはり人間はそうなる。私はもう疲れた。好きにしてよいぞ」

 マァイは疲れるという表現をした機械に違和感を抱いた。

「何? けけ。ダアトを介入させて無理やりにデータを奪おうか? システムは全部引き継げるし」

 アニタが自分のセルフェスを、アルカナに向ってチラつかせる。

「そうだな。私はここから全てにつながっているからな。そのセルフインターフェースも、メインドームにあるすべての設備も、その集積回路が私の意識だ。その私で作ったシステムならばそれも可能だろう。せっかくだ、これまで国家をすべてきたものとして、お前たちに最後の生きる指針を、この者の姿で指し示してやろうか」

 アルカナから立体画像が投射されセレナの姿が映し出された。マァイはいきなり左手を差し出して、セレナの顔を握りつぶすようにして映像をかき消した。

「もうとっくに死んだ女に用はない」

 機械は笑っているような擬音を発した。こいつは感情をもっているとでも言うのか?

「その女は私が処分したのだ。神を殺そうとしたからな」

「処分? どういうこと? あの時本当はもう戦死していたんじゃなくて?」

 アニタがアルカナのマザーボードに自分のセルフェスをリンクさせた。他の黄昏団の者は何らかの警戒システムが作動しないか周囲に気を配った。

マァイは尚も嘲笑を浮かべつつ、沈黙したアルカナを問い詰めた。

「怖いの?」

 アルカナのディスプレイの色は変わらない。

「怖い? 全ての中に私はいる。消えることはない。もともと、私はこの都市国家セフィロトの住人だった」

「うるさいわねぇ。黙らす?」

 アニタはアルカナのマザーボードへの接続を開始していた。

「いいよ。好きにさせてやりな」

 マァイはアルカナの言葉に耳を傾けた。


 ――私は都市国家セフィロトの科学研究センターの一研究員で、このセルバンクで研究をおこなっていた元生物学者だった。大破壊により世界から唯一取り残されたことがわかり、セフィロトの人間たちは、絶望し残った時間を享楽的に生きることを選んだ。私だった人間も絶望し、核融合炉に身を投げた。超高圧、高温、高磁場に防護服は引き裂かれ瞬時に肉体は蒸発し、私は死んだはずだった。しかしなぜか私の意識は霧散せずプラズマの中に溶け込んだ。そこで私の意識ははるか宇宙の彼方にある意識体に跳躍し全てを知った。

  

 にわかに信じることはできないが、アルカナはセフィロトに住んでいた一人の人間だったらしい。

  

 ――そして、無限か一瞬か分からぬ時間が経過し、私はこちら側にいた。私が人間だったころ使っていたこの端末の中に。そして私は自分が電子になりあらゆる端末に繋がっていることがわかった。

 私が見た人間たちは、愚かで、この最終局面においても怠惰だった。人間はこの星を搾取し、破壊しつくした。私は、自分に与えられた使命はこの星の次の支配種になるべき生物を生み出すことだと悟った。


「何を勝手なことを! お前だって機械になる前は人間だっただろうに!」

 マァイはアルカナの独白に声を荒げたが、機械は何の動じる素振りを見せず続けた。

 

 ――そうだ。だから私はもう一度人間にチャンスを与えようと考えた。星の支配種であり続けられるかどうかをだ。そこでまず私はなぜ人間が大破壊のような愚かなことを起こしたのか思案した。

その独善的で、闘争的で、欲望にまみれ凶暴的な行為を行うサガ(性)。最大の友人であるべき植物さえも怒らせ敵に変えた。それを排除すれば人間はあるいは……。この星と調和して生きていけるかもしれない。幸い人間は生殖に必要な母体さえあれば、子孫を繋いでいくことはできる。

 その不要な性〝男〟には遺伝子だけを提供させることに専念させ、女だけの世界をつくりあげた。〝男〟はただ生殖のための遺伝子として精子だけを与える〝矮雄〟であればよかったのだ。


 やはり女ではない性はあった。マァイは眼下のフロアを見渡した。

 もしかしてあのカプセルの中にいるのか。


 ――しかし、私の人間に対する考えは甘かった。私が導いているにもかかわらず、人間は小さな争いをやめず、いがみあった。そしてついには、お前たちのように私を排除しようとするものまで現われた……。


「け、そこまでわかっていたのに、なぜ妨害しない?」

 アニタは血走った目でセルフェスの画面を操作しながら聞いた。


 ――別に私は人間が自ら滅亡しようとすることを止めようと思ってはいない。人間が自ら支配種レースを降りようとしていることを止めはしない。

私は次の支配種はスイードに耐性のある昆虫が再びなると見ていた。さりとて人間にも情があった。なので、少し人間側に肩入れしてやろうと考えた。

 お前たちにドームの外で自由に活動できる装備を与え、昆虫を捕らえそれを研究することで、スイードに対抗するすべを身につけさせようとした。


「キベルの連中にパラサイト入りの食料を与えて実験したのね……。悪いけど、あんな身体になるのはごめんだわ。人間じゃなくなるなんて。もちろん機械になることもね」

 マァイは頭を振って、後ろの黄昏団の一人に、下のフロアを調査するよう命じた。


 ――だが、私にも想定外のことが外で起こっていたことが判明した。捨てたはずのサガが神となって現われたのだ。私が人間であったころ、最後まで解き明かすことのできなかった謎のパラサイトを体内に取り込んでいた。

 彼こそ私がもとめた次に支配種の姿をしていた。アイン・ソフ神の姿だ。


「さっき、神を殺そうとしたので処分したとか……。セレナを殺したのね?」

 マァイは自分のセルフェスに意識を伝え、下のフロアの探索に行った黄昏団の視点映像を投射させた。

 

 ――そうだ。十五年前にお前たちが接触した昆虫人。あれこそ、人間が昆虫の姿に進化した……。いや、退化と言うべきか。いずれは他の昆虫とともにこの星の自然に立ち返り、長い年月をかけて植物と和解し星を再生させるだろう。

 私が新たな人類として理想視したそれをセレナという女はあの時殺そうとした。だから処分したのだ。もっとも、生きていることにしてキベルの運用には使わせてもらったが。 

 

 マァイはセルフェスから投射される画像に目をやった。下のフロアには直立した卵形のカプセルを中心に、棺桶のような形の装置がいくつも配置されているようだ。

 アルカナが言っている神とは、大襲撃のときに遭遇したインセクターのことらしい。


 ――私はここで遺伝子の分別を行っていた。ドーム国家を運営していく上で最適な人間が生み出されるよう、低温冷凍で仮死状態にした女に、選別した遺伝子を持った精子を与えた子供を産ませた。生まれた女は再び母とともにドームに戻し、〝男〟はさらに遺伝子検査をかけて、優れたものはただ精子を採取する〝矮雄〟として人工的に培養した。


 下のフロアに降りた黄昏団の者が卵型のカプセルを調査していた。セルフェスの画像には、バイオ溶液に満たされ胎児のように丸まった未分化胚が映った。

 それは手足が伸び人間の形をしている。ただ股間に異様に大きな袋状の器官がついており、いくつもの細いチューブがそこに刺さっていた。

 ――これが〝男〟? 私たちが遺伝子を受け取り進化していくために必要な?

周りの棺桶型のカプセルの下半分には液体窒素が満たされ、その低温気層部にドームの女達がコールドスリープ状態で横たわっていた。天井からはいくつもの作業用アームが垂れ下がっている。ここでアルカナに管理され、マァイも生まれたのだった。


 ――走査検査の結果、平均以下の遺伝構造しか持ち合わせていない〝男〟は地上に廃棄した。それが寄生虫を取り込み、生き残ってあのような姿に進化しているとは!

それに更なる偶然に、インセクターとお前たち女が交わって一人の〝男〟が生まれていたのだ。私はその〝男〟をお前たち女のなかで育てることにした。女性ホルモンを与え、身体的に目立たないようにして育てたのだ。彼はすでに、自分のルーツを求め覚醒しようとしている。彼はパラサイトとも融合し、スイードを克服するであろう。


 マァイは自分の近くにいた異質な存在を知っていた。

 図りようのない強い意志を湛えた瞳。

 無駄のない若鹿のようなしなやかな肉体。

 アニタがアルカナのマザーボードとのリンクを解き立ち上がった。

「同期終わった。こいつシステムブロックもぜんぜんやらない。おかしな奴! けけけ」

 怒りとも失望ともとれる激流が、マァイの身体を貫いた。

「アルカナ! 覚悟!」

 マァイは水素サーベルでアルカナのマザーボードが入ったディスプレイをなぎ払った。

断末魔の叫びはなく、ただ途切れ途切れに機械音声が細々とした。それはゼンマイ仕掛けのからくりが、その動力が、尽きる寸前のようだった。


 ――わ、わたしは……ま、まんぞくしている。わたしはつぎの、しはいしゅをみつけだした。

こんちゅうと、ぱらさいと、そしてにんげんをつなぎあわせた……。

その、……しそアイン・ソフに……につづくかみを、〝エール〟を。

わた……しは…………みつ……けた。いき…………いける…………に……な…………。


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