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フォールスイード  作者: 横田シュン
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第三章五

 長方形の野営天幕の中はぎっしりと二列にベッドが十ずつ並び、エイルら第302小隊の四人は、右奥から順番にベッドが割り当てられていた。給仕担当の整備工作班の隊員が、缶に入った簡易食を配っており、おのおのベッドに腰掛けながら食事をとっていた。明日は食堂も兼ねる共用スペースのテントが設営されるのでこういう窮屈なこともないだろう。

 消灯までの時間をアルカナがカウントしていたので、エイルは半分ぐらい食しただけでスプーンを置き、私用の袋から薬とインプランタをとりだした。必要な私物は定期的にアルカナドームからエアカー便が出され補給されることになっていた。エイルは脇腹に注射針を指しながら、ふと補給線が断たれたらどうなるのだろうと考えた。水は大気を合成して製造できる装置があるし、簡易食は山ほど備蓄してある。困るのは薬が切れる自分くらいのものだ。

 なぜ、そんな欠陥品の自分がなぜここまで来ているのだろう。もっとも、この檻の中から外に出ることができなくなった人間が、この星にとって欠陥品になってしまっているのかもしれないけど。

 消灯時間前に全員が床についたのを自動感知して、照明が落ちた。エイルの背丈ギリギリの大きさしかない軍用ベッドは、ふんだんに硬く、寝ながらも身体を鍛えようという意図でもあるのだろうかと思わせる。エイルの横臥する視線の先に見える左隣では、マァイは身を縮めシーツをかぶりこんもり小山をつくっていた。手元に置いたセルフェスを起動させようとしても、警告が表示され身体を休めろとの文字が表示されるだけだった。

 不意に後頭部の髪をつかまれたように感じ、寝返りを打った。右隣のベッドのアンもまだ起きていた。手に持ったおもちゃのマジックハンドを、ベッドから突き出さして先端をカチカチ開閉させながらくすくす笑っている。

「ちょっと、アンコ、何持ってんの?」

 エイルは声を押し殺した。アンのベッドの下には、私物が入ったリュックが置いてあった。あの中にはうさぎのぬいぐるみや、そのマジックハンドや統一性のないガラクタが、彼女の一貫した趣味に沿って詰め込まれていた。「早速役にたったからいいじゃん」と屈託なく笑う。

「ねぇ、エイルぅお話しよぉ」

「もう寝ようよ」

「エイル。ここって、都市国家セフィロトに近いんでしょ? アイン・ソフ大教会から繋がっている地下の上。地下道で繋がっているのに、なぜアルカナはそこに行っちゃだめって言うのかな?」

「神聖だからじゃない? うるさいよ」

 エイルは頭の上までシーツをかぶり、拒否の姿勢を示した。だが、

 ――神聖? 

 そんなつかみどころない言葉で自分も誤魔化している。キャミィが消えて行ったそこには、アイン・ソフ神が与える命の源や、アルカナのマザーボードや核融合炉があった。それらアルカナ建国史の冒頭で触れられている、セフィロトの地に近づけたくない理由でもあるのか。考え出したら朝まで起きていられそうな、ありがた迷惑な話題の提供だった。

「神聖? エイルらしくなぁーい」

 と、かまわず続けていたアンのおしゃべりは悲鳴でピリオドが打たれた。

「うるさい!! 疲れているのにバカじゃない?!」

 アンのベッドの脇に、ヘルメットを取ったヘリオスーツ姿のマァイが仁王立ちになっていた。丸太のような右足で蹴り上げると、ベッドはアンを乗せたまま手品のように一瞬宙を舞った。アンはおもちゃのマジックハンドを放り出して、薄いシーツで全身を隠し必死に身を守った。エイルも薄いシーツで身を隠しながら、笑い声がそこから漏れないように必死にこらえていた。

 野営天幕から外に出ると、夜間のサイトロンドームの天井は赤色のルシフェリン照明の淡い光に包まれていた。蓋外性生物の複眼では見ることのできないその光は、保護色となっていたが、エイルの心をますます眠れなくかきたてた。

 マァイの落雷を受けてから三十分もたたず、アンはいびきをかきだした。今度はそれがうるさいと咎められるのではないかと気を回す自分が、またおかしくなって笑いがとまらなくなった。自分で自分がおかしくなると、その感情が連鎖反応して爆ぜ自分では止められなくなる。

 おかしな身体。ただ母から逃れたいがため、その母が言った存在を確かめるためここまできた自分。あるかどうかも分からない存在を追って。

 ――本当におかしい。わたし。

 赤色灯はエイルの心の中のおかしな反応を、鈍くしつつ別なものに変化させ、低い小型ドームの天井は、それ以上広がらないように強引に押し込めた。薬を打たないと生きられない自分の身体はおかしい。この天蓋から出られない人間なんて、みんなみんなこの身体はおかしい。

 ――けどこのドームの外の生物は……。

 ぐちゃぐちゃに掻き混ざった頭を整理しようと、外に出たくなったエイルはヘリオスーツを着装し、見張りの当直の交代を申し出ていた。礼を言いながらテントに帰る隊員を見送って、セルフェスからアルカナ監視モードを引き継ぎ起動させた。

 見張りと言っても巡回でもするわけでなく、監視モードが異常を感知すれば、すぐ出撃できるようにスタンバイしておくだけだ。そう言えばマァイはヘリオスーツを着装したままベッドに入っていたような。

 サイトロンドームの中央には指揮台がある広場があり、あちこちにまだ機材が乱雑に置かれていた。一つのコンテナの扉が開き人影が入っていくのが見えた。自分以外にも起きている人がいるのかと、エイルはそちらに歩を進めた。コンテナの中は赤色灯ではなく通常の照明がついており、閉まりきっていな扉からまばゆい光が漏れていた。

 その隙間からそっとのぞくと、中には制服姿の隊員が、一人背中を向けて座っている。小刻みに揺れる背中は、達磨のように太って丸まっている。エイルは、「入りますよ」と声をかけたが、全く気づいていない様子だった。中に入ると、コンテナの奥は巨大な水槽になっていた。水槽はバイオ溶液が満ちており、浮かんだ小柄な人の形には様々なチューブがつながれており、それが生命維持のために繋がっていることがすぐにわかった。

 ――もしかしてこれは……。


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