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フォールスイード  作者: 横田シュン
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第二章四

 夜のカンティーネは昼より人がまばらだ。この時間は多くの者が食事を終え自由時間となっていた。連日遅くまで続く演習はエイルの体力を奪い、ラージサイズのサンドイッチを二つも簡単に胃に入れられるくらいに身体の中は空っぽだった。

 演習初日の騒動で命令違反を犯したとして、マァイは一日の営倉入りをアルカナから命じられていた。自分もとエイルは申し出たが「殺したのは私だけでしょと?」皮肉めいた言葉で制せられた。だが、あの時マァイが飛び出してくれなければ、言われた通りになったかもしれない。でも、なぜアルカナが動かなくなって……。エイルは自分のセルフェスをすぐに整備工作班に提出したが、ものの数分の検査で問題なしとつき返されていた。それに……蓋外生物らの黒く濁った複眼は生体サンプル園で見たものと違った。

――なぜ?

 そんなことをエイルは何日も考えていた。

「そんなにがっつくのめずらしいじゃん?」    

 考えごとしつつも、欲求に従い口を動かしていたエイルの前で、サンディは優雅に紅茶の入ったティーカップを掲げた。

 湯気がショートボブの前髪にかかる。甘い香りがエイルの鼻孔に達し、考え事に疲れた脳を一時的にそこから開放した。

「毎日こんな時間まで訓練じゃそうもなるよね」

 栄養を身体に押し込むことに懸命になっているエイルに向けてくる視線も、今は別に気にならない。アンはもうだめと、食事をとる気力もなくすでにベッドの中に落ちていた。

「ケテルの二人は居残ってまだやってるわ。そう言うサンディだってこれからまたラボの方に戻るんでしょ?」

 サンドイッチは無くなり水が登場し、エイルは巾着から薬を取り出し慣れた手つきでインプランタを手に取った。

話を振られてサンディはティーカップを下ろした。

「そう。それが面白くって」

「解剖してるんでしょ?」

 キベル入隊直後からサンディは研究開発班のラボで任務についていた。蓋外活動で捕獲された生体サンプルを、毎日ひたすら解剖していく日々の何が楽しいのか。食事する場所で、それを嬉々として語れるのだからこれは本物だ。

「パラサイト?」

「ドームの外で生息している生体からもれなく見つかっているのよ」

 キベルが創設された大きな目的にドーム外の生物を調査し、彼らがなぜ外の環境に適応できたのかを調べることにあった。その身体を調べることによって、どうやって彼らがスイードを含み大気組成の変化した外の環境に適応したのか? 我々をドームの中に追いやっている最も厄介な物質や、肺を腫れ上がらせる高すぎる酸素濃度をどう克服したのか? その鍵となるのがパラサイトであることがわかってきた。サンディは熱弁を奮う。

 キベルの存在は入隊前から知っていたが、何をやっているのか実態はわからなかった。ただ、わたしたちを救うために崇高な理念をもって頑張っているのだなと幼稚な考えを、それこそマルクトの大人まで皆が持っていた。

 休暇で帰ってきたアリアたちの鍛えられた凛凛しい姿、何も語らない毅然とした態度がそれを明確に皆に信じ込ませていた。中に入ってみるとそこは情報のるつぼだった。とくにサンディのような聡明な人間が夢中になるのもわかる。わたしだってここで知ったことをまた国立資料館でいろいろ調べてみたいとエイルも思った。

――でもパラサイトってなんだったっけ? 寄生虫? 

 エイルにとっても興味のある話だったが、初めて聞く嫌な警報音が会話をさえぎった。

「第302アシュナージ隊員は直ちにヘリオスーツを着用し出撃」

 突然システムが立ち上がり、アルカナが聞いたことのない指示を出した。驚いたサンディが持っていたカップを落としそうになった。立体で映し出されたドームの周囲の絶対圏に、複数の侵入固体があったことが表示された。しかもこの特別区外側のすぐ近く。居残り訓練中で稼動状態にあったマァイとミロは、既に急行していた。

 ヘリオスーツを着装し、ドーム外に直接つながる広い回廊状の前室にエイルは立った。百人ほどが同時に外に出ることを想定した空間に、一人ぽつねんといた。前方に硬く閉ざされた白い壁は天井まで続いている。どんなに目をこらせてもアリのような生き物を通す穴など開いていない。この向こうにドームの外側のあの世界がある。

 他の部隊の者にも召集がかかっているだろうが、エイルが着装ホールを出るころに数人が駆け込んで来ただけで、まだここに来るまで何分もかかるだろう。きっとアンの奴もまだまだ来ない。それどころか警報音に気がつかずまだ寝ているかもしれない。

――どうしよう。待とうか。

 行き来するエイルの気持ちの退路を絶つかのように、重い音をたて背後の壁が降りてきた。エイルは大きく息を吸い込んで止めた。ヘリオスーツの気密を心配したわけではないが、なぜかそうしたかった。

 ゆっくりと音もなく前の白い扉が引きあがる。押し上げるように、だんだん白を完全に押しやって闇が目の前に広がる。

 息が続かなくなり、鼻から息を徐々に出しながら呼吸を始めた。体内の湿気を持ち出した呼気が、激しく打ちつけられバイザーの内側を曇らせた。ヘリオスーツの空調システムが直ちにそれを排除したが、その度に何度も細かな水滴が視界に張り付いた。

「脈拍は異常数値となっています。初めての戦闘になりますが、気持ちを落ち着かせてください」 

 母のような言い草に聞き流しそうになったが、アルカナは機械音でさらりと戦闘と言った。訓練の内容からは予想されていた、自分の任務が探索や採取といった生易しいものではないことを。 

「風速七メートル、スイード濃度は二ラドを観測。第302小隊の二人はここから三キロ北に転進したあたりで目標と交戦中。直ちに支援に向かえ」 

 マァイとミロが……一体何と? 常日頃訓練をともにする二人の顔を思い出して、ゆっくり息を落ち着かせる。

――練習した。やれる。

――こないだの借りは返す。あの二人だけにやらせない。

「何も見えない。アルカナ! ナビゲーションして!」

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