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【バレンタイン】2月14日の絶海

今日はとある方の命日です。

知識を持っていれば、すぐに誰だか分かるかもしれません。




〜誰かに「no」と言われたときこそ、始まりなのだ。

その言葉を乗り越えることが、君がすべきことである〜



〜とあるジェームズの言葉〜









……2月14日の今日も、いつもと変わらず目が覚めた。

学校のない日曜の朝だからだろう。まだ布団に潜っていたくなる。

何処からか聞こえる波音と、薄っすらとした海の匂いが部屋全体を満たしていた。


そして、大きく傾いた。


「ええっ!?」



身体が宙に投げ出され、床に背中を打つ。

首筋に少し湿った木の感覚を覚え、朝から嫌な気分になった。


……何か、違和感を感じる。


俺は目をこすり、天井を見上げた。

同時に、気付く。


ここは僕の部屋じゃない。


慌てて身を起こし、キョロキョロと目を動かした。

間違いない。ここは俺の知らない場所だ。

四方を木壁で覆われた、薄暗い部屋。

伸びたハンモックやら、古びた箱や道具やらが散乱している。

あちらこちらに穴が塞がれた跡があるので、掃除などはしているようだが、それにしたってし臭い。

学校プールの更衣室のような匂いだ。


家のベッドで寝ていた筈の僕は、何故こんなところにいるんだ?


取り敢えず立とうと思ったが、先程から部屋全体が大きく揺れており、寝起きには辛かった。

それでも、目の前に階段を見つけ、壁を伝いながら足を動かす。


階段に近づくにつれ、人の声が聞こえてくるようになる。それも何十人もの声だ。


「………!!」

「………、………!!」

「…?………!?」



階上は騒がしいようだが、何が起こっているのかサッパリ分からない。

俺は階段に辿りつき、上を見る。

そこには、俺の部屋からは絶対に見ることのできない風景。


晴れ渡った青空が広がっていた。


俺は階段をギシギシと踏み鳴らし、登りきる。

そうして、俺の顔に強い潮風が吹き付けた。

いやそんなことより、俺は驚くべき光景を目にした。



「面舵、イッパーーーーーーーーイッ!!」


しわがれた、大きな声が響いてきた。



「キャプテン、現地民族の要求についてですが」


「アイツラには伝えとけっ!!お前らのいう「神の生まれ変わり」はすぐそこに行く、大人しく待っとけってな!!」


「いや我々は今、絶賛航海中なんですがッ!!連絡手段がありませんッ!!」


「そこをどうにかすんのが、海の男って奴だろうが!!やってみろッ!!」


「ええっ!?………り、了解しましたッ!!」


先程から聞こえてくる会話。

どう聴いても日本語ではない、けれど僕には理解できた。

まるで映画の副音声が同時に流れてくるように。



「てめえらも余計なことしてアイツらと揉め事起こすなよっ!!カメハメハみたいに、上手く脅しをかけてやれ!!奴隷だとか下らないことする暇があるんだったら、船の修理に手足を動かせッ!!」


「「「「ヘイッ!!」」」」


「おら、そこの休んでいる奴もそうだッ、お前もさっさと……誰だテメエ?」



……黒くてデカイ帽子を被った人と目が合ってしまった。

どうやら、ここは海上にある大きな船のデッキらしい。

しかも人や船の建築を見る限り、普通の船ではない。

ここのイメージに合う言葉を考えるなら……「大航海時代」

そして俺は床下から顔を出している。


いや、何でさ!?


そうやって状況を読み込めずにボケーッとしていたら、案の定声をかけられてしまった。

こ、これはどうするべきだ?


「ぼ、僕はその……あの………、その…」


駄目だッ、言葉が出てこない!!

頭が真っ白になってく!!


「お前もしかして………間違いねえな、例のアレだろ」


「……は?」


「ああ、面倒ごとは嫌だっていったばかりなのによお、畜生がッ!!」


何故か僕は怒鳴られた。

ビクリとしながらも、彼のことを観察する。


髭とシワ、そして大鼻で厳つく装飾された顔。かなりの年齢だろうが、老いを感じさせない気迫がある。

白くブカブカとした服の上に、しっかりとした青のブレザー。

腕の部分には金色の刺繍が縫い付けられている。

靴は茶色く、肌は日に焼けている。どこをどう見ても、日本人ではない。


「はあ、いいかよく聞けよ。お前がここに来たのは理由がある。まあ、お前以外にも同じような奴らを見てきたんだが、全員同じ理由しかなかったんだが」


「え、僕の他にもいるんですか!?気づいたらここにいた人!!」


「今は全員帰っちまったがな。そして、お前もすぐに帰れるさ」


「どうやって!?」



「おいおい、ジジイの話を急かすもんじゃあねえよ」


僕は随分と焦っていたらしく、指摘されて気づいた。

取り敢えず深く息を吸ってみた。

その様子を見ていた彼は、少し間を置いてから口を開く。


「お前は……船上で一番死にやすい奴は、どんな特徴があるか知っているか?」


急に問題を出された。



「……船酔いしやすい人ですか?」


「そんな奴は最初から乗らねえよっ!!いいか、一番死にやすい奴らってのは、決まって人の話を聞かねえんだ」


「……はぁ」


「船長!!この先に巨大な岩が!!」


船乗りらしい男が近づいてきた。

やはり、黒帽子の彼は、この船の船長らしい。指示を仰がれている。

彼はジロリとその男を見て、大きく息を吸った。





「そんなもん、テメエでなんとかしてみせろっ!!」


一喝。


「了解しましたっ!!」


即答。


「ったく、俺はガキのお守りじゃねえってのに……まあいい、お前に説明してやんなくちゃならねえからな」


取り敢えず僕は、階段から離れた所で腰を下ろす。

彼もドッカリとあぐらをとり、上着を脱いだ。

そうして長話が始まった。



「いいか、俺や学者は経験と知識から正解を導き出すことに慣れてる。荒れ狂う波の中を進めるのも、腹を壊したときにいちいち手術しなくいのも、迷信や戯言よりも正確な情報を知っているからだ。病気の予防には、酢漬けのキャベツを食えというのも最近の医者が考え出した正しい方法だ。だがなあ、神々を信じるだけで十分だとか言って、アドバイスの一つも聞きやしない阿呆もいる。宗教家だって病気になるし、遭難することだってあるっていうのにだ。そもそも……」




途中から聞き流し、周囲の様子を観察していた。

けれども、海と空が続くばかりの代わり映えのない風景だ。

いや、確かに大岩が目の前まで迫ってきているが、それ以外には陸も魚も見えない。

水平線しかないのである。


はあ、僕は一体どうなるのだろうか。


「……て訳だ。分かったか!!」


「え、は、はい」


唐突に話が終わり、あやふやな返事をしてしまった。

一瞬怒られるだろうと思ったが、どうやら相手は満足したようだ。


「よおし、理解したなら良いんだ。さあて、本題に移ろうか」


「本題……?」


「ここに来た理由と、帰る方法のことだ」


「……!!」


彼は髭をさすりながら、近くの樽に腰をかける。


「この船に迷い込んでくるやつは、決まって同じような悩みを抱えてくる。何でも、






……好きな人から菓子を貰うにはどうしたら良いか、だとさ。お前もそうだろ?」



「……は?」



何だそれ。

いや確かに、2月14日と言えば、バレンタインデーだ。

チョコを女子から貰いたい人は多いだろう。


けど……この状況と関係ないだろ?


「お前の気持ちは分からんでもない。スイーツが欲しいのに、何でこのエンデバー号に迷い込んだのか。そして、俺は誰なのか」


「その通りです」


「そりゃあ……俺だって知りたいな」


「え、知らないんですか」


「まあな。この日付に心当たりはないし、それがどうしてお前たちを呼び寄せることになったのか、サッパリ分からん」


「それじゃ……どうやって僕を元の世界に返すんですか!?理由が分からないのに、返せる訳な………」


そこで、さっきの会話を思い出す。

焦ってはいけない。そうだ、今の僕に必要なのは理解することだ。

彼のアドバイスを無駄にしてはならない。

一度目を閉じ、心を落ち着かせ、彼に謝罪を言った。


「……すいません」


「いや、良いさ。お前は俺の言ったことをすぐに思い出し、それを守った。立派に成長してるじゃないかだったらここから帰るのも簡単だ」


え、どういうことだ?


「ここに来る奴ってのはな。決まって自分に自信がない奴が多いんだ。どうせ異性から物を貰えるはずが無いってな具合にな」


「自信………僕も自信がない、のでしょうか」


「そんな言い方をしてる時点でダメだな。もっと自分を誇ってみろ、そうすりゃ人生は楽しいぞ?」


「でも、急に言われても中々直すことは……」


「だったらせめて、自分から行動を起こしてみるこったな。世界が変わっていくからよ。俺みたいに三度も航海をしなくてもいい、朝好きな人に「好きだ」と伝えるだけでもいいんだ。そうすりゃお前の人生は、いつも新発見に満ちた冒険活劇になるからよ。俺みたいにな!!」


「好きな人に…好きって伝える」


それだけで、目の前の男みたいになれるのだろうか。

気付くと僕は、初対面にも関わらず、この男を尊敬していた。

大きな声を上げて船を指揮し、考え方がハッキリと確立しており、何より初めて会った僕ですらも魅了するほどのカリスマを持っている。


「……僕にできますかね」


「ああ!?俺がやれって言ってんだ、グダグダ言わずにやってみろっ!!」


一喝。


その言葉は、僕の迷いを断ち切ってくれた。


何故だろうか。気持ちが軽く、熱く、今にも行動を起こしたいと思ってくる。

彼は本当に不思議な人だ。


僕は気合を込めて、声を出した。


「ハイ!!」


僕はきっと生まれ変わってやる。

そして、あの娘からチョコを、絶対に貰ってみせる。

例え彼女がくれなくとも、僕は彼女に気持ちを伝えてみせよう。

困難の後には、きっと新しい世界が広がっているのだから。

焦らずに逆境を乗り越えようではないか。

そして彼のような生き方をしてやる。

誰かに、心強い喝を入れてやれるような人間になってやる。


すると、目の前の男はフッと笑った。


「お前もどうやら分かってきたみたいだな。もうそろそろ、帰れる頃だ。ほら、右手を見てみろ」



言われた通り右手を見ると、薄く輝いていた。

思わず立ち上がる。

どういうことだろうか。

けれど、彼の満足そうな顔を見て理解した。

ブーツに力を込め、彼も腰を起こした。



「僕はここから消えていなくなる、ということですね」


「ああそうだ。ここ来た奴らは、ちっぽけな悩みを抱えていた。俺はそいつらの相談に乗ってやると、晴れた顔をしながら消えていった。お前ももうすぐ、ここから帰れるだろうさ」


「……僕の悩みは吹き飛んだってことですか……いや、違う。解決したんですね」


「フン、お前なら十分面白く生きていけるだろうよ。だったら俺は必要ないな」


彼は遠くの海を見た。

僕もつられて眺めるが、段々と周囲の景色が歪み始める。

あの大きな岩が、微かに揺らいで消えていった。

大きな帆も、水平線も、段々と視界から遠ざかっていく。

俺は慌てて彼を見た。やはり、少しずつ消えているように見える。


彼はそんな俺をみて、脱いでいた青服を羽織り、声を出す。



「……俺はこれから、まだ見ぬ島々を発見しなきゃなんねえ。それが俺の生きる意味だからだ」


それが彼にとっての人生。

一生をかけるほどの価値があるものを見つけていない僕には、遠すぎる目標だ。


けれど、さっきその一端を掴んだのだ。


「僕も、ある人に僕の想いを伝えなくちゃいけないんです」


「フハハ!!言うようになったな、坊主!!お前の成長した姿を、いつの日か見てみたいぜ」


彼は僕を真っ直ぐ見た。




"……When someone tells you no, that is just the beginning.


The art of overcoming the word no is something you must master"


「……え?」


「この言葉を、お前に送ろう」


「いやその、言葉の意味は……」


世界全体がうねり出し、グルグルと回り出す。

その中心で彼は笑った。



「フハハハハハハッ!!さらばだ、我が元に来てた未来ある少年よ!!俺はお前を永遠に覚えておくとしよう!!お前も俺のことを忘れるなよッ!?俺の名は………!!」


崩壊する世界の中、最後の声が聞こえなかった。




僕は叫ぶ。



「貴方の名前は、キャプテン…………!!」









……2月14日、ベッドの上で目が覚めた。


暖かい日差し、時計の針んl響く部屋。

そして身体中が汗でビッショリと濡れていた。


何故だろう。変な夢でも見たのかな。



ふと、僕の頭に、一つのフレーズが浮かんだ。


それが何だか大事なものだと思い、忘れぬようにとメモを取る。

どこで見たのだろうと考えるが、やはり出てこない。

一昨日のことがショック過ぎたのだ。無理もない。



「ごめんなさい。けど、付き合いはできません」




突然の告白だったからだろうか。彼女は顔を赤くしながらも、口早に告げて去っていた。

友人からは高嶺の花と言われていたが、僕は彼女を追いかけた。

そして公園の隅で、落ち着かずにウロウロとする彼女を見つけた、その言葉を聞いてしまった。


「嫌いって訳じゃないんだけど……、もう少し男らしい人が……」


それは、僕にとって一層、精神に苦痛を与えた。

もう一度行くべきか、諦めるべきか。

僕にチャンスはあるのか、論外なのか。

見事に振られたことよりもその葛藤のせいで、僕は1日中部屋にこもっていた。

けれどもいつものように腹が減り、我慢の限界だった。


しかたなく、朝食を食べるために部屋から出る。






今日は良い日だ。

きっと大きな一歩を踏み出せる。








ふと、そう思った自分がいることに驚く。

何故だろう、少し寝ただけなのに、やる気が満ち溢れてくる。



俺はケータイを手に取り、通話帳を確認する。

そして、その名前を見た時、俺はケータイを握り締める。



(焦ってはいけない)



ボタンを押し、ゆっくりと耳に押し当てた。

呼び出し音が流れ、止まる。



(僕も、ある人に僕の想いを伝えなくちゃいけないんです)



いつの間にか、言うべきことは決まっていた。


俺の物語は今、動き始める。










……誰かに「ダメだ」と言われたとしても、それは最初の一歩にしかすぎない。習得しなければならないのは、その「ダメだ」と言う言葉に打ち勝つことだ……


〜ジェームズ・クック〜


彼の事実を元に書いておりますので、Wikipediaで調べると、新たな発見があるかもしれません。

チョコを渡すために頑張る女の子も良いですが、男の方も頑張ったって良いのではないでしょうか。

そんな話でした。良い1日を。

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