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試練は続き…〜合格に向けて、努力するぞ?〜

 山の中、独特のざわめきが広がっている。

 木洩れ日と、遠く近く響き渡る鳥のさえずり。

 山登りにそぐわない格好をした五人の少女達は、

 先人達が踏みしめてきて出来た山道を登る。


 紅い爪を隠すように、控えめなピンクで塗ってある少女、

 マーシャは最後尾から声を上げた。

「やっぱりここは、小箱を争奪しなきゃ試験にならないと思うの!」

 四人は答えない。

 黙ってる事で、マーシャの気持ちが大きくなるのを防ぐべく、カナンは

上を見上げ、普段より幾分弾んだ声を出す。


「ファーカスまで四時間。こんな爽やかなハイキング、久しぶりだや〜」

「……スピアも、こんなに楽しいの初めてだよぉ」

 カナンに手を引かれ、振り返って笑うスピアの輝く瞳を見て、マーシャ

は言葉を詰まらせた。

 熊避けの為、先頭を歩かされているラウンが振り返って笑う。

「はい! マーシャの負け〜」


 口を尖らせる姿を見届けてから、ラウンは前に向き直る。

 しばらくして、またしてもマーシャは叫んだ。

「試験だって、ヤるかヤられるかだと思うの!」

 さすがにカナンが振り返り、

「じゃあなんだん。マーシャ1人で、私とスピアから箱奪って、ラウンと

リシュレの箱と取り替える事が出来るのかん?

四人を敵に回すんなら、いつでも受けて立つに?」


「………………ごめんなさい」

 カナンの冷たい視線に耐え切れず、マーシャはうなだれて謝る。

 やがて山頂にたどり着き、岩や草の上に各々休憩を取り出す。

 ドサッと崩れるように草の上に座り込むリシュレ。

 息もあがり、声も出ないほどだ。

 ハンカチを敷く余裕もないのだろう、リシュレの疲労を表している。


 シュガーちゃんの店で買ったチョコレートを、一口サイズに割り、ラウン

が皆に配ってやる。

「チョコレートなんて、いつぶりだろうね」

 渡されてすぐ口に放り込んだマーシャが、何かを堪えるかのように空を見上げた。

 考えが追いつかないただ一人を除いて、しんみりした空気が四人を包む。


 大事に甘さとほろ苦さを味わった後、スピアが恐る恐る手をあげた。

「……スピア、ちょっと考えたんだけど。

 能力を使わないっていうのも試験の内かなぁって」

 マーシャの駄々コネを、スピアなりに考えたのだろう。

 その言葉に、カナンが一理ある。と頷いた。

「そうだわ。それ、絶対あるがね。いかに能力を使わずに突発の出来事に対応

出来るか。よお気付いたね! 偉い、スピア!」

 諸手をあげて褒めそやすカナンに、スピアが恥ずかしそうにえへへと笑う。


 考えられる事だけに、ラウンは困ったように腰に着けた麻袋を見た。

 カエルを驚かした時と、酒場から逃げる時にネズミに、協力を仰いでいる。

 ラウンの能力ではあるが、あの程度なら、普通の人間は気付かなかったろう。


 うまく能力を使う事だって、試験の内ではないか?

 少しばかり青い顔で、自分に非はない。

 能力で人を傷つけたわけではないのだ。と言い聞かせ、スピアの話を自分の

中で無理やり一段落させた。


「さあ、そろそろ休憩終わりにするよ! さっさと任務終わらせて、残金を確

認しなきゃだし」

 先程の話を振り払うかのように、先を見上げ、わざと明るい声を出す。

 普段細かい事に気付かないマーシャが、ラウンの様子に口の端を持ち上げ、

「ラウン? ひょっとして、使ったんじゃない? の・う・りょ・く」


 ラウンの肩が、不覚にもビクつくように竦む。

 皆から向けられる視線に、呆れと諦めの感情が痛いほど伝わるラウン。

 しかし、何でもないかのように振り返った。

「使ったよ。それが何? 理由はつくんだから、心配する事じゃないよ」

「その理由だけ。聞いといてもいいかん?」

 眉間を揉みほぐしながら、沈痛な面持ちでカナンが声をかけた。


 逡巡するよう見せかけ、渋々といった調子で麻袋を投げてやる。

 受け取ったカナンは、なにやら柔らかい麻袋に怪訝な表情を浮かべ、

 口を開ける事もなく、マーシャに回した。

「なになに? くれるの?」

 喜々として、ためらいもなく口を開け、マーシャが覗き込む。


 脳みそが中身を理解するのに、少しばかり時間がいったのだろう。


 カエルが眠たい目で見上げ、マーシャと目が合った瞬間、つんざくような声

が静寂な森に響き渡った。

 もちろん、声の主はマーシャで、その声に、カエルが袋の中で腹を見せてし

まったが。


 放り投げられた麻袋は、そうなるだろうと予想していたラウンが受け止めた。

 中を覗くと、腹を見せ硬直しているカエルが、また水分を目から垂れ流している。

 ラウンは溜息を吐き、カエルを取り出した。

 興味津々、こちらを伺っているカナンとスピアに、見せてやる。


「……ラウン、このカエルって紅人なの?」

 スピアがカエルの背中にある3本線に気付き、固い声を出した。

 頷いたラウンを横目に、カナンも気付いた事を口にする。

「ひょっとして、コレを助けたわけ?」

「助けたというか、奪い取ってきた。というか……」


 苦笑いを浮かべリシュレを見たが、音も風景も見えてない様子で、ほぼ横に

なっている彼女に声をかけるのはためらわれた。

「まあ、追々話すから。ちょっと気になる事もあるしさ」

 仕方なく、それだけ告げる。

 気を取り直したカエルは、間近で見つめるスピアに口を開く。


「いじめないで〜いじめないでよ〜」

「……カエルさん、喋れるの!?」

 驚きをそのまま表情に乗せるスピアに、ラウンは頷いて返す。

「それが能力みたいでね。スピア、友達になってあげてくれる?

 このカエルも能力のせいで、他のカエルとも仲良く出来なくて独りなんだ」


「……一人ぼっち」

 スピアに暗い影が落ち、カエルに手を伸ばす。

 麻袋ごと、ラウンはそっと渡してやると、スピアは自分の手に収まってい

るカエルを見つめ、囁いた。


「……あなたの、お名前はなぁに?」


 カエルは意味が分からず、口を開いた。

「命の水〜〜〜くれるの〜〜?」

 隣で見ていたカナンが、苦笑する。

「なんだん。カエルなのに呑んだくれかん」

「……カナン。カエルさんの水といえば、お酒じゃないよぉ?」

 上目遣いでカナンを睨むスピア。

「ごめんなさい」

 カナンはスピアの怒った顔に、内心驚きつつも素直に謝った。


 スピアが表情に出してまで、怒りを表すのは珍しい。

 館に来た当初とは考えられない表情に、申し訳ないながらも少し嬉しい

気もする。

 こんな場所のせいもあるかもしれない。

 自分達が、スピアに信用されてきているのかもしれない。


 とにかく、カナンはスピアの変化に喜びを隠せず、スピアの頭を撫でて

やった。

 スピアにとっては、何故撫でられたのか分からなかったが、謝罪の印な

のだろう。と考える。


「ナマエ〜〜〜まだ食べてない〜〜〜」

 カエルがのんびりと告げると、スピアは小さく笑い、自分の水筒から水

をわけてやった。

「……えっと、じゃあ何て呼ばれてたの?」

「ん〜〜〜?」

 首をかしげたカエルに、スピアは思い当たる。


 独りで生きてきたのなら、呼ばれる名前がないのかもしれない。

 かつての自分のように。

「……カエルさん。スピア、呼び方考えるからぁ。仲良くしてね?」

「あああああ〜〜〜なかよし〜〜いじめない〜〜〜」

「……スピア、いじめないから」


 スピアの瞳に強い光が宿っていた。

 自分よりも弱い立場のカエルの責任を持つ事で、はっきりと分かる。

 こんなにも皆に見守られ、助けられていた。


「出発、するよ! これからはずっと一緒なんだから、名前だってゆっ

くり考えればいいよ」

 ラウンが優しく声をかけ、リシュレを起こしてやる。

「こんなお使い。受けるべきではありませんでしたわ」

 憔悴しきった顔で、リシュレは下唇を噛みつつ立ち上がった。

「受けなくても、結局試験で追いかけるはめになるんだから。その考えは

意味ないんじゃないかしら?」


 さらっと火に油を注ぐマーシャに、怒りの炎が具現化するようにリシュ

レの背後にある木が燃え上がった。

 無意識だろう事は固いが、証拠はもちろん見当たらない。

 ラウンは、マーシャに号令をかけた。

「マーシャ! 責任もって消火しな!」

「腑に落ちないけど、ごめんなさい」

 口を尖らせると、マーシャは木を指差す。

 氷の柱が燃え盛っていた木を包み込んだ。


 緑に囲まれた爽やかな山頂に、円柱の氷に閉ざされた、一本の炭の木。

 という、違和感極まりない状況が生まれる。


「これは……どう見ても、減点の対象になる、よね?」

 ラウンが声を絞り出し、冷気を発するソレからリシュレが顔をしかめて

離れた。

「氷さえ溶ければって、状態でもないし。これで連帯責任は、少し腹が立

つわ」

 カナンは、内にある怒りを少しばかり外に出して、マーシャの頭をグー

の手でローリングしてやる。

「いたた! 痛い痛いっ! なによ〜、謝ったじゃない〜」

 泣き言を口にするが、スピア以外の皆の雰囲気は最悪だった。


 しかし、少々の怒りに燃えたリシュレは、事の外、力がみなぎったようだ。

 その勢いがなくなる前に。と、出発する。


 出発したのだが、世の中うまくいかないものだ。

 下りの前方に、二人の男の姿が見える。

 草むらに身体を隠しているようだが、上からだと丸見えだ。

「カナン、怪しい男二人がいるからさ。列変えようか」

 ラウンの静かな声に、カナンはマーシャを前に出し、スピアと最後尾に回る。

「スピアは、カエルを守っときんよ?」

「……うん」

 カナンがスピアを庇いながら、一つウインクを送ると、スピアは真剣な顔で

麻袋を胸に抱いた。


 移動したのを見届け、近くに動物がいないかラウンが見回そうをすると、

「おい、待てよ。お嬢ちゃん」

 まだ離れた場所にいるはずの野太い男の声が聞こえ、慌ててラウンは振

り向く。


 まだ怒りに身を任せたままのリシュレが、先に歩いて行っていたのだ。

「まずい! マーシャ! 着いて来て!」

「え〜?」

 乗り気じゃない声をあげるマーシャが、着いて来ると信じて駆け出す

ラウン。

 背後から、痛いなどと聞こえてきたという事は、カナンが蹴飛ばしたの

かもしれない。


 確認してる暇などない。

 今のリシュレを、野放しになどしたら、山火事になりかねないのだ。

 現に、リシュレの周りから、ゆらりと立ち込める熱気が伝わってきている。


「邪魔だというのが、聞こえませんの?」

 自分の行く先を邪魔する者は、許さないとばかりに目を細め、眉毛は怒りに

つり上がっていた。

 ヒョロ長い男が楽しそうに口笛を吹く。

「まあ、少しオレ達と遊んでいこうぜ? お疲れみたいだしなぁ」

「なんだったら、荷物持ってやろうかぁ?」

 スキンヘッドの男も下品に笑い、リシュレの精神を逆なでする。


「あの! ご、ごめんなさい。連れが何かご迷惑でも……」

「なんだ、カワイイ女が揃ってんじゃねぇか」

「イイトコ連れてってやるからよ? こっち来いって」

 なんとか暴走前にたどり着き、息を整えながらラウンが先頭に立つ。


 男の一人が、ラウンに手を伸ばしたのを見て、さりげなく一歩退く。

「ワタクシ達は、神に仕える身。男性に触れては、神の処罰が下ってしまいます」

 ラウンは悲しそうに目を伏せ、両手を前に組む。

 神など信じていないだろうが、男達は少し怯んだ。

 勇気を奮い立たせたスキンヘッドが、口の端を持ち上げる。

「神の処罰なんざ、下らねぇよ。なんたって、人助けだからなぁ」

「人助け。ですか?」

 ラウンは両手を組んだまま、上目遣いで小首をかしげる。


 あくまで純粋な聖職者のイメージで。

 それを見て、驚愕の表情で一歩退くマーシャの事は、この際放っておく。


「そうそう、人助け! さすが兄貴ぃ、イイ言葉ですぜ」

「ふふん。そうだろう、そうだろう。おめぇもしっかり覚えとくんだな」

「へいっ!」

 スキンヘッドが嬉しそうにふんぞり返り、ヒョロ男が揉み手で褒めそやす。


 ああ、こいつらを丸め込むのは簡単かもしれない。

 ラウンとカナンは、瞬時にそう判断する。


 ラウンは少しうつむき、左手で首からさげている麻紐でくくったペンダン

トを握り、右手を背中側に回す。

「そうですか。人助けでしたら、ワタクシに出来る限りお手伝い致しましょう」

「物分かりいいネェちゃんだ」

 いやらしく笑い、スキンヘッドがラウンの左腕を掴む。


 うわ! 手汗すごいよ! 気持ち悪っ!

 という言葉を必死で飲み込み、驚いた表情を作る。

「ワタクシ達に、触れると神の怒りをうけ……」

 ラウンの言葉が終わらぬ内に、男達のすぐ隣に生えていた2本の木が、

一瞬の内に凍りつく。

 生木が急速に凍った為、水の膨張に耐え切れず、嫌な音を立てた。


 ヒョロ男がスキンヘッドに飛びつき震える。

「ああ! 神様、お許し下さい!」

 悲鳴に近い声をラウンが上げると、スキンヘッド力が緩み、ラウンはまんまと

手汗から逃れた。


「お逃げ下さい、どうぞお逃げ下さい! 急ぎ、町の教会で許しを請うのです!」

 ラウンが両手を組み、切迫した雰囲気の声をかけてやる。

「あああ兄貴ぃ!」

「おおおお落ち着け! これは自然の……」

 すがりついてくるヒョロ男を、スキンヘッドが押しのけ、なんとかこの状況に

説明をつけようとした。


 瞬間、折れて転がっている木の枝やら小石やらが、音もなく宙に漂う。


「神様! 神様! ワタクシとこの者達をお許し下さい!」

「逃げて! 早く私達から、離れて!」

 ラウンの天への呼びかけに、マーシャが身振りも激しく、二人を急き立てる。


 縮み上がってしまった男達は、その声に従い転がるように山を駆け下りていった。

 自分達の進む先だが、彼らはもうラウン達に声をかけるような事はないだろう。

「良かったね。あいつらが普通の人で。紅人だったら、どうしようもなかったよ」

 ラウンは安堵の溜息を吐き、振り返る。

 この一幕で大分リシュレの怒りは収まってきたらしい。

 彼女から立ち上る熱気がなくなっている。


「世の中には、くだらない人間もいますのね。

お父様に似顔絵送りつけてやりますわ」


 これで、ヤツらの安息の地はなくなった。

 悪い事と分かった上で行うヤツらなど、滅んで当然なのだ。


 特に自分達に噛み付くヤツらなど、存在に値せず。


 まだ純粋なスピア以外の心は同じ、四人は無言で頷きあう。

「さて、後は下るだけだで、サクッと終わらせるよ!」

 カナンが能力を解除して、声をかけた。

 ゆっくりとリシュレも歩き出す。

「……カナン。今のも試験の一部なのかな?」

 スピアの呟きに、皆に沈黙がおりた。


 そうかもしれない。違うかもしれない。

 ただ、乗り越える為の状況判断にしては、合格点ではないだろうか?


 ラウンが、重く口を開いた。

「大丈夫だよ。理由はつくんだから」

「つい最近、聞いたセリフなんだけど」

 不安な表情を崩せないマーシャ。

 苦笑いをしながら、カナンはスピアの頭を撫でた。


「多分、合格点だと思うで、心配せんでも大丈夫だに?」

 誰も、絶対とは言えない。

 さっきの丸焦げの木から、皆の中で能力を使わない。という気持ちの

リミッターが外れてきている感は否めないが。


「だいじょうぶ。だいじょうぶ。だいじょうぶ……」

 と、皆は少しばかり暗い顔で、呟きながら山をくだった。


 陽が西に傾き始める頃、森を抜け、ファーカスの町が目前に広がる。

「着いた着いた! さて、ラウンとリシュレは、ここで待っとりんよ」

「……ゆっくりで、いいよ。ちょっと、休みたいから……」

 汗だくで座り込むラウン。

 途中で歩くのを放棄したリシュレを背負い、ここまできたのだ。

 体中の筋肉が悲鳴をあげても、仕方あるまい。


「だらしないですわね。鍛え直した方がいいんじゃなくて?」

 当事者であるリシュレは、同じように草の上に腰をおろし、

呆れた口調でラウンに声をかけた。

 反論はいくらでも出来るのだが、いかんせん、そんな無駄な体力と精神力が伴わない。

 荒い息を繰り返すのみだ。


「約束して。絶対に、何があっても、町に入らないって!」

 カナンは、二人に詰め寄る。

 二人が一歩でも踏み込めば、カナン組の負けになってしまうのだ。


 それ以前に、五人組の試験不合格だ。

 基本が『連帯責任』である事を踏まえれば、二組に分かれた所で、

どちらかが不合格ならば、両方とも不合格になるに違いない。


 そうカナンとラウンは話し合いの末、結論付けた。


 裏を読みすぎているにせよ、どうせ不合格になるのなら、皆でなった方が良い。

 という、スピアの意見により誰からも文句は出なかった。

 もちろん、ふくれっ面で渋々頷いたマーシャは、放ったらかしだが。


「じゃあ行ってくるで、大人しくしとりんよ」

『は〜い』

 ラウンとリシュレは、すでに動けない。

 もし今、山火事が起こったとしても、逃げられないだろう。

「あ、マーシャは二人の見張り番しとって」

「ええ〜! ファーカス初めてだから、私も行きたいのに!」

 カナンの言葉に、マーシャは更に頬を膨らませて抗議した。


 ガシッとマーシャの肩を掴み、カナンは低い声で諭す。

「二人ともこんな状態だに、万が一あの山賊どもと鉢合わせしたら、

どうするだん!」

「ええ〜。ラウンの愉快な仲間達が、きっとなんとかしてくれるわよ」


 空を切って、どんぐりがマーシャのこめかみを直撃する。

「え! いたっ!」

 マーシャは顔だけ、飛んできた方向に向けると、木に背中を預け、

睨んでいるラウンと目が合った。

「マーシャ、このまま、陽が暮れでもしたら――酷い事、するからね」

「なによ! ただごねてみただけじゃない!」

 胸を張るマーシャに、ラウンは第二どんぐり弾を構える。


 さすがに身を引こうとしたが、カナンはマーシャの肩を解放しない。

「マーシャ、無駄に時間を使やぁ、

 アデレさんを町の外まで連れてくるのは、難しくなるんだわ?

 ……分かるよね?」

 横からは、今にも飛んできそうなどんぐり弾。

 前からは、肩を握り潰さんばかりに力を込めてくるカナン。


「……ごめんなさい。ここにいます」


 マーシャは、そう言わざるをえなかった。

 やっとカナンから解放され、二人の傍に座ったマーシャは、

膝を抱え、顔をうずめる。

 カナンはラウンに頷き、スピアの手を引いてファーカスへと乗り込んでいった。


「……マーシャ、かわいそぉ」

 手を引かれたまま、スピアがうつむく。

 歩き続けながら、カナンは苦笑した。

「まあ、まだ陽が暮れるまでには、だいぶ時間あるけど。

 もたついとったら、ラウン達が野宿になるかもしれんしさ?

 この場合はしょうがないわ」


 スピアも、ああと小さく声を上げ、納得した。

 疲れた身体なのに、冷たい地面で一夜をあかすのは、辛い事を知っている。

 痛む足を早めて、スピアはカナンについていく。


 すでに店じまいを始めている八百屋さん。

 忙しそうに働いている、かっぷくの良いおばちゃんに、声をかけてみる。

「あの、すみません。鍛冶屋のアデレさんって、ご存知ですか?」

「はぁ? あんた、誰だい?」

 うさんくさそうに二人を見比べ、溜息を吐く。


 商売人にあるまじき行為だ。と思ったが、カナンは笑顔を崩さない。

「私は、カナンと申します。こちらはスピア。

 鍛冶屋のアデレさんに用事がありまして。

 その……ちょっと迷ってしまったものですから」

 恥ずかしそうに、困ったように笑うカナン。

「あぁ……アデレねぇ。

 なんだいお嬢ちゃんたち、あの男に教会が何の用だい?」


 おばちゃんは仕事の手を休めなかったが、とりあえず話は聞いてもらえるらしい。

「お届け物がありまして」

「……そうかい。その道を右に折れて、ちょっと歩くと左側にあるよ。

 看板が出てなくても、中にはいるはずだから……

 あぁ、教会の人間が勝手に押し入るなんて、出来ないか。

 ちょっと待ってな、片付けてから一緒に行ってやるから」


 溜息を吐き、手早く道に出ていた空の箱やら野菜やらを店の奥に運んでいく。

 疲れてはいたが、万が一紅人だとバレるのもいかんしがたい。


 この町が、どれだけ紅人に理解があるか。

 分からないから。


「よろしければ、お手伝いします」

「……スピアも、お手伝いします」

 二人の申し出に、おばちゃんは目を丸くして振り向き、吹き出した。

「そんな細腕でなにが出来るんだい。

 教会の人間はフォークより重い物なんて、持てやしないんだろう?

 ほんっと、くだらないよ」


 親切そうであるわりに、人当たりがキツイ。

 ――教会と、何かあったのかな?

 と思いながらも、カナンは空になった木箱を奥に運ぶ。

 教会を装ってはいるが、自分達を軟弱な人間と思われるのは、

シャクに触るのだ。


 教会の為でもなんでもなく、自分達の小さなプライドの為。

 それを見たおばちゃんが、どう感じたかなど知りもしないが、

鼻をならし、アゴでそこに置けと指示をしてくれた。


 木箱を動かせないスピアは、それでも、手近にあるホウキで

店の前を掃くことにした。

 一通り片付くと、おばちゃんは気まずい笑みを浮かべ、

「まあ、助かったよ」

 と、先に歩き出す。

「旦那さんは、お手伝いしてくださらないのですか?」

「……わたしかい? まだ未婚だよ。親は先日、亡くなったばかりさ。

 だからって、店を閉じたままなんて出来ないだろう?

 なのにあのバカったら、わたしの事、冷たいだの何だの!

 ったく、いかつい顔して引きこもりって、どうなんだい」


 溜息を吐くおばちゃん――いや、本当はもっと若いのかもしれないけど。

 カナンは、おばちゃんの後をついていきながら、

こっそりスピアと目を見合わせた。

(……おばちゃん、おしゃべり大好きなんだね)

「聞こえてるよ! まあ、まちがっちゃいないけどね」

 おばちゃんの言葉に、スピアは首をすくめ、カナンの袖をギュッと握る。

「……あの、ごめんなさい」


 縮こまってしまったスピアに、振り返ってまた溜息を吐いた。

「お嬢ちゃん、もっと強くおなりよ? 

 そんな事じゃ、生きていくのに疲れちまうよ。

 謝るにしても、もっとこう……」

 ちらりとカナンを見るおばちゃん。

 『?』を浮かべたカナンに並び、左手でカナンの肩を音を立てて叩く。

 目をシロクロさせてるカナンに、大きい声で笑いながら、

「あっはっは! 悪かったね! と、こう言ってやればいいんだよ」


 突然の出来事に、目を丸くしたスピア。

 カナンを間に挟んで、おばちゃんは心配そうに伺っているスピアへと、

いたずらっこのように笑い、ウインクを一つ。

「あの、結構痛かったんですけど」

 右肩をさすり、それでも一応文句を言っておくカナン。

 店を出た時の、シュガーちゃんのウインクよりかは、断然マシな気がしたが。


「だから、悪かったって言っただろう?」

 もう一度、左手がカナンの右肩、および背中にヒットする瞬間、

カナンは身を翻してやり過ごす。

「同じ手には引っかかりませんてば」

 笑い合って遊んでいるかに見える二人に、あ然と見ていたスピアも、

くすりと笑った。


 油断していたおばちゃんの背中に、手をポンと当てる。

 何かに当たったか? と振り返るおばちゃんの目には、スピアが映る。

「……ごめんなさい」

 ぎこちなく、上目遣いで笑顔を見せるスピアに、

おばちゃんはギュッと抱きしめてやった。


 スピアの虜が、またここに一人!


 などと、カナンは心の中で熱い友情が生まれるテーマをかき鳴らし、

小さくガッツポーズなど決めた。


「ったく、教会の人間は世間知らずで、素直を履き違えてるヤツばかり

だと思ってたけど、本物もいたとは、知らなかったよ」

 今まで、ロクな教会人に合った事がなかったようだ。

 ただし、それが本物の教会人なのか、紅人なのかは問題が残るが。

 とにかくカナンは黙っておいた。


 聞くという事は、紅人もこんな格好をしてますって事を、バラす事になるから。

 試験でよくこの町が使われているようなら、紅人である可能性も高い。


「それは、申し訳ありませんでした。

 戻りましたら、よくよく報告させていただきますので」

「そうしといて欲しいわね。

 結構、この町の人間で、良く思ってるのは少ないからさ」

 カナンは心から申し訳なく言葉をかけ、

おばちゃんがくれぐれも。と付け加える。


 ディリアズへの報告事項に、赤でグルグルと囲むほどに、

心に刻んだ。


 道を曲がり、まだ陽が出ているのに、

カーテンを閉めている一軒の前で、おばちゃんは足を止める。


「アデレ! いるんだろ! ちょいと入るからね!」

 扉を遠慮なしに激しく叩き、鍵はかかっていない為、

平気な顔で扉を開けた。

「親不孝者めっ! のこのこと何しに来やがった!」

 カナンとスピアも、おそるおそる覗き込むや、

暗がりからダミ声が飛んでくる。


 もちろん、おばちゃんも負けてはいなかった。

 閉めっぱなしのカーテンを、開けて回り、部屋の片隅でヒザを抱えてい

る無精ヒゲの男が、露となる。


「ろくに掃除もしてないんだろ!

 せめて空気の入れ替えくらいしたらどうなんだい!」

「うるせぇっ! お前の分まで、喪に服してやってんじゃねえか!」

「誰もそんな事、頼んじゃいないよ!

 わたしは言ってないよねぇ? そんな事」


 いまだヒザを抱えたままのおじさん、アデレは、

見おろす――というよりかは見下す感じの――おばちゃんに

噛み付くように、言葉を吐き出す。


「あの、アデレさん。ですか?」

「はあ!? 

 ……ああ、そうだったね。あんたに用事だってさ!

 まったく、またこんな若い娘にウツツを抜かしてんじゃないだろうね」

「ば、バカ言うなよ!

 以前のオレは、今のオレには勝てん!」

「……どう勝てないんだい。教えてもらおうじゃないか」

 更に冷ややか&キツクなる、おばちゃんの目。

 しまった。とばかりに、ヒザを抱える手に力がこもるアデレ。


 おそらく『以前のオレ』も『今のオレ』も、

どうせおばちゃんには勝てっこないんだで。

 余計な口を、挟まんでくれんかやぁ。


 そんな考えを笑顔に乗せたカナンは、声にも乗せてみようか。

 と本気で思う。

「……カナン、ダメだよ?」

「あら、声に出とった?」

 タイムリーに声をかけてきたスピアに、カナンは笑顔のまま振り返った。


 困った顔で見つめるスピアは、溜息まじりに、

「……カナン、顔は笑ってるのに、笑ってるように見えないから」

「するどい! 戻ったらチョコを一カケ進呈です!」

「……カナン」

「わかっとります〜」

 口を尖らせながら、逸れがちな話を戻す。


「痴話ゲンカなら、あとでやってくれん?

 こっちは日暮れまでに宿も決めにゃかんし、

お届け物を預かってる仲間が、町の外で待っとるんだわ」

 張り付けた笑顔はそのままに、先程よりも声を張り上げる。

 ヒザを抱えていたアデレが、少しばかり腰を浮かせた。


「おい、今なんて言った?

 ひょっとして、お前達は西から来たのか!?」

「ええ、そうですとも」

 まだ威圧的な笑顔を作ったまま、カナンは頷く。


 やっと、話が進みそうだ。


「じゃあ早く出してくれ!

 あ、もう用はないだろうから、ジュディは帰れ」

「……はあ!? あんた何を注文してるのさ!

 わたしにも言えないような恥ずかしい代物を、

お嬢ちゃん達に届けさせてんじゃないよ!」

 アデレの言い草に、ジュディと呼ばれたおばちゃんが憤慨する。


 座っている人間と、立っている人間の間に割って入る違和感を我慢して、

カナンは気力を振り絞った。

「まあまあ、そんなおかしな物を、私達が頼まれる事はないと思いますよ?

 だって、教会人ですし」

「教会人、だって?」

 アデレは何度かまばたきをし、あんぐりと口を開けた。

 有無を言わさぬ笑顔を、アデレに向け頷いてやる。


 中身が何であるか、追求はしない。

 私達が何者であるかを、気の良いジュディにバラしたら……

 とてもとても、大変な状態になる事、うけあいだぞ!


 と、そんな長い感情が伝わったのかは、定かではないが、

とりあえずアデレが頷いたという事は、何とか似たような結論に至ったのだろう。


「そ、そうだった。ツテで巡り巡って頼んだからな。

 まさか、教会の人間が自ら来ると思わなかったよ」

「……なんだい、怪しいね。

 まあ、わたしには関係ないみたいだし?

 アホらしいから、戻るけど。

 このお嬢ちゃん達に何かしてみなさいよ、酷い事してやるからね」

 そんなジュディの捨て台詞に、アデレは文字通り震え上がった。


「大丈夫ですよ〜。

 でも、後からちゃんとお礼に伺いますので」

「礼なんていいから、上への報告。

 忘れないでちょうだいよ」

 カナンに念を押し、スピアの頭を優しく撫でてやって出て行ったジュディ。


「さあ! 早く見せてくれ!」

 鼻息も荒く、座ったまま手を伸ばすアデレ。

 カナンはやんわりと首を振り、

「それが、事情がありまして、町の入り口の仲間が持っているんです」

「じゃあ、早く持って来てくれ」

 あっさりと手をヒザへと戻すアデレ。


「オレは、ここで喪に服してるんだ。

 ここからは動けん。

 だから持って来い」


 どれだけワガママ親父なのだ。


 ラウンと同じくらい、怒りの沸点が低い位置にあるカナンは、

ためらいもなく扉を開け、外に出る。

「ジュディさ〜ん! お願いがあるんですけど〜!」

 大声でジュディを呼ぶカナンに、アデレは慌ててやめさせようと声をかけるが、

喪に服している事への葛藤の為、立ち上がる事が出来ない。


 さっきの今で、まだ遠くに行っていなかったジュディが、

血相を変えて飛んでくる。

「なんだい! やっぱり何かされたんだね!

 こんのダメ人間が……天罰など生ぬるい!

 わたしがこの手で引導を渡してやる!!」

 カナンを押しのけて、家の中に飛び込み、座ったままのアデレへと

掴みかかった。


「あ〜、違うんですけど。

 アデレさんに、町の門まで来てほしかったんですよ。

 外にいる仲間が、お届け物持ってるものですから」

「………………もっと、説明を、早く……」

 ジュディに、引っ掻かれ張り倒されと、アデレが散々されてから

カナンは口を開いた。


 喪が……喪に……とか、まだぼやいている結構体格の良いアデレを、

ジュディが引っ張っていく。

「あんたは十分、喪に服してくれて、ありがたいとは思ってる。

 でもうちの親はね、グチグチと言い続けてるのが大嫌いだったんだよ。

 あんたも、あーだこーだ理由つけてる暇あるんなら、

店開けなさいよ。

 ただサボってるだけにしか見えないんだからさ」


 カナンとスピアは、視線を浴びながら通りを一緒に歩いていく。

 立つ事を放棄した大の男が、女性に引きずられ図を客観的に見なくても分かる。

 恥ずかしい。とても恥ずかしい。


 ああ、恥ずかしいという感情は、こんな感じだったんだ!

 と、どこか別の場所から見てる気がするほど、恥ずかしい。


 ……ん? 前にもこんな事があった気がする。

 あれ? 気のせい? うん、きっと気のせいだわ。

「……カナン? この間、ラウンと同じ事してたね」

「あ〜! やっぱりアレと同じに見える?」

 スピアの言葉に、カナンは頭を抱えて唸る。

 頷くスピアに、カナンは両手を頭からスピアの肩に移し、

「違うでね! ただ楽しようとしてる、あのダメ男とは違うに?

 私のアレは、ラウンの言葉に打ちのめされて、

立てなかっただけなんだでね?」


 必死の形相で説明するカナンに、襟首掴まれて引きずられていくアデレが

ニヤリと笑った。

「仲間だな」

「違うわっ!! 状況がまるで違う!」

 思わず声を荒げてしまったカナン。


 しまった。ノってしまった。

 周りの目は、カナンにも向けられる。

 叫びたくなったが、無理矢理、堪えた。

 これ以上、何か言っても不利になるだけだ。


 スピアが真面目な顔で、カナンの背中をポンと叩く。

「……カナン、ごめんね?」

「……うん、もういいよ。二度としない、あんな事」

 カナンはがっくりと肩を落とし、力なく笑った。

いよいよ終盤にきました。

最後まで書ききってしまおうと思いましたが……

長過ぎちゃうかも。と、分ける事になりました。

次話でラスト。がんばります〜

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