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ラウン・リシュレの試練?〜裏切り者は誰?〜

 夜霧が辺りを包み、闇夜が更に深みを増している。

 二人の少女が町に足を踏み込んだ時には、すでに夜も更けていた。

 街灯の油はいつまで持つのだろうと考えながら、足を速める。


 まばらにしかない街灯では死角が多く、見通しが悪い。

 酒場からは未だ大騒ぎする声も聞こえ、それだけでも安堵する。

 真の闇というものは、それだけで不安が募るのだ。


「ラウン、もう歩けませんわ」

 街灯の一つに持たれかかり、ラウンを睨む。

「宿屋って、この辺だったんだけどな」

 まったく怯むことなく辺りを見回したが、

 看板も出てないどころか固く扉が閉まっている。

 酒場にも簡易的なベッドはあるのだが、リシュレは頑なに拒んだ。

 あんな空気も人間の質も悪そうな所にはいられない。と言うのだ。


 絡まれる事を考えるのはたやすいが、だからこそ安く泊まれるというのに。


「お金浮かす事考えたら、さっきの酒場でもいいじゃんか」

「私たちは……いいえ、私は淑女ですのよ?

 安全で優雅な宿に泊まりたいのは当然でしょう!

 お金の節約ポイントを間違えてはいけませんわ」

 あんたにだけは言われたくない。と強く心の中で反発したものの、正論ではある。

 鍵もかかるかどうか分からない宿で、万が一の事でも起きたら大変どころではない。


「分かったよ。もうちょっと先に行ってみよ?」

「仕方ありませんわね」

 暗闇の中、一人待つのもごめんである。

 痛む足を引きずりながら、リシュレが荷物を抱え直した。

 夜霧をかき分けるように歩き、ラウンの耳は足音を捕らえる。


 人のそれとは思えない。

 引きずるような足音。


 咄嗟にリシュレの腕を掴み、街灯の明かりが届かない狭い横道に引っ張り込む。

「ちょっと! 痛いですわよ!」

「静かにして!」

 リシュレの口をふさぎ、自分も息を潜めた。

 ただならぬ状況を感じ取り、リシュレも息を殺しつつ先程までいた方を伺う。


 引きずるような、何か濡れたタオルを叩きつけるような奇妙な音。


 影が長く伸びてくる。

 二人は自分は壁であると言わんばかりに、壁に張り付く。

(ラウン、あなた何とかしなさいよ!)

(バカ言わないで! 攻撃的なヤツだったらどうすんのさ!)

 ラウンの言葉に、今の状況を忘れてリシュレが憤慨した。

「バカですって?」

 慌ててリシュレの口を塞ぎ直す。


 足音は止まっている。

 声が聞こえてしまった事は確かだろう。

 イヤな汗が背中を伝い、ラウンはゆっくりと振り向いた。

 影の頭が声の主を探すように動く。


 万が一、リシュレが「キレた」らどうなるだろう?

 木造の建物も多くある為、きっと大火災が……

 未確認物体に大人しく襲われるか、放火魔として犯罪者の道を歩むか。


 どちらも却下である。

 どんなヤツだとしても、交渉は成立させなければならない。

 断固としてだ。


 心を奮い立たせ、影の方へ足を向けた。

 武器は首から提げているペンダントと、背負っているリュックのみ。

 それでも、いざという時振り回せば、それなりに痛かろう。


 影が動き出した。

 ラウンは足を止め、リュックを盾にする。

 どうする?「どの生き物」で声をかける?

 ラウンはためらい、鷹の鋭い鳴き声を発した。


 ただ挨拶しただけなのだが、影は相当驚いたのだろう。

 尻餅をついたようだ。

 ここぞとばかりに横道から飛び出す。


「お願い! 話を聞いて!」

 人間の言葉で声をかけると、ひっくり返っていたのはカエルだった。

 ラウンはそれでも、辺りに目を配る。

 他に潜んでいるものはいなさそうだ。


「……カエル? もっと大きなのだと思ったんだけど」

「なにするんよ〜食べてもオイシクないんだで〜」

 カエルは、肝を潰すほど驚いたのだろう。

 大きな目からはポロポロと涙をこぼしている。

 カエルにしては確かにでかい部類に入るだろう。

 大人の手の平ほどある大きさなのだ。


「あー……驚かしてごめんね? あんた一人?」

「怖かったんだで〜歩いてただけなのに〜」

 仰向けにひっくり返った状態で、嘆き続けるカエル。

 ラウンは、困ったようにリシュレを呼んだ。

 姿勢も良く、優雅に横道から現れるリシュレ。


「正体はコレですの? 少し期待外れですわね」

 見下すような視線を向け、鼻を鳴らす。

「あぁ〜皆でいじめればいいんだわ〜」

 手足をピクリともさせず、ただただ涙を流した。

 リシュレが目を見開いてカエルを見る。


「カエルのくせに、人間の言葉が話せますの!?」

 愕然とし後ずさった。

 ラウンは、とりあえずカエルを起こしてやる。

「食べないで〜食べないでよ〜」

「違うって! 起こしてあげるだけだから!」


 今度は、カエルが大きな目をパチクリさせた。

 違和感なく自分と話す人間など、珍しい。


「あんた〜だれ〜?」

「あたし? ラウン。こっちの態度でかいのがリシュレ」

「事あるごとに失礼ですわよ! ラウン」

 凄まじい眼光をラウンは簡単に受け流し、カエルに向き合う。


 大きな白いカエル。

 ツルッとした体躯に、背中に三本の紅い線。


「あんたも紅い印が入ってるんだね。動物にも『コレ』が出る事があるんだね」

「あか〜? わからん〜」

 人間だけが『特別』ではない。

 人間に出るモノが、動物に出ないわけがない。


「そっか。どこ行くの?」

「命の水〜いつも貰うから〜」

 この先で開いている店と言えば、酒場くらいだ。

 『酒』か。カエルが酒を飲むのか。


 昼間だと子供に追われ、言葉を話せば気味悪がられる。

 カエルの仲間からは言葉のせいで疎ましがられ、池を追われた。

 相手にしてくれたのは酔っ払いだけ。

 面白半分に酒を与えたのだろう。


 自棄か? ヤケ酒か?


 ラウンは溜息を吐いた。

「ねぇ? 変な味のする水なんかより、普通の水あげるからさ。

 ちょっと遠出するけど付いてこない?」

 カエルが目を輝かせる。

「普通の水〜アサツユ以外は〜ひさしぶり〜」

「ラウン! そんなヌルヌルしたの連れてくつもり?」

 リシュレがタレ目を吊り上げ、カエルは大きな目を潤ませる。


「水たらないから〜今は少しかわいてるよ〜」


 リシュレの目が更にきつくなる。

 どうして怒られているのか分からないカエルは、

 オドオドとリシュレを見つめた。

 大きな目から、またしても大粒の涙が溢れる。

「あぁ〜! きらわれる〜きらわれてる〜何もしてないのに〜」

「存在自体が気に入らないのですわ!」

「……ああああああ〜〜〜」

 泣き崩れるカエル。


 いい加減疲れてきたラウンが助け舟を出した。

「リシュレ? カエルにだって何だって、心があるんだから傷つくんだよ。

 人間だけが特別じゃない。どんな生き物だって平等の権利があるんだよ」

「では聞きますけど。コレがカエルではなく、ムカデの場合に同じ事が言えますの?」

 あくまで尊大な態度を崩さず問う。


 夜にふさわしい静けさが、周囲を包む。


「……まぁどうでもいいじゃんか。宿を探そうよ」

 いくらなんでも『近所迷惑』を思い出す。 

 カエルも思い出したかのように、酒場へと足を向けたが、ラウンに拾われた。

「命の水〜もらいに行くから〜」

「やめときなさいって! 普通の水あげるって言ってんでしょ」

 うむを言わさず、ポケットに入れる。

「いい? 動かないで。何があっても喋らないで」

「しゃべらない〜水くれるなら〜」


 ここの所、溜息ばかりだ。

 ラウンは空しさを感じながら、酒場へと足を向けた。

「まさか、あの巣窟で泊まるとか言いませんわよね?」

 低く唸るような声をかけるリシュレに、振り向く事なくうなずく。

「まぁ見てなさいって。リシュレも絶対喋らないでね」

「イヤですわ。絶対にイヤですわ!」

「じゃあ野宿してれば? お金はあたしが持ってるんだからね」


 歯軋りが聞こえるほど歯を食いしばりながらも、

 リシュレは従うしかなかった。


 騒々しい店内に入れば、

 ムチムチした体形のおねーちゃんが忙しそうに声をかけてくる。

「いらっしゃい! お嬢ちゃんたち。誰かお探し?」

「いえ、一晩泊めていただけないかと思いまして」

 ラウンは笑顔を作り、場にふさわしくない爽やかに尋ねた。

 さっそく近くにいた酔っ払い連中が、卑猥な言葉をかけてくる。


 リシュレはさりげなくラウンを盾に避け、

 酔っ払いがラウンに腕を伸ばし肩を組んだ。

「駆けつけ一杯、俺の酒でも飲んでいけよ」

「申し訳ありませんが、ワタクシの様な者でも神に仕える身。

 あなたのお酒でしたら、どうぞあなたの糧として下さい」

 笑顔を崩さず両手を前で組む。


 思い切り吹き出し、おねーちゃんは手を叩いた。

「ほらほら! 無理強いしたらバチが当たるよ、あきらめな!」

 酔っ払いは肩を竦め、手を離す。

 おねーちゃんが二人を手招きし、安全圏の調理場まで案内してくれた。

「私はマリル。

 あんた慣れてるのねぇ! ウチで働いて貰いたいくらいだよ。

 で? なんだってウチに泊まりたいの? 宿屋だってあるのに」

「はい。手持ちが限られてますから」


 正直に笑顔を絶やさないラウン。

 不安で少し青ざめているリシュレ。


 二人を見比べて、また笑い出す。

「連れのコは、気に入らないみたいだね。まぁ当然だと思うけど。

 そうだね。出てく時にベッドメイクと使用した部屋の掃除してくれるなら、

 二人で五ルカムでいいよ」

「五!? ほんとですか、とても助かります!

 あなたに神のご加護がありますように」

 ご飯一食分の金額だ。ラウンは信心こそないが、心から願った。


「やだ、私は神様なんて信じちゃいないのよ。あんたたちには悪いけどさ。

 部屋は空いてるし、掃除してってくれるなら手間賃もかかんないしさ」

「ありがとうございます!」

 両手を組んで目をふせた。

 その手を掴みマリルは苦笑する。

「やめてってば。私の望む神なんてこの世にいないんだから」

「そうですか。ごめんなさい」


 意味深な言葉だが、深く聞くことを許さない強さもある。

 ラウンは頭を下げて、リシュレを促しつつ示された階段へと足を向けた。

 一部屋以外、全て空いている部屋の一つに落ち着き、蝋燭を灯す。

 カエルに十分な水を与え、固いベッドに突っ伏した。

 途端に二人とも睡魔に引きずられ、眠りの淵へと落ちる。


 階下の酒場から誰とも知れず、来ないカエルの話が出たが、

 騒々しい波に紛れていった。


 翌朝、起きないリシュレの予想を的中させつつ、早めに起きたラウンが掃除を済ます。

 カエルは水から体を半分出して、幸せそうに寝てるようだ。

 一通り終わらせ、身支度も整える。


 窓から入ってくる朝日が、気分を高揚させた。

 寝たままのカエルを少し拭いてポケットに入れ、リシュレを叩き起こす。

「あら、早いんだね」

 疲れを露わにして、マリルが声をかけてきた。

「お世話になりました」

 ラウンが頭を下げると、カエルがポケットから頭を出す。


「マリル〜命の水〜もらいにきた〜」

 ポケットから頭を出し、嬉しそうな声を出すカエル。

 飛び上がりそうなほど驚いたラウンだったが、マリルはただ目を丸くしただけだ。


「なに? あんたのカエルだったの?」

「いえ! 違うんです!」

 慌てるラウンに、マリルが真剣な顔で手を差し出す。

「だったら、渡してもらえるかな」

「……どうしてですか? このコが『紅人』だからですか? カエルだけど」

 ラウンの言葉に、マリルが息をのんだ。


 それを見て、ラウンが断固として言い張った。

「カエルは渡しません」

「……教会が紅人を探してるのは、知ってるわ。

 みつけてどうするの? 彼らが教会に足を踏み入れたら、生きて出られない。

 という噂を皆知ってるのよ?」

 マリルの言葉に、息をのんだのはリシュレだった。


 ラウンとて、神を崇める宗教が紅人を疎ましく論じているのは知っている。

 知ってはいたが、そんな事になっているとは……


「ワタクシたちの『教会』では、そんな事許されませんから。

 安心して下さい」

「食べないで〜大きく育ってるけど〜食べないでよ〜」

 さめざめと泣き出すカエルは放っておく。

 それでもマリルはラウンに詰め寄る。


「そのコを連れて行かれると、困るのよ」

「だから、どうしてですか?」

 どちらも引かない。

 マリルが下唇を噛み、吐き出すように言葉を紡ぐ。

「そのカエルは、私の婚約者だからよ。

 教会の連中に運悪く紅い痣を見られちゃってね、強制連行されたの。

 油断した所を、うまく逃げて来たんだけどさ。人間に戻れなくてこのままってワケ」


 リシュレが冷めた目でカエルを見つめ、溜息を吐く。

「とんだ災難ですわね。能力をろくに使いこなせないだなんて」

 だから、あんたが言うな!

 という言葉を危うくラウンは飲み込んだ。

「だから、彼を返してくれない?」

 再度手を差し出すマリルに、リシュレもうなずいている。


 ラウンはどうしても腑に落ちない事を素直に口にした。

「疑問があります。

 彼が教会にさらわれて、逃げてきたんですよね?」

「ええ、そうよ」

 はっきりとうなずくマリルに、ラウンがゆっくりと言葉を選びながら、

 扉を背にするようにさりげなく動く。


「だったら、『教会の人間』から彼を隠したいはずですよね?

 強制連行なんてした教会の人間のあたし達を、どうして泊めたの?」

「……あんな夜遅くに追い返すほど、イヤな人間じゃないもの」

 笑顔で返すマリルに、リシュレも雲行きを察知する。


「嫌いな教会の人間に、安く宿を貸す意味が分かりませんわね」

 リシュレの言葉には、さすがに言いよどむ。

 ラウンが一本ずつ右手の指を立てていく。


「カエルを手懐けておく必要があって、

 教会の人間に媚を売る必要もある。

 それで、初顔のあたし達にカエルを連れて行かれると

 『非常に困る』のはどうしてか?」

「お金ですわね。

 紅人を買ってくれるような教会の人間に、売り飛ばす為」

「ひどい〜ひどいよ〜卵だって産めるんだから〜」

 ラウンは、指を一本付け足した。


「カエルは、あんたの『彼』じゃないみたい」


「うるさいわね! うるさいのよ! 私だって生きていくのに必死なのよ!

 自分じゃない者を売って、何が悪いのよ!」

「教会に行ったら、どうなるか分かってたんでしょ?」

「ジョイルが連れて行かれて!

 他の紅いヤツがのうのうと生きてるなんて許せないのよ!」


 イヤな光景を振り払うように、頭を抱えるマリル。

 ラウンがリシュレに外に出るように促し、声をかけた。

「悪いけど、カエルはあたし達が連れて行くから。

 引き取りに来た人間に言っといて?詳細を教えなさいよって」


 追いかけてこようとするマリルの足元を、数匹のネズミが走り回る。

 ラウン達は、彼らのおかげでまんまと逃げる事が出来た。

 町を出て、街道を進む。

「館の買出しに来る町ですのに、あんな事が横行してますのね」

 幾分沈んだ声で、リシュレが呟いた。


 ラウンは呆れた声で、リシュレの言葉を正す。

「何言ってるの。最初あたしも酷い事始めたもんだ〜って思ったけど、

 皆が間違ってるんだよ。

 『教会』があんな堂々と人攫いを行ってるわけないじゃん?

 それこそ信用がた落ちでしょうが」

「でも、ジョイルさんは現実に攫われてますのよ?」

 足を止め、リシュレが憤慨した。

 仕方なくラウンも立ち止まる。


「ひょっとしたらだけどさ〜。アレじゃないの?

 他のクラスに入ってきた、イケメンと名高い女たらし。

 たしかアレもジョイルだったと思うけど?」

「……教会の人間だと証言されてましたわ」

「気付いてる?あたし達が館を出る時に身につけてる物は?」

 ちょいっと被っている布の端をつまんでやる。

 

 日差しは柔らかく、心地良い風が頬を撫でていく。

 リシュレが歩き出し、ラウンもそれに続く。

 カエルはポケットの中で寝ているようだ。


「紅い痣が出たら赤子じゃない限り、強制だからね。

 婚約者なら、なおさら離れたくないだろうし。

 別に紅人じゃなくても、館に遊びに来ていいのにさ?

 普通の人には入っちゃいけない場所と思われてるんだよね」

 リシュレは黙ったまま、歩き続ける。


 攫われてから一切連絡がなく、取り残された彼女としては

 身を切るほど辛い生活だったろう。

 二人の怒りの矛先が、ジョイルへと向かったのは必然であった。

 館でチヤホヤされて、彼女への手紙も書かず平和に過ごしているジョイル。


『許すまじ』

 ありえないほどの低い声で、二人は静かな怒りを湛えてハモった。

やっとおつかいが始動です。

私もですが、言葉は難しい。。

誤解のないように生きていきたいものですね。

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