表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/9

ラウン・リシュレの試練?〜旅立ち〜

 白銀の世界もやがて消え、眩しいほど鮮やかな若草色が広がる。

 果てしなく澄んだ青い空。流れる雲は薄く白い。

 平地で見るよりも景色が違う。

 まだ風は強いが日差しがある為、冷たさも和らいでいる。

 この時ばかりは、小高い丘に建つ館に住んでいてこれほど喜ばしい事はない。


 華やかな笑い声が館中に響き、全体が浮き足立つ。


 薄汚れた大きな館は、それでも光に浮き立つように白さが際立ちそびえ建っている。

 壁に沿いながら走ってくる、これまた白いウサギ。

 少し遅れて物凄い勢いで駆けてきた、黒髪ショートの少女。

 左右に一束ずつ分かれている特徴的な紅い髪の毛。

 普段は『触角』などとからかわれているソレも、今や黒髪と混ざるほど、

振り乱れている。


 館を囲んでいる高いへいの角に追い詰め、少女ラウンは立ちはだかった。

 逃げ場を失い、ウサギが地面を掘り出す。

「ふっふっふ。そんな事しても無駄だよ! おとなしくこっちにきなさ……」


 突如、背後に殺気が膨らむ。


 瞬間、守らねばとウサギに両手を伸ばすと、

 ウサギは野生の勘が働いたのか、ラウンの腕に飛び込んで震えた。

 そんなウサギを庇いながら、殺気の根源へと目を向ける。


 案の定というか、またかと言うべきか。

 そこには、金髪を振り乱し沈んだ目の少女が肩で息をしていた。

 ほとんどバレているが秘密とされている国王の娘は、紅い痣のせいでこの館に

来るはめになった。

 社会勉強と能力の訓練をする為だが、どうも本人の自覚は薄い。


 そんなプライドの高い少女リシュレは、何故だかずぶ濡れである。


「うふ、うふふはははっ! 見ぃつけたぁ!」

 怖い。果てしなく怖い。

 パニックに陥ったり、耐えられないほどの『何か』が起こると、リシュレは自我

が揺らぎ、プツンと理性の糸が切れる。


 そしてこの有様だ。


 ラウンは胸にウサギを抱え、後ずさる。

 背には塀。自分の能力は『動物との会話』。役に立たない。

 大きく舌打ちし、首にかけていた小さな石のペンダントを外す。


 リシュレが胸を張り、スッと右手でラウンを指差し、口の端を持ち上げる。

「燃え上がれぇ!」

 楽しげにリシュレが叫ぶ、と同時にラウンは彼女に向かって、

山なりに小石を投げつけた。


 良い子も悪い子も、普通の子だって真似しちゃダメだぞ!

 この子達の耐久力が、半端ないから出来るんだからね!


 と注意書きもそこそこに、万が一に備えて、俊敏にウサギを中にしうずくまる。

 キレたリシュレの『火』は、いつもの蝋燭の灯なんかの比ではない。

 炎とは生ぬるい、業火と呼べるほどの代物だ。


 圧倒的な熱量が生まれ、周囲に被害を撒き散らす。

 炎が空を走り、触れていないはずの植物が水分を奪われて枯れ落ちた。

 ラウンの頭上を炎が渦を巻き、轟音を立てる。

 避けるのが遅れたか、後ろ髪の先っぽがコゲた。

 感覚の鋭いラウンには、少しばかりだが燃える時のイヤな音も臭いも感じ取り、

顔をしかめる。


 しかしすぐに、小気味良い音がして、恐ろしいほどの大火が一瞬にして治まった。

 そっと顔を上げて見れば、リシュレが脳天を押さえてうずくまっている。

 小石がうまい事当たってくれたようだ。

 ラウンは素早く立ち上がり、警戒する。


「……痛いですわね! これだからラウンは女子力低いって言われるんですわ!」

 そして業火の一番近くにいた為か、リシュレは少しだけ乾いたが濡れている自分

に気付き、タレ目を頑張って吊り上げた。

「酷い! これもラウンの仕業ですわね! 私が何をしたと!?」

 肩を怒らせ、ラウンを睨みつける。

 普段のリシュレに戻った事を確認し、肩を撫で下ろす。

「ちょっと、言いがかりはやめてよね! 水浸しなのはあたしのせいじゃないよ!」

「頭にコブが出来ているのは否定しませんのね」

 腕から逃げ出そうとしていたウサギが、またラウンにしがみついて震えた。


 飼育小屋から逃げ出さなきゃ良かったと、後悔しても遅いのだ。


「じ、自業自得でしょ? リシュレがキレなきゃこんな事にはならなかったんだよ」

 リシュレは濡れたまま腰に手を当て、ふんぞり返る。

「笑止ですわ! 私が『キレた』などと。そんな淑女にあるまじき行為しなくてよ」


 聞こえるように、ラウンは本日二度目の舌打ちをした。

 そう、リシュレはかなり都合の良い事に、『キレた』時の記憶がない。

 たしかに理性のタガが外れなければ、あんな自分が燃えかねないような炎

は出さないだろう。


 もちろん、あくまで推測の域ではあるが。


 本人が『覚えてない』と言う言葉に、ラウンの感覚を持ってしても、嘘を読み取

れないのだ。

 証拠としてウサギの証言はあるが、自分以外はその言葉を理解出来ない。

 壁が黒く煤けていても、前からだと言い張られるだろう。


 事実こんな塀の角になど、意識がはっきりしている時には誰も用はない。

 そこへ、ドリュウが物凄い勢いで現れた。

「何の音だ!」

「あら、ドリュウ様。ウサギが逃げましたの。でもご安心なさって?」

 あくまで優雅に左腕を上げ、親しい者を紹介するかのように微笑する。

「無事、捕まえる事が出来ましたわ」

「あー、そーゆー事です」

 ラウンが疲れきった目をドリュウに向け、アゴでリシュレを指し、さらに壁を示す。


 濡れているリシュレを見たドリュウは、全てを悟る。

 表向きはディリアズの補佐として行動している為、当然彼女達の素行は把握していた。


 明らかな異常を前に眉根を寄せ、ドリュウは唸るように声を絞り出す。

「……ディリアズが呼んでいるから、人が来る前に行きなさい」

 こんな生徒達に愛想良くする意味があるのかと、ドリュウは本気で悩んだ。

 貧乏くじばかり引かされている。

 そんな思いは、決して勘違いではないだろう。


 ラウンはペンダントを拾い、2人で一礼して駆け足でその場を離れた。

「そいえば、ドリュウ様の能力って見た事ないね」

「そうですけど。さほど興味もありませんわ」

 リシュレは何気に酷い事をさらりと言ったが、ラウンもうなずいている。

「確かにね。ディリアズ様が微笑みかけてくれるなら、他の男の存在意義もないよね」

「ラウンのその考えも興味どころか、特に気にも留めたくありませんわ」


 飼育小屋にウサギを戻し、リシュレは服を替えに行く。

 ラウンはそのままディリアズの元へと馳せ参じた。

 一分、いや一秒でも早く彼を見つめていたいのだ。


「おや、来ましたね。飼育小屋の掃除はつつがなく終わりましたか?」

 扉を開け、ディリアズの柔らかい微笑に、吸い寄せられるように先導士室に入

るラウン。

「つつがあったんですが、生還出来ました!」

「……やはりあの音は、あなた方でしたか」

 微笑が苦笑に変わる。


 ラウンが慌てて先程の出来事を報告した。


 とにかく大火災は免れた事、その後始末を、おそらくドリュウがやってくれて

いるくだりまできた時、やっとディリアズから笑みがこぼれる。


 本当は大爆笑したかった。

 ディリアズは口を押さえ、ラウンに背を向ける。

 彼は昔から自分の『故意的被害』の尻拭いを、仏頂面で行ってきた。

 そんな自分から離れる為に猛特訓をし、見事紅人を管理する上級官吏になった

というのに。

 二度と会う事もない! と豪語していたのに。


 結局はまた自分の傍に就く事となり、今度は生徒の尻拭いばかりだ。

 これが運命と呼ばずして、何と呼ぶ? 不幸の極みか?


「あの、ディリアズ様?」

「いや失礼。ドリュウが現場に残ったのなら、問題ないでしょう」

「そうですか!」

 ディリアズの笑いのツボだった事は確かだが、ラウンの方へと向き直った顔は、

いつもと変わらない微笑であった。

 彼女にとって、愛するディリアズの言葉はすべからく正しい。


 たとえ嘘を読み取れたとしても、黒い物を彼が白と言えばソレに従う。


 前向きな判断をするのだ。

 その結論には、何か深い意味があるのだろう。と。


 現に今まで、そんな理不尽な事を言いはしない。

 それ故の信頼でもある。


 ほのぼのと二人で微笑みあっていると、リシュレが到着してしまった。


 三度目の舌打ちをしたかったが、普段がどうであれディリアズの前では、

『可愛い生徒』をアピールしたい。

「ディリアズ様、大変お待たせ致しました」

「では、始めましょうか」

 ディリアズが椅子に腰掛け、二人は机を挟んで前に立つ。


 緊張した面持ちのリシュレは、ラウンを盗み見て下唇を小さく噛む。

(私の身に覚えがない以上、ラウンが何かしたに違いありませんわ!)

 そんなリシュレに気付かず、ラウンの胸は高鳴った。

(この真剣な雰囲気。ディリアズ様、リシュレを証人にあたしと婚約!?)

 頬が紅潮してくるラウンとは対照的に、リシュレは青ざめている。

(まさか私が誰にも秘密で取り寄せた、ローズオイルが見つかったのかしら?)

(まさか! まさか! ついに!?)

 二人の心の声が様々にピークに達し、

 静かに伺っていたディリアズへ同時に詰め寄った。


『ディリアズ様! 覚悟は出来てます!』


 その言葉に、ディリアズはうなずく。

「そうですか。では山向こうのファーカスという町に、鍛冶屋のアデレさんがいます。

 その方に、この品を届けて欲しいのです」

 机の上に2つの小包を置き、二人の前に滑らせる。

 ラウンとリシュレは顔を見合わせて、今一度ディリアズを見た。


『それだけ、ですか?』


 安堵と落胆がはっきりと見てとれる。

「もちろんですよ。ただし、今すぐ出発して下さい」

「あの、あと数時間で日が暮れますけど」

 困った顔で問うリシュレに、ディリアズが皮袋を机に乗せた。


「これは往復出来る分の資金です。もし余れば小遣いとして良いですよ」


 二人の頬が紅潮し、一気に顔が輝く。

(泣く泣く諦めていた、ソーロンダ製のコスメセットがこの手に!)

(節約したら手袋買えるかな?)

 今年の雪合戦で破れてしまったのだ。

 そして二人とも、金を分け合う事を考えていない。

 自分の事で精一杯なお年頃である。


 しっかりと紐で縛ってある小包をそれぞれ手に取り、

 二人は同時に金の入った袋に手を伸ばした。

 お互い無言で火花を散らし、牽制し合う。

「そうですね、これはラウンさん。あなたが管理なさい」

 皮袋がラウンの手に渡り、信じられないモノを見る目で二人を見るリシュレ。


「どういう事ですの? 庶民にお金など渡したら、無駄に使ってしまいますわ!」

「ではリシュレさん。あなたは一日いくらあれば足りると思いますか?」

 ディリアズは、柔らかく尋ねた。

 見下すように胸を張り、腰に手を当てたリシュレが高らかに宣言する。

「いくらなどと決め付けるのが、庶民の悪い癖ですわ」


 ラウンは、それこそ信じられない者を見た。

 あくまで微笑を絶やさず、ディリアズがラウンに声をかける。

「では、くれぐれもお願いしますね」

「はい! お任せ下さい!」

 誰にも奪われないように、ラウンは皮袋の口をギュッと握り締めた。


 何故認めてくれないのか。

 不服のリシュレも、ディリアズにはそれ以上詰め寄れない。

 二人の異様な空気を、リシュレはさすがに感じ取っていた。

「他の三人にも伝えて、すぐに出発します」

「いえ、二人で行って下さい。残った三人には、やって貰いたい事がありますから」


 ラウンの動きが止まる。

「え。じゃあ、カナンと一緒じゃダメですか?」

「残った者をまとめる人間が必要ですからね。

 それに、リシュレさんにも『庶民』の生活を知って貰いたいですし」

「別に知りたくもありませんけど。ディリアズ様が言われるなら、従いますわ。

 そういう契約ですもの」

 ラウンは頭を抱えたかった。

 どう考えても、苦労が目に見えている。


 では、マーシャと一緒ではどうか?

 キレる事はなくとも、トラブルメーカーだ。

 きっとアッチコッチ行ったあげくに、迷子になって怪しい人達に売られそう。


 では、スピア……はまだ幼い為、遠出はやめといた方がいいだろう。


 カナンがベストではあるのだが、残ったメンバーを考えると、

 スピアがあまりにも不憫である。

 ディリアズ様や、ドリュウ様がいつでも見張っていられるとは限らないのだ。


 ラウンは散々悩んだあげく、呻く様に声を出した。

「分かりました、頑張ります」

「一つ言い忘れていました。小包はアデレさんに渡すまで、誰にも触らせないよう

にして下さい」

「はい」

 ラウンもリシュレも、不思議そうな顔をしつつも小包を握りしめた。


「いいですね?知り合いに出会っても信用してはいけませんよ。騙そうとする紅人

 も中にはいますからね」

「幻術とか、そういう類ですね。気をつけます」

「暇な人間が中にはいますのね。くだらないですわ」

 うなずきながらも、小包を掌で隠そうとする。


 身支度を整え館を出る頃には、かなり陽が傾いていた。

 リシュレがどうしても持っていく物が決まらなかったのだ。

 出かける時の様相は決まっている。


 どこぞの宗教に似た修道着を着て、外に出なければならない。

 頭も隠す為、ラウンも平気で外を出歩ける。

 二日分の着替えと毛布。資金と小包。

 湯を沸かせる小さな鍋と、コップ。

 それだけで大丈夫なはずなのに、リシュレの荷物はでかくなった。


 クシやタオルならまだ分かる。

 重たいコスメセットも許そう。


 木の丸イスってなんだ。

 ベッドはどうやって運ぶかなんて、考えるべくもない!

 寝床が変わると寝られない?

 気持ちは分からないでもないが、そんなに遠い場所でもないじゃないか。


 部屋にある物を全部持ち出そうと悩むリシュレの荷物は、ラウンが有無を言わ

さず独断で詰め込み、諦めさせた。


 野犬か狼が遠くで鳴いている。

 眼前に広がる森は、暗く沈む。

 獣道を辿り、草原を抜けて町に着くのは夜更けだろう。

 見晴らしの良い草原で野宿だろうな。とラウンは溜息を吐いた。


 そんなに荷物が多いわけでもないのに、

 リシュレは荷が重いとか、暗くて先が見えないから動けないとかで休憩ばかり。

「なんの為にフクロウに頼んで、道を間違えないようにしてると思ってるの!」

「……ラウン。あなた本当に何かした覚えはありませんの?」

「どういう意味よ」


 陰湿な空気が漂い、先を行っていたフクロウは木に留まり、

 面白そうに二人を眺める。


「私の身に覚えがない以上、ラウンが何かしたとしか思えませんわ!」

「リシュレが、ちょっとした事でキレなければ、あたしが巻き添え食うなんてあ

り得ないんだけど?」

「まだそんな事言ってますの? そんな記憶はありませんわ。失礼ですわよ」


 風が木々を揺らす。

 ザァッと波打つような音が耳につく。


「記憶になくても、やってるの」

「証拠がありませんわ」


 森の静寂すらも、腹が立つ。


「……絶対に、ぜっっっっったいに証拠挙げてやるから! 覚えてなさいよ!」


 木々に声が反射して、木霊が返る。

 フクロウのみ、楽しげにホゥと一声鳴いた。

続いちゃってます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ