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〜幸せ探しは誰が為?

 陽の光に、雪原が輝く。

 眼下に広がる広大な森にも雪化粧がほどこされ、

 雲が切れると世界が普段より明るく感じられた。

 寒さは厳しいが、久方ぶりの晴れ間に気分も高揚する。


 それらに反して、カナンは一人教室で本を読みふけっていた。

 リシュレは陽のあたる床にシートを敷き、全身に光が当たるように寝そべっている。

 幸せそうだ。

 とても幸せそうだ。

 カナンは本を閉じ、机にしまう。


「決めた。私、幸せをみつける!」


 リシュレはポカポカ陽気に目を閉じ、寝ているのか返事はない。

 他三人は、外でクラス対抗雪合戦。

 誰もカナンの言葉に突っ込む者などいない。

 カナンはいよいよ座っている事が耐え切れなくなり、音を立てて立ち上がったか

と思うと、コートを掴み教室から飛び出した。

 リシュレはやはり、微動だにしなかったが……


 無意味に飛び出したはいいものの、カナンは外に通じる扉の前ではたと立ち止まる。

「そうね。そうだがね。外とは限らんわね。

 ひょっとしたら館内の可能性だってあるかもしれんで」

 一人うなずき、方向を変える。

 扉を少し開けたら冷たい風が吹き込んできて、

 外に出たくなくなったなんて、言ったり言わなかったり。


 リズムを刻むように歩きながら、カナンはあごに手をやる。

「目に見える幸せって何かやぁ。今まで入った事のない場所と言うと……

 先導士室?私室?調理室?」


 先導士とて十数人いて、それぞれに指導室と私室が指定されている。

 もちろん生徒達は三十数人いて、大体が五人一組を基本として、各教室と私室がある。

 すべてを覗くのは難しい。


 調理室もまた然り。

 当番制で、給食係が決まっている。おいそれと足を踏み込める場所ではない。

 万が一、食材がなくなった場合疑われたら実費で弁償だ。

 たとえどこに触れていなくとも、怪しい動きは禁物なのである。


「入るのは何とでも言えばいいんだで。問題は外に幸せが転がってた場合だわ」

 口八丁、言葉で丸め込むのは得意なのだが、

一人凍えながら外をうろつくのはごめんだ。

 自然と目を向けた窓の外では、かなりの人数が雪合戦に参加し、

空を切る雪玉の数が半端ない。


 恐ろしい光景だ。


 目を背け、自分の幸せに関して考えを戻す。


 幸せ。

 自分にとっての幸せって何だろう。

 自分の能力を最大限に使って出来る事?


 とりあえず、ポケットに入っていたコインを掌の上に乗せた。

 五センチほど浮かせては落とす。

「……なんの役にも立たんわ」

 カナンは大きく溜息を吐いて、コインをしまった。

 指でコインをはじいてた方が、よっぽど高く飛ばせられるだろう。


 彼女は左のまつげが紅い。左目を閉じてまつげを触る。

 自分の能力が役立たずだと感じる時の癖ではあるが、本人は気付いていない。

 実際、役に立つ事の少ない能力である。

 さらに言えば、自分が持てる範囲の重さしか動かせなのだ。



 外で悲鳴があがる。

 ある意味、雪合戦の勝敗が決したようだ。

 半分に割れた大きな雪の塊の下から、誰かの足が伸びている。


 心底、参加しなくて良かったと思うカナン。

 その光景に凍り付いていた参加者達が、慌てて動き出す。

「あれは幸せとは、ほど遠いわね」

 雪合戦に参加していた者は、怪我人が出た時点で『連帯責任発令』だ。

 たまたま見ていただけとはいえ、同罪にされては不幸にもほどがある。


 幸せを探しに出たのに。

 と不愉快に思いながらその場から離れた。


「おや。カナンさん、浮かない顔してますね?」

 何も思いつかずしょぼくれていたカナンに、反対側から来たディリアズ

が声をかける。

「ディリアズ様。と、ドリュウ様。ミーティングは終わったんですか?」

「ええ、さきほど。お茶でもいかがです?」

 ディリアズは、与えられている先導士室へと招き入れた。

 先導士二人に挟まれいたたまれないが、逆らう事も出来ない。


 悩みといっても、たいした悩みではないのだ。

 いや、カナンにとっては大事かもしれないが。


「いやぁすみませんねぇ。僕までご馳走になってしまって!」

 ディリアズの補佐として、ドリュウは雑務をこなしているのだが、

実際は彼の監視を命じられている。


 ご馳走に。と言っているが、用意しているのはドリュウだ。


 カナンは突っ込みを入れるのを、紙一重で我慢した。

 先導士に楯突くのは、まずかろうと瞬間的に考えた結果である。

 危ない所であった、試されている。と感じ、カナンは気を引き締めた。


「紅茶にレモンはいりますか?」

「あ、砂糖五杯とミルクがあれば」

 カナンは遠慮なく掌を見せ、突きつけるように前に出す。

 ドリュウは笑顔のまま一瞬固まり、何かを振り切るかのようにカナンを見た。

「えぇと、ごめんね?ミルクは置けないんですよ」

「じゃあ、レモンで」

 開いた手は引っ込めない。

 ドリュウは笑顔を絶やさず、無言で砂糖を入れた。

 ディリアズに視線を送ると、小さく首を振る。


 聞いてるだけで胸焼けを起こしそうだ。

 二人の意見は、同じ物であったろう。


 砂糖たっぷりのカップに茶を流し込む。

 お茶にたゆたう砂糖の揺らめきを見て、吐き気を覚えるが、素早くカナンの前に

置き、視界から遠ざけた。


 これで安心だとでもいうように深く息を吐き、砂糖なしのお茶を自分とディリア

ズに用意する。

 ディリアズに渡した時、カナンがカップに口をつけるのが目の端に入った。


 見てはいけない。


 ドリュウの脳みそが指令を送るが、人間の怖いもの見たさはそれを凌駕した。

 そして、深海へいざなわれるほどの後悔が訪れる。

「ディリアズ。非常に失礼かもしれないが、用事を思い出した」

「いいから、ここにいなさい」

 笑顔のディリアズも、心持ち顔から血の気が引いていた。


 誰が一人で逃げていいと言った?

 言外でそう言っている。

 強行突破しようとすれば、彼は『眼鏡を外す』だろう。

 この際、カナンに能力がバレる事もいとわない。

 そんな事をされたら、監視としている自分にどんな処分が下る事か。


 誰か任務を代わってくれ!


 葛藤しながらも、留まっているドリュウは不幸だろう。

 カナンは小さな幸せを手に入れたが。まだ足りない。

「ディリアズ様は、何をもって『幸せ』と思いますか?」

 唐突な質問に、ディリアズは少し真面目な顔をする。

「幸せですか。そうですね……私の教室が平穏無事に済む事でしょうかね」


 急に少し不幸な風が吹いた気がする。

 カナンは、風向きを変えようとドリュウの方を向いた。


「えと、ドリュウ様はどうですか?」

「僕ですか?そうですね。今の状況が打破出来れば、とても幸せになります」


 なんだか暗に責められている気がする。

 いけない。ここにいてはいけない。

 背中にイヤな汗をかきながら、カナンは席を立つ。


「あの、ありがとうございました。

 相談なんですけど、カップごとお借りしてもいいですか?」

「ええ、構いませんよ」

 自分の分のお茶をこぼさないように気をつけながら、一礼して部屋を出た。


 扉を閉めた後、ドリュウが盛大に溜息を吐く。

「ドリュウ。こんな事でうろたえているようでは、彼女達とは付き合えませんよ」

「……よく普通にしていられるな。作り笑いで精一杯だ」

 生徒がいなくなると、途端に言葉遣いが悪くなる。

 こちらのが地なのだが、一応先導士である以上、生徒に示しがつかない事は極力

出来ない。

「当たり前です。それこそ彼女達の事は、幼い頃から知っているからね」

 まだ疲れた顔をしているドリュウに、口の端を持ち上げて笑いかけた。

「それに、私には『切り札』がある」


 彼の能力である事は明白。


 疲れの色ををさらに濃くさせ、ドリュウはうめく。

「監視の意味があるのかよ」

 ディリアズは、とても軽やかに笑った。

 それを見て、ドリュウは頭を抱える。


 ……誰か! 本当に、任務を変わってくれ!


 その心の叫びは、誰にも届かない。

 それこそ誰もやりたくない任務を、昔からクラスが同じというだけで選ばれ

たのだ。

 知り合いである方が、何かと対処出来るだろう。

 という安易な考えで。

 彼の『いたずら』の尻拭いを、昔からしてきた。


 先導士になれば、離れられると思ったのに。

 まさかそれが仇になろうとは……


 ドリュウの心の折れっぷりなど知らず、カナンは幾分気持ちを弾ませて、

教室の扉を開けた。


 リシュレは日向を追いかけ、出て行く時より少し移動しているくらいだ。

 たんこぶをお土産に、残りの三人も戻ってきている。


「ディリアズ様からお茶貰ったで、皆のカップ用意しりん!」

 リシュレは動かない。

 マーシャとスピアは、痛みで反応がにぶい。

 ラウンは仕方なく、皆の分のカップを机に並べ、カナンの手元を見て心が躍る。


「カナン、すごい! ひょっとして砂糖入ってない?」

「お砂糖ですって!?」

 さすがにリシュレが、日向から出ないように振り向いた。

 よっぽど特別な時でしか、甘いものは食べられない。

 食料は町から数回しか調達されない為、余分な物がないのだ。


 ただし、例外もある。

 先導士が何らかの理由で外出する際、自らの『紅い部分』を隠しさえすれば、

町で買い物をして帰ってこられた。


 隠しさえすれば、能力を使わない限り普通の人間と変わらない。


 カナンはスプーンで、底に沈んだ砂糖も五等分する。

「ふふん。感謝しりんよ?ちゃんと五人分の砂糖入っとるでね」

「やったじゃん!さすがカナン、今日は最高の日だね!」

 ラウンの言葉に頷きながらも、ふとカナンは思う。


 幸せって、こういう小さい『嬉しい』の積み重ねじゃないだろうか。


 大好きな本を読む事が出来る。

 甘いものが運良く手に入る。

 そして何より、皆に喜ばれた。


 それを嬉しいと思うし、このまま続けばとも思う。

 もちろん、マーシャ達の『悪さ』がこちらまで被害を受けると腹も立つ。

 でも、このクラスで良かったのではないだろうか。


 もちろん『連帯責任』にも辟易する。

 でも、皆にも分けようと思ったのは、何よりも大事にしたいから。


「そっか。私は幸せだわ」

 呟くように言うカナン。

「私も幸せだよ〜!」

「すべてはカナンのおかげですわ」

 ラウンがたんこぶの痛みも忘れたかのように言い、リシュレが教室備え付けの

暖炉から、ヤカンを持ってきた。

 頭を押さえながら、スピアも覗き込む。

「……カナン、すごい」

「カナン偉い! 痛みも忘れそうだわ〜」

 マーシャがカナンに抱きつこうとして、両手で肩を押さえ抵抗されている。

 いつの間にか、二人で力比べになっていたが。


 五人分のお茶が完成した。

 とてもとても薄い色をした、名ばかりのお茶。


「では、カナンに感謝して〜乾杯!」

 ラウンが音頭を取ると、朗らかな3人の声が教室中に響く。


『カナン、次もよろしく〜!』


 カチンとカップをぶつけ合った。









      先導士室で、ちょみっと舐めたのは内緒!

      さすがに砂糖を五杯も入れると、飲めるもんじゃなくなるね。


                   〜カナンの日記より〜

だんだんサブタイトルが長くなっていく。。

とにかく盛り上がる事をしないカナンを書くのは、自分でキャラクター作っておいて、難しかったわぁ……


読みに来てくださる方に感謝です!

嬉しいって原動力になりますね♪

ありがとうございます〜w

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