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〜清く正しくは誰が為?

 前日が猛吹雪だった事など嘘のように、明るい日差しが窓から踊り来る。

 すっかり芯まで凍りつきそうだったリシュレは、陽光に長く柔らかい金髪を輝かせながら、日課となっている日向ぼっこという名の、日向占領を欠かさない。


 彼女の腰にある紅い痣。

 幼少の頃、蒙古斑と幼馴染にからかわれて以来、誰からもひた隠しにしている。

 この館に来る前のリシュレは、普段『火』を操る事が出来なかった。

 もちろん我を忘れる程の状況時にのみ、強力に発動する事はあったが。

 ここに来てやっと普段の状態でも、少し火を起こせるくらいまでになった。


 極端に寒さに弱いのは、この為である。


「リシュレ〜、掃除終わらないと帰れないんだからさ〜。日向ぼっこしてるだけなら、外でやってよ」

 ラウンがほうきで、うっとりして動かないリシュレの足をつつく。

 即座に振り返ったリシュレは、物凄い形相で睨み、胸を張って見下すポーズを取った。

「やめてくださらない!? だからラウンは、ガサツで女子力低下してると有名になるんですわ。

 わたくしまで同じと思われたくありませんから、気をつけて下さる?」


 その冷たい目と言葉に、ラウンはさすがにいきどおる。

「ちょっと! 掃除サボってるくせに、超失礼な事言ってんじゃないよ!」

「サボるだなんて人聞きの悪い事……掃除など、女官の仕事でしょう? 私がやる必要はありませんわ」

「言い切ってんじゃ……」


 口論の最中に教室の扉が開き、眼鏡をした長身の男がゆっくりと入ってくる。


 ディリアズ 二級先導士。

 紅人の中でも、この人あり。


 と言われるくらいの人物だが、二級止まりである理由は語られない。

 もちろんその理由を知っている人間もいるのだが、その話になると誰もが口を重く閉ざしてしまう。

 色んな噂の元にもなるが、最終的に誰しもが思い、納得するにいたることは、


  今のクラスを受け持ったばかりに……


 という、哀れみだった。

 ともかく、それに関してディリアズが否定も肯定もするわけではない為、深く詮索するものは少ない。


 ディリアズは、まだ教室に残っている二人に微笑みかけた。

「ラウンさん、リシュレさん。お掃除ご苦労様です」

「ディアリズ様!! お忘れ物でも!?」

 ラウンが、切り揃えた黒い前髪を揺らして駆け寄った。

 左右に二束、紅い髪が生えており、それも同様に揺れている。


「……触角しょっかくが、嬉しそうですわね」


 リシュレの呟いた声など聞く耳もたず、箒を胸の前で握り締め、女の子のように(女の子なのだが)キラキラとディリアズを見つめるラウン。

 ディリアズも眼鏡ごしに、紫の瞳が柔らかくラウンに微笑んだ。

「いえ。ちゃんとやってくれている様ですね。助かります」

「え〜そんな! 当番ですしぃ、やって当然です!」


 ラウンは普段では有り得ない猫なで声で、ディリアズにアピールする。

 そうですか。の一言が返ってくるだけであったが、ラウンはそれだけでも嬉しいらしく、小躍りしながら箒を操った。


「ディリアズ様。提案があるのですけれど、今よろしいでしょうか」

「ええ、ではここに」

 そんなラウンを見ぬ振りして、リシュレは真剣な面持ちで声をかける。

 ディリアズは日向に椅子を置いてやり、リシュレを座らせた。

 正面に自分も椅子を置き座ると、話を聞く体勢を整える。


「はっきり言わせていただきますわ。何故、女官を雇わないのです? 腑に落ちません」

 単刀直入に言うリシュレに、ディリアズはゆっくりと口を開く。

「そうですね。資金の関係が大きいのもありますが、それよりも……」

「それならば、私のお父様に用立てればいいのですわ!」


 話の途中で割り込み、強い口調で言うリシュレに対して、ディリアズが左手の人差し指を立て、リシュレの口の前に持っていく。


 それを見たラウンが嫉妬の炎を燃え上がらせた。が、二人とも意に介さない。


「いいですか? リシュレさん。ここでは貴女あなたのお父様でも、口出しは

出来ませんし、させません」


 それがどういう事か、お分かりですか?と、静かにリシュレに問う。

 リシュレは少し考えて、館の規則を読み上げるように口にした。

「自立する事を目標に、個性と規律を重んじる場所だから。ですかしら」

「そうですね、館に入る上での規則です。では『自立』とは何だと思いますか?」

 リシュレの言葉にうなずき、眼鏡の奥で紫の瞳が、問うようにリシュレを見つめる。


 さらに質問をされ、一瞬怪訝な表情を浮かべたが、慎重に言葉を探しリシュレは口を開いた。

「あの……独り立ちする事ですわ」

「正しいですが、完璧な答えではありませんね」

 その言葉を聞き、下を向いてしまったリシュレに、ディリアズが優しい口調で続ける。


「いいですか? もちろん独り立ちが目標ではありますが、

 ここでの『自立』とは、他からの支配や助力を受ける事なく、存在できる者の事を指します。それを学ぶ為に、貴女はここにいるのです」


 唇を噛み、リシュレはそれでも食い下がる。

「この館自体、私のお父様の援助が大きいのでしょう? でしたら、お手伝いを雇うくらい、どうという事はないのではなくて?」

「リシュレさん。それは間違っていますよ」

 眼鏡の奥の目が、キラリと光った気がした。


 ディリアズから目を離していなかったラウンは、それに気づいて後ずさる。

 眼鏡を中指で一度押さえ、リシュレへと向けた目は普段と違わないモノであった。

 ラウンは見なかったフリをして、ふと思い出したように掃除を始める。


「貴女のお父様は、確かに出資して下さっています。

 しかしながら、紅人と呼ばれている私達を快く思っていない人達が、

 いまだ大勢いるのです」

 真剣な顔で、諭すように話す。

「出資しているとはいえ、一個人としてではなく一国の予算です。

 如何にお父様といえど、軽々しく上乗せをするわけにはいきません。

 汗を流して働いている国民からの『税金』から賄っているわけですからね」

「いいえ。私から頼めば、きっと出してくれますわ」


 ……あの親なら、やりそうだ!


 思わず手を止めたラウンが、心の中で呟く。

 おそらく、ディリアズもそう感じたに違いないが、顔には出ていない。

 根気良く話を続ける。

「リシュレさん。先程の規則の意味をよく考えてみなさい。

 国民は皆、自分の事は余程の事がない限り、自分でやらなければなりません。

 それは、この館でも同じです。

 ここは貴女の学び舎でもあり、家でもあります。

 いいですか?

 自分から進んで出来るようになる事が、貴女の当分の目標とします」


 この館では秘密とされているが、


誰からも理不尽な暴力を受ける事もなく。

誰からも好奇の目にさらされる事もなく。


 紅人として生まれ何不自由なく暮らしていた国王の娘。

 一番辛い時期を越えてきているディリアズは、

 彼女に、ここにいる意味を理解させたかった。


「でも理不尽ですわ!」

 ワガママ娘は後に引かない。

「理に適ってると思うけど?」

 ラウンの言葉に、睨み付けるリシュレ。

「ラウンに私の気持ちなんて分かりませんわ!」

「うん。分からない」

 あっさりと肯定する。


 ディリアズは、会話に入ってきたラウンに、耳を傾けた。

 止めに入らないディリアズの様子を伺いながらも、ラウンは話を続ける。


「だって、ただ自分が楽したいだけじゃん。

 何もしないで、物なんか出来ないし出てこない。

 今までここで何をしてたのさ?

 自分でしなきゃいけない事が五万とあるのには気づいたでしょ?」

「そ、それは……そうですけど」

「自分で着替える事だってそう。

 自分の食器を運んで、ゴハンを取りに行かなきゃ食べられない。

 そのゴハンだって、順番が来たら作らなきゃいけない」


 指を一本ずつ立ててやる。

 リシュレは、苦い顔をして反論した。

「ですからプロを雇えば、給仕もしてくれて美味しい物が食べられるじゃない」

 それを聞き、ラウンは立てた指を四本に増やす。

「紅人でない人なんて、来るわけないじゃん。

 第一、紅人で料理人のライセンスなんて取れるわけがないし」

「私の城では、何人もの人を雇ってますわよ?」


 言うべきか一瞬悩む。

 ディリアズに視線を送ったが、彼は静観を決めたようだった。


 ラウンは小さく溜息を吐き、てのひらを見せるように、リシュレに突き出す。

「リシュレの城じゃなくて、国王の城。

 雇ってるのはあんたじゃなくて、お父さんでしょ?

 お父さんがいなきゃ、紅人であるリシュレなんて追い出されてておかしくない」


 ラウンの言葉に、さすがにリシュレは顔を赤くして激昂した。

「なんて、なんて失礼な!」

「失礼な話じゃないよ! リシュレは守られてて良かったね。

 って話だよ」

 言葉の雰囲気が変わり、リシュレは怪訝な顔をする。

 自分を伺っている様子を感じ取り、ラウンは慎重に言葉を紡ぐ。


「いい? リシュレは、赤ん坊の頃から『普通の人』として育てられた。

 もちろん王族として。国王という権力のおかげでね。

 でもね、あんたのいう庶民が『紅人』を産むと、

 今まで仲良くしていた町の人達に、両親共に殺される事だって少なくないんだよ」


 リシュレは押し黙る。


「リシュレのお父さんが……例えば不幸があったとしたら、

 今まで愛想良くしてた『お城の人達』はどうすると思う?」

「……きっと、変わりませんわ」

「でも、変わったら? リシュレは追い出される。

 『紅人』として、町に置き去りにされた時の『庶民』の反応は?

 小さな頃からの親友でさえ殺しにくるのに、

 知りもしない『庶民』の中で、どれだけ生きていけると思うの?」


 リシュレは葛藤していた。

 自分を落ちぶれさせ、その上、身内をも侮辱させる想像を許せなかった。

 でも、ラウンの話も嘘とは思えないほどの重みがある。


「そこまで」

 

 今まで聞いていたディリアズは、一つ手を打った。

 はっとして、二人は振り返る。


「リシュレさん。『紅人』を認めない人間は、確かに減っては来ています。

 しかしながら、まだその人口の方が多いのも確かです。

 いついかなる時にも、自分で生きていけるようになる為に『館』が作られ、

 どんな事にも応えられるよう、私達がいるのですよ」


 リシュレはうなだれて、先導士の話を大人しく聞く。

 自分がそのような立場にいる事に、初めて気がついたのだ。

 しかし、王族として育ったプライドも捨てられない。

 ディリアズはリシュレの手を取り、優しく話す。


 ラウンの顔が引きつったのは、言うまでもないが。


「ラウンさんの話で、そのような人間もいるのだと分かったなら、

 先程言った、貴女の目標をよく考えて行動しなさい。

 自分から進んで出来るようになる事が、当分の目標ですよ」

「……分かりました。善処致します」


 その言葉を聞いて頷き、ディリアズが立ち上がる。

「さて、長くなってしまいましたね。

 ラウンさん、お掃除が終わったら、

 日暮れまでに畑に来てくれるよう、フェイ先導士がお呼びでしたよ」

「ありがとうございます! ディリアズ様」

 

 ディリアズが出て行き扉を閉めた。

 ラウンはすぐさまリシュレの手をつかむ。


「いたっ! な、何をするんですの!?」

「一人だけ、手を繋ぐだなんて卑怯だわ!分けなさいよ!」

 凄い形相で手を掴むラウンに、リシュレの腰が引ける。

 なんとか離してもらおうと、腕から振るが、埒があかない。

「リシュレにディリアズ様は、渡さないんだから!」

 別に誰のモノでもないのだが、ラウンは頑として離さない。


「尊敬はするけど、それ以外の気持ちはない」

 と、リシュレはなんとかラウンに聞き入れてもらい、手は離して貰えた。

 それよりも、ラウンに聞いておきたい事があった。

 

「……聞きたい事がありますわ」

 真剣な声で尋ねるリシュレに、今度はラウンが首をかしげる。


「さきほどの話。……その。ラウンの事、ですの?」

 言いづらそうに聞くリシュレに、ラウンは軽く首を振った。

「いや。お父さんから聞いた話」

「では、お父様のご両親が……?」

 ちょっと不審な様子で聞き返す。

「まだ、故郷でピンピンしてるよ」


 眉間に手を当てて、なにやら独り言を始めるリシュレ。


 さして気にも留めずにラウンは、箒を差し出す。

「なんですの?」

 それに気づき、リシュレは首をかしげた。

 ラウンが集めたゴミを指差す。後はチリトリで集めて捨てるだけなのだ。

「掃除だよ。後は捨てるだけだからさ。

 少しずつでも、自分で出来る事増やしていこうよ」


 沈黙がおりた。


「……リシュレ?」

「善処しますとは言いましたけど、今日からとは言ってませんわ」


 遠くで楽しそうに笑う声が聞こえる。

 

「ん? ちょっとよく聞こえなかったな」

「もうお掃除終わりでしょう?ですから次回から致しますわ」


 何かが切れる音がした。


「い・い・か・ら! 掃除しろって言ってんの!」

「捨てるだけでしたら、ラウンがやればいいでしょう」

「いますぐ善処しなさいよ!!」


 箒をリシュレに押し付ける。

 それを押し返しながら、リシュレが叫んだ。

「これこそ適切な対応だと思いますわ!

 私を騙したくせに、よくそんな口が利けますわね!」

「騙しただなんて人聞きが悪い!

 聞いた話をリシュレ版に脚色しただけじゃんか!」


 お互い、怒り心頭。大喧嘩が始まる。


 教室からは出たディリアズは、扉の外で話の流れを聞いていた。

 ラウンの捨て台詞を聞いて、静かに苦笑した。


「脚色ではありませんよ。ラウンさん」

 喧嘩を止めることもなく、そっと教室から離れ、畑へと足を向けた。

 フェイに、ラウンは来られないと報告する為に。





             騙された上に、ご飯抜きだなんて!

               絶対に、理不尽ですわ!!


                       〜リシュレ その日の日記より〜    

あとがき。

読みにくさの改善に努めてみましたが、空回ってしまった感もあり。。

世界観を強く出したかったのですが、気がついたら今回も『能力』使ってないですね…おかしいなw

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