8話:クマって泳げるよな
「さて。これからどうしようか。」
ゴリラが脱ぎ散らかしたビギニアーマーを影魔法に放り込んでから、なんとなく歩き始めたが。そもそも俺には、明確な目的がない。あるのは異世界を見て回り、堪能すると言う、あやふやな目的だけだ。
魔王が居る異世界と聞けば、科学が未発達な世界と思ってしまうけど、もしかしたら超科学の世界かもしれないし、原人しかいない世界かもしれない。
何もわかっていないといってもよい状態である。わかっていることは少なくとも衛星から送信されるような電波がないと言うことだ。なら科学が未発達な世界とも考えられる。だが電波がないから科学が未発達だとは限らない。科学が発達しすぎて電波なんて時代遅れなもの使っていないだけかもしれないからだ。
そんな事も想像出来る物証もある。それは、ビギニアーマーだ。ゴリラが引きちぎるように脱いでいたが、実際は切れていない。物凄い伸縮性を持つ素材から出来ていることは、確実である。握力が何百キロもあるゴリラが伸ばしてもちぎれないのに、叩いた瞬間、叩いた場所だけが硬質化して、すぐに伸縮性のある生地に戻るなんて、元の世界でもあるかどうかわからない代物である。
これで刃物が通らないようなら、完全に超科学の世界だとわかるけど。
ビギニを切り裂くような趣味はないし、じっくり見る気もない。なので、この世界の有り様はわからずじまいだ。
それはそれで構わないのだけど、やっぱり目標がないと、身動きが取れない。今更、全力疾走で7日間走り抜けた山に戻って周囲を見渡してくるなんて、バカらしいからしたくない。
よし決めた。このまま歩いていれば、いずれ川にでも当たるだろう。川に当たったら川沿いを下って入れば、人間が生活しているに違いない。人間は水が有るところに居るのだから。もし、そのまま海に出てしまったら、海岸線を歩けば海産物で生活している人間が居るだろう。
そうと決まれば。出発進行。俺は、森の中の道なき道を歩き始めた。
何度も繰り返して言っているが、俺の能力は、常に万全な身体になる能力だ。何を食べても体調不良に陥らないどころか、何も食べなくても、更に飲まなくても大丈夫だと言うことが、7日間にわたる追いかけっこで判明している。
でも、気分的に何も食べないでいるなんて、身体に悪そうだから歩いているときに、見つけた果実などをもいで食べている。
果実と言うものは、鳥類や小動物に食べさせて、遠くまで種を運んで貰おうと植物が進化したものなので、基本的には、無害なはずだ。食べて不味い果実の方が多かったが、美味しい果実もあったので、見つけては採取して影魔法に放り込むを、繰り返しながら歩き続けていた。
シャベルナを倒してから、2週間くらい歩いていると思う。もう日付けの記憶は曖昧になっている。異世界に7進数を持ち込んでも意味ないし。俺がこの世界に来てから、2ヶ月経っていようが、半年経っていようが、そもそも1年が何日なのかもわからない世界で、そんな細かいことはどうで良いことだ。
俺が何でそんなどうでも良いことを考えているのかと言うと。遂に大きな川に、たどり着いたからだ。その時に苦節何日と、思い至ろうとしたが至れなかったから、自己完結するためだけに、思考していたのである。
普通異世界で、川に着いたら、どんな魚や生き物が、川に居るのか気になるところだけど。基本的に川魚は小骨が多いから、俺は好きではない。カニやエビなんかも、しっかり泥抜きしないと土臭いし、そんな手間を掛ける気は無いので、その辺は無視することにした。食べ物に飽きているのなら、食べ比べも有りなんだけどね。
俺は川沿いを歩きながら、川下を目指す。これだけ大きな川があるなら、知能のある生き物が居るなら、何処かで生活しているだろう。
そんな事を考えながら歩いていたら川の中で暴れているクマがいた。川の中に居ると言うことは魚でも獲っているのかと思い、様子を見ることにした。
クマと言えば、動物の食物連鎖の頂点にいるような生き物だ、食事中は気が荒くなっていると思うし。邪魔したら悪いから身を潜めて待つことにした。その為の迷彩防具なんだしね。
戦えば勝てると思うけど、無用な殺生はしない俺って格好良いような気がしないかい。
暫く潜んで見ていたが、ずいぶん時間が掛かっている。魚取りが下手なクマだったのかもしれない。
俺のイメージでは、そう長い時間も掛からずに、木彫りのクマの様に、魚をくわえて悠々と川から上がってくると思っていたのだが。手こずっているみたいだ。ずっと暴れている。それでも潜んで見ていると。
あ。足でも滑らせたのかな、身体を水面下に沈めて盛大に水飛沫をあげ始めた。でも起き上がったり、体勢を直したりしない。もしかして、あのクマは泳げないのか。しかも水辺から中央に移動している。
そっちは岸辺じゃないぞ、と声を掛けたくなったが、溺れるクマに関わっても何のメリットも無いから見ているだけだ。すると。
川の中央辺りで沈んだまま、姿が見えなくなった。
それを見て、本当に溺れてたんだ。と思っていたのだが次の瞬間。水飛沫をあげてクマではない何かが、川の中から飛び出してきた。
その何かは、頭に緑の藻のようなものをつけた、女性のような生き物である。何故断定しないのかと言うと、筋肉質のペッタンこな胸に、黒いビギニアーマーを着ていたからだ。
この黒のビギニアーマーは流行りなのか。そんなんで、上半身は人間の女性に見えなくもないが、下半身に足ではなく、蛇の胴体がはえている。
やべえ。ビギニアーマーに蛇の下半身ときたらぜったいに……。
「おーほっほっほっ。クマごときが、ワタクシに喧嘩を売るなんて、百年早いですわよ。まったくですわ。あのクマのせいで体型が崩れてしまったわよ」
川の中から表れた蛇女は、下半身の一部を膨らませていた。あんまり想像したくないが、あの膨らみ方は、クマを丸飲みしたに違いない。
でも、頭は普通の人間サイズなのに、どうやって飲み込んだのだろう。ついでに、上半身は飾りなのか、消化器は下半身にあると言うことなのか。
疑問は尽きないが、ぜったいシャベルナと同じ魔王だ。自然にあんな、おかしな生き物が発生するわけがない。まさかこいつが瞬殺魔王なのか。
でも、その割りにはクマはあれだけ暴れることが出来た様だし、また何級魔王とかなのかもしれない。
それにしても、この魔王も、声だけ聞いていると、ひれ伏しそうになるくらい、高圧的だがお姫様のようなよい声だ。命令されたら従順してしまいそうだ。
いや、それは不味い。声だけで家来になどなるものか。古来から蛇は執念深いと言うし、一度でも姿を見せたら、ストーカーの様に追い回されるに違いない。
どちらにしろ、相対したい訳でもないし、このまま潜んでやり過ごそう。
俺は、出来るだけ息を潜めて、様子を見続けていたが、魔王と思われる蛇女が徐に、俺の潜んでいる茂みを指さして。
「そこ。怯える視線を感じるわよ。おかしな格好をした生き物よ。アナタもワタクシに、食べられたいようね」
やべえ。見つかっているじゃん。せっかく作ったと言うのに、迷彩の効果なんて無いじゃないか。
見付かってしまっているのなら、潜んでいても意味がない。
俺は、出来れば魔王とは戦いたくない。この蛇女は、神が言う瞬殺魔王ではないと思うけど、もしかしたら、このまま魔王と戦ってしまうと、いずれ瞬殺魔王に目をつけられてしまうかもしれないからだ。
俺は、逃げるために、体勢を整えていると。
「あら。植物系の魔王かい。これはワタクシにも運が向いてきたようですわね。ワタクシはミルナ。特2級魔王のミルナ。水殺の異名を持つもの。この世界で、魔王同士が会ってしまったら、することはひとつ。ワタクシと、ひとつになりましょうよ。さあ。ここにおいで。お姉さんが、天国に連れていってあげるわよ」
くそっ。蛇女め。高圧的な声で、魅力的なセリフなど言うな。フラっと仔犬の様に、駆け寄りたくなったではないか。
こんな危険な魔王を、放置しておいたら、後で厄介なことになりそうだ。ならば。たまには、戦ってみようか。




