3話:三つの願い
俺は今、緑の変な生き物の集団に追われている。右手に持った俺の自作のタブレットが何か言っているが、そんなのは後回しだ。なぜなら今は逃げることが先決だからだ。
でもそろそろ逃げるのも限界かも。こんなに長い間走ったなんて、学校のマラソン大会以来だ。その時は10キロメートル程度の距離だったが、それでさえ完走することが出来なかった。これは俺の自慢のひとつである持久力の無さのためだ。
そんなに持久力が無いのなら一か八か戦ってみれば良いじゃないかだって。それも良いけど、俺の自慢の腕力の無さは伊達じゃない。近所の女子小学生と本気で腕相撲して負けることが出来るんだからな。すごいだろ。
こんな筋力や、持久力ではダメだと思って筋トレもしたし、早朝ランニングも毎日したさ。でもいくら鍛えても結果がついてこなかった。半年頑張っても向上しないのは、体質なのかもしれないと考えて諦めたよ。
病院で検査したのかだって。バカ言うなよ。そんな金、何処にあるんだっていうの。両親はとっくに他界してるし、親戚などいない。家はあるけど、電気も水もガスも止めている。止められた訳ではないぞ、俺が自主的に止めたんだ。水は井戸から汲めばいいし。ガスは要らない。電気は太陽光発電があるから問題ない。暫く天気が悪いと夜は暗いが寝るだけだから関係無し。
俺の住んでいる町は、住人に月1万円の補償金が出るから1日300円分食べられるんだぜ。すげえだろ。悠々自適の一人暮らしさ。
そんな収入で自作のタブレットのパーツは買えるのかだって。そんなのジャンク屋や、リサイクル工場の周りをうろつけばいくらでも落ちてるって。全部拾い物だよ。壊れているパーツでも2〜3個拾えばパーツを移植したり組合せたりすれば直るもんだぜ。俺には電気回路の知識なんてないけどさ。適当にやってみれば、そんなの小手先でどうにかなるもんだ。
自作のタブレットが、うまいこと起動したから、今度はプログラミングに挑戦さ。筋力も持久力も無いから普通のバイトも出来ない。就職だって無理だろ。だから座って稼げる職業って言ったらプログラマーだろ。でもさすがに適当には出来なかったから、図書館に通いつめた。図書館は良いぜ、普通の書籍以外に、雑誌、漫画、CD、DVD、だってあるし。エアコン完備だ。インターネットも出来る。でも夕方には追い出されてしまうのがたまに傷だけどな
そんなんで通い詰めて得た知識を総動員して、話し掛ければ返事をする、タブレット専用アプリケーション【ミユキ】を作ったんだよ。まあ。返事出来る言葉は、まだ単語に限られているけどな。でもこれから、どんどんバージョンアップしていけば良いだけだ。
因みにサンプルボイスは俺より腕相撲の強いコヨミって奴だ。まったくあのガキめ。協力してくれと頼んだら「まっかせなさーい」と快く受けてくれたのに。目覚ましボイスのセリフの原稿を渡して録音したら。途端に俺のことを変態扱いしやがって。
しかも「ツウホウされたくないならホウシュウに千円ハラえ」だって。これだから小学生だと言ってもリアル女は……。
おっと。脱線しちまった。そんな訳で、持久力のない俺が限界かもって思ったのは、足がもつれてきたからだ。タブレットから『お兄ちゃん。頑張ってね』って聞こえてきてたから、ここまで頑張って走ってきたけど。どうやら終わりみたいだ。
今、木の根っこに足を引っ掛けてしまった。これは間違いなく転ぶな。なにせ木の枝が見える。ミユキのセリフじゃないけど、このまま転んだら緑の変な生き物の昼ご飯か。はあ。せっかく異世界に来れたのに、1時間も居られないなんて、なんて短い冒険の旅だ。あの時、信号無視して突っ込んできたトラックを避けるなんて、俺には考えられない偉業を成し遂げたのがいけなかったのか。そういえば、トラックを避けたあとの記憶がないぞ。こんなことなら、素直に轢かれていたら神様に能力貰って俺Tueeeとか出来たのかな。トラックを避けたのに、なんで俺とミユキは異世界に居るんだ。俺が常々、異世界に行ってみたいと言っていたのがいけなかったのかな……。
っておかしいな。なんでいつまで経っても転んだ衝撃が来ないんだ。普通、転ぶなんて一瞬だろ。こんなに長く昔ばなし出来るわけないじゃん。それに視界は真っ白だし……真っ白ってもしかして。
「異世界人よ。我は、この世界の神である。異世界人に頼みたいことがあって召喚させてもらった。頼みを聞いてくれるなら、3つの願いを聞いてやろう」
おおお。やったぜ。これって間違いなく俺Tueeeフラグだ。トラックを避けてもフラグが残っていたんだ。でもおかしくないか。この世界の神が異世界人を召喚してまで頼みたいって、どう言うことなんだ。願い事を叶えることが出来るほどの神なら、自分でやってしまえば良いはずだ。気になる。気になるが、質問したら願い事は1つ叶えた、後2つだ、とか言いだしそうな気がする。
なにせ、この世界の神と言っているが、どう見ても悪夢に出てくる悪魔にしか見えない。潔いと言えば良いのかもしれないが、もう少し人相の良い容姿にすれば、このシチュエーションだ、警戒しなくて済むのに。そんな風に、この世界の神を怪しんでいると。
「ほう。この異世界人は慎重派か。ならば少しサービスしてやろう。頼みたいこととは、この世界に強大な魔王が現れた。この魔王は、悔しいことに対峙するようなことがあれば、能力を与えることしか出来ない我では一瞬で殺られてしまう。強大な魔王だが異世界人の発想力に期待している。そいつを倒してもらいたい。倒したならば、報酬としてまた一つ願いを聞いてやろう。その時なら、元の世界でも別の世界でも送ってやる。どうだ」
なるほど。良く使われている話か。神に戦闘力が無いから、現地人に能力を与えて魔王を倒そうとしたが叶わず、異世界の知識と発想力に頼ってみようとしたってことか。よし。それなら。
「この世界の神よ。魔王は俺が倒してやる。1つ目の願いは、常に万全な体にしてほしい。これは、この世界の微生物や細菌に対する免疫力が無いはずだからだ、水を飲んだら寄生虫に感染して死にましたじゃ。魔王と戦う以前の問題だ。どうだ出来るか」
「その程度。問題ない。2つ目の願いを言ってみろ」
その程度ときたか、肉体改造なんて簡単だと言うことか。ならば。
「2つ目の願いは、努力すればなんとでもなる能力だ。がっかりするだろうけど。俺が戦いの素人だ。これから色々やってみて、自分に合った方法を見つけなければならない。出来るか」
「その程度簡単に出来る。だがそれで良いのか。神とは言え頼みごとをしている身。時間が掛かれば掛かるほど被害が増えることに心が痛むが。異世界人の知識と発想で納得した方法を使い挑んでほしい。だが能力が分散する分、何ひとつ極められないぞ」
極められないくらい。そんなことは折り込み済みだ。どうやら異世界人の知識と発想力で、今すぐ魔王と対峙して欲しかったみたいだ。そんなこと言われたって。
「この世界の生物がどれだけ強いかわからないし。戦いの素人がいきなり剣豪の力を得たとしても、咄嗟の判断をするのは自分自身だ。判断力が無いのに、強大な魔王に挑むなんて出来るわけがないだろ。だからそれでいい。3つ目の願いを言ってもいいか」
「残念だが理解した。そんな異世界人が居ても良いだろ」
やはり俺以外にも異世界人が来ているのか。なら魔王攻略は、そいつらに任せて、俺はのんびり異世界ライフを堪能しようか。
「3つ目の願いは質問だ。今までの話しから、俺の他にも異世界人が居て能力を得ていることがわかった。そいつらが先に魔王を倒したら。俺はどうなる。ついでに逆に倒されてしまったらどうなる」
「本来なら願い事一つにつき質問は一つだが、そんな質問は願わなくても、送り出す瞬間に教えてやる質問だったから。答えてやろう。魔王を倒した者一人だけが、元の世界に戻るチャンスを得られる。魔王に倒された、道半ばで倒れた、そんな弱い奴がどうなるかなんて知らん。そのまま死ぬんじゃないか」
この世界の神。俺の事を諦めたか。質問に対する回答が適当すぎる気もする。だがまあいい。誰かが倒したら強制的に元の世界に戻らされる訳ではないなら好都合だ。これなら本気で異世界ライフを楽しめそうだな。
「これで3つの願いは叶えた。それにしてもお前の望んだ能力は、過去最低だな。これほど期待できない望みを言ったのはお前くらいだ。他の異世界人は、何もかも刺し貫く槍とか、どんな物でも切ることが出来る剣とか、どんな攻撃でも防ぐ盾とか、無尽蔵な魔力や体力。強靭な肉体。変わった願いの能力では、過去の英雄の力を借りるとか、武器を何万個も出すとか、死線が見えるとか、そんな訳のわからない分、期待できそうな願いもあったというのにな」
ほう、他の人達は真面目に魔王を倒そうとしているんだ。随分と凄い能力を得たんだな。そいつらはどうなったんだ。
「そんな力も手にいれられたんだ。それで、そいつらはどうなったんだ。俺にまだ頼みごとをしてくるくらいだから結果は何となくわかるがね」
「わかっているなら聞くな。まだ数人しか挑んでいないが、挑んだ者は殆ど瞬殺だ」
この世界の魔王。中二病こじらせた奴も瞬殺かよ。半端ねえ強さだな。まあ。何がなんでも元の世界に戻りたいわけではないし。魔王には関わらずに、本格的にのんびり異世界ライフで決定だな。
「異世界人よ。お前の肉体も、そろそろ馴染んだ頃だろう。その身体で魔王を倒してくれることを取り合えず期待する」
取り合えずか。まあいい。過度の期待をされるくらいなら、その程度の方がましだ。
「おう。期待していてくれ。この世界の平和の為に戦ってやるよ」
能力をくれた相手だ、取り合えずやる気くらいはみせておかないとな。でもぜってい関わってやるものか。
「では頼んだぞ」
その言葉を最後に、明かりが消えたように視界が真っ黒になった。この世界の神との会話は終了のようだ。これから異世界ライフを楽しめるはずなんだけど、そういえば神に会う直前まで、緑の変な生き物に追われていたんじゃなかったっけ。
もしかすると、これって意識を取り戻した瞬間に、死ぬとかありえるかもしれないじゃん。って、それ不味くないかい。ヤバい。えっと今の願いなし。もう一度やり直させて。それが駄目なら、今のは夢。そう夢だ、異世界召喚なんて起こるわけがないっしょ。夢であってくれ頼みます。俺の必死な思いに答えてくれたように、真っ黒な世界の中で声が聞こえてきた。
『お兄ちゃん。朝だよ。早く起きて。今起きないとメだよ。せっかく作ったミユキの朝御飯が冷めちゃうぞ』と、俺の自慢のタブレットにセットしてある目覚ましボイスが聞こえてきた。
危ねえ。やっぱり夢だったか、まったく死ぬかと思ったじゃないか。それにしても、ミユキの声は落ち着くなぁ。
『もう。お兄ちゃんは寝坊助さんなんだから。早く起きないと、ミユキは悪い子になっちゃうぞ。良いのかな。ミユキが悪い子になっても良いのかな』
って、のんびりしていたらダメだ。ミユキが凶悪モードになってしまう。早く起きないと、学校にも間に合わなくなるぞ。
『ミユキの手を、ここまで煩わせるとは。お兄ちゃんの分際で生意気だよ。とっとと、目を覚ましやがれー』
しまった。凶悪モード化しちまった。ちとスパンが短すぎないか。このままでは不味い、まぶたよ開け、身体よ動け、これ以上は聞いたらダメだ。ミユキの声で次のあのセリフを聞いたらアウトだ。
俺は頑張って起きようとした甲斐があって、目を開くことが出来た。でも目覚めさえすれば、寝起きの良い俺の身体が動き出すはずなのだが、今日は何故か俺の意識が脳とまだ完全に繋がっていないみたいで身体の動きが鈍い。なんだか自分の身体では無いように感じる。その鈍い動きに引きずられる様に思考も鈍いようだ。目覚ましアプリケーションを止めるより先に、悪夢の感想をもらしてしまった。
「緑の変な生き物に追われるなんて、ひでえ夢見たな……」