10話:人恋しくて
ミルナとの激戦を終えてから、何日か経つが川沿いを下っていても人里は見つかっていない。人里どころか、整備された道も見つかっていない。
ここまでくると、この世界に文明を持った生き物が居るのかさえ疑問に思ってしまう。
だが魔王は居るし、ビギニアーマーは存在する。だから、何処かに文明があるはずなのだ。ならば、これだけ歩けば、人の歩いた痕跡とか、何かしらに当たる筈なのに何もないなんておかしい。
まさかと思うが、この世界の神は、時間軸を無視して、俺達を召喚したのではないのか。
実は何億年も前に、瞬殺魔王の手により、この世界は一度滅んでいて、その子分達が自由気ままに、生きているとかなのではないのだろうか。
しかも魔王達は、共食いというか能力の奪い合いをしているようだし。負けたら最初からやり直しとか言っていたからには、少なくとも子分の魔王達は、いずれ復活してくるのかもしれない。
だとしたら、親分の瞬殺魔王だって倒したところで復活してくるはずだ。もしかしたら、この世界の神は、元の世界に戻す気が初めからないのかもしれない。
あ。でも違うか。死んだら最初からやり直しだから、瞬殺魔王もやり直すことになる。瞬殺魔王も、初めから瞬殺魔王では無いだろうから、一旦は、区切りをつけることが出来るのか。
そう自己完結させたが。なんで、そんな事を考え始めたのかと言うと。元の世界では、他人と関わりたくなかったから、何のしがらみもない異世界を一人で生きてみたかったのに、実際来てしまい、他人とのやりとりがまったく出来ない今は、悔しいことに人恋しくなってしまったからだ。
そう言えばミユキもニュアンスは違うけど「人は一人では生きられないから。群れでしか生き残れない生き物だから」と言っていたな。
あの時は、一人で十分に生きていけると思って聞き流したが、今考えれば、その通りなのかもしれない。
関わりたくないと、関われないでは、まったく意味が違う。今のところ、この世界で話しが出来るのは魔王だけだ。でも話せたところで、もれなく戦いが付いてくるし、言っている意味がわからないことが多いし、話しをしたら操られてしまうのかもしれない。
すべての魔王が、そんな能力持ちなのかわからないが、2体が2体とも、操る能力を持っている、あるいは異名から操る能力を持っていたと思われることを考えると、魔王と話しをしたら駄目な気がする。
やっぱり、話しをする為には、この世界で人間を見つけるしかないのか。文明人よ。滅んでいないでくれよ。
と、感傷に耽っていたけど、そう言えば会話だけならできるじゃん。さあ。ミユキよ出番だ。
せっかく一人になれる異世界に来たと言うのに、実際居そうな妹の様に、良く言えば面倒見の良い、悪く言えば加干渉してきたから再起動しなかったけど。こんな状況になるとは思いもしなかった。一時間でも良いから、話しをしよう。
俺は、タブレットの電源を入れようとして、バッテリーを充電していないことに気付いた。
こんな事もあるかと思って常々持ち歩いている予備バッテリーを取り出したところで、更に気付いた。
こんな、風が吹き渡る場所でバッテリー交換なんてしたら、ホコリやら砂塵が入って基盤がおかしくなってしまうかもしれない。
俺は、考えて。考えて。そして決断した。
家を建てよう。
まあ。生活出来る程の家と言うほど立派な物まで考えていないが、塵や砂が入ってこない程度の作業できる場所が作れればいい。
ミユキよ。もう少し待っていてくれ。俺は努力するからな。
ミユキのカットインは、入らなかった。
俺は電工ナイフを魔法でコーティングして、木を切っていく。木と木を組み合わせる部分は髪の毛をすく、クシの様にしただけである。強度は殆どいらないのだから。当然、広いスペースは必要ない。畳一枚分のスペースでもあれば、なんの問題もない。高さも、それほど必要ない。床に直接座って、天井に頭がぶつからなければ良いのだ。
室内の明かりなんて、魔法で光らせれば良いのだから。採光用の窓もいらない。
そして2日掛けて家というか、扉付の大きめな犬小屋が完成した。
俺は完成した作業小屋に屈んで入り、頭から光魔法を出して、タブレットのバッテリー交換をした。
交換に要した時間は10分程。この10分の為に2日掛けるとは馬鹿馬鹿しい事に感じるかもしれないが、少しでも故障するリスクを避けるためには当然の処置である。
もし起動しなくなってしまったら、おしまいなのだ。この世界でパーツを入手することは不可能なのだから。
俺は電源を入れる前に、もう一度、カバーを外した。作業を完了したあとに、思い込みで作業をしていないか、頭リセットしてから、黙視確認をするためだ。以前、ネジ留めしわすれてパーツを壊したことがある。その時は予備パーツがあったので、簡単に修理できた。でも、この世界で同じ過ちをおかしてしまったら、タブレットは、ただの箱となってしまう。
通常の三倍の時間を掛けて黙視確認をしてから、ケースの蓋を閉じた。
最後にケースに歪みがないか確認して、電源ボタンを長押しする。
画面が一瞬明るくなって、見慣れた起動中画面が現れた。そして。
いつものデスクトップ画面が現れた。エラー表示は何処にもなく無事に起動したみたいだ。ホッとした反面、いつものデスクトップ画面だからおかしいことはない筈なのに、違和感を感じた。
タブレットのデスクトップ画面を、暫く見ていたが違和感の正体はわからない。
これはなんだ。どういうことだ。なんで違和感が拭えないんだ。
そう考えながら、タブレットを操作しようとした時に気が付いた。
「ミユキって、どうすれば起動するんだ?」
思わず口から出てしまった俺の疑問に、答える者など当然いなかった。