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第2章 月の森の真実 ~その4~

「わ、私は……」

 まだ14歳の少女でしかないユーフェミアは、どうしたらよいのかわからず、あたふたしてしまう。

 モードレッドとワタル、イゾルデの2人組の間を何度も視線を往復させた。

 これまで父の言いつけ通り、まるで人形のような日々を送ってきたユーフェミアはが簡単に決められるはずがない。

「ワタル様にイゾルデ。私がモードレッドについていく事を選んだら、どうしますか?」

 今までの人生で一度もしたことがないほど真剣な面差しで、ユーフェミアは問うた。

「バギンズの爺さんには悪いが、こればかりはどうしようもない。ここでお別れだ」

 素っ気ないワタルの返答に、ユーフェミアの胸が締め付けられる。

 自分の心の裡を晒した相手にこういう態度を取られると、とても寂しく感じてしまう。

「私も王女と別れ、急ぎローエングリン王弟殿下の軍勢に合流し、王都奪還のために粉骨砕身いたす所存です」

 イゾルデもモードレッドについていく気は毛頭なかった。

 ワタルと同じく、モードレッドにきな臭さを嗅ぎ取っているのである。

「……そうですか。ではモードレッドは私がワタル様についていくと言ったら、どうしますか?」

「この場で2人を殺してでも、ユーフェミア様にはご一緒していただく」

 月の森全体が凍りついたのかとユーフェミアは錯覚した。

 それだけモードレッドの発言は衝撃的だったのだ。

 ユーフェミアは蒼白となった顔を上げ、モードレッドの横顔を凝視する。

 信じられない、いや、信じたくなかった。

 自分の婚約者が裏切り者であるという真実を……。

「なんだ。最初からやる気満々だったんじゃないか。回りくどいことをして、肩凝ったわ」

 腕をぐるぐる回し肩をほぐしてから、ワタルは印を結び始めた。

 敵と認識したら、その行動は迅速である。

 次々とイゾルデに支援魔法をかけていった。

「たった2人で勝てると思っているのか?」

 鉄面皮を自ら剥がし、モードレッドは目をぎらつかせて舌なめずりをする。

 まだるっこしい真似などせず、最初からこうすれば良かったのだ。

 子供と女騎士の2人など、すぐに片が付く。

 女騎士の方は生け捕りにして、あとで思う存分楽しむことにしよう。

 モードレッドは下卑た笑みを顔に貼りつけ、欲望を剥き出しにしていた。

 しかし、次にワタルが発した言葉に、モードレッドは冷や水を浴びせさせられる。

「20人から30人といったところかな? あんたが率いてきた兵の数は」

 ワタルはニヤリと笑った。

 この場面で兵を伏せておくのは、定石中の定石でしかない。

 図星だったのだろう。

 モードレッドが歯噛みしていた。

「出し惜しみしていると、死んじまうぞ?」

 ぐっと魔力を高めたワタルは、イゾルデに目で合図を送る。

 まずはユーフェミアをモードレッドから引き離すことが肝要だった。

魔法の矢マジックボルト!」

 ティンタジェル城における戦闘でコツを掴んだワタルは、あえて初歩の軽い魔法を選んだ。

 与えるダメージよりも、確実に狙った場所に命中させることを優先したのである。

「この程度の魔法で、このモードレッドの相手をしようとは、身の程知らずが!」

 人格はともかく、モードレッドの剣技は劣悪どころか卓越したものを有している。

 即座に剣を抜き、魔法の矢を造作もなく叩き落とした。

「え? 魔法って物理的に防げるものなの?」

 意外な事実にワタルは少々面食らうも、当初の予定通り事が運んでいるので冷静さを失うことはない。

 モードレッドが魔法の矢に気を取られている隙に、ワタルの支援魔法によって身体能力が向上しているイゾルデが常軌を逸した速度でユーフェミアに接近し、両手で抱え(お姫様抱っこだ)て手の届かないところへ、つまりワタルの近くまで引き離したのだ。

「なんというか、見ているこっちが恥ずかしくなるよな」

 威勢だけはいいモードレッドに盛大に白けたワタルは、蔑んだ視線を投げつけた。

 大したことないくせに、声だけはデカイという人間というのを何人も見てきたが、その典型である。

「よく王女の婚約者に選ばれたな」

「そう言うな、ワタル殿。分不相応の名家に生まれたばかりに、破局を迎えるということは珍しいことではないのだ」

「なんだ、親の七光りのボンボンか」

 どこの世界にもいるんだなあとワタルはげんなりした。

「き、貴様ら、愚弄したな! 許さん! かかれ!」

 怒りに打ち震えているせいかたどたどしくなりながらも、ようやくモードレッドは隠してあった兵に命令を下す。

 こんなところで兵を損ねたくなかったが、あの少年が頑として譲らず、それがユーフェミアの心を揺さぶり、無駄な余計なを強いられる羽目になってしまった。

 この損失はアルビオン王国の頂点に立ち全てを掌握することで、絶対に埋め合わせねばならない。

 モードレッドの背後に隠れていた兵士達が姿を現し、命令に従い一斉にワタルとイゾルデに襲いかかる。

「少なっ! たった10人かよ」

 ワタルは拍子抜けするが、モードレッドにも言い分があるのだ。

 馬を用意出来なかったというのが、人数の少ない最大の理由だった。

 3日かかる道のりを急行するとなると、馬を乗り継ぐ必要がある。

 1日1頭必要としてモードレッドを含め11人が移動するとなると33頭の馬が必要だ。

 この時代のブリストル島でそれだけの馬を集めるのに、モードレッドはかなり資財を投げ打った。

 痛い出費である。

「どうしようか?」

 ワタルはせっかく用意した魔法を行使するかどうか迷った。

 この人数ならイゾルデと連携するだけで退けられそうなのだ。

 それでも何かの間違いで命を落とす可能性を考慮し、また魔法の経験を積むという観点から、結局は発動させた。

「出でよ! 土の巨人ソイルゴーレム!!」

 急激に地面が盛り上がり、巨大な土くれが緩やかに人の形を成していく。

 始めは感激していたワタルも、顔がこれ以上は上がらない角度に達したときに、さすがに肝を冷やした。

「た、確かに巨人を作り出したんだけど、これは大き過ぎるだろ……」

 実際は5メートルに満たない高さでしかないのだが、それが歩き出したりすると凄い迫力に圧倒されてしまう。

 ましてその外見の割に素早く動き、拳が崩れ落ちながらもモードレッドの兵士を、ぐしゃりとぺちゃんこにしてしまったときは、驚きのあまりワタルは声も出なかった。

 戦いは土の巨人が一方的に蹂躙する形で推移していく。

 木や石の巨人に比べれば脆弱だが、その代わりに触媒は豊富にある。

 逆の見かたをすれば、土以外の巨人は素材が足りずに作り出すことができなかったのだが……。

 攻撃を受け、抉られた箇所から土が埋めていく。

 中には土の巨人に構わず、直接ワタルに攻撃を浴びせようとする者もいたが、そういった兵士はイゾルデが一刀のもとに切り捨ててしまう。

「あ~、何というか、死にたくない奴は逃げていいぞ? 別に追いかけたりしないから」

 もはや戦闘にすらなっていない有様に嫌気がさし、ワタルは敵に逃亡するよう促した。

 ただの虐殺はワタルの趣味ではないのだ。

「ワタル殿、何を馬鹿なことを言っているのだ!?」

 非難の目を向けるのはイゾルデだ。

「倒せるときに倒しておかないと、後々に禍根を残すことになるぞ!」

「うん、まあ、イゾルデさんの言う通りなんだけどね。でもモードレッドは逃げたんだし、もういいじゃない」

「まさか!?」

 ワタルに言われてイゾルデが周囲に視線を走らせれば、確かにモードレッドの姿はどこにも見当たらなかった。

「部下を盾にして、真っ先に逃げ出しました……」

 震える声を発したユーフェミアは、落胆の色を隠さない。

 婚約者があっさりと自分の事を見捨てて逃げた。

 戦場では何の役にも立たず、ただ守られているお荷物だ。

 かといって人質にする価値もない。

 さまざま現実にユーフェミアは打ちひしがれていた。

 下唇を噛み締め、沈んだ顔を地面に向ける。

「イゾルデさん、ローエングリンの軍勢に合流するのと、近くにある大きな都市辿り着くのは、どちらが早いですか?」

 ブリストル島の地理をワタルが知る由もない。

 ただ急ぎローエングリン率いるアルビオン王国軍に合流するか、いまだアルビオン王家に忠誠を誓う大きな都市にユーフェミアの庇護を求めないと第2、第3のモードレッドに襲われることになりかねない。

 今回は追い払うことが出来たが、次はどうなることか。

「ここからならアルバート港湾都市ドックが近い。ローエングリン王弟殿下の軍勢が北上している可能性もあるが、より確実なのはアルバート港湾都市を目指す方だろう」

 少しだけ考える素振りを見せ、イゾルデは自らの見解を述べる。

「決まりだな。そのアルバート港湾都市へ向かおう!」

 今後の指針を決定するのは早かった。

 だが、ワタルたちがアルバート港湾都市ドックの土を踏むのは、約1ヵ月後のこととなる……。

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