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第2章 月の森の真実 ~その1~

「どうしてもっと、真剣にやらないのよ!?」

 ただのクラスメイトに過ぎないが、いつもまとわりついてくる女子生徒の怒声が教室内に響き渡った。

 他の生徒の迷惑にならない程度に手を抜いた高校生活を送っている、ワタルを問い詰めているのだ。

 これに対し、ワタルはやれやれと肩を竦める。

 だってそうだろう?

 勉強、学校行事、部活動にどんなスタンスで臨もうが、他の生徒の迷惑にならなければワタルの自由のはずだ。

 例えそれらのことに、恋愛でさえも、手を抜いたところで他人にとやかく言われる筋合いは全くない。

 高校生活というものに何の期待を抱いていないワタルにとって、この少女がどうしてそこまでムキになれるのかさえ理解不能だった。

 こういうときワタルは面倒臭くなって後先考えず、

「しんどいわ、タルイし」

 と口癖を浴びせ相手にせず席を立つ。

 以前、授業をさぼったこともあるほどだ。

 そのあと職員室に呼び出されたため、素直に理由を述べた。

「だからといって、授業をさぼったら駄目だろう?」

 上から目線で担任はありきたりのことしか言わない。

「じゃあ、あいつを黙らせろよ」

 と言い返したらワタルは停学をくらった。

 いっそ退学して通信制の高校に切り替えようかと考え、両親とも相談したがあまり良い顔をしなかったので、我慢して通学しているところである。

 そうしたら、また絡んできたのだ。

 正直、すでにワタルは色々と諦めていたため、他の生徒達から、ましてや自分を糾弾する女子生徒からどう思われようが構いやしなかった。

 一流ではないが、ワタルのいる高校はそこそこの進学校である。

 世間的に見れば、十分に勉強のできる高校に分類されるはずだ。

 真面目な生徒が多い、というより不良などおらずワタルも別に悪さをしているのではない。

 降りかかる火の粉を払っているだけだった。

「また逃げるの?」

 女子生徒が口にした挑発に対し、ワタルは冷静に反撃する。

「逃げるんじゃない。お前なんか、まともに相手にする価値もない」

 容赦のない辛辣な言葉で応じた。

 言われた女子生徒は表情がひび割れ、こらえきれずに嗚咽を漏らし始める。

 クラス全員の視線が集まる中、知ったことかとワタルは教室を後にした。

 むしろこれでワタルに関わろうとする生徒はいなくなるだろう。

 結構なことだった。




 ぱちりとワタルの目が開いた。

 どうやら、眠ってしまったらしい。

 それにしてはリュックサックを枕にしていたりと、不自然な気がするが。

「あ、起きましたか?」

 おずおずと尋ねてきたのはユーフェミアだった。

 まだワタルとの距離感が掴めず、どう接していいのかわからないようだ。

「あ~、寝ちまったか。少しでも遠くへ逃げないといけないときに、悪かったな……」

 気まずそうにワタルは頭を掻いた。

 見たところ、ここは静謐な森の中にある湖のほとりのようである。

 あとで訊いたのだが、俯瞰すると湖が三日月形をしているため、月の森と呼ばれているそうだ。

「いえ、ワタル様がいなければ、今ごろ私たちは北海帝国の捕虜となっていたはずです」

 その青い瞳でワタルの事を見据え、どことなく頬を染めながらユーフェミアは言った。

「わ、ワタル様!?」

 ワタルは上下左右に目を走らせる。

 ユーフェミアはれっきとした王女であって、自分はそのような身分の高い人物から敬称付きで名前を呼ばれる存在ではないのだ。

 どうにもワタルは座りが悪い。

「ワタルでいいですよ。俺はそんな大層な人間じゃないんだ」

「いえ、命を助けてもらったのです。そういうわけには参りません」

 変なところでユーフェミアは意固地だった。

「それに『魔法騎士』なのですよね?」

 無邪気に微笑むユーフェミアの言葉に、うっとワタルは呻く。

 ジークフリートに啖呵を切った手前、それは中二病設定であってと弁解する訳にもいかない。

 そもそも中二病という言葉の意味が伝わらないだろう。

「どうかされたのですか?」

 きょとんとユーフェミアは小首を傾げる。

「あ、ああ。どうも魔法を使い過ぎた疲れが抜けてないみたいだ……」

 なんとかワタルはそれだけ口にした。

 ただ嘘は言っていない。

 魔法を行使する度に精神は蝕まれていき、じりじりと体が重くなっていくのをワタルは自覚していた。

 王宮から瞬間移動した直後から記憶が無いのは、魔法の使い過ぎが原因で気を失ってしまったからに違いない。

 大地の震動は初心者が扱ってよい魔法でないことは、マビノギオンで得た知識からワタルは承知していた。

 それでも、あのジークフリートから逃れるためには無理を押し通す必要があったのだ。

「ところで、イゾルデさんは?」

 先ほどから姿が見えないことに、ワタルは不安を覚えていた。

 それだけイゾルデに魅かれているという証拠といえる。

「イゾルデなら、あそこに」

 すっとユーフェミアは湖の方を指差した。

 そちらの方角にワタルは顔を向け目を凝らすと、

「ええっ!?」

 つい素っ頓狂な声を上げてしまう。

 遠目にではあるが、イゾルデが全裸で水浴びをしているのが見えたからだ。

 さっとワタルは体ごと視線を逸らした。

 この世界では割と自然の事であるらしいが、いかんせんワタルには刺激が強過ぎる。

 ともすれば振り向いてしまいたくなるのを、懸命に自制した。

「おお! ワタル殿、目を覚ましたのか」

 自分が裸であることなど頓着せず、そのままイゾルデはすぐ近くまでやってきてワタルの背中に声をかける。

 ますますワタルは緊張してしまい、全身が痙攣を始めてしまった。

「大丈夫か、ワタル殿!?」

 異常をきたしたワタルが心配になり、イゾルデは正面に回り込んで顔を覗き込む。

 全くの逆効果だったが、親身になって行った結果なのだから仕方ない。

「ぶっ……!」

 ワタルは鼻を押さえた。

 予想以上に豊満な胸に、きゅっと引き締まった腰に小ぶりな尻、そしてすらりと伸びた脚、もちろん股間も……、それらが丸見えなのである。

 ごくり、とワタルは生唾を飲み下した。

 いつぞやの同級生女子の水着姿とはエライ違いである。

 日頃から鍛えているせいか、やや筋肉質ではあるものの均整の取れたイゾルデの肉体は、欲情を催さずにはいられないものだった。

「だ、大丈夫、大丈夫だから」

 慌ててワタルはリュックサックに手を突っ込み、タオルを引っ張り出した。

「これ、使って下さい」

「……? ありがたく使わせていただく」

 怪訝に思いながらも、イゾルデは手渡されたタオルで水滴を拭う。

 その吸水力の優れたタオルに目を丸くした。

 ブリストル島にはない技術力だ。

 結局、ワタルは誘惑に負けイゾルデの肢体に視線を這わせてしまった。

「ワタル様!」

 がっと両手でワタルの頭を左右から挟むように掴んだユーフェミアは、力づくで自分の方に顔を向けさせる。

「ちょ! 痛い痛い痛い!!」

 首に激痛が走りワタルは悲鳴をあげた。

 ねじり過ぎである。

 王女とはいえ何て事をするんだ、このガキは!

 せっかくの夢見心地が、いっぺんで吹き飛んでしまう。

「女性の裸体を、そのような目で見てはいけません」

 ぷうっと頬を膨らませ、ユーフェミアは不機嫌な声を発した。

 こうして間近で見ると、金色の髪と碧い瞳を持ったユーフェミアも整った顔立ちをしていることにワタルは気付く。

 だが、やはりワタルの心はイゾルデに魅かれたまま揺らぐことはなかった。

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