エンディングA
王都を奪還したあとも、ワタルはアルビオン王国のために東奔西走した。
大小さまざまな戦いに参加し、ブリストル島に白い魔法使いとして平和をもたらしたのである。
やがて、ワタルのことを知る人間もいなくなった頃、再びアルビオン王国が滅亡の危機に瀕した。
いかな白い魔法使いといえど、寄る年波には勝てない。
しわしわな手で、マビノギオンのページをめくる。
自分の後継者を召喚するための魔法を探しているのだ。
間違いなく存在するはずだった。
今いるこの部屋で、ワタル自身がバギンズに召喚されたのだから。
「やはり……」
あった。
――流転の魔法。
白い魔法使いは流転する。
次の代に受け継がれるのだ。
もしかしたらバギンズも、ワタルのいた世界から召喚されたんかもしれない。
恐らく使用する最後となるであろう魔法を完成させる。
召喚した人物を見て、ワタルは内心ぎょっとした。
岩崎叶恋だったのだ!
しかもワタルの知る若い姿のままだった。
年輪を刻んだワタルの顔は、それでも無表情を保つ。
「ここは異世界なのかしら?」
古びた部屋を見回しながら、叶恋は落ち着き払った声で訊ねた。
「飲み込みが早いの。今、このアルビオン王国は滅亡の危機に瀕しておる……」
「私に何とかして欲しい。そういうことね?」
「そうじゃ」
話を先回りされても、ワタルは気にせずマビノギオンを差し出す。
とても大事なものだが最後の魔法を行使した以上、ワタルにとって無用の長物と化してしまったのも事実だ。
「魔導書ね。私の知り合いが見たら、きっと泣いて喜ぶわ」
叶恋の言う知り合いは、すぐ目の前にいるのだが、わかるはずがなかった。
当人たちは知らないが、叶恋がブリストル島に召喚されたのは、ワタルが召喚された直後なのだ。
叶恋の中でも、ワタルはまだ高校生だった。
「全ては、その紋章が導いてくれるはずじゃ」
ワタルの右手の甲に刻まれた紋章は、とうに叶恋の右手の甲に移っている。
「わかったわ。ところで、あなたの名前は?」
「バギンズ」
ワタルは短く答えた。
ああ、そうか。
バギンズという名前も受け継がれているのか、とワタルは今さらながら気付いた。
「そう。バギンズさんね」
余計な疑問は差し挟まず、叶恋はマビノギオンに目を走らせる。
その様子にワタルの頬がほころんだ。
しかし、再会の余韻に浸っている暇はない。
「時間がない。アルビオン王国のことを頼んだぞ、叶恋」
「……どうして私の名を?」
「いずれ叶恋にも、わかるときがくる」
質問には応じず、ワタルは叶恋にさっさと行くよう促した。
叶恋は踵を返し、一度だけ振り向いてから部屋を出ていく。
「任せたぞ、叶恋」
何事にも全力を尽くす叶恋なら、自分よりもずっと上手く白い魔法使いとしての役割を演じるに違いない。
生気と律動感に溢れた足どりで小さくなっていく後ろ姿が消えたあとも、叶恋のことを目で追いながら、いつの間にかワタルは瞼を閉じていた。
穏やかな表情でワタルの波乱に満ちた白い魔法使いとしての人生は終わりを告げたのである。
最後の最後に、日本の知り合いに出会えたことに感謝しながら……。




