第10章 勝利と悲しみと ~その4~
「ワタル、終わったのか!?」
王宮に近寄らせまいと仁王立ちで敵兵を迎え撃っているアイギスは、まるで弾けるように駆けているワタルを見て全てを察した。
「ああ、グイスガルドは討ち取った!」
続けてワタルは叫び、敵兵に投降を促す。
「グイスガルドはすでに倒れた! 降伏しろ! ユーフェミア王女は寛大な処置を約束する!」
グイスガルドが討ち取られたことに敵兵は動揺し、心臓が潰れるほど快足を飛ばすワタルの道を空けた。
それにアイギスも並走する。
ほとんど妨害を受けることなく、2人はティンタジェル城の表に飛び出す。
「……! そんな、イゾルデさん!!」
そこでワタルが目にしたのは、体の中央に大きな穴が空き、無残な姿となったイゾルデだった。
視界がぐにゃりと歪み、意識が朦朧としてくる。
立っていられなくなり、ワタルは地面に四つん這いになって嘔吐した。
吐いても吐いても胸のむかつきは治まらない。
肉体と精神が現実を拒絶しているのだ。
つい先ほど、グイスガルドを強烈な魔法で被り去った白い魔法使いとしての面影は微塵もなく、そこには年相応の少年がいた。
「ワタル、すまんが東門でジークフリートとロベールという将軍が激しい抵抗をしている。白い魔法使いの力が必要だ」
アイギスも鬼畜ではないし、さすがにこの場の空気は読める。
せめて、今くらいワタルをそっとしておいてやりたかった。
しかし、状況と白い魔法使いとしての能力が、それを許さない。
時が経てば経つほど、ジークフリートは味方の命を奪う。
戦況がひっくり返されることはないが、竜殺しを無力化する対価として、あとどれくらい兵の命が必要となるだろうか?
自分が行って済むのなら、アイギスは迷わずそうしていただろう。
それでは駄目だから、身を切る思いでワタルに声をかけたのだ。
「イゾルデの仇を討ちたくないのか?」
「んあ?」
このアイギスの言葉は、放心状態だったワタルの目に生気を呼び戻した。
「イゾルデさんの仇……?」
「そうだ。ここでジークフリートを逃したら、次はないかもしれん」
ここぞとばかりにアイギスは焚きつける。
「……はっ! そうか、この世界にはネットもスマホも無いしな」
ブリストル島の情報伝達手段は日本に比べ、格段に劣っていることに気付きワタルは正気に戻った。
今、ジークフリートを逃したら探し出す手段がないのである。
せめて仇を討たなければ、イゾルデに顔向けできない。
イゾルデはそんなことを望んでいないだろう。
それがわかっていても、今のワタルはジークフリートを許すことができなかった。
「ジークフリートを、殺す!」
ワタルは生まれて初めて、明確な殺意を抱いた。
王都東門。
1人でも多くの兵を逃がそうと、ジークフリートとロベールは凄絶なまでの戦いを繰り広げていた。
鬼気迫る表情で、2人は敵を迎え撃つ。
「ロベール殿は、そろそろお退き下さい」
まるで水を差すようなジークフリートの言葉に、ロベールは耳を疑う。
「何を言う、ジークフリート! そなた1人を残して行けるわけがなかろう?」
「そのお心づかい、大変痛み入る。しかし、兵をまとめるには将が必要なのです。それが出来るのはロベール将軍、あなたしかいない」
ジークフリートの声音は、刺さるように冷たかった。
しかし次の瞬間には朗らかに微笑み、
「安心なされよ。このジークフリート、ここで命を落とすわけにはいかない理由があります。死ぬつもりはありませぬ」
死ぬつもりで残るのではないと、ジークフリートは力強く告げた。
「……わかった。兵を集め、ベイドン平原でそなたが来るのを待っておるからな」
後ろ髪を引かれつつもロベールは戦場を離脱し、散り散りとなった兵をまとめながらベイドン平原を目指した。
誰かがやらなければ、兵たちは路頭に迷うであろうことを、十分に承知していたからだ。
そして、それは将軍であるロベールにしか出来ないことだった。
「このジークフリートが健在なうちは、負けはせん!」
いまだ東門で徹底抗戦を続けている味方を、ジークフリートは鼓舞する。
竜殺しの名は絶大で、効果は抜群だった。
実際、敵を確実に疲弊させていたのだ。
それにベイドン平原まで行けば助かるという事実が、兵たちの心に落ち着きを与えていた。
決して絶望的な戦いではない。
意気上がる中、陣頭に立ったジークフリートに向け、その出鼻を挫くように魔法が炸裂した。
「来たか」
爆発の魔法をジークフリートは念を込めバルムンクで防御する。
バルムンクの力は物理攻撃だけではなく、魔法にも効果があった。
煌めいたバルムンクは爆発の魔法を完璧に防ぐ。
「もっと強力な魔法じゃないと、通じないか」
ちっ、と舌打ちしつつもワタルは次の手を打ち始める。
「ここも俺の出番だな」
「アイギス」
「俺はイゾルデと違って、ヤバくなったら逃げる。だから安心しろ」
にいっと笑いながら、アイギスは大股で一歩前へ出た。
異名となっている大盾を構え、ジークフリートと相対する。
ワタルの中でアイギスの優先順位は低いので、したり顔で言われても正直、反応に困るところだ。
「貴様、大盾のアイギスか?」
「かの有名な竜殺しが我が名を知っているとは、光栄の極み」
「南の大陸では知れた名だからな。だが、それもここで潰えることになる!」
長々と余計な話をしている暇は、ジークフリートにはなかった。
ただちにバルムンクによる一撃をアイギスに加える。
アイギスは大盾で受け止めるものの、ジークフリートの苛烈な攻撃は巨体を押し始めた。
それほどまでにバルムンクの一振りが重い。
踏ん張るアイギスの足元の地面がくぼんでいた。
時折り、槍を繰り出してアイギスは反撃を試みるが、ジークフリートは造作もなく躱し徒労に終わる。
竜殺しの攻撃に手も足も出ず、アイギスはその巨躯を大盾に身を隠すのが精一杯というのが、両者の戦いにおける正しい解説といえた。
ただし、アイギスはこの展開を予期していたようだ。
一方的な展開なのに、まるで焦りが見られない。
「はああああ……」
ジークフリートの気合と共に、再びバルムンクが眩いばかりの輝きを放ち始める。
光の剣と化したバルムンクの斬撃はアイギスの巨体を宙に浮かせ、後方へ吹き飛ばしてしまうほどの打撃力だった。
「ふん。防御を重視していたのは、単に時間稼ぎのためだけではなかったか」
思わずジークフリートは眉をそびやかした。
アイギスは体の均衡を保ち、見事に足元から着地したのだ。
「ここは私1人で引き受ける。お前たちは隙を見て逃げ出せ!」
自分と共に奮戦していた兵士たちに撤退の命令を出し、ジークフリートは神速の動きで更なる一撃をアイギスに加えた。
煌めくバルムンクによる必殺の突き。
「ぬうう!」
アイギスは大盾を手放し、地面を転げまわって這う這うの体でその場を離れる。
壮絶に、かつ呆気なく大盾が砕け散った。
「何て奴だ……」
尻もちをついたアイギスは、汗ばんだ額を手で拭う。
その端正な顔がくるりと回り、殺気を帯びた薄氷色の瞳がアイギスへ向けられた。
大盾を失った今、アイギスにジークフリートの攻撃を防ぐ手立てはない。
死がにじり寄る。
それを振り払ったのはワタルだった。
「「流水の渦!」」
水で作られた2つの渦がジークフリートを襲う。
1つは言わずと知れたワタルが放った魔法である。
では、もう1つは?




