第10章 勝利と悲しみと ~その3~
「今度はこちらからいくぞ!」
一気に間合いを詰め、ジークフリートは宝剣バルムンクを横一文字に薙ぎ払う。
唸りを上げて迫る強烈な一撃をイゾルデは受け止めるような真似はせず、素早い身のこなしで避けた後、反撃に転じる。
バルムンクによる攻撃を避け、あるいは細剣で受け流し、隙あらば細剣を繰り出す。
そんな攻防が長く続けられた。
イゾルデの精神がやすりをかけられたように削られていく。
歯を食い縛り、懸命にジークフリートの剣撃を凌いだ。
ワタルが戻ってくるのを、心の拠り所にしながら。
しかし、それも虚しい善戦に過ぎなかった。
「が、はっ……!」
ついに宝剣バルムンクがイゾルデを捉えたのだ。
ジークフリートが渾身の力を込めて放った必殺の突きは、イゾルデの胸に突き刺さり心臓を貫いた。
絶命する直前、くわっとイゾルデは目を見開きバルムンクの柄を両手で握りしめる。
「む!」
ジークフリートは薄氷色の瞳を瞬いた。
「ワタル殿、すまぬ。約束を、守れ、そうに、ない……」
己の体でバルムンクを咥えこんだまま、イゾルデは息絶えた。
最後の最後まで、自分の役割を果たそうとしたのである。
「抜けぬか」
多少、力を込めたくらいではバルムンクはびくともしなかった。
がっちりとイゾルデの体に食い込んでいるのだ。
死後硬直も始まり出している。
ジークフリートにバルムンクを捨てていく気は毛頭なかった。
結果、宝剣バルムンクを鞘に納めるために、かなりの時間を費やすことになってしまう。
命と引き換えに、イゾルデは自分の役目を果たしたのだった。
ティンタジェル城はグイスガルド直属の兵によって固められていた。
雑兵と違い、怯まずに組織的な攻撃を仕掛けてくる。
1人1人も手強かった。
少しでも早く片を付けたいワタルにとっては、非常に厄介な状況だ。
「火球!」
火球の魔法をワタルは敵の集団に叩き込む。
気が急いているせいで雑な魔法となってしまい、威力は落ちるわ魔力は無駄にするわで散々である。
「ワタルさん、落ち着いて下さい」
明らかに平常心を欠いているワタルに、それでは返って時間を食うとクレアは忠告しているのだ。
「わかってるよ!!」
苛立ちを抑えきれずワタルは怒鳴りつけてしまった。
びくっ、とクレアは体を強張らせる。
感情を露わにしたワタルを見るのは始めてだった。
悪いと思ったが、イゾルデのことで頭が一杯で他の事まで気が回らない。
ワタルは全身に焦燥を湛えていた。
「世話の焼ける子供だな。本当に白い魔法使いなのかよ?」
「やかましい! 口先番長のアイギスが!!」
「言ってくれるじゃねえか。俺に支援魔法をかけろ。一気に突破してやる」
口の端を吊り上げ、アイギスは不敵な笑みを浮かべた。
どこからそんな自信が湧いてくるのかワタルは甚だ疑問だが、他に妙手があるわけでもない。
仕方なく、かなり疑わしいものの消去法でアイギスに支援魔法をかけた。
「おおっ、これは強烈だな!」
攻守ともに能力が底上げするのをアイギスは実感する。
「見てろよ、ワタル!」
「余計な御託はいい! はよ行け!!」
ワタルは口角泡を飛ばしながら突撃を促す。
急かされたアイギスは突進し、行く手を阻む敵集団に槍を突き出した。
一突きで3人の敵兵を串刺しにしてみせる。
「おらあっ!!」
アイギスが吼えた。
ぶっ続けで槍を突きまくり、次々と敵兵士を血祭りに上げていく。
北海帝国軍の兵士にとって、アイギスの繰り出す槍は非情に脅威となった。
これで俄然勢いの増したワタルたちは、一気に囲みを突破する。
宣言通りアイギスは道を切り拓いてみせたのだ。
王宮はもう、すぐ目の前だった。
「ここは俺とついてきた兵で食い止める。ワタルたちは先に行け!」
アイギスは槍を振り回し、追いすがる敵兵を近寄らせない。
その雄姿をワタルは信用することにした。
「任せたぞ『大盾』のアイギス」
自分の背中をアイギスに預け、ワタルは王宮へ飛び込んだ。
ローズマリー、クレア、ルーファス、そしてユーフェミアもワタルに続く。
「とても久し振りに感じるものね」
2か月ほどしか経過していないはずだが、ユーフェミアは王宮を懐かしく思えた。
いつもそこにいるのが当たり前だったのに、どこか特別な場所に変わってしまったようである。
「ローエングリンが来ると思っていたが、お飾りの王女が先だったか」
グイスガルドの皮肉たっぷりの笑い声が王宮内に響く。
予想を裏切られてばかりだ。
そのローエングリンを出し抜いたと知れば仰天しただろう。
王宮にはグイスガルドが、たった1人で待ち受けていた。
ワタルはそれを確認すると、無言で印を結び始める。
本来ならば名乗りを上げるべきだが、そんな余裕などない。
卑怯者と罵られようが、出来るだけ早くグイスガルドを倒す必要があるのだ。
「なるほど、真っ先に現れるわけだ」
剣を抜き放ち、グイスガルドは鬼気迫る表情でワタルに迫りくる。
魔法使いが魔法を完成させる前に、攻撃を加えるのは戦いの常識だ。
北海帝国軍の遠征軍を任せられるだけあって、全身から放つ重圧だけで相手を押し潰しそうな迫力があった。
「お、俺だって!」
奮起して足を前へ踏み出したのは、ルーファスだった。
今回の戦いで槍隊は正規兵として組み込まれたため、ルーファスは槍隊の指揮官を外れ、勝手にワタルたちに、正確にはクレアにくっついてきたのだ。
そのため現在はやりではなく、剣を装備していた。
剣の師匠は周りにいくらでもいるので、手ほどきを受けるのに困らずに済んだ。
「くっ! 重い……」
首尾よくグイスガルドの剣を受け止めたはいいが、踏みとどまれず後方へ吹き飛ばされてしまう。
まだまだ未熟なルーファスは、命があっただけ幸運だった。
「ワタル、まだか?」
今度はローズマリーがグイスガルドを阻むべく剣を抜く。
建物の中で、こう至近距離では弓は使えない。
「もう少し!」
魔法の選択が少々不安だったが、これで倒せなかったらそのときはそのときだと割り切って全力を傾けることにした。
「しまっ」
ローズマリーの剣技もグイスガルドには及ばず、簡単にあしらわれてしまう。
イゾルデやアイギスの不在が痛恨事となりそうな気配である。
いよいよグイスガルドの剣がワタルに狙いを定めた。
「!」
拳大の石がグイスガルドの鉄兜に命中する。
その石は魔力が空となった魔導鉱石だ。
「えい!」
掛け声と共にクレアは再び魔導鉱石を投げつけた。
さすがに死角からの投擲でなければ当たらない。
後ろに身を反らし、グイスガルドは魔導鉱石を軽々と躱した。
「終わりのようだな」
全ての障害物を撥ね退け、グイスガルドは剣を振りかぶる。
「そっちがな」
ルーファス、ローズマリー、クレア、各人の努力は正しく報われ、ついにワタルの魔法が完成した。
「凍結の嵐!」
吹雪がグイスガルドを包み込み、数多の氷塊が猛獣のように荒れ狂う。
凍結の嵐の猛威は単に外傷を負わせるだけではなく、体を凍りつかせてしまうことにあるのだ。
グイスガルドは足元から徐々に己の肉体が凍結していく事に、言い知れぬ恐怖を覚え始めていた。
ズタズタにされた挙句、全身が凍りついていく……。
「やはり、白い魔法使いだったか」
肉体が凍結していき体の感覚が失われる中で、グイスガルドは呻いた。
伝説上の存在、白い魔法使いと戦うことになった自分の運命を呪ったのだ。
「こんな子供に、負けるのか!」
断末魔の叫びを残して、グイスガルドはつま先から頭頂部まで氷に覆われた。
まるで氷の彫像のようだ。
ワタルはクレアに一瞥をくれると、すぐさま踵を返し王宮を後にする。
後の処理は任せて良いはずだった。




