第10章 勝利と悲しみと ~その2~
クレアは時期を待っていた。
王都からやや離れた場所に布陣し、斥候から報告を受ける。
思いの外早く、その時期がやってきたようだ。
「ジークフリートが出陣しました。ワタルさん、魔法の準備を!」
「わかった」
クレアの指示にワタルは短く応じ、左手に魔法鉱石を握りしめながら右手で印を結ぶ。
まずは隕石弾の魔法で王都北門の守りを無効化する。
王都への進入路を確保しないと話にならないからだ。
隕石弾の魔法はその威力と比例し、完成させるのに時間と魔力のかかる魔法だった。
極限まで集中力を高めたワタルの額に脂汗が滲む。
「……隕石弾!」
赤々と燃え盛る巨大な隕石が、天空から真っ逆さまに王都の北門に落下し直撃したのだ。
地響きを立てて門が崩壊する様は壮絶な光景でもあり、あっさりしたものでもあった。
「ふうっ」
まずは予定通りに自分の役割を果たせて、ワタルは安心すると同時に背筋に悪寒が走る。
時に魔法は現代兵器をも凌ぐ。
それほどまでに凄まじい威力だったからだ。
「よし! 全軍突撃!」
アイギスの号令が轟き、もはや門としての態を成していない王都北門へ500名の兵士が雪崩れ込む。
目標はただ1つ。
ローエングリンに先んじてグイスガルドの首級をあげ、ティンタジェル城を取り戻すことである。
隕石弾の魔法によって、北海帝国軍の士気は最低にまで落ち込んでいた。
じきにローエングリンも南門を突破し、ティンタジェル城を目指すだろう。
勝機を逃すような凡庸な人物なら、クレアはこんなに苦労しないはずだった。
アイギスが兵士とともに王都に押し寄せると、北海帝国の兵士が待ち構えている。
しかし、アイギスが1歩進むと、北海帝国の兵士は2歩退くという有様だ。
畳み掛けるようにワタルがが爆発の魔法を放つと、
「魔法使いだ! やっぱりさっきのは、白い魔法使いの仕業だったんだ!」
こぼれ落ちたビーズのように、北海帝国の兵士たちは算を乱して逃げ出してしまった。
「今です! 一気にティンタジェル城へ!!」
クレアが檄を飛ばす。
もともとアルビオン王国の王都なのだから、アルビオンの人間にとっては勝手知ったる場所だ。
「こっちだ」
イゾルデの誘導で500人が王都の中をひた走る。
その中にはユーフェミアも含まれていた。
無人の野を行くが如く突き進むワタルたちの前に立ち塞がったのは、あの男だ。
「早い……」
みるみるクレアの表情が厳しいものへと変わっていく。
ジークフリートは早々に戦いを切り上げ、カーディスはあえてそれを邪魔しなかった。
竜殺しと宮廷魔術師の思惑を瞬時に把握し、自分の見通しの甘さに臍を噛む。
「クレア、ワタル様たちを信じましょう。きっと、何とかしてくれます」
傍らで大人しく戦況を眺めているだけだったユーフェミアが、狼狽しているクレアを勇気づける。
その言葉でクレアの目が覚めた。
「ユーフェミア王女の言う通りですね。ワタルさん達なら、きっと大丈夫」
これまでも、ずっとそうだったのだ。
信じなくてどうする?
クレアは恥ずかしくなった。
「ここは通さん!」
ジークフリートと彼が率いている兵は立派な事に、ワタルたちにとって非常に都合の悪いことに肝が据わっていた。
ロベールが1人でも多くの味方を逃がそうとしている。
そのための時間を稼ぐ必要がジークフリートにはあった。
「竜殺しか。さすがに強いな……」
いつも余計な事を口走るアイギスでさえ、事態を深刻に捉えているようだ。
そんな中、
「ここは私が引き受ける。みんなは先に行ってくれ」
イゾルデが一歩、前に出る。
愛用の細剣を構え直し、ジークフリートと対峙した。
「俺も残ります!」
反射的にワタルは口に出していた。
「駄目だ。城内にはまだ多くの敵兵が残っている。ローエングリン王弟殿下よりも早くティンタジェル城を取り戻すためには、ワタル殿の魔法の力は不可欠だ」
「しかし!」
今までに感じたことがないほど、ワタルは不吉な予感がした。
絶対にイゾルデと離れてはいけない。
生き物としての本能が警告を発しているのである。
「要は時間を稼げば良いのだろう? ならば問題無い」
ジークフリートを足止めするだけだ。
それならば自分にも出来ると、イゾルデは判断した。
それにこの役はジークフリートと一度剣を交えたことのあるイゾルデが最適でもあるのだ。
「ワタル殿、いつぞやの約束は必ず守る」
イゾルデの眼が優しく笑う。
「ワタルさん、行きましょう」
気付くとクレアがワタルの腕を引っ張っていた。
「クレア!」
「ワタルさん、イゾルデさんの行為を無駄にする気ですか?」
クレアは覗き込むようにワタルの目をじっと見据える。
いつまでも躊躇っていては、イゾルデが命を賭して戦おうとしているのが無に帰してしまう。
「イゾルデさん、船旅楽しみにしてますよ!」
それだけ言い置いて、ワタルは脇目もふらずに駆け出した。
さっさとティンタジェル城を奪取して戻ってくれないい。
そのように踏ん切りをつけたのだ。
イゾルデと何人かの兵を残し、他の者は全員、もちろんユーフェミアもティンタジェル城に突入した。
「はっ!」
裂帛の気合と共に、イゾルデは斬りかかった。
ジークフリートを味方の、仲間のもとへ行かせないために。
「なるほど。魔法の支援なしでこれほどとは、かなり修羅場をくぐったようだな」
ジークフリートはイゾルデの剣の冴えを素直に称える。
数合斬り結び、自分の足止めを買って出ただけのことなあった。
「確かイゾルデ、とか言ったな?」
「……? そうだが」
会話を交わして時が稼げるなら、それに越したことはない。
イゾルデは少し間を置いて応じた。
「そなたはトリスタンという名の騎士を知っているか?」
ジークフリートの口から、その名が発せられたときのイゾルデの反応は劇的だった。
鋭い視線でジークフリートの薄氷色の瞳を見返す。
「その様子だと、知っているようだな」
「トリスタンは、私の恋人だ!」
「そうか。敵ながら素晴らしい騎士だった」
その口調と台詞を咀嚼すると、イゾルデはある事実に辿り着く。
「貴様がトリスタンを!」
かっとイゾルデの全身が沸騰した。
これでは冷静な判断など出来ようはずもない。
「そうだ。このジークフリートが殺した」
ジークフリートは薄氷色の瞳に冷笑を閃かせた。
「貴様! 絶対に許さん!」
前後の見境なくイゾルデは飛びかかった。
怒りと憎しみを愛用の細剣に乗せ振り回す。
時と場合によって憎悪による攻撃は予期しえぬ勢いを生み、戦場を支配することがある。
今がまさにそうだった。
イゾルデがジークフリートを圧倒していた。
一方的に攻撃を加え続け、反撃を許さない。
しかし、イゾルデの放った全ての斬撃をジークフリートは紙一重のところで躱してしまう。
致命傷どころか、かすり傷1つ負わせることができない。
ジークフリートは絶対に気を抜くという事がなかった。
油断しているように見えても、条件反射で対応してしまうのだ。
攻撃がぎりぎりのところで通じていないということが、逆にイゾルデの頭を冷たくしていった。
大きく後方へ跳躍し、ジークフリートとの間合いを空ける。
「やるな。勢いに任せるのではなく、一度退くとは」
「私の役目は、ここに貴様を足止めすることだからな」
「トリスタンという男は燃え続け、最終的に肉体と精神が乖離してしまったがな」
「――っ! そうか……」
微かに沈痛な面持ちを浮かべるも、すぐさまイゾルデは真顔に戻りジークフリートを正面に据え、今一度集中した。
この男は自分では倒せない。
イゾルデは覚悟を決めた。
10万字超えました。
もう少しだけ続きます。




