第10章 勝利と悲しみと ~その1~
ローエングリンは王都南門を攻めに攻めた。
今少し、兵の数に余裕があれば複数の門を同時に攻めたてるところだが、残念ながら兵士を好きなだけ増やせる打出の小槌は持っていない。
愚直にローエングリンは南門目がけて幾度も突撃を繰り返した。
「こんなに硬かったかのう?」
南門に手で触れられるほどの距離まで接近し、ローエングリンは身の丈に相応しい大剣を叩きつけるがびくともしない。
味方が壁に梯子をかけよじ登ろうとするが、さすがに敵もそこまで怠慢ではない。
接近は許しても、絶対に侵入を許そうとはしなかった。
必死に城壁の上で梯子を押し返したり、矢を射かけたりと防戦に努めている。
士気が中途半端な状態にあった北海帝国軍だが、王都を奪い返されたら後がないということをわかっていたのだ。
ローエングリンが南門を破れずに足踏みしているところへ、北海帝国軍の別働隊が東門から出撃し、アルビオン王国軍の柔らかい脇腹に噛みついた。
別働隊を率いているのは、あの男である。
「ローエングリン王弟殿下とお見受けしたが?」
「いかにも、わしがローエングリンだ」
「我が名はジークフリート。いざ、尋常に勝負!」
薄氷色の瞳に冷笑を湛えて、ジークフリートはローエングリンに躍りかかった。
「ほう! 貴公があの有名な竜殺しか!」
強敵の出現にローエングリンの血が騒ぐ。
愛用の大剣を構え、ジークフリートの挑戦を受けて立った。
2本の剣は激突し、真っ赤になった火花がいくつも飛び散る。
剣技にかけてはジークフリートのが上手だが、膂力と戦いの勘でローエングリンは秀でていた。
「竜殺しの異名は、伊達ではないのう」
殺されるかもしれないというのに、ローエングリンは頬が綻んでしまう。
己の戦士としての飢えを満たしてくれる好敵手は、そうそう巡り会えない。
ジークフリートのような強者こそ、ローエングリンは渇望していた。
「貴公こそ、噂に違わぬ強さよ。さすがは白鳥の騎士!」
ジークフリートの薄氷色の瞳が爛々と輝く。
この男もまた、修羅の道を行くものだった。
「グイスガルドや白い魔法使いの他に、これほどの傑物が存在しようとはな」
突如として宝剣バルムンクが輝きを放ち始める。
念を込めるで剣としての潜在能力を開放しているのだ。
ジークフリートも腕力には自信があったが、ローエングリンの剛腕はそれを凌ぐ。
バルムンクを強化することにより、剛剣に対抗しようと考えたのだ。
「ふむ。こちらも全力を出さねば、失礼にあたるか」
愛用の大剣を利き腕である右腕一本で楽々と持ち上げ、空いた方の左手で予備の剣を抜き放つ。
剛腕だからこそ可能な二刀流だった。
「そら!」
右手の大剣をローエングリンは全力で振り下ろした。
ジークフリートは避けようとはせず、バルムンクで受け止めようとする。
この瞬間、ローエングリンは自らの勝利を確信した。
大剣を受け止めた際、無防備となる胴を左手に握った剣で薙ぎ払う。
ローエングリンの剛腕なら、ジークフリートの上半身と下半身は永久に別れを告げるはずだ。
そうはならなかったのはジークフリートが、いやバルムンクがローエングリンの繰り出した容赦のない大剣の一撃を弾き返してしまったからである。
「馬鹿な!」
信じられないといった顔で、ローエングリンは自分が後ろに倒れそうになるのを踏ん張って耐える。
もはや左手で攻撃するどころではなかった。
ローエングリンの態勢が崩れた隙を、ジークフリートが見逃すはずがない。
必殺の一撃がローエングリンを襲う。
「竜巻!」
まさにバルムンクの剣先がローエングリンの命を奪おうとしたとき、顕現した竜巻がそれを阻止した。
自分の主が窮地に立たされているのを見かねたカーディスが、救援に駆け付けたのだ。
「ローエングリン! 大丈夫ですか?」
「これは面目ない」
「本当ですよ。あなたが死んだ時点で我が方は負けなのです。少しは自重して下さい」
見も蓋もないカーディスの貶しようである。
さすがにしゅんとなり肩をすぼめて、ローエングリンが態勢を整えようとしたときだった。
――隕石が空から落下し、王都の北門にけたたましい音を立てて突き刺さったのは。
「あれは隕石弾の魔法……、まさか!」
すぐにカーディスはピンときた。
こんな荒業が出来るのは1人しかいない。
「白い魔法使いの仕業ですね」
ということはユーフェミアも来ているに違いない。
安全な場所で待つというのは、真っ赤な嘘だったのである。
しかも自分達が南門に敵を引きつけている瞬間を狙って、反対側の北門から侵入しようとしているのだ。
あの平民宰相は、どんだ食わせ物だった。
いちいちカーディスの癪に障る連中だ。
「いかん!」
隕石弾の魔法を目撃したジークフリートは、急いで東門に取って返した。
認めるのは悔しいが、王都の戦いは恐らく北海帝国軍の敗北で終わるだろう。
ならば少しでも多くの味方を逃がさなければならない。
「逃すか!」
態勢を立て直したローエングリンは、後退するジークフリートを追撃する気満々だった。
「追う必要はありません」
それを止めたのは、カーディスの声である。
「何故だ? 奴の首を取る絶好の機会ではないか!?」
ローエングリンは憤怒の形相を向けた。
このままではみすみす大魚を逃してしまう。
「竜殺しの首は、そんなに簡単に取れませんよ」
宥めるどころか、火に油を注ぐようなカーディスの発言である。
「ジークフリートのことは、白い魔法使いに任せましょう」
先ほどのローエングリンとに一騎打ちを目の当たりにして、常人が手を出して良い相手ではない事をカーディスは悟った。
要は戦いに勝てばいいのである。
無理にジークフリートの相手をする必要はないのだ。
「白い魔法使いが負けたらどうする?」
「別にどうもしません。何か困りますか?」
「カーディス、お主……」
「理想を言えば共倒れして欲しいですが、そうはならないでしょうね」
冷徹な計算が、カーディスの中で働いていた。
竜殺しも白い魔法使いも、自分からすれば紛れもない敵なのである。
敵同士が戦ってくれれば、手間が省けて都合が良い。
それだけのことだった。
「カーディス、どちらが勝つと思う?」
不謹慎にもローエングリンは2人の戦いを賭けの対象にしていた。
王弟にあるまじき行為であるが、こういう部分が兵士たちに指示されている理由なのかもしれない。
「どうでしょう? 白い魔法使いだけで竜殺しに勝つのは至難の業ですが……。それよりも、そろそろ南門が開きますよ」
「おお! この機を逃すわけにはいかんわい」
兵たちがこじ開けた南門をくぐり、ローエングリンは大剣を振るう。
その偉容に北海帝国の兵たちは恐れおののくざまだった。
「伝説の力を持った人物が2人も現れるとは、案外世界も狭いものですね。我が主にも、もう1段、いえ2段上の強さを身に付けてもらわなくては……」
軽々と分厚い大剣を振り回すローエングリンを見遣るカーディスの眼光が厳しさを増した。
手っ取り早く強くなるには、やはり強力な剣を入手することだ。
「聖剣エクスカリバーがあれば」
アルビオン王国に古より伝わる聖剣エクスカリバー。
その名前には、特別な響きがあった。




