第9章 平民宰相 ~その2~
「そうかもしれません。しかし、そうでないかもしれない」
全てを承知したうえで、このように切り返すあたりが海千山千の宮廷魔術師たる所以である。
今度はクレアが鼻白む番だった。
「力のある者が王位につくべきだ、と?」
「王位継承権を有するのなら、それもありかと」
あっさりとカーディスは言ってのけた。
「特に乱世ならば、なおさらです」
力が物を言う時代に、いくら御託を並べても無意味だ。
それに率直に言ってしまえば、カーディスはユーフェミアのような小娘の風下に立つのが嫌だったのである。
ローエングリンほど屈強ではないが、パルツィヴァルも聖杯の騎士と称えられるように立派な騎士だった。
主君として何ら過不足はない。
しかし、実績も何もない若輩のユーフェミアが主になるなど冗談ではなかった。
とても忠誠など誓う気になどなれない。
その点、ローエングリンは質実剛健で付き合いも長くパルツィヴァルの弟で王位継承権もある。
カーディスがどちらを選ぶかなど、火を見るよりも明らかだった。
「力づくで奪え、か」
自らの敗北を悟り、クレアは大きく息を吐いた。
現在アルビオン王国の兵馬の権はローエングリンが握っている。
最初からクレアにとって手足を縛られた状態で、交渉のテーブルに座らされたと言ってもいいくらい、圧倒的に不利なものだった。
それでも少しは譲歩を引き出せると思っていたが、アルビオン王国の宮廷魔術師はそれほど甘い相手ではない事をクレアは痛感した。
「はあーっはっはっは! クレアとやら、その通りだ。欲しいものがあるなら、力づくで奪えばいい。それだけだ!」
破顔しながらローエングリンは豪語する。
その言葉はまるで挑発しているように聞こえた。
挑戦してきたのなら、決して逃げないともとれる。
豪放磊落な性格のローエングリンだからこその台詞だ。
「わかりました。我々はアルバート港湾都市で、吉報を待つことにします」
表情はくたびれているものの、クレアの目は死んでいない。
まだ挽回の余地があると雄弁に語っていた。
だから我々という言い回しで、こちらの戦力は提供しないと釘を刺したのだ。
「クレアの言う通りにします」
こくりと頷いて、ユーフェミアはクレアの言葉を全面的に受け入れた。
それに伴い、小さな部隊は再びアルバート港湾都市の地を踏むことになる。
「くっくっく、大した子供たちだ」
カーディスと2人きりとなった幕舎で、ローエングリンはユーフェミア一党を褒めた。
「笑いごとではありませんよ。苦労させられる身にもなって下さい」
剣を交えぬ戦いで、カーディスは久々に手を焼く羽目になったのだ。
「宮廷魔術師にそう言わせるとは、なかなかのものだ。数は少ないとはいえ、優秀な人材が揃っているとみえる」
「あれは大盾のアイギスですね」
「幕舎には来なかったが、弓騎士のローズマリーもおったぞ」
あのはねっ返りのハーフエルフを、どうやって手懐けたのでしょう?」
「さあな。だが下手な貴族よりも大きな戦力を引き連れてくるとは、わしの姪は存外、大物かもしれんなあ」
唸りながらローエングリンは感心した。
王位継承権を争う相手ではあるが、それは別と割り切っている。
「あのまま大人しくしているとは、とても思えませんね。さて、宰相殿はどんな手を打ってくることやら」
心なしか楽しみにしている自分がいて、カーディスはおかしくなった。
「何かしかけてきたら、迎え撃つだけのことよ。それよりも、わしはそなたが白い魔法使いだと思っていたのだがな」
「私はティンタジェル城が落ちる前からいましたよ?」
あえてカーディスはおどけた口調で言った。
実のところ、少々落胆していたのだ。
「そうだったか。まあ、それこそ力づくで奪えば済む話だ」
そのローエングリンの言葉にカーディスは、はっとなる。
「いかにも、あなたらしい考え方です。しかし、一理ありますね」
なるほど、選ばれないのなら自分がなってしまえばいいだけのことだ。
カーディスは目から鱗が落ちる気分だった。
さすがは自分が見込んだ主君である。
もうすぐクリスマス。
ワタルにとってどうでもいいが、通常の高校生なら心躍るイベントだろう。
「新土居は岩崎と付き合ってるの?」
突拍子もない、とはいえないが、しかし返事に困る質問をワタルはされてしまった。
さて、どう答えれば興味津々の同級生たちを満足させられるだろうか?
「付き合っているというか、高校生らしい事をしている。そんな感じかな?」
月並みな言い方をすれば、叶恋は恋に恋をしているのだ。
高校生として恋愛をしている自分が好き。
それはワタルの感覚からすれば、付き合っていることにはならない。
「ぐえ! ちょ、岩崎……」
自分の席に腰かけているワタルの背中に、叶恋が上半身を押し付け伸し掛かってきたのである。
ここで間違っても、
「重い!」
とか、
「ペチャパイで背中に何も感じない」
などと言ってはいけない。
「イヴの日は一緒に遊園地に行こう!」
一緒にいてわかったが、叶恋がこういうことを言い出す時はすでに決定事項なのである。
ワタルに拒否権はなかった。
「いや、その、叶恋さん?」
「おりゃ!」
叶恋は両腕をワタルの首に回して絞めだした。
「お前は一体何がしたいんだ?」
ワタルは強引に立ち上がる。
さすがに叶恋は両腕を離し、ワタルは解放された。
「いやあ、ほら、照れ隠しだよ、照れ隠し」
自分の方から誘うというのは、叶恋であっても恥ずかしいのだ。
これでも一応、女の子である。
「ごほっ。いや、わけがわからん」
これはワタルが悪い。
教室にいた誰もがそう思った。
そして、これはどう考えても付き合っているよなあとも。
「察しろよ!」
じろりと叶恋はワタルの顔を覗き込んだ。
唇をへの字にして拗ねている叶恋は、それなりに可愛気があった。
ずいぶん変わったものである。
何にでも全力投球だ。
勉強も、運動も、遊びも、恋愛も……。
そんな叶恋が、面倒臭がり屋のワタルからすれば眩しかった。
「わかったわかった。24日、遊園地な」
どうせ予定もないのだから、ワタルは構わなかった。
普通に誘えばいいのだ。
しかしワタルが12月24日に遊園地に行くことはなかった。
バギンズによって、異世界に召喚されてしまうからである。
2度目の訪問は大過なく済んだ。
アルバート港湾都市に着くや否や、すぐに開門したのだ。
「ユーフェミア王女、エディントン平野での勝利、おめでとうございます!」
如才ない総督は、さっそく祝辞を述べた。
エディントン平野の戦いに勝利したからこそ、クレアはアルバート港湾都市に帰還することを提案したのだ。
「以前と同じ部屋を用意してあります。ごゆっくりお休みください」
これは当然ユーフェミアだけであり、他の者は報酬を受け取り解散となる。
ワタル、イゾルデ、クレア、ローズマリー、アイギス、ルーファスの6名は各自で好きな宿を取ったあと、あらかじめ決めてあった酒場兼大衆食堂に集まることにしていた。
「あとはクレアだけか」
特に時間を指定せずにおいたのだから文句もなく、ワタルは気長に待つ。
魚料理で空腹を満たしながら、分厚いマビノギオンをめくった。
マビノギオンには魔法意外についても記述がある。
気になる一文がワタルの目に留まった。
「魔導鉱石、こんなのがあるのか」
その名称から大体想像がつくと思うが、一応説明をしておくと魔力の詰っている石だ。
これがあれば術者は魔力を消費せずに魔法を行使できるという、便利な道具だった。
「ワタル殿、あれは値が張るぞ」
「そ、そうなんですか、イゾルデさん?」
「ああ。確かちょっとした宝石並みの値段がしたはずだ」
ぐっと詰まったワタルを見て、イゾルデは意地の悪い笑みを浮かべる。
現状、マリウスからの小遣いでやりくりしているワタルには手が出せなさそうだ。
生活には不自由してないが、早いところ収入の手段を確立しないと、いずれ困るだろう。
「白い魔法使い殿がご所望なら、2,3ほどご用意しますが?」
このような気前の良いことを口にできる知り合いは、ワタルには1人しかいなかった。




