第8章 白鳥の騎士 ~その4~
「これは、今まで以上に気合を入れる必要があるな」
さぼり癖のあるワタルは、しかし満足だった。
ユーフェミアの悲痛な想いを聞いた者は、全員ワタルと同じ気持ちである。
「では、アイギスさん、突撃の合図を」
一番声が大きいという理由で、クレアは指名した。
何と言っても大口のアイギスだ。
「任せろ! 全軍、突撃ぃいいいいいいいっ!!」
アイギスの野太い声が、小さな部隊100名全員の耳に痛いくらいに鳴り響く。
真っ先に飛び出したのは、その野太い声を発したアイギスだ。
誰もが負けじと『大盾』の背中を追いかける。
その士気は天を突かんばかりの勢いだ。
時を同じくしてローエングリンも自身が編成した部隊と共に突貫した。
図らずも前と後ろから挟撃する形となったのである。
北海帝国軍の右翼部隊は、がつんと最初の一撃で文字通り粉砕されてしまった。
「どこの部隊か知らぬが助かったぞ」
精悍な顔つきをしたローエングリンが小さな部隊に接触する。
「久し振りですね、ローエングリン」
「なんと! ユーフェミア王女だったか。まさか戦に出てくるとは、ずいぶんと変わられましたな。それとも、今まで大人しいふりをしておられたのかな?」
「あなたと同じく、王族として当然のことをしているまでです」
茶化されてもユーフェミアは毅然とした対応を見せる。
「ほお。いっぱしの口を利くようになったか」
顎をさすりながらローエングリンは、にいっと笑った。
周囲の人間に怯えて小さくなっていたあのユーフェミアが、兵を率いて現れはっきりと物を言う。
それがローエングリンの目にはとても面白く映ったのだ。
「今は戦の最中ゆえ、積もる話は後にしましょうぞ!」
それだけ告げると、ローエングリンは次なる敵を求めて戦場に舞い戻った。
ユーフェミアの傍らに控えていたクレアは、ローエングリンの動きを目で追い、次に出す指示を思案する。
どうやらローエングリンは後方へは退かず、敵中央部隊を後輩から攻めるつもりだ。
右翼部隊を瞬時に壊滅させた波紋は敵味方に大きな影響を与えた。
アルビオン王国軍は息を吹き返し、北海帝国軍は浮足立ったのである。
「私たちは敵の本陣を目指しましょう!」
「当初の予定と違うが、大丈夫なのか?」
急に予定を変更したクレアに、イゾルデは眉をひそめた。
「はい。今ならローエングリン王弟殿下の兵が盾になってくれるはずです。それに敵の右翼が崩れたため、退路はあります」
最初の作戦に固執する愚をクレアは犯さなかった。
兵は詭道なり。
戦場は刻々と変化するのだ。
ならば、それに合わせて行動するのは当然だろう。
この辺り、ワタルの場合は行き当たりばったりな感が強いが、クレアは柔軟に対処していた。
伝令を走らせ、最前線にいるワタルとアイギスの新たな指示を伝える。
あの2人が動けば他の兵は追随するはずだ。
小さな部隊は北海帝国軍の本陣を陥れようとしていた。
クレアの指示に従い、ワタルは敵本陣に進路を定めた。
「あんな小娘に、全てを委ねて大丈夫なのかよ?」
例によって文句を垂れているのはアイギスだ。
すんなりと言うことを聞くワタルの事を不思議がっている。
ガン!
とアイギスの鎧を蹴る音が響いた。
「クレアのことを馬鹿にするな!」
目尻を吊り上げているのは、もはや宰相として前線に出ることが出来なくなったらクレアに代わって、槍隊の指揮をしているルーファスという名の少年だ。
クレアがアルバート港湾都市の図書館に籠っているときから、ルーファスが槍隊をまとめていた。
なかなか人望もあり、堅実な部隊運用を行う型の指揮官だ。
ワタルたちが月の森を出発して最初に立ち寄った村にいた少年である。
そう考えると、割と長い付き合いだった。
「農民風情が!」
そう吐き棄てるアイギスの声には、不愉快さが露骨に表れていた。
兵が集まらないといって、農民と肩を並べて戦うのも気に入らない。
「このデカブツが!」
ルーファスは怒り心頭で体が熱くなる。
「はあっ。お前ら戦いの最中だぞ? 喧嘩なら終わってからにしろ!」
ワタルは軽い眩暈がした。
アイギスは大人なのだから不満を口に出さなければいいのだし、ルーファスもイチイチ絡むなと思う。
ルーファス方はクレアに気があるのだから、わからないでもないが。
「クレアの判断は的確だ。それでもおかしいと思うなら、自分の意見を述べればいい」
難癖をつけるなら、代案を出せとワタルは言っているのだ。
文句を言うだけでは、それこそ子供と変わらないではないか。
「ふん!」
拗ねたようにアイギスはへそを曲げてしまう。
「ルーファスも、もう少し口の利き方に気を付けるんだ。わざわざ煽るような言い方をするな」
「……わかったよ」
ルーファスは不貞腐れたようにそっぽを向いてしまった。
窘めるワタルもうんざりとした顔になるが、2人とも大人しくついてくるのでそれ以上は何も言わなかった。
それでも小さな部隊は一丸となって進撃する。
その行く手を阻止するように、新たな敵部隊が割り込んできた。
「こんなところまで、敵が入り込んでいたのか!」
「お前は、モードレッド!」
「な! 貴様は白い魔法使い! どうしてこんなことに……」
モードレッドは呻き声を漏らす。
本陣を守ろうとしたのではなく、戦況が不利と見るや勝手に退却したのである。
その撤退の最中に小さな部隊と出くわしてしまった。
ほとほとツイテない男だ。
「相手は小勢だ。かかれ!」
こちらが小勢と知ると、モードレッドは躊躇うことなく突撃の指示を出した。
アイギスが、ルーファスの槍隊が攻撃を受け止める。
ヒュン! ヒュン! ヒュン!
小気味よい音が3度鳴ったかと思うと、敵兵の首が3つ宙を舞っていた。
こんな芸当ができるのはローズマリーしかいない。
矢が放たれる度に、敵の兵士は首を刈られ、心臓を射抜かれ命を散らしていく。
まさに神業といえよう。
しかし、圧巻は白い魔法使いだった。
「爆発(エクスプロ―ジョン)!」
爆発の魔法が放たれると、何人もの敵兵が吹き飛ぶ。
アイギスの前方に道を作るように、ワタルは爆発の魔法を撃ちこみ続けた。
「口だけじゃないところを、見せてくれよ」
ぽつりとワタルは呟く。
爆発の魔法によってアイギスとモードレッドの間には、わずかな敵兵しかいなくなっていた。
「うっしゃあ!」
ワタルの意図を汲んだアイギスは、その巨体に似合わぬ俊敏さで、猛然とモードレッド目がけて突進を開始した。
途中で邪魔をする敵兵はローズマリーが正確無比な射撃で狙い、アイギスを射程ぎりぎりまで援護する。
最後に残ったモードレッドの側近は、体当たりをぶちかまして全て蹴散らした。
「こんな、こんな馬鹿な死に方が……」
その台詞を最後まで言えずに、モードレッドに死神の鎌が振るわれる。
ワタルたちの力に圧倒され、ろくな反撃もできないままアイギスの突き出した槍に胸を貫かれたのだ。
ユーフェミアと結婚し、権力を手にしようとした男の哀れな末路である。
アルビオン王国の重臣として、国政に参加できる立場になれたはずだった。
己の強欲さが輝かしい未来を閉じたのだ。
「1つ、片付いたか」
裏切り者は始末したが、ワタルたちに立ち止まっている暇はない。
本来の目的は北海帝国軍の本陣だ。
「この音は一体?」
聞き慣れない低音が、ワタルの進行方向から鳴動し出した。
これは角笛の音である。
異邦人のワタルや村から出たばかりのルーファスには、その角笛の音が何を意味しているのか知らなかった。




