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第8章 白鳥の騎士 ~その3~

「わかっておる。わしを一体なんだと思っておるのだ? 我が国の宮廷魔術師殿は」

「ふふ。まるで好物を取り上げられ、駄々を込める子供のように見えますが?」

 ローエングリンの強い語気にも動ぜず、カーディスはにやと口元を緩ませた。

 この宮廷魔術師は同じ魔法使いでもワタルと違い、白いローブを纏いフードを被っている。

 絵に描いた魔法使いそのものだ。

「ふん。布陣し終えたら、見張りの兵以外は休憩を取らせるさ」

「それがよろしゅうございます」

「すでに指示を出しておいて、どの口が言うか」

 これは明白な独断専行であるが、ローエングリンは特に咎めるようなことはしなかった。

 常に存分に戦える環境を、カーディスは二人三脚でアルビオン王国を、内政・外交の両面で支えてきたのである。

「ザクセン族との戦いで、兵は相当疲労しています。みなが皆、ローエングリンのようにいきませんよ」

「耳の痛い話だ。だがカーディスよ。貴様こそ、しかと休んでおけよ? これまで不眠不休で軍を統制してきたのだからな」

「……知っていましたか」

 カーディスは疲れ気味の笑顔で応じた。

 兵站ならびに糧食の確保、さらに軍の編成と難題が口を開けて待っていたのだ。

 ティンタジェル城を発したときに2000人いた人員が、今では1200までその数を減らしていた。

 相対したザクセン族は倍の4000もの兵力を用意していたのである。

 2000対4000の戦いを損耗率4割で勝利に導いたのだから、上出来といえるのかもしれない。

 最悪、全滅の憂き目にあった挙句、北海帝国とザクセン族によってアルビオン王国は消滅していた可能性もあるのだ。

 まだ、アルビオン王国は存在しているし復興の目も残っている。

 その代償としてカーディスは心身ともに限界まで負荷がかかっていた。

「ちゃんと寝ておけ。そなたが目を覚ますまで、こちらからは仕掛けぬ」

「目の前にぶら下がった極上の餌を前に、どこまで我慢できるのでしょうかね?」

 やれやれと肩を竦めるが、無論カーディスは本気で言っているのではない。

「ですが、せっかくなのでお言葉に甘える事にしましょうか」

 ローエングリンの前から辞し、カーディスは自分の天幕に辿り着くなりベッドに倒れ込む。

 そして昏睡の魔法にでもかかったように、深い眠りに落ちた。

 ローエングリンは約束を守りカーディスが戻るまで軍を動かさず、エディントン平野に布陣した両軍はしばらく睨み合いを続けた。




 エディントン平野に着陣した際の両軍の動員兵力は、アルビオン王国軍1200に対し、北海帝国軍2000となっていた。

 そこへ途中からユーフェミア率いる、わずか100名の『小さな部隊』が加わる事となる。

 定石としては兵力の少ない側が、兵力の多い軍を迎え撃つという展開となるが、ローエングリンはそんなことはお構いなしに攻撃命令を下した。

 自らが陣頭に立ち、大音声を上げながら猪突猛進を開始する。

 王都を奪われている現状、補給の観点からアルビオン王国軍に持久戦という選択肢は最初から有り得ない。

 まあ、ローエングリンの頭の中にそんな事情は入っていないのだが。

 十分に睡眠と休息を取り、息を吹き返したカーディスの魔法の威力も手伝って、アルビオン王国軍の最初の一撃は、北海帝国軍の中央部隊に風穴を開けた。

 余勢をかって一気に敵本陣を突ければ、敵軍に動揺が走り戦線を崩壊せしめ撤退に持ち込めたかもしれない。

「後方の兵を押し上げよ!」

 すぐさまグイスガルドは予備兵力を投入し、前線にできた穴を塞ぐ。

 中央の部隊が撃破されることは織り込み済みだった。

 あえて後方に兵を控え、遊兵を用意しておいたのである。

 遊兵を作ることは戦術的に間違いと言われているが、こういう場合や兵を入れ替え休ませるときには効果的だった。

 さらに、

「左右の兵は包み込むように前進し、敵の側面から攻撃せよ!」

 中央で敵の進撃を阻んだ次は、左右の部隊を前進させ半円状に陣を変化させる。

 グイスガルドの采配に兵たちは応え、北海帝国軍はアルビオン王国軍を半包囲下におくことに成功した。

「散り散りになるな。密集体型で応戦しろ!」

 戦場にローエングリンの怒号がこだまする。

 もともと兵の数が少ないうえ、3方向から同時に攻撃を受けている現状では散発的な攻撃は意味がないし、バラバラに戦っていては各個撃破されてしまう。

 密集して防御を固めて攻撃を凌ぎつつ、カーディスの待つ後方へ下がるのが最上といえた。

 秩序を失った軍は、あっという間に崩壊する。

「ほう! 敵もやるではないか」

 双眸をぎらつかせ、ローエングリンは獰猛な笑みを浮かべた。

 次々に味方の兵が討ち取られていくが、アルビオン王国軍の士気が衰えることはない。

 いかに不利な状況にあろうと、白鳥の騎士さえ健在ならば勝てると兵たちは信じているのだ。

 局面打開のため、ローエングリンは兵を選抜し、自分と共に突撃する部隊を指揮もこなしつつ編成した。

 後方へ下がるにしても、それまでの被害も馬鹿にならない。

 ならば抜本的な手術に踏み切った方が良いと決断したためだ。

 半包囲の一角に痛撃を浴びせ怯ませたのちに、一度撤退をする。

 狙いはこちらから見て左手、敵の右翼の部隊だ。

「よし! では突撃を開始する。わしについて参れ!」

 ローエングリンの号令もと、敵右翼に一撃を加えようとしていた正にそのとき、ユーフェミア率いる100名足らずの小さな部隊が戦場に姿を現した。




「すでに始まっているのか」

 ごくりとワタルは唾を飲み下す。

 軍勢と軍勢のぶつかり合いは、凄惨を極めていた。

 それがワタルの心身の奥底まで冷たくする。

「敵の右翼を攻撃します」

 この惨たらしい光景を前にしても、クレアは涼しい顔で指示を出した。

 それがワタルには、にわかに信じられない。

「クレア、敵本陣を襲った方が良いのではないか? 今なら十分に狙えるはずだ」

 確かにイゾルデが指摘するように、本陣を強襲できそうな状況だった。

 北海帝国軍は目の前の敵に集中するあまり、周囲に対する警戒が疎かになっているのだ。

「本陣を陥落させた後、撤退する敵兵に私たちは飲み込まれてしまいます」

 丁寧にクレアは自分の考えを述べる。

 敵本陣を襲えば確かに効果は大きいし、北海帝国軍を撤退に追い込めるだろう。

 だが100名足らずの兵力では、そのあとを支えきれない。

「そうだな。例え勝利しても、死んでしまったら意味無いものな」

 イゾルデも納得したようだ。

 それ以上、追及はしなかった。

「この戦いは、私達が加わったことで勝利したことにしなければなりません」

 意味深な発言に、声が届いた者は全てクレアを凝視する。

「そでなければ参戦した意味がない上に、ローエングリン王弟殿下に王位が移ってしまうでしょう」

 クレアの目は、すでに戦後を見据えていた。

 あくまでワタルたちはユーフェミアに仕えているのであってアルビオン王国の、ローエングリンの臣下ではない。

 だからユーフェミアに玉座に着いてもらう必要があった。

「私は……、私は、もっと外の世界の事を知りたい! 自分の人生は自分で決めたい! これ以上、誰かの言いなりになるのは嫌です!!」

 人生で始めてともいえる激しい口調で、ユーフェミアは己の胸の裡を吐露した。

 ワタルたちと一緒に旅をして、様々な風景を眺めてきて、駕籠の鳥だったユーフェミアの心境に少しずつ変化が生まれてきたのである。

「民が苦しい思いをしていることも、知りました……」

 全てを諦める代わりに、ユーフェミアは自分が手厚く守られていることも知った。

 王族の贅沢な暮らしを支えるために、民が貧しい生活を送っていることも。

 それらの現実を、ユーフェミアは変えたくなったのだ。

 アルビオン王国の王として即位し、女王となればそれが可能なのである。

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