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第8章 白鳥の騎士 ~その1~

 ティンタジェル城下に、グイスガルドが喉から手が出るほど欲しかった援軍が入った。

 ベイドンの戦いで多くの兵士を失い、王都とアルビオン王国北部地域の統治にかかりきりだった現状に終止符を打ち、いよいよ南部地域まで手を伸ばすことができるのだ。

「ロベール殿、よく来てくれた」

 出迎えたグイスガルドは丁重に労をねぎらった。

 将の格としては自分の方が上だが、ロベールは貴重な増援を率いてきてくれたのである。

 礼の1つも述べるのが作法というものだろう。

「これは! グイスガルド殿自ら出迎えていただけるとは、恐縮です」

 育ちの良いロベールは即座に馬から飛び降りて畏まった。

「そなたは援軍を連れてきてくれたのだ。礼を言うのは当然のこと。食事を用意させてある。そこで今後の方針を話し合おうではないか」

 ティンタジェル城で王族が食事をしていたであろう一室に、グイスガルドは招いた。

 ロベールに否も応もない。

 促されるまま、後に続いた。

 北海帝国の様式と違い、アルビオン王国の方がテーブルや燭台といった家具備品、皿やフォークなどの食器が遥に洗練されていた。

 食事もずいぶんと豪勢な料理がテーブルの上に並べられている。

「我が国と違い、アルビオン王国は温暖で豊かですね」

 捻りも何もない感想を、ロベールはそのまま述べた。

 しかし、それこそが北海帝国がアルビオン王国に進行した最大の理由なのである。

――食料の確保。

 領土の大部分が極寒の土地で占められている北海帝国にとって、戦争は正に経済活動であり食料問題でもあった。

 飢えを凌ぐために戦うのである。

 今、この時もグイスガルドは支配した地域から、せっせと食料を本国へ送らせていた。

 アルビオン王国南部地域まで手が回らないのも、それが原因で人員が足りていないのだ。

 ベイドンの戦いで半数の敵相手に多くの兵を失ったのは、実は痛恨の出来事だった。

 アルビオン王国は北部地域よりも、南部地域の方がより穀物の収穫量が多いのだから。

「王都は占領した。あとはローエングリンさえ片付ければ、アルビオン王国も晴れて北海帝国の版図となる」

「ご出陣なさるのですか、グイスガルド殿?」

「うむ、そのつもりだ。模様眺めをしているアルビオンの貴族どもが合流しない今が、ローエングリンを叩く絶好の機会だからな。それに、王都は可能な限り傷付けずにおきたい」

 力強くグイスガルドは言い放つ。

 占領下にあるとはいえ、グイスガルドは街道を封鎖したりせず自由な通行を許可し、商いをさせているため王都に物資が集まってくるのだ。

 この物流を途絶えさせたくなかった。

 集まってきた物資を、そのまま本国へ輸送すればいいのだから。

「そこでロベール殿にはジークフリートと共に王都のティンタジェル城の守りをお願いしたい」

 グイスガルドの醸し出す雰囲気は、反論を許さないものだった。

 それに援軍を派遣してもらいながら城に籠ったとあらば、将として立つ瀬がない。

「……それは、自分がまだ年若く頼りにならないからでしょうか?」

 そのように告げるロベールの声は、微かだが震えている。

 まだ20代前半の自分が力不足であることと、それにも関わらず将軍になれた理由をロベールは重々承知していた。

「そう思うのは貴公の勝手だが、単に手柄を独り占めしたいだけかもしれんぞ?」

 にやりとグイスガルドは破顔した。

 別にロベールの事を頼りないなどとは思っていない。

「もし自分に何かあれば、そのときはロベール殿、貴公が全軍の指揮を執れ」

 むしろアテにしているから、後事を託せるのである。

「グイスガルド殿! 戦う前から、そのような事を申されては!!」

 弱気な発言に思わずロベールは大きく目を見開く。

「相手はあの白鳥の騎士スワン・ザ・ナイトローエングリンだ。戦いはどう転ぶか全く予測がつかん」

 弱気の虫を覗かせたのではなく、グイスガルドは現実を直視しているのだ。

 気合で勝てるのなら、誰もが戦いに負けることはないはずである。

「以前、彼奴とはハドリアヌスの長城で矛を交えたことがってな。その強さを肌で感じたのだよ」

「そう、でしたか……」

 始めてブリストル島の土地を踏んだロベールには、グイスガルドの言う白鳥の騎士の強さが実感できない。

「あのとき退けることができたのだ。決して勝てない相手ではない。しかもザクセン族と戦い消耗しているし、我らより兵も少ないはずだ」

 グイスガルドは的確にアルビオン王国軍の現状を把握していた。

 休息を取らせる暇を与えずに畳み掛ける。

 戦術としては理に適っていた。

 むしろ負ける要素が見当たらない。

 それでもグイスガルドは当時を振り返り、ぞくりとした寒気を覚えた。

「グイスガルドと言ったか? 此度の戦い、とても楽しかったぞ! 次も期待しておる!!」

 ローエングリンが去り際に放ったその一言が、グイスガルドの脳裏に刻まれたまま消えないのだ。

 グイスガルドは戦慄した。

 互いに多くの死傷者を出した熾烈な戦いが楽しかったなどと、どうして笑い飛ばせよう?

 戦争とは目的を達するための手段であるはずだ。

 しかし、ローエングリンは手段が目的と化しているとしか思えない。

 戦を好み武勇を誇り名声を高めるというのは、まだ理解できる。

 だが戦いそれ自体は目的というのは、グイスガルドの想像の範疇を超えていた。

 得体がしれない。

 それでもローエングリンがそういう男だという事前の知識があれば、対処の仕様もあろうというものだ。

「すまんが、ロベール殿の出番はなさそうだ」

「仕方ありませんね。手柄はグイスガルド殿に譲りますよ。自分はティンタジェル城で留守番をしております」

 グイスガルドの戯れに付き合い、ロベールは皮肉を返した。

 我の強い諸将がひしめく北海帝国の中でも、ロベールは大人しく任務を忠実にこなすことに定評のある将軍だった。

 間違っても手柄を横取りしようと軍紀違反を犯したりはしない。

 安心してグイスガルドはティンタジェル城を離れることができた。

 いよいよ北海帝国軍による南進が開始される……。




 海路の封鎖も解除されクラ―ケン(仮)との折衝も終わり、アルバート港湾都市がいつもの活気を取り戻した、ある日のこと。

 ワタルはマリウスから総督府庁舎に召集を受けた。

 部屋はいつかの応接室である。

 すでにユーフェミアを上座に、イゾルデ、ローズマリー、クレア、アイギスが揃っており、他にも何人か上品な格好をした貴族と思しき面々が参集していた。

 どうやらワタルが最後のようだ。

「白い魔法使い殿、空いている席へどうぞ」

 マリウスに促され、ワタルは真っ先にイゾルデに目を向けるが、その両隣はユーフェミアとクレアが埋めていた。

 というより女性陣の隣は全て取られている。

 仕方ないので、心の底から嫌々ながらのもアイギスの隣に座った。

 巨漢が威圧感を放っているため、誰も寄りつかず席が空いているのだ。

 そういえば、どうしてクレアとアイギスが同席しているのだろうか……?

 気になるが、ワタルが着席すると同時にマリウスが口を開いたため、詮索するのをやめた。

 どうやら進行役はマリウスが務めるようだ。

「いよいよ北海帝国軍がティンタジェル城を進発しました」

 いきなり不穏な内容をマリウスは口にした。

 座がしんと静まり返る。

 沈黙を破ったのは、意外にもクレアだった。

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