第7章 海の怪獣 ~その1~
両替所で全てを金貨に変え、手数料を差し引くと、きっかり金貨200枚になった。
「村人1人につき、2枚だな」
事もなげにイゾルデは言ってのける。
これだけの大金を、全て配る気でいるのだ。
他の4人は面食らった。
「いいんですか、イゾルデさん?」
「ワタル殿は、真っ先に賛成すると思っていたがな?」
「別に反対ではありませんが……」
ワタルとしては諸手を上げて賛成である。
「自腹を切るわけではないから、私は別に構わないさ」
ワタルのおかげで手に入った金なのだから、イゾルデは当人がするであろう使い方をしているだけだった。
あのマリウスが、いつまでも村人たちにタダ飯を食べさせておくはずがない、というのがワタルとイゾルデの一致した見解である。
いざというときのために、当座の金が必要なのだ。
幸い寝床は無料なので、金貨2枚あれば1週間は生活できる。
それまでに怪獣を何とかしたいところだった。
「私たちは明日の準備がある。クレア、任せて構わないか?」
金貨200枚が入った皮袋を、イゾルデは惜しげもなくクレアに手渡す。
「わかりました。早速、みんなのところを回ってきます」
「頼んだ。それと、この都市には図書館がある。1度覗いておくといい」
「はい。では失礼します」
軽く一礼して、クレアは身を翻すと軽快な足取りで駆け出した。
少しでも早く、金貨を届けたいのだろう。
「私も行くか。1人では危ないからな。明日、何があるか知らないがワタル、がんばれよ」
激励の言葉をかけると、ローズマリーはクレアの背を追いかける。
弓騎士の護衛があれば心配ない。
配下の盗賊もいることだし。
「なかなか気を回せるんだな」
徐々に小さくなっていく2人の背中を見つめ、ワタルの口元が綻ぶ。
微笑ましい光景だった。
「騎士団にいたときのローズマリーは、かなりの苦労人だったからな」
当時のことを思い出し、イゾルデは横顔に微笑を刻んだ。
ワタルとイゾルデは互いの目を見交わして、宿泊にあてがわれている屋敷へ向かおうとした。
マリウスが用意したのは、標準的な宿屋よりも豪華な部屋とのことである。
アルバート港湾都市に来るまでは野宿が基本だったため、非常にありがたい話だった。
「待て! 明日、何かあるのか?」
さっさと床に入って休息を取りたかったワタルとイゾルデを引き留めたのは、アイギスの巨躯に相応しい大声である。
「あ~……」
ワタルは気の抜けた声を出す。
こいつはローズマリーと違って気が利かないな。
「明朝、ユーフェミア王女に引き合わせる、詳しい話は、そのときだ」
手をひらひらさせて、ワタルはそれ以上の質疑を許さなかった。
ワタルは叶恋の強引な誘いで海に来ていた。
高校生のみそらでは、遠出など出来ようはずもなく、一番最寄りのしょぼい海水浴場だ。
それでも思春期の男女が2人きりともなれば、特別な空間となる。
「どう?」
したり顔で叶恋が水着姿の自分の肢体を披露した。
「子供かな?」
「第一声がそれか!」
ワタルの感想に叶恋は目を剥く。
フリル付きだがビキニと、それなりに無理をしたのである。
しかし、ワタルの好みは大人びた女性なのだから仕方ない。
叶恋は可愛いことは可愛いのだが、いかんせん幼顔だった。
それでも、こうして水着姿を眺めていると、それなりに胸がざわつく。
「同級生女子の水着姿って、何かエロいよな」
「何言ってんだ、こいつ!」
「え? そういう感想を求めていたんじゃないのか?」
「阿呆か! アホか! あほかあああああああああ!」
ヘソを曲げてしまったのは叶恋はパーカーを羽織ってしまった。
だがワタルの傍を離れない。
2人はレンタルしたパラソルの下で休憩を取る。
「……ごめん」
ふと、叶恋が謝罪の言葉を口にし、儚げな瞳を向けた。
「私のせいで、停学になったんでしょ?」
「………………」
ワタルは返答に窮した。
確かに叶恋に原因があることにはあるのだが、どちらかといえば偉そうに説教を垂れる担任により苛立ったからだ。
叶恋の白い肌に、ワタルは熱い視線を注ぐ。
「岩崎って、処○なの?」
「……は?」
「だから、男性経験あるのかって」
「こんなときに、何言ってんだ!」
怒ると同時に身の危険を感じた叶恋は、さすがにワタルから距離を取る。
その反応でワタルは大体わかった。
「ま、そんな程度のもんさ。岩崎が気にする必要はないよ」
異性との経験があろうがなかろうが、停学を喰らおうがドラマチックな人生とはならない。
少子化の時代に、停学くらいで大学に入れてもらえないということはないだろう。
教師の目が厳しくなるが、それこそワタルにはどうでも良かった。
「本当に?」
「ていうか、今の高校を辞めて通信制の高校に代えようとした俺が、停学くらい気にするわけがない」
「いやいやいやいやいやいや、それは駄目でしょ?」
叶恋は顔の前で右手をせわしなく振る。
「高校生らしいことを、するんじゃなかったの?」
「む! 岩崎に諭されるとは」
意外だったため、ワタルは目を丸くした。
水着姿よりも仰天する事だ。
「さ、せっかく海に来たんだから泳ごう!」
叶恋は腕をからめてワタルを海に引っ張る。
それは確かに高校生らしいことだった。
宿で心地良い睡眠をたっぷりと取った明朝、港にユーフェミアが見送りにくることがわかっていたため、約束通りワタルはアイギスを紹介した。
「『大盾』のアイギスですね。頼りにしております」
予想以上に心温まる言葉をユーフェミアからいただき、アイギスの胸に熱い物が込み上げてくる。
傭兵として数多の戦場を駆け巡り日銭を稼いで糊口を凌いできた自分に、王族が声をかけるなどありえなかった。
「は! 王女のために全身全霊で尽くす所存です」
感動と緊張のあまり、アイギスは敬礼をしたまま全身が硬直してしまう。
しかし、このあとアイギスは舌の根も乾かぬうちに、自分の言葉を裏切ることになる。
「アイギスは槍を扱えるか?」
体が動くようになったのは、ユーフェミアが立ち去ってワタルに声をかけられたときだった。
ワタルは呆れ顔をしている。
「無論だ。盾で攻撃を受け止め、槍で突き刺すのが重装歩兵の戦い方だからな」
「じゃあ子供たちに、その戦い方を指導してやってくれ」
せっかく使えるようになってきたのだ。
それにアルバート港湾都市が戦いに巻き込まれないとも限らない。
自分の身くらい守れるようにしておいた方が良いに決まっているから、ワタルは戦う術を学ばせることにしたのだ。
だがアイギスは不満で、たちまち目尻を吊り上げる。
「俺を怪獣退治に連れて行ってくれないのか!? 子供のお守なんて、ごめんだ!」
アイギスは苛立ちを抑えきれず吐き棄てた。
その巨漢から発せられる怒気は、並々ならぬものだ。
「じゃあ、とっとと南の大陸に帰るのだな。指示に従わない奴は必要ない」
まるで物怖じすることなく、ワタルはアイギスから視線を外さなかった。
むしろアイギスが尻込みをしてしまうほそ、ワタルの目は酷薄な色を滲ませている。
無茶な指示を出しているのではないのだ。
このような我儘を放置してはおけなかった。




