第6章 アルバート港湾都市 ~その4~
「これからは大盾ではなく、大口と名乗れ!」
「ワタル、面白くないぞ……」
ローズマリーは先ほどのドキドキした気持ちを返して欲しくなった。
「やっぱり? 俺も言ってから思った」
自分のことを冷やかな目で見るローズマリーから、ワタルは肩をすぼめて顔を背けた。
すでに2人ともアイギスのことなど、まるで眼中にないようすだ。
あれだけ無秩序だった喧騒が、見る影もなくなっていた。
残っているのはイゾルデにクレア、そして賭けの胴元だけだ。
「はい、金貨500枚」
「…………」
そのようにイゾルデから請求されても、胴元に払えるわけがない。
アイギスに賭けられた貨幣を全てかき集めて、ようやく金貨200枚ほどである。
残り金貨300枚、日本円に換算すると300万円。
普通に大人が首を吊ってもおかしくない金額だ。
「今、手元にあるだけで勘弁してやる」
もともとイゾルデはそのつもりだった。
「あ、ありがとうございます!」
平身低頭し、胴元は銀貨やら銅貨やらがぎっしりと詰まった大きな皮袋を2つ差し出す。
本来ならば家族ともども奴隷として売り飛ばされても、文句は言えないところだ。
そうならないだけ、命拾いした。
「そ、それでは、これで……」
触らぬ神に祟りなし。
胴元は逃げるように退散した。
「うわ! イゾルデさん。それ、どうしたんですか?」
「ワタル殿とローズマリーのおかげさ。何でも好きな物をご馳走してやろう」
イゾルデはにやりと口もとを緩めた。
瞬時に200万も稼いだら、誰だって気前が良くなるだろう。
「だが、その前に金貨に両替しないと、かさばって仕方がないな。ちょうどいい。おい、そこのお前! さっさと運べ」
いかにも重そうな皮袋をイゾルデは顎でしゃくりあげた。
誰に向けて言っているんだ?
とワタルは思いきや、
「まさか、俺に向けて言っているのか?」
確かに重たい物を運ぶのにうってつけの巨漢がいた。
アイギスである。
というか、まだいたのか……。
ワタルは辟易した目をアイギスに向けた。
「他に誰がいるんだ?」
この馬鹿は何を言っているんだ?
という顔をしてイゾルデは首を捻る。
「この『大盾』のアイギスが、使い走りのような真似をすると思うのか?」
「だよな。なんかお前、口だけっぽいし」
ワタルは痛烈な皮肉を浴びせる。
弱いくせに口だけは達者、という見本にしか思えない。
「「「ぷっ……」」」
イゾルデ、ローズマリー、クレアの3人は一斉に吹き出した。
「大体、その『大盾』というのは有名なのか?」
巨大な盾を持っているだけなら、誰だってそうじゃないか。
ワタルは合点がいかない。
「まあ、そう言うな。ワタル殿の白い魔法使いほどではないが、大盾のアイギスも南の大陸では、それなりに知れ渡っているからな」
微妙な言い回しだが事情に詳しい、的確なイゾルデの分析である。
その異名通り、アイギスは攻撃よりも防御を得意としていて、猪突してあっさり負けたのも、そこいら辺に原因があった。
それでもローズマリーやクレアに言わせれば、自分から喧嘩をふっかけてきて、これかという気分だが。
「貴様が白い魔法使いだったのか!」
大盾の男の巨体に、さざ波のような痙攣が走った。
白い魔法使いの風聞は、南の大陸まで届いている。
もともとアイギスは、それを耳にしてブリストル島を訪れたのだ。
白い国が滅亡の危機に瀕した際に現れ、救世主となる白い魔法使いを直に見るために。
「俺を一緒に連れて行ってくれ!」
手を伸ばせば届くところの、アイギスの目的の人物がいる。
絶対に逃すわけにはいかなかった。
「はあ?」
これ見よがしにワタルは顔を顰める。
わざわざ厄介事の火種を抱えたくないのだ。
「私は反対だ。ハーフエルフに偏見を持っているような輩と、一瞬でも一緒にいたくない」
ローズマリーは、まるで汚物でも見るような視線をアイギスへ放つ。
「女性に喧嘩を売るような人と、上手くやっていけるはずがありません」
同じくクレアも反対の立場をとる。
この2人が嫌がるのは、言わずもがなだった。
「だそうだ。そうする?」
言外にイゾルデは言っているのだ。
諦めて立ち去るか、それとも……。
「無礼を働いたことは詫びよう。すまぬ、この通りだ」
イゾルデの意図を正しく読み取ったアイギスは片膝をつき、深々と頭を垂れた。
そこに先ほどまでの傲慢さは一片も見受けられない。
しかし、ローズマリーとクレアは憮然としたままだ。
「そろそろ許してやったらどうだ? 女に喧嘩を売った挙句、こてんぱんにしてやられ、赤っ恥をかいたんだ。もう十分だろう? おかげで大金も稼げたことだし」
くつくつとイゾルデは喉を鳴らした。
事実を指摘したまでだが、どこか棘のある言い方だった。
衆目の前でアイギスは無様な姿をさらしたのである。
仕返しとしては、必要以上の効果を上げたはずだ。
「ワタルはどうなんだ?」
「そうですよ、ワタルさんはどう思っているんですか?」
ローズマリーとクレアに詰め寄られ、ワタルはたじたじだ。
迂闊なことを口走ろうものなら、どうなるかわからない!
「俺たちはユーフェミア王女に仕えている。一緒に来たいというのなら、まずユーフェミア王女に伺いを立てるべきだろう」
我ながら、上手い逃げ口上だとワタルは思った。
ワタル自身は、ここまで謝っているのだから、別にいいんじゃないかと考えが傾きつつある。
「恐らくユーフェミア王女も、ワタル殿に意見を求めると思うぞ?」
特に嫌がらせとかではなく、イゾルデは本当のことを述べただけだ。
ユーフェミアが抱いている特別な想いを知っているのである。
「ぐっ……」
ワタルは切羽詰った。
イゾルデの言うことは恐らく正しい。
ますますローズマリーとクレアの瞳に険が籠り、ワタルは視線を宙にさ迷わせる。
観念して、正直に思うところを語ることにした。
「北海帝国軍を追い払いアルビオン王国を復興させるには、1人でも多くの味方をユーフェミア王女のもとに結集させることが必要だと思う」
一呼吸入れて、ワタルは次の言葉を紡いだ。
「だが馬が合わない者同士では、戦いに支障をきたすのも事実だ。だから2人がどうしても無理というなら、アイギスは連れていかない」
煩わしい人間関係をワタルは避けてきた、いや断ちきってきたというのが正しい。
こういうとき、どうしたら良いのか本当にわからないのである。
もっともらしい御託を並べるだけで手詰まりな、薄っぺらい高校生というのが、伝説の白い魔法使いの正体だった。
「大事の前の小事ということか。しょうがないねえ」
弓騎士として復帰したローズマリーとしては、アルビオンの復興が第一である。
そのためなら、自分の感情を律することも厭わなかった。
「ワタルさんにそのように言われては、仕方ありませんね」
渋々ながらも、クレアはアイギスの同行を承認する。
今までのところ、ワタルの下した判断は間違っていない。
多くの村の人も命が助かったのだ。
クレアは素直にワタルの意見を尊重することにした。
この先クレアは常に、
――ワタルならどうするだろうか?
という基準で物事を考え、そこにアルバート港湾都市で閲覧できた書物の知識を加え、急速に様々な事態に対処できる目を醸成していく。
それが後々、平民宰相としての布石になるのだ。
「許可してくれて、感謝する」
もう一度、アイギスは深々と頭を下げた。
「ふむ。話はまとまったようだな。では一番下っ端のアイギス、これを運べ」
全くその通りなのだが、色んな意味で容赦のないイゾルデであった。
「……了解した」
やや態度が硬いが、アイギスは指示通りに銀貨や銅貨がぎっしりと詰まった皮袋を2つとも担ぐ。
ワタルたちは身軽なまま、両替所へと足を運んだのだった。




