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第6章 アルバート港湾都市 ~その1~

 ある日曜日のこと。

 市内にある図書館でワタルは魔法に関する書籍を、ほくほく顔で読んでいた。

 この図書館は近年建設されたばかりなため、施設は広大で綺麗なのだが駐車場が有料とあくどい。

 ワタルは自転車なので関係無かったが、何のために税金を使って建てたのか疑問に思うところである。

 もっとも、そのおかげで空いているのだから、文句は無いが。

「それ、面白いの?」

 周囲にはいくらでも空席があるのに、わざわざワタルの正面に座る少女がいた。

 クラス委員の女子生徒だ。

「ああ、面白いね。最高だ」

 顔を上げずにワタルへ返事だけ寄越した。

 違う席に行け!

 と念じながら。

「勉強でもしているのかと思えば」

 クラス委員の女子生徒に呆れられようが、ワタルは知ったことではないので無視する。

 一体、何しにきたんだ?

「……アレイスター・クロウリーや黄金の夜明け団が有名よね」

「どうしてそれを!?」

 まさかの名詞がクラス委員の女子生徒の口から飛び出し、ワタルはがばっと顔を上げた。

「実在の人物だからよ。架空の人物は知らないわ。世界史に出てくるとは思えないけど、一応ね」

「そうなんだ……」

 必要だと思えば興味のないことでも簡単に暗記してしまう部分に、ワタルは唖然とした。

「そんなことより、新土居君は私の名前を知っているよね?」

「ん?」

「ん? じゃねえよ」

「同じクラスだから、もちろん」

 知らなかった。

 いくら唸ろうがワタルは名前が出てくるはずがない。

「はあ。岩崎叶恋いわさきかれん! 普通、クラス委員の名前くらい覚えるでしょ?」

「そうそう、岩崎さんね」

「……おい」

 叶恋はワタルをじっと睨みつける。

「何でこんな中二病が成績上位なのよ」

 納得できないと叶恋は頭を抱えた。

「中二病でいられるのも、今だけだからな。将来も大事だが、高校生のうちに高校生らしいことをしておかないと」

 今度は叶恋がワタルの台詞に驚き、目をぱちくりさせた。

「高校生らしいことか。新土居くん、夏休みはいつが空いてる?」

「学校の補習のある日以外はヒマかな」

「予備校とか行かないのかい……。まあ、いいや」

 それならばと叶恋は日にちを指定する。

「じゃ、そういうことで」

 一方的に要件を告げて、叶恋はさっさと帰ってしまう。

「ちょ」

 例の口癖を言う暇さえなく、ワタルはたじたじとなった。




「そろそろ弓矢で狙うのを、やめていただけませんかね?」

 どうやらマリウスは全てお見通しだったらしい。

 だがワタルはまだローズマリーに警戒を解く合図を送らなかった。

「用心深くもあるんですか。全員が寝泊まりできるだけの住居も手配しましたし、食費も準備しました。この短時間で、なかなか大変でしたよ?」

 にんまりとした笑顔を浮かべ、マリウスは肩を竦める。

 気持ちはわかるが度が過ぎるというものだ。

 第一、他人のためにそこまで神経を使っていたら、いつか精神が焼き切れてしまわないのだろうか?

 この少年が白い魔法使いというのなら、それは致命的な欠点である。

「わかった。マリウス総督の事を信用する」

 疲れ気味に息を吐き、ワタルは構えを解くようにローズマリーは目顔で促した。

 こくりと頷いてローズマリーは愛用の弓矢を専用の皮袋にしまう。

「白い魔法使い殿とイゾルデ殿は、自分と一緒に来ていただきます。他の方は、手の者に案内させますので」

 マリウスが言うまでもなく、すでに何人かの役人が村人を割り振っていた。

 ワタルとイゾルデも大人しく指示に従う。

 ローズマリーはや盗賊たちがいれば、村人たちにおいそれとは手を出せないはずだからだ。

 2人が連れて行かれたのは、ワタルがこれまでブリストル島で目にしてきた、どの建物よりも豪奢屋敷である。

 これぞ異世界!

 そんな雰囲気を放っていた。

「かなり贅を尽くして建てられたものだな」

 特にワタルの勘が鋭いわけではない。

 ブリストル島の文明レベルを鑑みれば、自ずとわかろうというものだ。

 この建物は総督府庁舎である。

「白い魔法使い殿は、なかなかの目利きでいらっしゃる。アルバート港湾都市は貿易で潤っているので、財力はかなりのものですよ?」

 誇らしげにマリウスは胸を張る。

 そこには総督である自分が、アルバート港湾都市を富ませているのだという、強烈な自負があった。

「俺のような若輩者でも、実力があると判断すれば敬意を払う。それだけでマリウスさんが優れた手腕を有していることは明らかさ」

 白眉、という言葉をワタルは思い出す。

 20近くも年下の若造相手に丁寧に接するなど、生徒の事を下に見ている教師どもには絶対に不可能だろう。

「白い魔法使い殿にそう言っていただけるとは、光栄の極みですな」

 ご機嫌になった優秀な総督は、ユーフェミアの待つ部屋に2人を招いた。

 そこは広めの応接室で、中央に大きなテーブルが置かれており、ワタルとイゾルデは勧められた席に腰かける。

「ユーフェミア王女、よくやってくれた。ありがとう」

 忠実に自らの役割を果たしたユーフェミアに、ワタルの感謝の意を伝えた。

 下手をしたらアルバート港湾都市を前にして、立ち往生していた可能性もあるのだ。

「そ、そんな。当然の事をしたまでです。ワタル様の力になれて良かった……」

 火照った顔を隠そうと、ユーフェミアはうつむいていしまう。

 そのため、せっかく勇気を出して発した最後の台詞が、ワタルの耳に届かなかった。

 ひっきりなしに、給仕たちがテーブルの上に料理を並べていく。

 やっとまともな料理にありつける。

 ワタルは心の底から喜んだ。

「さあさあ、遠慮なさらずに」

 マリウスに言われるまでもなく、

「では、いただきます」

 なかなか生活習慣が抜けないため両手を合わせてワタルは挨拶をし、これも持ってきたMY箸を取り出し猛然と食べ始めた。

 今までの食べ物が口に合わなかったこともあるが、常に緊張状態で胃が受け付けなかったのである。

 食事に集中できる環境を、やっと得られたのだ。

 せっせと箸を器用に使いこなして料理を口に運んでいるワタルを見て、イゾルデ、ユーフェミア、マリウスの3人は口が開いたまま塞がらない。

「んな? すまん、がっつき過ぎたか」

 食べるペースをワタルは落とす。

 香辛料のかかった肉とか、味付けはともかく(恐らく調味料の種類が少ないと思われる)素材自体がとても美味で、口の中でとろける。

 ブリストル島の松坂牛といったところか?

 もっともワタルは本物の松坂牛を食べたことがないのだが……。

 ともあれ久し振りに口にした食事らしい食事に、ついついがっついてしまったという次第だ。

「いえいえ、いくらでも食べてもらって構いませんよ。ただフォークやナイフも使わずに2本の棒だけで食事をしているのが、大変珍しかったものですから」

 ワタルが手にしている箸に、マリウスは奇異の目を向けていた。

「俺の国では、これで食事をとるのが当たり前なんだ」

 行儀悪くワタルは箸を開いたり閉じたりする。

 自分は異邦人なのだと痛感しながら。

「なかなか手先が器用な民族ですな。白い魔法使い殿の国は、さぞ高い技術力をお持ちなのでしょう」

 このマリウスという男はただ者ではない。

 箸を使いこなすという情報だけで、正確に日本という国の特徴を把握してしまったのである。

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