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第1章 王都脱出 ~その1~

 テンプレ過ぎる老人を見て、

「あんたは魔法使いだな? 差し詰め、俺の強大な魔力をアテにしてこの世界に召喚したのだろう?」

 これ以上ないくらいのドヤ顔でワタルは言い放つ。

 いかにもな雰囲気を醸し出している老人を前にして、ピンとこない人間がいたら、むしろそちらの方がどうかしている。

「ふむ。そこまで理解しているのなら、話は早い」

 やや呆れた様子ではあったが、そこは年の功というべきか老人が顔を出さず懐に手を入れ、1冊の表紙や角が擦り切れている年季の入った書物を取り出した。

「これを受け取るが良い」

「お! これは相当に価値のある魔導書だな」

 本当は価値の良し悪しがわからないのだが、手渡されるや否やワタルは目をキラキラと輝かせて魔導書を貪るように読みふける。

 当たり前だ。切望していた本物の魔導書なのだから。

 魔導書の文字は読めないが、意識を集中すれば記載されている内容が押し寄せる波の如く、ワタルの頭の中に入り込んでくる。

 間違いなく右手の甲に刻まれた紋章の効果だろう。

 ただし、そお内容を咀嚼するのは時間がかかりそうだった。

「その魔導書、マビノギオンは古来より白い魔法使いが代々受け継いできた。大事に扱うのじゃぞ?」

 興奮のあまり猛烈な勢いでページをめくっているワタルに、老人は釘をさす。

「マビノギオンか。もちろん大事にするさ」

 あくまでもマビノギオンから目を離さずに、ワタルは返事をした。

 言われるまでもないことなため、老人の言葉をすぐに忘却の彼方に追いやってしまう。

「そうか。わしはバギンズという。そなたは?」

「ワタル! 魔法騎士ワタルだ!!」

 この世界なら安心して名乗れる。

 その安心感からワタルは、つい大声を出してしまった。

「わしゃ、そんなに耄碌もうろくしておらんがの……。まあ、よい。どうしてワタルを召喚したのか、まだ言っておらんかったわい」

 小僧相手につむじを曲げても仕方ないと息を吐き、バギンズは続ける。

「このティンタジェル城から、王女を連れ逃げて欲しいのじゃ」

 ここでワタルはマビノギオンから目を離し、バギンズに顔を向けた。

 何やらキナ臭さをぷんぷん感じたからだ。

「まさか、最初からクライマックスなのか?」

 ワタルの瞳に緊張の色が走る。

 こういうのは召喚されたら装備を用意したり、世界情勢を記憶したりと準備期間が与えられるのが定石ではないのか?

 ロボットものなら、いきなり戦場に放り込まれた主人公が新兵器に乗りこんで敵ロボットを撃破する……、というパターンがお定まりではあるけども。

 しかし生身の異世界もので、それはちと辛い始まり方ではなかろうか?

 バギンズの説明をかいつまんで説明すると、以下の通りだった。

 現在、ワタルがいるのは縦に長いブリストル島南部に領土を持つアルビオン王国の王城、ティンタジェル城だ。

 ちなみに王都といえばティンタジェル城の城下町を指した。

 だから王都ティンタジェルという名称がされる場合もある。

 アルビオン王国の南東部から侵入してきたザクセン族を迎え撃つために、王弟ローエングリンが主力を率いて出陣した。

 主力が出払いアルビオン王国が手薄になったところを、ブリストル島北部に領土を持ち国境を接する北海帝国がハドリアヌスの長城を超え侵入を開始。

 アルビオン王国のパルツィヴァル王は残存兵力をかき集め迎撃するも、衆寡敵せず無残な惨敗を喫してしまう。

 多くの兵がティンタジェル城に戻れもできず、パルツィヴァルも命を落としてしまう。

 北海帝国軍はそのまま南進を続け、ティンタジェル城の包囲も完成し、今まさに攻城戦の最中なのである。

「……かなり無理ゲーだな」

 この世界にやってきた勇ましさはどこへやら、バギンズによるティンタジェル城の取り巻く状況を聞き終えたワタルは唖然としてしまう。

 クソゲー並みの始まり方ではなかろうか?

 しかし、これはゲームではない。

 リセットボタンを押してやり直すわけにはいかないのだ。

 せめてもの救いは、それなりの力が与えられていそうな点だった。

 ワタルは右手の甲に刻まれた紋章、そして腹の底から不思議な力が溢れてくるのを感じている。

「そう心配せずとも良い。すでに手は打ってある。敵と戦う必要はないはずじゃ」

 この部屋には2人しかいないにも関わらず、バギンズは小さい声で脱出方法を告げた。

 それだけ重要な内容ということなのである。

「それなら何とかなりそう、かな?」

 わずかばかりではあるが、ワタルには光明が見えた。

 ただの高校生に過ぎないワタルに戦の経験などないのだ。

 それで最初の戦闘が攻城戦というのは、いささか荷が勝ち過ぎるといえよう。

「何とかしてもらわんと困る。慣れれば紋章の力も使い込ませよう。いずれは、わしと同じか、それ以上の魔法使いとなるじゃろうて」

 バギンズは朗らかに目を細めた。

 どうにも危うく映るが、ワタルは魔法に対する真摯さだけは人一倍あるようだ。

 ここを乗り越えさえすれば、本当に自分以上の魔法使いになる可能性がある。

 そうなれば、バギンズが期待した以上の働きをしてくれるだろう。

 それはアルビオン王国にとって、非常に多くの恩恵をもたらすはずだ。

「さあ、行くのじゃ。王女を頼んだぞ、魔法騎士ワタル」

 ワタルがやってきた扉を指差し、バギンズは励ましつつ部屋から送り出そうとする。

 その扉はこの部屋の出入口となっており、最早ワタルの部屋とは繋がっていなかった。

「任しておけ! この魔法騎士ワタル様が、王女を守ってみせる!!」

 バギンズのおだてに乗せられ、ワタルは威勢よく自分の胸を叩いて部屋を飛び出す。

 羽が生えたかのような軽い足取りで遠ざかるワタルの背を、バギンズは羨望の眼差しで追い続ける。

 完全にワタルの姿が見えなくなっても、バギンズの視線は固定されたままだった。

 少々、ワタルは想像の翼が欠けていたようだ。

 召喚した理由は説明しても、召喚しなければならなくなった理由を説明していないのである。

 まだ高校生のワタルにそこまで求めるのは酷かもしれない。

 普通に考えれば、いちいち他人を召喚しなくてもバギンズが自分で王女を連れだせばいいのだ。

「ある意味、頼もしいがの」

 じきに自分の命が燃え尽きることを、バギンズはハッキリと認識していた。

 命の灯が消えてしまう前に、誰かを召喚し自分の代理に仕立て上げる。

 それがアルビオン王国に対する、バギンズ最後の奉公だった。

 ただ全てを託す相手がワタルだったことが吉と出るか凶と出るかまで、白い魔法使いと謳われたバギンズであっても知る由もない。

 だが困難を承知の上で頼みを聞き入れてくれたのだ。

 はずれを引いたとはバギンズは思わなかった。

「頼んだぞ、ワタル」

 とっくに見えなくなったワタルの背中に声をかけ、誰にも看取られることなくバギンズはひっそりと息を引き取った。

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