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第5章 白い魔法使い ~その5~

 両手を後ろ手にきつく縛り上げられたローズマリーを含めた盗賊たちが、村の広場に引き出された。

 思わずワタルは天を仰いだ。

 盗賊たちの処遇まで考えていない。

 そもそも自分が考えなければならないことなのだろうか……?

「しんどいわ、タルイし」

 勘弁して欲しい、というのがワタルの本音である。

「さっさと殺すがいい! 私らは、あんた達を殺そうとしたんだからね!!」

 凄味をきかせてローズマリーは喚き散らした。

 すでに腹を決まっているようだ。

「頭~!」

 涙目で情けない声を出したのは、手下の盗賊たちである。

 彼らは死にたくなかった。

 とても虫のいい話だが。

「……村人たちに決めてもらう」

 結局、ワタルは決断することを放棄した。

 非常な決断を下す勇気がなかったのだ。

 身内や隣人を殺されれば、仕返しをしないと気が済まないだろう。

 復讐は憎しみを生むだけと止めるのは、絵空事に過ぎない。

「白い魔法使い様、ええかの……?」

 ズズズ、と着衣を地面にずりながら、ご婦人方の代表らしき老婆が、見守る一団の前へ出た。

「もちろんですよ」

 村人たちに決めてもらうと言ったのは、ワタル自身である。

 公言した以上、誰の意見にも耳を貸すつもりだ。

「わしらは皆、夫や息子を兵隊に取られておりますじゃ。とうに大事な者を失っておる」

 在りし日を懐かしむかのような老婆の目に、諦念の色が認められていた。

「何もしないというのなら、それでいいですじゃ」

 その老婆の言葉を合図に、ご婦人方が盗賊たちの縄をほどいていく。

 まさかの展開に盗賊たちは、ぽかんとしてしまう。

 ワタルの予想に反して村人たちは無条件に許すと言っているのだ。

 これには無法者の盗賊たちといえど、さすがに心苦しくなってしまう。

「あなたが弓騎士のローズマリーですか?」

 丁重に声をかけたのは、ユーフェミアである。

「そうだけど、王女ともあろう御方が何の用だい? どうせ私の事なんて、今さっき知ったんだろう?」

「はい。私は自由に城を出ることを、禁止されていましたので」

 悪びれずにユーフェミアは本当のことを口にした。

 王族としての仕事以外で、外出することを許されていなかったのだ。

「……じゃあ、仕方ないね」

 毒づいていたローズマリーが少し萎れた。

 駕籠の鳥では、騎士団のことなど知りようもない。

「ローズマリー。あなたは弓騎士に戻る気は……、いえ、私に直接仕える気はありませんか?」

 アルビオン王国にではなく、直属の臣下としてユーフェミアは誘ったのだ。

「私には信頼できる人がワタル様とイゾルデしかいません。どうかその力を、私に貸していただけませんか?」

 胸の前で両手を合わせ、ユーフェミアは懇願した。

 ローズマリーは眉間に縦皺を刻む。

 どう返事をしたものか戸惑っておるのだ。

「頭~! 受けましょうや?」

「そうですぜ。盗賊なんて、いつまでも続けられねえ」

「足を洗って真っ当な人間に戻れる、絶好の機会じゃないですかい」

 盗賊たちは口々に説得の言葉をローズマリーに投げかける。

 無罪放免にしてもらった、恩を返す意味合いもあった。

 しかし、当の本人はいまだ渋面のままだ。

 力が全ての盗賊稼業とは違い、騎士団は閉鎖的な男社会だった。

 ハーフエルフで女のローズマリーは平時は侮られ、戦果を挙げれば疎まれた。

 不当な扱いを受けるのが嫌で出奔したのだ。

 ユーフェミアの誘いに二の足を踏むのも仕方なかった。

「ローズマリー。ユーフェミア王女の下なら好きに出来るし、ワタル殿も優しいぞ?」

「イゾルデ……」

 自分が騎士団にいた頃に比べて、今のイゾルデは活き活きとしているようにローズマリーの目には映った。

 それがとても羨ましい。

 自分もイゾルデのように変われるだろうか……?

 ローズマリーはワタル、そしてユーフェミアへと視線を移す。

「わかりました。ユーフェミア王女、この身をあなたに捧げます」

 片膝をついて、ローズマリーは臣下の礼を取った。

 いつか弓騎士として戦うことを、心のどこかで望んでいたのかもしれない。

「ありがとう、ローズマリー。頼りにしております」

 ローズマリーの手を握りしめ、ユーフェミアは微笑んだ。

 思いも寄らず胸が一杯になり、ローズマリーはふわりとした安心感に包まれるのを感じながら、自分の判断は正しかったと確信した。

 この頃より、ユーフェミアの周りに傑出した人材が集結し始める。

 白い魔法使いワタル、平民宰相クレア、魔弾の射手ローズマリー……。

 彼らは北海帝国軍をハドリアヌスの長城の向こうに追い払った後も、長くユーフェミアを支えた。

 しかし、そこにイゾルデの名前はない……。




 ローズマリーと盗賊団を加えたワタルたち一行はアルバート港湾都市の目と鼻の先で待たされること数刻、ようやくイゾルデが戻ってきた。

「こちらが白い魔法使い殿か! よくぞユーフェミア王女を、無事にここまで連れてきて下さった。礼を言いますぞ!」

 イゾルデと一緒にやってきた見知らぬ男が、ワタルの手を取りしきりに上下させる。

「は、はあ……」

 反応に困り、ワタルはきょとんとしてしまう。

「これは失敬。伝説上の人物に出会えて、つい取り乱してしまいました。自分はアルバート港湾都市の総督のマリウスといいます。以後、お見知りおきを」

「まだ俺が白い魔法使いだと、確定したわけではありませんよ?」

「なるほど。聞いていた通り、謙虚な御仁のようだ」

 いかにも働き盛りな30代半ばのマリウスには、大人としての懐の広さを感じる。

 ワタルの母校の偏屈な教師陣に比べ、よほど信頼できそうだった。

「それで避難してきた人たちを、受け入れてくれるんですか?」

 いきなりワタルは一番肝心な疑問をマリウスにぶつけてみた。

 そのため苦労を重ねて、ここまでやってきたのだから。

 話はアルバート港湾都市に入ってから、いくらでもすればいい。

「それはもちろん。王女の命令でもありますし。ただ、ずいぶんと人相の悪い方が、何人か見受けられますが?」

 マリウスが気にしているのは、ローズマリーと共にくっついてきた盗賊たちのことである。

 盗賊なのだから警戒するなという方が無理な注文だ。

「あの者たちが村人を護衛してきた。ユーフェミア王女のもとで働きたいそうだ」

 横から助け船を出したのはイゾルデだった。

「そうでしたか。ユーフェミア王女と白い魔法使い殿が信用しているのなら、まあ良いでしょう」

 半信半疑ではあるもののマリウスは承諾し、ワタルたち一行をアルバート港湾都市の正門まで誘導する。

 城砦にもなっているアルバート港湾都市の正門は開け放たれ、ようやくワタルは肩の荷が降り、気持ちが軽くなった気分だ。

 しかし、あくまでも用心のためにワタルは最後尾を歩いた。

 ローズマリーには、いつでもマリウスを射殺できる位置についてもらっている。

 村人たちが次々とアルバート港湾都市に雪崩れ込み、最後にワタルが正門をくぐると、門扉は閉じられた。

 こうして、当初の目的だったアルバート港湾都市に辿り着いたのである。

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