第5章 白い魔法使い ~その4~
支援魔法の補助を受けたイゾルデの体が、蝶のように戦場を舞う。
手にした愛用の細剣を振るい、盗賊の足止めをしていた。
しかし……。
「抜かれた! そっちに行ったぞ!!」
後方に向かって、イゾルデは大声で叫ぶ。
イゾルデのことを手強いと見た盗賊たちは、脇をすり抜けて村人の方へ襲いかかったのだ。
「みんな! 落ち着いてやれば大丈夫よ!!」
物干し竿を手にした少年少女たちを束ねているのは、クレアだった。
呼吸を合わせること事。
相手の間合いに入らない事。
1人で戦わない事。
逃げる相手を追わない事。
それらのことをクレアたち少年少女は体に叩き込まれた。
イゾルデとしては、もっと色々なことを教え込みたかったが、いかんせん時間が足りない。
なるべく動かずに済む戦い方を指導するのがやっとだった。
殺気を纏った大人と戦うのは誰だって怖い。
それが子供となれば、体が竦んでしまうのが普通である。
ワタルは怖くないのだろうか?
いつも身を粉にして戦ってくれる。
そんなワタルにクレアは心の底から感謝をし、少しでも力になろうと決意した。
「みんな、今よ!」
クレアの合図で、少年少女たちは一斉に物干し竿を突き出す。
簡素だが槍ぶすまが形成され、調子に乗って飛び込んできた盗賊を撥ね返した。
「「「「「おお~っ!」」」」」
少年少女たちが歓声を上げる。
自分たちでも戦えるということが、緊張の糸をほどいていく。
「油断しないで! すぐに態勢を整えるのよ!!」
気を引き締めるために、クレアは叱咤した。
ともすれば慢心してしまうのが、若者というものだ。
それはブリストル島でも日本でも変わらない。
物干し竿は突くだけでなく、振り下ろしても効果的だった。
ただし他の物干し竿をを巻き込んでしまうため、横に払うのは禁止である。
これもイゾルデが口を酸っぱくして注意していた。
予想だにしていなかった抵抗に、盗賊たちは槍ぶすまの前で足踏みしてしまう。
そこへ、さらなる攻撃が襲った。
数多の石つぶてが飛来したのである。
スリングという石を投擲する武器があるように、投石は立派な攻撃手段だった。
少年少女たちの後ろの控えていたご婦人方が、一斉に石を投げつけたのだ。
軽装備が基本の盗賊にとって、これは馬鹿にならない威力だった。
「前進!」
盗賊たちがたじろいでいるところへ、少年少女たちは足並みを揃えて前へ進み、
「突き!」
呼吸を合わせて突きを放つ。
数人の盗賊が一度に後方へ吹き飛ばされた。
その中には気絶する者もいたほどである。
クレアの指示は的確で、なかなか堂に入ったものだった。
「予想以上だな」
むしろイゾルデは寒気を覚えてしまう。
あの年頃の若者は呑み込みが早いとはいえ、ここまで盗賊の集団を翻弄するとは思わなかった。
手の空いたご婦人ごとに石を投げるよう提案したのもクレアだ。
ワタルの作戦を自分なりに咀嚼し、より効果的に練り直したのである。
もっともワタルやクレアからしたら何も特別なことではなく、使える物は何でも使う単なる貧乏性なだけなのだが。
「この子供があっ!」
気を失ったものだとばかり思っていた盗賊が起き上がり、クレアを背後から襲う。
気絶したふりをしていたのを見抜けず、接近しすぎたのが失敗だった。
「えっ? これは一体……」
だが振り向いたクレアが目にしたのは、信じられない光景である。
今いる場所は陸地のはずだ。
にも関わらず盗賊が水の中で溺れかけていた。
全身がすっぽりと巨大な水柱に囚われ懸命に、それこそ命がけでもがくものの、抜け出すことはできない。
次第に動きが止まり、口から大きな泡を吐き出して盗賊は意識を失った。
もちろん、これは水の精霊の仕業である。
ワタルが村人たちを守るように支持してあったのだ。
「やはりワタル殿は……」
頬を緩め、イゾルデは目を細めた。
いくら本人が否定しようが、白い魔法使いに他ならない。
あらかた盗賊たちを一掃できたのも、ワタルの手腕によるところが大きかったからだ。
大地の震動の効果が切れると同時に、ワタルは物陰から飛び出した。
全くの無防備で、である。
その代わりワタルは10人いた。
幻影分身の魔法で、自分の分身を9体作り出したのだ。
代償として、ワタルの魔力を枯渇気味で、あと一度、それも難度の高い魔力のを大量に消費する魔法は放てない。
軽い魔法で戦闘力を奪わなければならなかった。
「しんどいわ、タルイし」
決してタルくはないが、ワタルが口癖をこぼしてしまうのも無理はない。
「小癪な真似を!」
幻術の類と見たローズマリーは、一番手前のワタルに狙いを定めて矢を放った。
矢が命中すると、そのワタルはすっと消え去る。
続けざまにローズマリーは矢を放った。
だが、いずれの矢も分身であるワタルに当たり、どれが本体か判明しない。
この間もワタルはローズマリーとの距離を縮めている。
頭に描いた絵図の完成まで、あともう少し。
いよいよワタルはミラーイメージも含め、印を結び始めた。
「ちっ!」
無意識のうちに、ローズマリーは舌打ちしてしまう。
それだけ苦境に立たされているということだ。
「本物の、白い魔法使いなのか……」
焦れてしまい、放つ矢も狙いが雑になり、かすりさえしなくなる。
ますますローズマリーは焦燥を募らせる連鎖に嵌っていく。
畢竟、ワタルの魔法が完成した。
「昏睡!」
ローズマリーに訪れた睡魔は苛烈で、抗おうとすればするほど、心地良い眠りの誘惑から逃れられない。
結局、ローズマリーは睡魔に打ち勝てず寝息を立ててしまった。
「ふうっ……」
ブリストル島に来てから溜め息が増えたと、ワタルは思う。
それだけ綱渡りの連続だったのだ。
「ワタル殿、無事か?」
いつまでもワタルが姿を見せないので、イゾルデは心配になって探していたのだ。
「ええ、何とか。イゾルデさんの方こそ、大丈夫でしたか?」
「子供たちやご婦人方がよくやってくれた。今回、犠牲者は出ていない」
「そうですか、それはよかった」
一安心するとワタルは脱力し、その場にへたり込んでしまう。
誰も死ななかったことが、何よりの戦果だった。
「ん? これは、ローズマリーじゃないか」
横たわって眠りこけているローズマリーを確認して、イゾルデは何度か瞬きをする。
間違いない。
「知り合いですか?」
ワタルは大きな息と共に質問を吐き出した。
「ああ。アルビオン王国騎士団の優秀な弓騎士だった。出奔したと聞いてはいたが、まさか盗賊にみをやつしていたとはな……」
イゾルデの横顔は、どこか淋しそうな翳りがある。
騎士団の中で数少ない女性同士という事で、よく酒場で他の騎士たちを一緒に罵った仲だった。
「ハーフエルフであることを、いつも思い詰めていたな」
ローズマリーに落としたイゾルデの目には、憐憫の色が滲んでいた。
自分もトリスタンがいなければ、こうなっていたかもしれない。
イゾルデの胸に冷たい風が吹き抜けた。




