第5章 白い魔法使い ~その1~
しばらく無言で歩いていたクレアが、おもむろに口を開いた。
「ワタルさんは、白い魔法使いじゃないんですか?」
その声にはどこか失望めいた響きがあった。
「……白い魔法使いって、一体何なんだ?」
いい加減うんざりしてきて、ワタルは力なく首を振る。
「白い魔法使いを知らないんですか?」
「俺はこの世界の人間じゃないから、白い魔法使いどころかブリストル島のことも、さっぱりわからないんだよ」
「??? とても遠い国から来たという事ですか?」
「そうだな。夜空に浮かぶ星よりも、遠いところからやってきた」
あやふやな答えを返し、ワタルはぼやかしておいた。
違う次元にある異世界から召喚されたと説明しても、きっとクレアは理解できないだろう。
ワタル自身でさえ、しっかりと把握できていない事象なのである。
井戸から汲んだ水を桶に注ぎ、ワタルは顔をすすぐ。
砂交じりの水だったが、とてもさっぱりした。
桶の水面に自分の顔が反射して映っている。
ブリストル島にやってきて数日しか経っていないのに、
「しんどいわ、タルイし」
と何事にも面倒臭がっていた日々が、ワタルはずいぶん遠くに感じられた。
それこそ、夜空に浮かぶ星よりも遠くに……。
ワタルの背後に、ひどく落ち込んだ様子のクレアが茫然と佇んでいる。
「そもそも俺は全く白くないだろう?」
クレアの傷心ぶりに罪悪感を覚えたワタルは、自嘲気味に沈黙を破った。
「……それ、本気で言っているんですか?」
大きく目を見開いて、クレアは唖然とした。
「白い魔法使いっていうほどだから、やっぱり白い格好をしているんだろう? こう、白いローブを着こんだりとか?」
「じょ、冗談で言っているんじゃなかったんですね……」
ワタルが本気でそのように白い魔法使いの事を認識ていることを知り、クレアは血の気が引いてしまうが、我に返ると今度は急におかしくなって笑いが止まらなくなる。
ただ、ワタルが自分の事を白い魔法使いと認めない辻褄は合うのだ。
「はあはあ、本当に知らなかったんですね」
体をくの字に折って爆笑しているクレアに、ワタルは顔をひきつらせながら解説を待った。
「まず『アルビオン』というのが『白い』という意味なんです。それでアルビオン王国は『白い国』と呼ばれていて、その白い国が滅亡の危機に瀕したときに救世主として現れるのが……」
「『白い魔法使い』というのか!」
先が読めたワタルは途中で言葉を遮り、クレアに視線を向け直す。
「言い伝えでは、そうなっています」
「なんてこった……」
ワタルは愕然とした。
そりゃあ、どいつもこいつも白い魔法使いと連呼するわけである。
落城寸前のティンタジェル城から王女を救いだし、苦しんでいる村人を助けた。
何よりワタルが現れた時期が、まさに白い魔法使いそのものではないか!
しかも北海帝国軍を追い払い、アルビオン王国を復興させるのが最終的な目標だ。
それを完遂すれば、言い伝えそのものとなってしまう。
「重過ぎるだろ、これは」
一度、ワタルは大きく深呼吸した。
ただの高校生が伝説上の人物に早変わりである。
しかし結局のところ、やることはすでに決定していて逃げ出すことはできないのだ。
頭痛の種が増えた。
それだけのことだと、ワタルは開き直ることにした。
空になったペットボトルに水を注ぎ、地面に魔法陣を描きながら思考を進める。
――ユーフェミアをアルバート港湾都市まで連れていく事に変更はない。
――この村の人たちを放っておくわけにもいかない。
直近の課題はこの2つを同時に解決することだ。
「召喚! 水の精霊!」
我ながら、ずいぶん手際が良くなったものだとワタルは苦笑いを浮かべる。
これまでの戦いが確実に魔法使いとしての技量を高めていた。
クレアは息を呑んで見守っている。
「いざというときのために、この中に待機してもらっていいかな?」
水の入ったペットボトルをワタルはかざした。
「それだけの水があれば十分だ。容器も安定しているようだし、いいだろう」
この時代のブリストル島の|木(ブリストル島に竹はない)で出来た水筒や皮袋よりも、ペットボトルは容器の万能性で群を抜いている。
「ありがとう、アテにしている」
「精霊に礼を言うとは、おかしな人間だ」
くすりとウンディーネが微笑んだ、ように見えた。
「よく言われる」
「ますますおかしな人間だ。だが悪くない。用があるときは、いつでも呼ぶがいい。そなたに力を貸そう」
言い終えるとウンディーネはするするとペットボトルに潜り込んでいく。
すっぽりとウンディーネの全身が収まったところで、ワタルはペットボトルの蓋を閉めた。
これでわざわざ魔法陣を描いたり、印を結んだりしなくてもウンディーネを即座に呼び出すことが可能だ。
行う作業はペットボトルの蓋を開けるだけである。
「よし、決めた!」
ようやくワタルは肚を決めた。
ユーフェミアも村人たちも、両方助ける。
ここで村人を見捨てたりしたら、ワタルは一生罪の意識に苛まれるだろう。
後悔しないための決断だった。
先ほどまでとは打って変わって晴れ晴れとした表情で、ワタルは再びイゾルデとユーフェミアが待つ部屋に軽い足取りで舞い戻る。
そこには今後の見通しが立たず、途方に暮れている村人たちも残っていた。
「で、ワタル殿。どうするつもりなんだ?」
待ちくたびれたと言わんばかりに、イゾルデは席に腰を落ち着けたばかりのワタルに早速水を向けた。
ユーフェミアもクレアも村人たちも、ワタルの次の言葉を固唾を飲んで待つ。
「全員でアルバート港湾都市に向かう!」
ドン!
っとテーブルを叩き、ワタルは自信満々な面持ちで宣言した。
全員を救うには、それしかないのだ。
「あ、あれ?」
しかし、ワタルの宣言に対する各人の反応は沈黙だった。
これはちょっと、いやワタルにとってかなり予想外の反応である。
あれこれ悩んだのが、馬鹿らしく思えるほどに。
「なるほど、いかにもワタル殿らしいな。私は賛成だ」
真っ先に同意したのはイゾルデだ。
何となくワタルならば、そう言い出すだろうという予感があった。
自分のことも見捨てなかったのだから……。
「当初の予定を果たし、村の人も救うにはこれしかありません」
どの道ワタルが村に残っても、盗賊に襲われる度に村の人口は減っていくだろう。
結局、全員を守り切ることはできないのだ。
しかし、アルバート港湾都市に逃げ込めば助かる可能性が高いのである。
だからワタルは、みんなで行くことを勧めたのだ。
「村を捨てろ。ワタルさんは、そう言っているのですか?」
そのクレアの問いは、村の総意なのだろう。
ワタルを見る村人たちの目に、嫌悪の色が混ざっていた。
「クレア。白い魔法使いというのは、自分では何もしない人間を、見返り無しで、無条件に助けるものなのか?」
鋭い口調でワタルは反論する。
「それは……。でも、じゃあ王女はどうなるんですか?」
高貴な身分の人間だから手を差し伸べるのだろう?
と言いたげなのが明け透けなクレアの口ぶりだった。
「こちらの提案を受け入れてくれる限りは助ける。しかし、意見が合わなくなった話は違う。実際、俺は月の森でユーフェミア王女を突き放した」
このワタルの口上には村人たちの誰もが、もちろんクレアも耳を疑った。
王女だから特別扱いしているのではないのである。




